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08 05月

世の終わりの宣教とは何か ー  それは マルコによる大宣教命令       坂 達 也


世の終わりの宣教とは何か ー

         それは マルコによる大宣教命令              

 

                  坂 達 也

 

 私たちは今、世の終わりが近づいた「御国の時代」に生かされております。

 

 マルコによる福音書の最後のところで、よみがえった主イエスが十一人の弟子たちに現れ「『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。『信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。・・・』」(マルコ16:15−16)と言われました。これがマタイ福音書の末尾にある主の「大宣教命令」と同じであることは疑いの余地がありません。

 しかしマルコでは、この命令に続いて「『信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。』主イエスは彼らにこう話された後、天に上げられて、神の右の座に着かれた。そこで彼らは出て行って、至る所で福音を述べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」(マルコ16:17−20)と書かれています。

 

 ここで気が付くことは、通常私たちが未信者に紹介する救世主キリストによる「救いの福音」とは、上記の15−16節だけで、多くの場合、それでお終い、後に続く17−18節「『信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。』 の部分を省いてしまうことです。もしそうであれば、15−16節だけが、あたかもキリスト教の最終目的であるかのような印象を与えないでしょうか。しかし一世紀の使徒たちは、イエスにいわれた通り、イエスがなさる業を忠実に見習って超自然の力を用いたパワーフルな福音を実行に移しました。

 マタイ10:7で、イエスが十二弟子を弟子訓練の一環として宣教旅行に出されたときに「『天の御国が近づいた。』と述べ伝えなさい。病人を直し、死人を生き返らせ、らい病をきよめ、悪霊を追い出しなさい。・・」と言われました。これは前述のマルコの大宣教命令と同じ内容です。

 そして今は、それと同じ福音をたずさえて私たちが出て行く時です。そこで改めて「天の御国の時代とその福音」とは何かを、その原点にもどって考察してみたいと思います。

 宣教旅行に出る人を例えてみれば、それは行商人のようなものです。私たちの売り歩く「商品」は「イエス・キリスト」とその「天国」です。普通、ある商品を売る時に一番効果的な方法は、その商品の効能をくどくどと説明するよりも、その良さを実演して見せることではないでしょうか。そうであるなら私たちクリスチャンも、人の見ている前で「病人を直し、死人を生き返らせ、らい病をきよめ、悪霊を追い出す」ことを実演して見せれば、黒山のように人が集まって来ないでしょうか。それがイエスご自身のやり方でした。主は私たちに今それをしなさいと言われています。そのようにして集まった人々に、イエスとその御国の話を説けば、説得力が抜群に出ることに間違いありません。

 もう一つの効果的な方法は預言の賜物を用いることです。そのよい例は「知識のことば word of knowlege」の活用です。ご存知の方も多いと思いますが、ショーン・ボルツ師という方が、全く面識のない人に向かって、その人の家族の状況とか、普通誰も知るはずがない情報を言い当てます。当てられた人は大変驚きます。それと同じように、もしあなたが知らない人に向かって「今あなたはこういう大きな問題にぶつかって困っていますね」とか「あなたは自殺しようとしている」あるいは、その人の誰にもいえない罪を犯している内容を言い当てれば、その人はショックを受けてがぜん聞く耳が出て来るはずです。その時にすかさず「それを救う救い主」として「イエス・キリスト」を売り込めば「買ってくれる確立」は非常に高くなると思いませんか。

 それに反してイエスの弟子であるはずの私たちが「天の御国の福音」を実践して見せずに、聖書の神学的理屈だけを「救いの福音」として長々と説こうとすれば、セールスの実につながりません。私もいやと言う程そういう失敗をして来ましたことを認めます。

 「救いの福音」と「御国の福音」とは同じであるようですが、実は明確に区別して認識すべきであると思うのです。すなわち、キリストが説かれるメッセージの最終目的は、キリストによる「天の御国の福音」であって、「救いの福音」はあくまでその一部、あるいは入口に過ぎないということです。

