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Walk With God Ministries

15 12月

アメリカの総選挙の行方 (続き)       WWGM 坂 達也  2020年11月18日


アメリカの総選挙の行方  (続き)      

                          WWGM     坂 達也

 

 私は今朝早く目覚めた時に主から頂いた思いが、その後で朝食時にFox News のテレビを見て「バイデン氏が最低賃金を$15に上げる」と誇らしげに宣言したことで、遂にバイデン政権(未だ架空)は早くもこれで命取りになると思いました。なぜかといえば、最低賃金が1時間当たり15ドルでは、小さな飲食店・中小企業はみな経営が成り立たず、潰れてしまうからです。これは既に過去の歴史が証明しています。しかし今のデモクラット内には、極左翼の社会主義者が数人いて、ハリス副大統領もその一人で、彼らはバイデン氏を操るつもりです。

 また、これで難航しているかに見えるトランプ大統領の選挙汚職訴訟においても潮時が変わると思いました。特にジョージア州でその兆しが見えます。しかし最終的には、もっと深刻で時間が掛かると思いますが、ペンシルベニア州、特にフィラデルフィア市の状況が暴露され、これでトランプ大統領の勝利が確定すると確信します。みよさんご一家のお祈りを心から感謝します。

 

 私は、例え一度政権がバイデン氏に替わっても、トランプ大統領はもう一期4年間、大統領に戻れますから、少なくとも2024年の選挙で大統領に復帰できます。主はむしろそれをご計画しておられるのではないかと私は思ってきました。(ハーザー誌の原稿にはそう書きました。)それはバイデン政権には大変なプレッシャーになります。元々能力のない、超左翼リベラルを抑える能力がないのですから、全てにおいて失態が早まり、国民は(世界も)トランプ大統領のすばらしさが認識されるから結果はbetterであり得ると思ったのです。

 


30 11月

主の臨在の中で一日を生きるには 坂   達  也 


主の臨在の中で一日を生きるには

 

   ポールキースデイビス & ブラッド・マクレンドン対談 WhiteDove Ministries Webinar #34より抜粋)

 

                                                                                                                                                     坂   達  也 

 

 お二人の対談に入る前に一言前置きをさせていただきます。ヘブル書の4:3に「みわざは創世の初めからもう終わっているのです。」と書かれています。そして続く4:10で「神の安息にはいった者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。」とも書かれています。

 

 私はこの御言葉は本当に凄い、これが真の「創造者の神」の創造なのだと思うと興奮して身震いがします。

 と言うことは、今これを読んでおられる皆さんの一生も、私自身の一生も、既にこの世が造られるずっと前にその筋書きもシナリオもすべてが造り終えておられるのです。(デステニー)

 と言うのは、最初の人間が造られてから既に6千年(6日間)が経ち、7日目に入った終末の時代に生きる私たちは、自分勝手に自分の考えだけで生きるのを止めて(自分のわざを終えて)一切を神に委ねた、神の安息に入った生き方をしているはずであるからです。

 もう一つ、この世を真に理解するために「最も基本的な真理」を一つだけ挙げなさいと言われれば、私は迷うことなくこう申し上げます。「私たち人間は、創造主の神に頼らなければ、自分たちだけでは、すべてのことにおいて、何も満足にはできないように造られている。」と。私たちはこの真理をはっきり認識しなければならないのです。

 そして最後に付け足すとすれば、私は、今度のコロナウイルスのパンデミックは、特にクリスチャンにとっては、そのためのヘブル書四章のテストであるという気がしてなりません。それでは以降、お二人の対談に入って頂きます。

    ===================

ポール•キース•デイビス(PK):ブラッドさん、あなたは主の臨在の中に留まるために毎日をどのように始め、どのように過ごされているのですか?

 

ブラッド・マクレドン:朝起きて私が先ずすることは、主に「あなたは今日、何をなさりたいですか?」とお聞きすることです。それが最初の質問です。それに対する主の答えは、過去数年間ずっと「今日わたしはある人に愛を注ぎたいのです。」でした。私の心は好奇心で一杯になり「それは誰ですか?その人と私は出会うのですか? それは何処でですか?」とお聞きます。そこから主と私との会話、コミュニケ—ションが始まります。

 

それは私が先ず主にお聞きすることから始まるのです。もし、あなたの奥さんがあなたに話をしてくれないと、あなたは疎外されているように感じますね。でも奥さんと話をして仲良くしていると、とてもうれしくて元気が出てきます。私にとって朝一番に主と会話をすると、そこから一日中絶え間なく続くコミュニケーションが始まります。朝起きてすぐに主の御顔を仰ぎ見ないならば、私の頭はすぐに他のことを考え始めてしまい、主との会話をしないままになってしまいます。すると 私は一日の歩みを主と共にできないことになってしまいます。

