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14 10月

神との関係をレベルアップする(その2) グラハム・クック 2019年10月14日


神との関係をレベルアップする(その2)

グラハム・クック

もしあなたが御国の実力者になりたいならば、イエスがあなたにとってどれほどの方かという深みを知らねばなりません。神の愛を本当に理解する時、あなたは高みに上るのです。神は今、「キリストが私たちにとってどういうお方か」という私たちの土台を強固なものとし、イエスの中に私たちがさらに深く入るようにと招いておられるのだと私は思います。


これからあなたのデボーションの時のために、あなたと神の関係のために預言をしたいと思います。どうかこれをいつも見て、どのように祈ればいいのかを学んでください。これをあなたの祈りのノートに書き留めて祈ってください。

あなたのための神のことば

わたしはあなたを永遠の愛で愛しました。そして慈しみと愛をもってあなたを私の臨在へと引き寄せました。わたしはあなたをわたしの息子イエスの中に入れ、わたしがイエスを扱うのと同じようにあなたを扱えるようにしました。イエスはわたしの愛する子であり、あなたも又彼の中にあって、神に愛されている者です。
あなたのうちに信仰を生まれさせたのは、わたしの愛です。あなたが困難な状況の中で、恐れや不安を抱かずに立つことができるのは、わたしの喜びがあるからです。わたしの威厳ある力があなたを勝利させるのです。「わたしはある」というものがあなたに信仰を与え、情熱を与え、勝利させるのです。わたしの計画はあなたに王のような威厳のある心と思いを与えることです。

わたしたちは(父、子、聖霊)、非常に強い期待をもってあなたを見守っています。わたしたちはあなたがキリストのうちにあって、キリストのようなることを学んでいることを大変喜んでいます。あなたがわたしたちのうちにあって今の新しいシーズンにどのような者になるかを、大きな期待をもって見守っています。

わたしたちはあなたのキリストにある旅路に深く関与しています。ですから、あなたがわたしたちから最大の厚意(フェイバー)を受けて生き、あなたのために整えてある溢れるばかりの豊かさを享受し、主のうちに住む許可をわたしたちは与えます。あなたが成長していく姿にわたしたちが心を奪われているように、あなたも人生を100%生きてください。わたしたちがあなたのためにしているすべての事にあなたが注意を払う許可を与えます。わたしたちがあなたのフォーカスであり、あなたの情熱であり、あなたの人脈です。あなたが今まで経験したことがないほど楽しみ、物事をよく見て、成長する許可を与えます。

あなたはこの人生の中でわたしたちと同じようになるのです。あなたの「新しい人」には、この世でイエスが生きたように生きることを一番の目的とする許可が与えられています。

あなたに与えたすべての約束は「しかり、アーメン」を携えています。あなたは2倍の祝福と厚意を神から受け、有利な立場に立っているのです。わたしたちはあなたが御国で何倍もの力を持つ人になって欲しいのです。ですから、わたしたちは言います。「わたしたちのところにきて、わたしたちと共にあなたの座に着きなさい。わたしたちがあなたのために整えたすべてのことにおいて、安息し、信頼し、感謝することを学びなさい。」

わたしたちは忠実さを好みます。ですからあなたが何よりもわたしたちの言葉を信頼することを求めます。あなたが「それは必ず起こる」と期待して生きるように今訓練しています。わたしたちは、あなたの人生で起こるすべての状況、出来事を用いてあなたを訓練し、啓発し、昇格させ、昇進させて、あなたが今まで以上にキリストの内に、そして御国に来るようにします。そしてキリストにあって、最早この世に束縛されることなく、荘厳な御国へと解き放たれることを宣言します。

わたしたちは、神の偉大さがあなたの新しい基準(普通のこと)になる許可を与えます。その代り、わたしたちは一つの事をあなたに求めます。あなたに対するわたしたちの忠実さを信頼し、どのような状況にあっても信仰を告白することです。なぜなら信仰の告白は、わたしたちと同じように見、考え、話すための力をあなたに与えるからです。それによってあなたが新しい人となり、わたしたちのようになるための力が与えられるからです。

あなたは将来をつねに喜びをもって期待し待ち望みます。あなたはすべての状況は好転すると予期し、すべての状況をわたしたちの尊厳のある目を通して見ます。それによってあなたの心は新しくされ、すべての事を御国の中の出来事に一変させることができます。