 

 バプテズマのヨハネは「悔い改めにふさわしい実を結べ。」と叫びましたが(マタイ三:8)その実とは、単にキリストを信じて死後に天国に行けることだけを指しているのではありません。それだけしかいえないならば、他の多くの宗教も「死後の極楽浄土行き」等の空約束とあまり変わりありませんから説得力に欠けます。なぜなら、それが事実かどうかは死んでみなければ分からないからです。

 ですから今の時代に生きる私たちは、キリストの名において、この世で天国と同じ状態を実現してみせるべく「病人を癒し、死人を生き返らせ、悪霊を追い出す」ことによって、私たち自身の過去の間違いを悔い改め、その悔い改めにふさわしい実を結ぶ宣教をすることを提案させていただきたいと思うのです。その意味で、もし私たち現代のキリスト教会が「天国をこの世で実証できない」のであれば、キリストとかバプテズマのヨハネが罵倒した当時のユダヤの「宗教家」とあまり変わりはないと私は危惧するのです。

 

 もう一つ私たちが悔い改めねばならないことがあります。それはバプテズマのヨハネが「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方(イエスキリスト)は、わたしよりも優れておられる。その方が、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。」(マタイ3:11新共同訳)と言ったように、「聖霊と火」の洗礼があるにもかかわらず、それを受けようとしないクリスチャンが未だ大勢存在していることです。多くのクリスチャンが「それはキリスト教の教義解釈の問題であり、私たちの教派はそれを信じないので行いません」と言うだけでは済まされないと思います。私は聖霊のバプテスマを受けることがどれ程御国のミニストリーに「必要欠くべからざること」であるかがこれからの時代で証明されると信じます。

 

 ビル・ジョンソン師は次にように言っています。「救いの福音は、人々を救いに導いて天国に行かせることに焦点を置きますが、御国の福音は、人々の生き様、住む街々、国々を抜本的にトランスフォーム(変革)することに焦点を置きます。そのために御国に神(イエス)ご自身が(王として)君臨します。それは天の御国の現実をこの地にもたらすためです。私たちクリスチャンは天国に行くのが最終的なデスティニーですが、その前に、この地に神の御国をもたらすために王から与えられた仕事(asignment)をしなければなりません。従って王から命令された仕事をすることと、天に行くデスティニーを混同しないようにしてください。」(2017年3月号カリズマ誌に載ったビルジョンソン師のメッセージより)

 勿論、こう言われるのはジョンソン師だけではありません。今では多くの終末の使徒と預言者たちがそれを強調するようになりました。

 

神の御国をこの世で立ち上げるのは私たち

 

 「神の御国とは何か」を突き詰めれば、それはイエス・キリストが王である神の王国です。この王は、宇宙とそこに存在するすべての被造物を造った創造者として、そのすべてを永遠に統治する全知全能の絶対君主である方です。そして重要なことは、その王は現在、天の御座におられる父の右に座しておられ、未だこの地には帰って来ておられない不在の王であることです。しかし主は地上に神の王国を立て上げる仕事をクリスチャンの私たちに委ねられているのですから、私たちの責任は非常に大きいのです。王は設計者として上から建設現場にいる私たちに毎日細かい指示を出しておられます。しかし、もし私たちが王の指示をよく聞けないとすれば、主のしもべとして本当によい仕事ができるでしょうか。主は私たちが常に主の忠実なしもべであることを期待し、「わずかなものに忠実であったからあなたにたくさんのものを任せよう。」とおっしゃる王です。

 

 私たちは、一地域教会に属する信徒としてその運営さえできていればよいのではありません。王国であれば、王国の経営に必要な政治・経済・教育からあらゆる分野での組織作りをし、適切なリーダーを立て、その下でたずさわる有用で忠実な働き人を育てて配置しなければなりません。従って、私たちが主からの命令と指示を注意深く聞く能力を持つことは絶対に不可欠です。まして私たちは「キリストの花嫁」ですから、主人のキリストと親密なコミュニケーションができていて当然です。