私はキャサリン・クーマンの人生を調べるのが好きなのですが、彼女は「あなたはどのくらいの時間、神に祈るのですか?」と聞かれたとき、「私はいつも祈っています。I pray all the time.」と答えたそうです。そして「そんな時間をどうやって作るのですか?」という問いに対して、彼女は「ショッピングに行くときも、どこに行っても、何をしていても私は異言などで祈っています。」と答えました。ちょっとクレージーに聞こえますが、私たちはこのようなシンプルさを忘れてしまっているのではないでしょうか。このようなシンプルな鍵があなたを主との親しい交わりという栄光の中に入れてくれるのです。

 

PK:祈り方の間違ったモデルがあるのも問題ではないでしょうか。「祈りとは大声で叫ぶものである。」とかです。確かにそういう場合も時にはあるとは思います。でも夫婦の会話でも「朝ごはんを作ってください。」とかは普通に静かに話しますよね。妻が夫に話すように、私たちも主にむかっていつも普通に会話をすればいいのです。私たちはいつも叫び求めるような乞食ではないのですから。

 

ブラッド:私たちが毎日持つべき主との霊的な生活は、そのようなものです。弟子たちがイエスに何か質問するときに始まる会話は、 私たちの祈りの一つの型です。イエスと弟子たちは共に寝て、朝共に起き、話をしながら歩き始めました。祈りは主と共に生きるライフスタイルなのです。

 

PK:これに関する本で一番よいのは、ブラザー・ローレンスの「敬虔な生涯 The Practice of The Presence of God」だと思います。それは意図的に主の臨在を常に意識するということで、無言のときも 多いのです。彼は主の臨在に接続されている、即ち常に主がそこにおられることを知り、それを意識して主とつながっているということです。お皿を洗っているときも、床を掃く時も、何をしているときもその意識を持つのです。そのような習慣の力は自分の内に訓練によって養っていくことができます。

 

ブラッド:もし主が語られるならば、それを聞く用意が彼には常に出来ていたということですね。主はいつか語られることを知っている、でも語られても語られなくても、それはどちらでもかまわい、という境地ですね。

 

PK:私たちは「祈りとは即ち、嘆願だ」と間違って考えているところがあります。一日中主に嘆願し続けることはできませんが、一日中コミュニケートしていることは可能です。主はここにおられることを知り常に主を意識していることです。私は御ことばが大好きです。御ことばによって私は天とコミュニケートします。私たちは24/7、主の臨在を意識するようになれると思います。キャサリン・クーマンはそれをしたのですね。

 

ブラッド:その通りですね。

私は最近ある人からメールをもらったのですが、それは「今は皆が祈り込まねばならない(プレスインする)時だ。」と言う内容でした。しかし「祈り込む」というと、残念なことですが、ともすればそれは密室の祈りに集中し神に嘆願し続けることだと受け取られてしまい、それによって疲れ果ててしまう人が多いのです。私たちはそのようなマインドセットを変えて行かねばなりません。私たちは主のもとに行き、嘆願に嘆願を重ねて、その結果が得られずに疲れ果てて戻る、というような主との関係にあるのではないのです。そのような祈り方をするとき主の御声が聞こえないのは、私たちが聖霊によってではなく、自分自身の意志によって動かされ祈っているからです。主の祈りに「御こころが天で行われるように地でも行われますように」とあるように、私たちは主の御こころを知らねばなりません。

私はこのことをモレビアンフォールのワーシップ・センタ−に始めて行ったときに学びました。私はそこで大声で激しく祈っていました。(私たちは自分が祈っている声を聞くのを楽しむことがありますね。)その時主が「あなたは何をしているのですか?」と言われたのです。それはまるで主は私がずっと祈っていたことなど、全然聞いておられなかったような感じでした。主は「あなたは、わたしが祈ることを祈りたいですか?」と聞かれました。「そんな機会が与えられているのですか? そんなことが出来るのですか?」と私は心底からびっくりしました。私は「はい、したいです。」とお答えしました。するとそれから3時間、主は一言も話されませんでした。(笑)ですから私もそこに黙って座っていたのですが、主はそれを通して 「自分の意志で祈ること」から私を解放してくださったのです。3時間後に主が語られた時に、私はそれをはっきり聞くことができ、その通りに祈りました。そしてその祈りが聞き届けられたことが私にはわかりました。

いつもそのように祈らねばならないと言っているのではありません。けれども私たちが天におられる主の御こころを知り、それをこの地で祈ることができるほどに、主との親密な関係に入ることができることを、主は私たちが知ることを願われているのだと思います。

 

PK:教会が失った霊的遺産の一つに、黙想の祈り(contemplative prayer)があると思います。コンテンプレイトするとか、メディテイトする(黙想する)というと、人はすぐに「それはニューエイジだ」と決めつけますが、ダビデはニューエイジの出現よりずっと前にメディテイトしていました。私は「メディテイト 黙想」に関する聖句を14箇所見つけました。「神のすばらしさをメディテイトせよ」とか「神のことばをメディテイトせよ」とか「神のご性質をメディテイトせよ」とかですね。問題は私たちが静まってじっとしている訓練ができていないということです。静かに3時間しているというのはとても困難ですね。私は以前よくコンテンプレイトの祈りをしていました。これからも又、したいと思っています。