 

霊の目で主を見つめることの大切さ

 

 そのために必要なことは、先ず、私たちが霊的な「見る眼」と「聞く耳」を持ち、超能力の源である霊の領域に目を向けることではないでしょうか。そのために次の聖句をご覧下さい。

 「からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、もし目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それなら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう。」(マタイ6:22ー23)

 この御ことばは、私たちが霊的なものに目を向けることがどれほど重要であるかを強調しています。又、2コリント3:18もそうです。

 

 「わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。」

 特にこの聖句は「主を見上げる」ことによって、主の「霊的な栄光の光」が見上げる人の目を通して身体に入って来ることを学ぶことができます。そして、その人の内部が栄光から栄光へと主と同じ姿に霊的に変えられるという大変重要な目の働きを教えてくれます。

 重要なことは、私たちは肉の目を通して、霊の世界も見ることができることです。それは主がエリシャの要請に応えて、エリシャの召使いの目を通して霊の世界に起こっていることを彼に見せました。(二列王記6:17)これによって人間は、肉の世界と霊の世界の両方を見ることができることが分かります。

 又、私たちは幻とか夢をよく見ますが、これも目で見る、あるいは「心の目」で見るのであると思います。そしてもう一つ重要な聖句があります。それはヨハネ5:19、20です。

 「子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。それは、父が子を愛して、ご自分のなさることをみな、子にお示しになるからです。・・・」

 この御ことばが意味するところは、主を見つめていると「主がなさっておられること(御心)が見えるようになる」ということであると私は信じます。

 そうであれば、私たちは願望と信仰を持った「熱い目」で、極力多くの時間を「主を見上げる」ことに費やすことが、私たちの霊性を高めるためにどれ程大切であるかがご理解いただけるのではないでしょうか。

 

どうしたら霊の世界が見えるようになるのか

 

 結論から先に申し上げれば、それは訓練と経験を積むしかないということです。弟子訓練ということばがありますが、その英語は discipleship であり、その動詞のdiscipline は「訓練・しつけ」を意味します。そうであれば弟子訓練とは、学校に行って「頭の知識」だけを詰め込むことではなく、むしろスポーツ選手のように毎日血の出るような激しい「訓練と実地経験」を積み重ねることが必要です。さうでなければ本当に「自分のもの」にはなりません。多くの人は途中で諦めてしまいます。

 オリンピック選手になるには毎日人の二倍三倍のたゆまぬ訓練をする必要があります。有名なピアニストであり続けるには一日五時間の練習を欠かすことはできないそうです。バレリーナもそうです。それと同じように、普通のクリスチャンであっても信仰の訓練を重ねれば、誰でも超能力に到達できるのです。

 

 霊的訓練の最たるものは、40日間水も飲まない断食を行ったモーセに見られるのではないでしょうか。しかも彼はそれを二度続けて行ったのです。

 驚くべきことに、これ程長い間、水も飲まずに顔と顔をつき合わせて神を見つめたモーセはその断食では死にませんでした。これは、主の御前に出ている限り死も不可能もないことを証明していないでしょうか。彼がその直後に山を下ったとき、民はモーセの顔があまりにも眩しく輝いているので顔に覆いを掛けてくれるよう頼んだ程でした。

 これは私たちの霊的成熟の究極の目標が「神なる主と常に顔と顔を会わせて」いつも主のなさりたいことが「見える」「聞ける」親しい関係に入ることであることを示していると思います。そうなれば、私たちは毎日、主と親しくコミュニケーションすることによって、主から託された仕事の指示を忠実に実行できるようになります。そうすれば主は喜ばれ、アモス3:7にあるように「まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。」つまり、私たちが最愛の妻とか最も親しい友人には何でも話したい、話さずにはおられないのと同じように、主は信頼できるお気に入りのクリスチャンには何でも語ってくださるようになると思います。