ピリピ4:6、7に「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願いを神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」とあるように、私たちはすべての心の思い、願いを神に祈ったあと、平安を頂きます。

その平安の中で「主を待ち望む wait upon the Lord」のです。待つことはやさしくありませんね。これは私が経験した霊的訓練の中でもっとも難しいものでした。ディサプリン(しつけ、訓練)ですね。様々なことが頭に浮かんできてしまうのですが、真にこころが静かになると、生きた御ことばによって「知性、意志、感情、想像」というたましいの部分と霊とが切り離されていきます。

終末の教会が持つべき重要な奥義の一つは、コンテンプレイトの祈りだと思います。それによって、ヴィジテイション(天からの訪れ)やヴィジョンを受け、神と一致することができるのです。ブラッドさんのモレビアンフォールでの体験は、まさにそのことだと思います。あなたはこころを静め、神と一致したのです。

「コンテンプレイトな祈りをどのようにすればいいのか」という質問を受けることがあります。それは一人ひとり違うのです。私の場合は、いつもの椅子に座り、出来るだけ何も考えないようにします。どうしても頭の中にいろいろな思いが浮かんでしまうときは、「ジーザス、ジーザス、ジーザス」とずっと繰り返します。そう言っていると他の事を考えなくてすみ、私の思いもイエスに焦点が合っていきます。これが私のやり方ですが、そうする必要はありません。どういうやり方であってもコンテンプレイトの祈りをすることによって、私たちは霊的力を受けます。これからこの祈りを人びとに教えて行かねばならないと思います。

 

ブラッド:同感です。私たちは神と一致せねばなりません。不思議なことですが、この祈りに入ると、あなたはすでに主に向いているのです。あなたは意識的に主と向きあうことを選びとったわけです。コンテンプレイトの祈りが終ったあと、あなたは「何も起らなかった」と思うかもしれませんが、実際にはあなたはその中でトランスフォームされたのです。その「実」は後になってからあなたの言動の中で表されてきます。祈りの中であなたは主から何も聞かないかもしれませんが、あなたの霊の中に主が何かをインプットしてくださるのです。

 

イエスとの親密な関係を持つことが、今の時代のクリスチャン生活にとって実に「かなめ」となります。これから起ってくる出来事の中で、自分が主とどのような関係にあるのかを、一人ひとりがキチンと認識せねばなりません。即ち、自分と主との個人的な関係をしっかりと持たねばならないのです。

 

PK:これからはどうしてもある「分離」が起ると思います。聖書にも明らかですが、真理があれば偽りもあります。エデンの園には二本の木がありました。カインとアベルは共に主に捧げものをしたかったのですが、一人は自分の業により捧げ、もう一人は啓示により捧げました。イエスは同じ畑に麦と毒麦があると言われました。 毒麦は麦と同じように見えても、その中に命はないのです。今日ここで話したことの中には、「宗教」とか「伝統」にとっては不愉快なことがあると思います。私たちがキリストの霊とそれ以外の霊とを区別する物差しになるものについて話したからです。

第二コリント11章には「別のイエス 」「異なった霊 」「異なった福音 」と言うことばがありますが、「異なった霊」はまことの霊に対して必ず激しく戦いを挑んできます。それは、黙示録で「ニコライ派の教え」と言われているものであり、聖職者が一般信者をコントロールする霊です。一般信徒がヴィジテイションやヴィジョン、啓示を受けて霊的力を持つことを許さない霊です。必ずこの戦いがありますから、私たちはその備えをせねばなりません。キリストの花嫁はその戦いに備えていると思います。

 

ブラッド:戦いが激しいほど、天からのヴィジテイションも頻繁になると思います。戦いが始まり毒麦が勢いを持つ時、御国がすぐそこまで来ていることを私たちは知るのです。その時天の御使いたちがやってきて、大いなる収穫が始まります。それはなんと栄光に満ちた時となることでしょうか。人間の目には恐ろしく暗い日々のように見えるかもしれませんが、私たちが上にあるものに目を留め続け、神の視点から物事を見るならば、歴史上最高にすばらしい時となるのです。(対談終り)

 

訳者注

 この記事は大分前に訳したものですが、昨年WWGMに載せました。私たち夫婦はこのポール・キース・デイビス師とは四年年前に会って、丁度その時は私たちが日本に出発する直前でしたので、日本に行くミッションと守りのお祈りをしていただきました。