 皆さんの中には既に神との関係で「主のお気に入り favorite」になられた方が大勢おられると思います。それは牧師とか教会のリーダーでなくても、クリスチャンなら誰でも、主と個人的に親しい intimacy の関係に入れますし、そのような人はみな立派な「主のお気に入り」です。私も長年主との関係がそうなるように務めて来ましたが、やっと最近、主の御声がよく聞こえるようになって来ました。私は文章を書くのが仕事ですが、筆の進みが遅いのでいつも苦労しています。ところが最近、よく主を礼拝したり、主を見上げる時間を長く過ごしたような日の翌朝は、私がお願いする前に、主は待ちきれなかったかのように、私が書くべきことをどんどんと語ってくださいます。

 

主から個人的に弟子訓練を受ける

 

 一世紀のキリストの直弟子たちは、何もかも捨てて主の家に住み込み、毎日主と向き合って暮らすという、本当にうらやましいような弟子訓練を受けました。しかし考えてみて下さい。私たちも彼らと同じ状況の中で、今でも主から直接毎日訓練が受けられるのです。それは主が聖霊を通して私たちの中に既に住んでおられるからです。御存知のように、私たちも天にある主の右座が私たちの座るべき席であり、そこにはいつでも行くように招かれているのです。キャット・カーというご婦人はつい先日、ジョイナー師のカンファレンスに招かれていましたが、彼女は毎日のように、時には一日二度も天の御座に行くそうです。

 そして、前述の2コリント3:18のところでご紹介したように、いつでも「主を見上げて主を見つめる」ことによって主の前に出られるのです。私は今のところそれ以外の方法を知りません。しかしモーセがシナイ山上で主に向き合って主とお話したのですから、私たちもできないはずはありません。ですから私たちも同じように、個人的に主と向き合い、見えるようになる迄、とにかく主を見上げるしかないというのが私の今迄の経験から学んだことです。そして、主は「信じる者にはどんなことでも出来る。」(マルコ九:二三)と保証しておられるのですから、それを続けていれば霊の世界が見えて来る、聞こえて来ると、私は信仰で信じて実行しています。そして希望の光が見え始めて来ています。

 

 とは言っても、これは確かに大変なチャレンジです。しかし聖書が説く「強い信仰」「真の愛」「自分の十字架を担ぐこと」等はどれをとっても楽にできるものは一つもないではありませんか。みな、とてつもなく激しく、執拗で諦めない強い意志と情熱を要求します。それはまさにマタイ11:12に「バプテストのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく・・攻める者たちがそれを奪い取っています。」と書かれている通りです。

 

 主と親しくなって「見る、聞く」という基本ができるようになれば、後の超能力の訓練については、どうすれば得られるかを直接主にお聞きください。それはまさに「信仰の訓練」です。主は必ず皆さんのデスティニーに適ったよい方法を教えてくださいます。

 最後に申し上げたいことは、単に外国から超能力を会得した使徒や預言者たちを呼んでのカンファレンスに出て話を聞いたり、祈ってもらうだけでは、主と個人的に親しくなれるとは限らないということです。今神は、私たちが誰かを通して預言を受けるよりも、自からが神と親しくなり、神から直接預言を受けることを何よりも望んでおられると思います。 (終り)


28 03月

「WWGMのみなさんに伝えなさい。」      坂 達也     3月28日朝


「WWGMGMのみなさんに伝えなさい。今は主の前に出るときであると。」

今朝、主の御前に出ていると、主からこれを伝えるようにといわれましたのでお伝えします。主は語られる主です。主を見上げて御前に出てください。主は今、語られます。主の御声をお聞きください。 喜びにひたり、主をほめたたえてください。ハレルヤ!   坂 達也


09 03月

日本の皆様、エステル記に書かれたプリムのお祭りのための断食祈祷にご参加ください        坂  達 也


日本の皆様、エステル記に書かれたプリムのお祭りのための

断食祈祷にご参加ください

                 坂  達 也

 