 私たちは「主の御臨在と共に歩く」WWGMミニストリーをしておりますが、ご存知のように、クリスチャンになる最大の恩恵・特典は、聖霊なる神が私たちの内に住んで下さるように主がなさることです。全知全能の神がいつも私たちと一緒に住んでいて下さるのですから、毎日主と会話しながら、全てを聞いて毎日を生きることができます。第一一緒に住んでいつも顔を合わせているのですから、会話をしない方がおかしいのです。そして、実際これほど間違いのない人生はありません。もしご興味がおありでしたら、拙書「主を見つめて待つ」「キリストの弟子」をお読みください。坂 達也

 尚、私のこの2冊の本は残念ながら目下在庫が無くなってしまいましたので、下記の方法でオンラインでご購読の上お読み頂ければ幸いです。 ついては、私たちが親しくしていただいているリーハイバレー・ジャパニーズ・ミニストリー(代表者 ロイド・美代牧師;もう既にご存知の方も多いと思いますが、多くの英語の書籍を日本語に訳して出版されたり、ユーチューブにも多くの情報を載せておられ、私たちのミニストリーよりはるかに大きく活躍されておられます。詳しくはぜひlehighvalleyjm@gmail.comをご覧下さい。)

 そのリーハイバレーを通して、この春から、私の2冊の本を電子書籍として、いつでもどこからでも読めるようにして頂きました。従って、インターネットに接続して、下記のページにログインし、このオンラインクラスに入学して(登録無料)アカウントを作っていただいた後で、私のコースを購入することができます。https://lvjm.teachable.com/courses 宜しくお願いします。(終わり)


11 11月

アメリカの総選挙の行方          WWGM 坂 達也 2020年11月11日


アメリカの総選挙の行方

 

              WWGM     坂 達也

 

 

 アメリカの総選挙の投票日は11月3日でした。そしてその三日後に、バイデン候補の当選がほぼ確実に決まったかに見えた結果、バイデン・ハリス候補はバイデン氏の地元でそれを祝うべく鳴り物入りの発表披露をしました。(これは大統領選で恒例のことです)今や世界中がそれがあたかも既成事実であるかのように認めています。そして、バイデン新大統領は政策発表と組閣人事に入ったことを表明しました。

 しかし、この間なりをひそめていたトランプ大統領が、6日後の11月9日に、「選挙は未だ終わっていない、自分はアリゾナ、ネバダ、ペンシルバニア、ジョージア州等(後にミシガン州を加える)を相手に選挙違反の疑いで訴訟・提訴し、その結果によって共和党側の大勝利を信じるという声明を発表しました。この提訴は、すかさずマッコネル共和党上院委員長が共鳴し、この際徹底して暴き出すべきであると表明したばかりでなく、今では連邦司法長官ウイリアム・バー氏も乗り出し、審査を始めております。そして最終的には最高裁の裁断に委ねられる可能性が充分にあるようです。

 

 アメリカの大統領選挙は選挙違反がつきもので、このような二大政党での醜い争いは今に始まったことではありません。事実、2000年の大統領選挙では、当時副大統領で大統領選に立候補した民主党のアル・ゴア氏は共和党新参のブッシュ大統領との戦いに破れた時、同じようにあらゆる面で相手の選挙違反を追跡しましたが、結果はブッシュ大統領に軍配が上がりました。

 

 アメリカの大統領選挙方法はご存知のように非常に複雑です。私も調べてみましたが正直なところよく分かりません。何故そうなったかと言えば、もともとアメリカは合衆国と言われるように国(フェデラル)の憲法、最高裁、上下院の国会は存在しても、伝統的に各州にかなりの自治権を持たせています。それに加えて二大政党がからんでいます。(その他の政党も認められてはいますが非常にマイナーです)従って実際にはその州の現政府の知事、市長、州議員がデモクラットの州か、共和党の勢力が強いかによって、選挙管理に携わる人が決まる場合が多く、開票を含む選挙管理も二党がガラス張りで見張ることになっていますが、現実には中立の監視人は遠くからしか見られない、等の事情で、これでは不正はいくらでもできる(したくなるようなシステム)としか考えられません。私は日本の事情は知りませんが、アメリカの場合は、不正が行われるのが常識となっています。

 

 4年毎のアメリカの大統領選挙では、時を同じくして、上院下院議員の一部改選、地方自治体各州の知事・市長その他の選挙も行われます。(加えて2年ごとの中間選挙があります。)

 大統領選の行方と共に、今問題になっているのは100名の上院の過半数を共和党が維持できるか、あるいは民主党が過半数をとるかが未だ決まっていません。今のところ共和党が1票多いのですが、最後の2票は再選挙になった州の結果次第でそれは年内には確定するはずです。上院の過半数を取ることが、最高裁判事の人選に大きく影響することは、最近トランプ大統領の推薦した保守派のエイミー・バレット氏が選ばれたことに見られます。これは先日ご報告した通りです。

 下院選挙では、今までは民主党がかなりの人数で過半数保って来ましたが、今の状況では、過半数は取れないにしても、共和党がかなり食い込んでいます。

 

 

コロナウイルス蔓延の影響

 