 イスラエルではプリムのお祭りが、今年は3月11日夕方から12日夕方迄行われます。御存知のように、エステル記によれば、王妃エステルはユダヤ人の一大危機を救うために死を覚悟して王に会いに行くことを決意し、そのために自分も含め回りの人たちに三日三晩断食することをモルデカイに要請しました。

 

 今年のプリムの祭りが近づいたとき、二人の女性がルー・イングル師(コールの主催者)に「断食祈祷の集会」を呼びかけて欲しいと要請して来ました。それを受けたイングル師自身がその直後に一つの夢を見たのです。それは「今のトランプ政権を襲っている強力な悪霊の死の力を打ち破るにはこれしかないという、国を挙げての一大断食祈祷のムーブメントが起こる」という夢でした。

 そこでイングル師は直ちに、現在アメリカを襲い、又これから起こる「反ユダヤの霊によるハマンの一大陰謀」を阻止するために、プリムの前日の3日間(3月8日夕刻から11日の夕刻迄)断食祈祷することを呼びかけたのです。従って、先程ご報告したオハイオ州における「 POTUS Sield 祈りの集会」と同一の主旨による(どちらもイングル師が関係しています)祈祷会ですので、ぜひとも日本の皆様にもお祈りにご参加いただけますよう、取り急ぎお願い申し上げます。(終り)


09 03月

トランプ大統領のために祈ってください     坂  達 也    2017年3月9日


トランプ大統領のために祈ってください

 

                   坂  達 也

 

 本日から三日間(3月9日ー11日)オハイオ州キャンフィールド市で、トランプ大統領のために祈るとりなし手が全米から集まり「 POTUS Sield 祈りの集会」を持ちます。( POTUSとは President of the United States の略, Sield は身をかばう楯の英語です)この祈りの会を主催している人たちには、リック・ジョイナー師、シンデイー・ジェイコブ師、ルー・イングル師、それにアルベーダ・キング夫人等多くの著名人が含まれています。

 

 ご存知の通り、今アメリカはトランプ大統領が就任して以来、最大の危機に面しております。私たち夫婦は昨夜から祈り始めましたが、今朝、このとりなしの集会の日に当って、大統領への祈りとして詩篇26章が与えられました。

 私は、ダビデ王自身が、この詩篇を通して、トランプ大統領に代わってこの祈りを主にささげていることを強く感じました。皆様もぜひ、トランプ大統領に代わって、このダビデの祈りを声を出してお祈りください。主は皆様のお祈りをかならず聞き届けてくださると信じます。

 

私を弁護してください。主よ。

私が誠実に歩み、

よろめくことなく、主に信頼したことを。

主よ。私を調べ、私を試みてください。

私の思いと私の心をためしてください。

あなたの恵みが私の目の前にあり、

私はあなたの真理のうちを歩み続けました。

私は、不信実な人とともにすわらず、

偽善者とともに行きません。

私は悪を行う者の集まりを憎み、

悪者とともにすわりません。

主よ。私は手を洗ってきよくし、

あなたの祭壇の回りを歩きましょう。

感謝の声を聞こえさせ、あなたの奇しいみわざを

余すことなく、語り告げましょう。

主よ。私は、あなたのおられる家と、

あなたの栄光の住まう所を愛します。

どうか私のたましいを罪人とともに、

また、私のいのちを血を流す人々とともに、

取り集めないでください。

彼らの両手には放らつがあり、

彼らの右の手はわいろで満ちています。

しかし、私は、誠実に歩みます。

どうか私を贖い出し、私をあわれんでください。

私の足は平らな所に立っています。

私は、数々の集りの中で、

主をほめたたえましょう。(詩篇26:1−12)

 

 私が付けました下線の部分は、まさにトランプ大統領に反対し、彼を何としてもおとしめようとするクリントン夫妻グループ、その背後で画策するオバマ前大統領と、それを支えるソロス氏等による莫大なわいろ作戦で買われた多くの国会議員たちと、一部の反トランプ派の国民、それに同調して煽る悪質メデイアを指しているように思えます。

 

 皆様のお祈りを心から感謝申し上げます。(終り)


06 03月

2017年 WWGM の計画と献金のお願い     坂  達 也  2017年3月6日


 

2017年 WWGM の計画と献金のお願い

 

                  坂  達 也

 

 

一粒の種が地に落ちて死ねば、豊かな実を結ぶ

 

 すべてのことに豊かになることを望まない人はいません。第一に主ご自身が私たちがそうなることを望まれています。その豊かになる秘訣は唯一つです。それは「神と人に与える」ことによってです。しかも、あなたの「与え方の度合い」が「主があなたに与える度合い」を決めます。それはすなわち、私たちの「霊的成熟の度合いがその人の人生におけるすべての繁栄の度合いを決める」のです。

 

 私たちのミニストリーでは昨年から、一年に一度「献金のお願い」のキャンペーンをさせていただくことにしました。昨年は一月にそれをお願いしましたが、その結果を先ずご報告させていただきます。

 目標額として皆様にお願いしましたのは、月平均額10万円、すなわち年間百二十万円でした。これに対して昨年一年間で、約その半額の60万円を頂戴しました。これは本当にすばらしい恵みです。心から感謝申し上げます。

 私たちとしましては皆様からのご献金の額が少なかったとは決して申し上げません。なぜなら、私たちの必要はすべて主が与えてくださっているからです。

 

 主は、私たち自身が一年にどれだけの献金を主の御国のため喜んで捧げているかを見ておられます。私たちの属する教会は、全収入の10%を教会に、加えてその他への特別献金として5%=合計15%を献金するよう奨めており、私たちはそれに従っています。その結果、私たちは昨年一年を通して、主が私たちの必要を有り余る程に充たしてくださった一年であったことを、皆様にご報告させていただきます。

 従って、「皆様がなさる主へのご献金」の中から、これ程たくさんのものを私たちのミニストリーに頂戴いただけましたことは、唯只主と皆様に感謝あるのみですし、心からお喜び申し上げます。

 

 ですから私たちは、皆様が、何をさておいても、先ず十一献金を主に捧げることをお薦めします。その捧げ方は主にうかがってください。周りに貧しい人がおられたら助けてください。これは立派な主へのささげもので(主にお金を貸すことになり)主は喜んでその人にふんだんにお返しになられます。

地域の教会に属し、その教会を支えることを主にコミットしておられる方はどうぞそこへ献金してください。又、二人三人が集まるところは教会(コイノニア)ですから、広い意味で私たちのミニストリーに参加してくださることも主にうかがってみてみてください。私たちのミニストリーのブログを継続的に読んでくださる方、そして経済的支援をして下さる皆様は私たちにとって霊的な「パートナー」であると心より感謝しております。

 主とその教会に捧げることはよく種まきに例えられます。一粒の種から少なくとも30、60,100倍に実ります。それどころではありません。主ご自身が一粒の種としてご自分をお捧げになり、私たちという何千万何億と言う「実り」を刈り取られたのです。であれば、私たちが自らを主に捧げることによってものすごく豊かな実りをいただけると信じます。

 「・・・一粒の種がもし地に落ちて死ななければ、それは一粒のままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世でそのいのちを憎む(死ぬ)ものはそれを保って永遠のいのちに至るのです。わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。」(ヨハネ12:24ー26)

 

 私たち主に刈り取られた者は「主に仕えるもの」になったのですから「わたしについて来なさい。」と主はいわれます。それはすなわち「自分に死んで、主のいる所に常にいるもの」となることです。私はこのことを今年の1月9日のWWGMで、主が私に「2017年はヨハネ17章の年」であると示されたことを書きましたが、その17:24節で「わたしがいる所に、わたしに仕える者もおらせてください。」と主は父にお願いしています。その意味は、私たちが個人的に主と親密な関係に入ることです。そして主と完全につながり abiding「毎日御声を聞きながら 主に忠実に従って生きる」ーこれが私たちの「御国の生き方」の最終目標であり、究極の繁栄をもたらします。