 今回の選挙は、折からのコロナウイルス蔓延の影響で、従来の「投票日に投票所に行って本人確認をして投票する」ことが難しいという理由で(主な理由:投票所では、何時間も待たなければならない、その間に2メートルの間隔は取れない等の事情から)「郵便投票」を認め、むしろそれを推薦したことによって、膨大な数の投票が郵便で行われ、それが不正投票を助長したことは明らかです。

 その不正たるや、日本人では絶対考えられないような不正が各州で、しかも党自体によって組織的に堂々と行われているのです。そのことは8月30日のWWGMメッセージ「アメリカの大統領選挙と、先週行われた二大政党の党大会の報告」でも書きましたので、ぜひご覧ください。

 以上ご報告した通り、大統領が替わるかどうかは、トランプ大統領の法律訴訟の結果次第で、しかもその調査は時間が掛かります。ということは、これから未だ未だ色々なことが起こり得るし、正式には新年1月20日の大統領就任式迄は何も決まらないということです。

 

 その結果で、アメリカ国内は大きな内乱(市民戦争)が起こることも充分考えられますが、それ以上に、トランプ大統領が再選するかどうかは、日本も含めて世界の情勢に大きく影響することだけは確かです。

 どう変わるかは、私はしばらく前にご報告した「アメリカの大統領選挙と、先週行われた二大政党の党大会の報告」をご覧ください。そこで申し上げたように、バイデン・ハリス新政権になるか、トランプ大統領の続投かでは、雲泥の差になると私は考えます。

 

 一つ申し上げられることは、万が一バイデン氏がなったとしても、リック・ジョイナー師が「今回程二大政党がこれ程のコントラストを見せたことはない」と言うにとどまらず、「トランプ大統領が最初の4年間でやり遂げた実績以上の業績を挙げた大統領は未だかって歴代大統領中一人もいない」と言い放ったように、私は、トランプ大統領は、今回の選挙後の法的訴訟を起こしたことで、アメリカ合衆国最大の問題である「選挙法改正」に寄与できるなら(来年以降にまで摘発は長引くでしょう)、これこそ今までの大統領の誰もできなかった「偉業」として大きく称えられると信じます。

 

 加えて申し上げれば、例え大統領がバイデン氏に替っても、バイデン・ハリス両氏の力量、業績、信用度と、トランプ・ペンス正副大統領のそれとは比べものになりません。特に、重要な信仰の差においては尚更です。

 そしてこの差が次の4年間で実績として顕れるとすれば、次の2024年の選挙では、トランプ大統領の政策を受け継ぐ立派な共和党の後継者が当選して、アメリカの政策はトランプ大統領の線にもどると予測しています。(終わり)


02 11月

アメリカの大統領選挙を明日に控えて         WWGM   坂  達 也 2020年11月2日


アメリカの大統領選挙を明日に控えて

 

            WWGM    坂  達 也

 

 

アメリカの大統領選挙を明日に控えて

 

            WWGM    坂  達 也

 

 

 10月30日午後、トルコとギリシャの間のエーゲ海を震源とするマグニチュードM7.0の強力な地震が起き、津波が発生しました。私はその地震で高層ビルが崩れる場面をネット上で見て身震いしました。

なぜなら、私は世の終わりに、神は人間の罪のさばきの前触れとして「・・・すべての造られた、揺り動かされるものが、地だけではなく、天も揺り動かし、そして取り除かれる・・・それは、揺り動かされない(永遠の)御国」が残るためである」(要約)とヘブル書12:26、27で神が語り、12章は「私たちの神は焼き尽くす火です。」という厳しい警告で終わっているからです。

一方、世の中は今、コロナウイルスというパンデミックが発症して一年になろうとしていますが、それが止むどころか、益々激しさを増して世界中を恐怖に陥れています。

 

最近私は、この疫病のパンデミック恐慌は、猛烈な台風で空高い天を揺り動かすだけでなく、身近な空中、水中、あらゆる生物の体内の隙間に侵入し、人間も、魚も鳥もあらゆる生き物に死の影が漂っていることに注目せざるを得ません。

 

 

創造主の神は今までに三度地球を破壊した

 

1.最初の裁き

 

神が最初に造られたものは天使・御使いであり、最初に罪を犯したのもその長である悪魔です。主は先ずその悪魔への報いとして、一度造った地球を破壊しました。

 

 

通常の聖書の冒頭(創世記1:1−2)には次のように書かれています。

「初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。」(新改訳聖書)一方、新共同訳聖書には、

「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」と訳されています

 

 

就いては、ここでアーサー・カスタンス師の創世記1:1−2の解釈をご紹介します。カスタンス師の解釈によれば 、日本語新改訳聖書の冒頭の創世記1:1、2「地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にありと訳されている同じへブル語の原文が

「前の時代に神は天と地を完成された。しかし、地は破壊され荒廃した。そしてさばきの闇がその表面を被った。……」となると言います。英語では

In a former state God perfected the heavens and the earth. But the earth has become a ruin and a desolation, and the darkness of judgement was upon the face of it. です。