 又、献金に関しては、もう一つの霊的法則があります。それは「霊的成熟の度合いがその人の人生におけるすべての繁栄の度合いを決める」ことです。その基本は旧約聖書に出て来る神を求める王たちが「主を求めていた間、神は王を栄えさせた。」と2歴代誌26:5に書いてある通りです。その他、「エルサレムのために平安を祈れ。エルサレムを愛する者は栄える。・・・」とも詩篇の122篇に書かれています。

 

WWGMの2017年の目標

 

 私たちのミニストリーは、皆様の「霊的成熟」に少しでも多く貢献することを第一の目標としています。なぜなら、クリスチャンが霊的に成熟すれば「神の国とその義とをまず第一に求める人」になり、そのような人を主は、御国をこの地に建て上げるために大いに用います。そうすれば、「それに加えてすべてのものが与えられて繁栄」するからです。

 そうであれば、主は私たちのミニストリーが、皆様の霊的成熟にどれほど貢献させていただいているかを見ておられます。

 そして私たちの WWGM が主に従って忠実により良い「霊的な糧」を皆様に提供し続ける限り、主は私たちのミニストリーをより充実させ、それによって皆様ばかりではなく、私たちをも大いに祝福してくださると信じます。

 

 従って、私たちの今年の目標は、一にも二にも私たちのミニストリーをより充実させ、拡張することにあります。なぜなら、終末の時代には、主が私たちを通して「天の御国」を地にもたらす御計画であるからです。

 すなわち、イエスキリストの福音とは、単に人の罪を赦すだけでなく、天にあるあらゆる超自然の恩恵を、地にもたらすことにあります。それは「主の祈り」に書かれている通りです。そのために

(一)私たちは今1週間に一度のメッセージをお送りしていますが、これをもっと増やし、より幅広く充実した内容にすること、そして出来れば、日本での集会を増やし、皆様とのお交わりを深めたいと願っております。その点どうぞ皆様からのご要望をぜひお聞かせくだされば幸いです。

 ですからもし私たちのミニストリーの目標にご賛同される皆様には、パートナーとして積極的にご参加とご支援をいただき、それによって主からのより豊かな実りを共に分かち合わせていただくことが私たちの切なる願いです。

 

(二)私の量子論に関連した本も今年はぜひ書き上げて出版させていただきたいと願っております。ぜひお祈りください。

(三)昨年は出来ませんでしたが、今年は日本ばかりでなく、アメリカ各地の主要な教会とミニストリーの拠点、それにリバイバルが起こる気配が既に出て来ている場所を訪ねたい願いを持っております。

(四)私たちは昨年末(年始)にご報告しましたように、後2−3ヶ月でニューヨークに移住します。私たちのニューヨーク移動は主の御心・ご計画として受け取っておりますので、どうぞ皆様のお祈りに加えていただきますようお願い申し上げます。

 

 以上のようなビジョンを与えられていますので、今年の皆様からのご支援目標を出来れば、昨年の二倍の月額20万円を目標とさせていただきたいと願っております。ぜひとも私たちのミニストリーへ、パートナーとしてご参加くださいますようお願い申し上げます。

 

献金を御希望の皆様は下記にお願い致します。

 

 私たちへの献金の振込先:

 ゆうちょ銀行 記号番号 12120−78497141 バン タツヤ

 

 尚、ご送金の際は、どうぞ皆様のお名前と金額をEメールで私たち宛にお知らせいただければ幸いです。それによって、私たちは皆様とのコミュニケーションを取らせていただきます。私たちのメール・アドレスは tatsuyayumiko@gmail.com です。ご質問があればどうぞこのアドレスにメールを頂戴したくよろしくお願いします。(終り)


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