 

カスタンス師は、カナダ人のれっきとした聖書学者、言語学者であり、又、人類学専攻の博士です。この解釈は彼一人だけでなく、ハル・リンゼー氏の他、アメリカではこれに似た解釈を信じている人が少なくありません。この解釈は、俗にギャップ・セオリーと呼ばれています。

また参考までに詩編104:30に大変興味を惹く聖句が書かれています。

「あなたが御霊を送られると、彼らは造られます。また、あなたは地の面を新しくされます。」

そこで上記のことばを最初に挙げた通常の聖書の2節の最後に当てはめれば

「破壊され荒廃した地の面は新しくされ(再創造され)た」ことになります。

 

私がこの違いを知ったのは、カスタンス氏が1977年に発行したTIME AND ETERNITY という題名の本を読んだ30年以上も前のことですが、正直なところ、大変なショックを受けました。大事なことの意味が全く大きく違うからです。しかし、実際このカスタンス氏の解釈が正しければ、神は一度、この聖書の書き出しの遥か以前に天と地を完成していて、その一度創造された地球が年月の経つうちに破壊された。それはルシファーが罪を犯したことへの神の裁きであると言うのです。従ってこの聖書の書き出しは、神の創造の地球における再建物語であると言うことになるので、それなら大分話は違います。

 

2.第二の裁き

 

 

 次に、アダムから数えて10代目に当たるノアについて、創世記6:9に次のように書かれています。「ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。」これだけでも充分に彼がどんな人間であったかが窺い知れます。しかし当時、最初の人間アダムから僅か10代も立たないうちに、早々、地上には罪悪が増大し、すべてが悪いことだけに傾く時代になっていたというのです。「地は、神の前に堕落し、地は、暴虐で満ちていた...実に、それは、堕落していた。すべての肉なるもの、地上でその道を乱していたからである。」(6:11)そこで神はノアに「人も家畜も空の鳥に至るまでわたしが創造したものを地上から消し去ろう」と言い、ノアに一艘のゴフェルの木から箱舟を造るように指示したのです。この船の大きさは長さ132メートル、幅22メートル、高さ13メートルと言う三階建ての巨大な木造船でした。 神はノアに命じました。「見よ、わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべて肉なるものを天の下から滅ぼす。地上のすべてのものは息絶える。わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。」(ノアと三人の息子夫婦で計4組の夫婦、全部で8人)

 また、「すべて命あるもの、すべて肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。それぞれの鳥、それぞれの家畜、それぞれの地を這うものが、ひとつがいずつあなたのところへ来て、生き延びるようにしなさい。更に、食べられる物はすべてあなたのところに集め、あなたと彼らの食糧としなさい。」ノアは、すべて神が命じられた通りにそれを果たしたのです。

 

 私はこのノアの箱舟の話を読む度に興奮し胸が躍ります。何故なら、ノアはこの巨大な木造船を造るのに、恐らく何の造船技術に関する知識も製材経験も無いままに、ひたすら神に聞いて、神からの指示だけを頼りにこつこつと造り上げたと考えられるからです。山から巨大なゴフェルの木を切り倒して運んで来る。それを製材・造作して木造船に建て上げる。(実は私は、58年前に渡米し就職した会社が日本向け木材輸出専門業社で、巨大な原木を含む原木と、それを製材して日本規格の製品にして日本に輸出する仕事に携わりました。)

 恐らくノアの仕事を助ける人は自分の家族以外にはいなかったと思います。彼の周りは、彼の家族を除いて皆、神が滅ぼそうとしているほど罪で堕落した人たちであったからです。ノアは船を造る傍ら、船を造る目的は「神の裁きが来るから悔い改めて、この船に乗りなさい」と説教しても、誰も聞く耳を持たず、かえってノアを嘲笑するだけでした。そしてノアの家族八人以外の全ての人間は水死したのです。

 ところで、ノアとその妻、それに三人の息子夫婦を神が選んだことには特別の意味があるのです。それは創世記1:28で神はアダムとエバに「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。・・・すべての生き物を支配せよ。」と命令しているように、神は初めから地球をできるだけ多くの神の家族で満たすことを最大の目的としていたからです。

 

第三の裁き

 

 前述のヘブル12章の「すべてを揺り動かし、最後は『火の裁き』で終わる」予定が最初から定められていました。

 

 

 

真っ二つに割れ、混沌とする今回のアメリカの大統領選挙

 

 端的に申し上げて、今回の選挙は、二人の「神を信じるクリスチャン候補」と、一方は、神を畏れない、この世の王である悪魔側に属することが明らかな二人のリベラルな候補との戦いであると言って過言ではないと思います。特に後者は「相手を誹謗する」だけで、政策のない「嘘・偽り」を平気でいう相手です。

 しかもその後者が、本日現在、8%近く世論調査で優勢であると言われます。私は今まで、他の多くの信頼の置けるクリスチャンと同じく、トランプ大統領とペンス副大統領の圧倒的(ランド・スライド)勝利を信じてそれを発表して来ました。ところがメデイアは、ほとんどバイデン・ハリス候補の勝利を予想しています。いよいよその土壇場に来ました。

 

 しかし、主は既に、日程的に危ない綱渡りのような状態下でしたが、新最高裁判事にエイミー・バレット氏を選ばれました。これは神の御力とご意向以外の何ものでもないと信じます。彼女が最近亡くなったリベラル判事の代わりに選出され、その最大の理由は、これで1973年にアメリカ最高裁で妊娠中絶の合法化をもたらしたRoe 判決を覆すことができるからです。私はノアのところで述べたように、神はできるだけ多くの人間を神の家族とすることが最大の念願であるからです。

 

 従って、私は今回の選挙の結末が、どんなに混沌として(最終結果を出すのに時間が掛かるでしょう)、どんなに大きな暴動と市民戦争に発展するにしても、神は決してアメリカを見捨てないことを示されたと確信して止みません。神は既に悪魔をイエスキリストの十字架によって裁き、その力をクリスチャンとその教会に預けておられます。そして、神はこの世の一切を支配する、ゆるぎない圧倒的権威を持っておられることを、アメリカの大統領選を含む、上下両院議員の一部入れ替え選挙等を含む明日の総選挙に先立って、お示しになられたのです。ハレルヤ!リバイバルが遂にやって来ます。

 従って私は、唯々、父なる神と主を心から褒め称えます。どうぞ日本の皆様も引き続きお祈りください。(終わり)

 

 


16 10月

リバイバルの前には、先ず悔い改めがなされねばならない    フランシス・フランジパン    2020年10月17日


リバイバルの前には、先ず悔い改めがなされねばならない

 

                  フランシス・フランジパン

 

 

 真のリバイバルは、ただ起こるものではありません。主が人々を訪問される前には、その前に人間の心の中が整わなければなりません。

 

わたしたちは救いを心から求めなければならない

 

 今日の教会ミニストリーでは、心の中で、罪を悔い改めようともしないで、神に助けを求めて叫ばなかった人々を救い出そうとして、前に出て来てもらい、祈ることがあまりにも多いように見受けます。その結果は,教会でそのように祈られた人々は、限られた救済を受けることができても,すぐに罪と抑圧に陥ってしまいます。

 解放を成功させる鍵は、解放を宣べ伝える前に、その人が解放される準備ができていて、解放されたいと思っているかどうかを見極めることです。その人たちは、本当に悔い改める気持ちを持っているでしょうか。偶像を捨てたでしょうか?彼らの心は真に神の方に向いているのでしょうか?

 

 個人としての私たちに対する神様のパターンは、教会として、あるいは一つの都市に対する神様のパターンと同じです。主は、私たちが助けを求めて叫ぶまで、私たちを救い出さなかったように、私たちの教会と都市のための戦いは、相当数の私たちが祈りの中で神に向かって叫ばない限り、勝利することはできません。都市全体の教会を祈りに導くキリストの目的は、全能者が応答できるような適切な心の態度を、先ず提供することです。聖書によると,救いとは,ある人が自分の現状を嫌悪して神に助けを求めて泣き叫ぶようになったときに始まったプロセスの最終段階です。

 

救出・解放者たち

 

旧約聖書は、救出とリバイバルのための神のパターンを明らかにしています。彼らはイスラエルの圧政者を打ち負かすために、神によって油注がれ、力を与えられた人たちでした。彼らは神によって特別に遣わされたのですが、彼らの到着はイスラエルの悔い改めと同期していました。悔い改めがなければ、救いはありません。

 この旧約聖書のリニューワルのパターンの本質は、現代の私たちにも適用できます。祈りと悔い改めが深く広く浸透している都市では、リバイバルが起こるのを目にすることができますが、実際にそれを起こす「解放の為の働き人」を目にすることはできないかもしれません。

 繰り返しになりますが、イスラエルのモデルを見てみると、国全体の罪が敗北をもたらし、外国の力による支配をもたらしたのです。そして彼らは異なる神々を崇拝するようになり、その結果、イスラエルはあからさまに神の律法を無視したので、経済的、文化的、物理的に国家が崩壊しました。かつては神の祝福を享受していた人々が、今では絶望と惨めさがこの地に満ちてしまいした。

 このような苦しみの中で、人々は神に向かって泣き、深く悔い改めたので、主は救出のための解放者を起こされ彼らの元に送られたのです。こうして悔い改めたイスラエルは、外からの圧政者に勝利しました。そして真の礼拝が確立されると、国家の平和と繁栄が続きました。

 

 リバイバルへの道のりは、予定表に従って設定されたものではなかったことに注意しなければなりません。裁きがいつまで続くのか、どれ程の悔い改めがいつ神の心を動かすのか、誰も予想することはできません。裁きにかかる時間は、常に私たちが予想しているよりも長くなるでしょう。決定的な要因は、心から罪を認め、真摯に神に立ち返ることです。それが起こる時、その土地の癒しが続きました。

 ネヘミヤは、民族の解放に先立つ悔い改めのパターンについて語っています。彼は祈りました。「そこで,あなたは彼らを敵の手に渡され,敵が彼らを苦しめました。彼らがその苦難の時にあなたに叫び求めると,あなたは天からこれを聞き入れ,あなたの大いなる憐れみによって,彼らに救う者たちを与えられ、彼らを敵の手から救ってくださいました」ネヘミヤ9:27

 

 私たちはこのプロセスを決して急いではなりませんし、私たちの祈りがすぐに神の介入を発動させない場合でも、挫折してはいけません。主は,国家が反逆の重圧の下で真に砕かれるのを待っておられます。しかし、私たちの真にへりくだった「執り成しの祈り」が,全能者に対する国民的な応答となる時に、その祈りこそが、私たちの最初のフルーツとなるのです。

 時には霊的な活動が活発になることもしばしばあるかもしれませんが、「民族的なリバイバル」が起こる前には、神に向かって「一致して叫ぶ民族」が存在しなければなりません。この期間は「苦難の時」と呼ばれ、国民が何年も主に向かって叫び続けなければ「民族的リバイバル」は完成しません。

人の不幸、神の心

 イスラエルがより深く罪に陥っている時には、神はイスラエルの罪の重荷と結果が彼らの魂を謙虚にするのを待っておられました。しかし、主はイスラエルの悲しみを無視されたのではありませんでした。彼らが反抗していた時でさえ、主は彼らの苦しみを感じておられました。主が「・・・イスラエルの苦しみを見るに忍びなくなった」(士師記10:16)とき、主は彼らに救う者たちを遣わされました。イスラエルの惨めさと絶望は、彼らが神様のところに戻るために準備されたものであったのです。

 出エジプト記のモーセと主の出会いにも、このパターンが見られます。(出エジプト記3:7-8 参照)

 主なる神は自分の民の苦難を見、彼らの叫びを聞き、彼らの苦しみを知っておられることに注目してください。神は人間の苦難から決して遠く離れておられません。事実、神は私たちの社会の悲惨さを背負っておられるのです。私たちの苦しみが神を苦しめ、私たちの苦しみが神の悲しみとなるのです。

 出エジプト記のテキストに戻りますが、神が聞いたのは単に彼らの祈りだけではなく、彼らの叫びを聞いたことにも注目してください。必要なものについて祈ることと、必要なもののために泣くこととは全く別のことです。神が慰めるのは嘆く者たちに対してです。

 

 私は1970年、カリスマ的刷新の時にキリストの救いの恵みに与りました。この神の動きは、100万人の母親たちの「昼も夜も」絶え間ない叫びの中から始まったのです。それは、自分の子供が麻薬に手を出したり、反抗的になったりしていることに深く悩んでいた母親(と父親)の絶え間ない叫びから生まれました。彼らの祈りは宗教的な規律ではなく、彼らの存在の中心となるものでした。彼らの絶え間ない執り成しの涙と泣き叫びが神の前に勝り、神は彼らの子供たちを救い出してくださいました。

 

 私たちの時代にリバイバルを遅らせているのは、おそらく、私たちが悩んでいても、社会の状況に悩まされているわけではなく、悲しんでいても、まだ泣いているわけではないからでしょう。

 まだ少数派ではありますが、これらの執り成し者たちは自分たちの街の苦悩を魂に宿しています。彼らは虐げられている人々の叫びを聞き,生まれてもいない人と生まれてきた人の苦しみを知っています。神は彼らの祈りに応える準備ができています。彼らの苦悩の胎から、神は救いをもたらされるのです。

 祈る教会は、「執り成し」に捧げる時間とか期間を制限してはなりません。神は季節だけではなく、祈りの生活を求めておられます。

  これらすべてがリバイバルとどのように関係しているのでしょうか。霊的なリニューワルは、私たちの都市と国家のための唯一の解決策であるからです。それは、神に助けを求めて絶え間なく叫ぶすべての人への神の答えです。

 主よ、魂の救いの代わりに一時しのぎの助けを求めたり、あなたの完全な御心の代わりに近道を求めたりすることをお赦しください。主よ、私たちは、あなたの心が苦しんでいる人々の真の叫びを拒むことができないことを知っています。だから、私たちは今日、あなたに叫びます。あなたの臨在の雨を私たちに送り返してください。慰めと無関心を求める私たちの欲望から私たちを清めてください。あなたがあなたの誠実さを尊び、私たちの土地に復興をもたらすことができる場所に私たちを連れて来てください!あなたの栄光のために、私たちは祈ります。あなたの栄光のために祈ります アーメン(終わり)


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