あなたは、御国の知恵と啓示の霊を与えられ、何ものにも阻まれない固い真理を掴むので、 イエスが真にあなたの道、あなたの真理、あなたの命となります。

わたしたちの輝く愛からあなたを引き離す告発や辱めはありません。却って、わたしたちとの交わりが与える力を放つ確信に満ちた大胆さが、あなたがそれを最も必要とする時のために育まれています。

あなたはわたしたちの中にいます。わたしたちは変ることがありません。わたしたちは永遠に真実であり、不変です。あなたがどれほど成功しても、又どれほど失敗しても、わたしたちは全く変ることはありません。ですから、あなたがどのような状況にあっても、わたしたちはあなたのそばにいてあなたを助けます。わたしたちはあなたに誠実であり、忠実であり続けます。

ですからわたしたちに対してあなたも同じように誠実で忠実であるように、あなたが自分を訓練する番です。あなたはわたしたちの内にあり、わたしたちは常に喜んでいるのですから、あなたも心配したり、恐れたり、不安になったり、くじけたりしないように訓練するのです。
わたしたちはいつもハッピーです。あなたに話す言葉はすべて、わたしたちの喜びがあなたのうちにあり、満ちあふれるためのものです。

わたしたちは大胆です。わたしたちは絶対的に自信があり、喜ばしい確信をもって語ります。わたしたちは二心ではありません。キリストにあってすべては「しかり、アーメン」なのです。わたしたちが赤信号に変えるまでは、あなたの前の信号は青なのです。ですから「今はその時でしょうか?」と聞くべきではありません。わたしたちは勿論、「そうです、今はその時です。」と答えるでしょう。なぜならば、あなたが前進するべき時はすでに過ぎているからです。

ですからあなたは今追いつかねばなりません。わたしたちは「あなたのタイミングは、今だ!」と言います。今日がそうです。今がその時であり、「しかり、アーメン」の時です。青信号ですから走ってください。

あなたが直面するすべての場所に、わたしたちはあなたの先に行っています。
わたしたちはそこにあるすべての問題を知っています。わたしたちはそこに必要なものを今置いていますから、あなたがその場所に着く時には、そこで必要なものをすぐ受けることができます。

ですから、あなたが今の地点で 必要なものはすでにわたしたちによって調えられているのです。「それをあなたは見つけます。」と宣言します。あなたは「ここに何があるのですか?
この事態のためにあなたはすでに何をしてくださったのですか? ここにすでに備えられたものは何ですか?
この問題を感謝します。ここにあなたが与えた可能性は何ですか?」とわたしたちに訊かねばなりません。すべての問題のすぐ横には必ず可能性がおかれていることをあなたに知ってほしいのです。

あなたは解決が伴わない問題に出会うことは決してないのです。すべての問題は必ず解決が用意されていて、わたしたちはあなたがそれを見つけるように助けます。それを見つけて掴み、使って、解決するのです。あなたは御国の住人であり、それが御国のやり方だからです。

「この世で霊的に生きる」というのは、この世に生きていても「この世の者」になってはいけないということです。あなたは御国の者になってください。もし、この世が野球をしているとするならば、御国ではもっと激しいアメリカン•フットボールをしています。誰かが怪我をします。けれどもイエスは地獄よりも頑丈です。あなたがイエスを信じ期待するならば、それはあなたの見方、考え方、話し方、行動
、信じ方を強固なものにしていくのです。

わたしたちの意図は、わたしたちとの交わりを通してあなたが強くなることです。わたしたちが許可していることとパワフルに出会ってほしいのです。あなたにすでに与えられているわたしたちとの人生を実践し喜ぶならば、あなたにはすべてが許可されているのです。

あなたをわたしたちの姿にするために意図しているのは、あなたがわたしたちと同じようないのちを持つことです。ですから、愛する者よ、立ち上がり、固く立つようにとわたしたちはあなたを召します。
過去は最早過ぎ去ったと宣言します。今は新しい日であり、新しい日にはすべてのものが新しくなるのです。あなたは、過去の失敗、間違い、誤解をもう捨て去ります。

あなたがわたしたちのところに来なかったのは不信仰の故でしたが、もうそれを捨てなさい。あなたは様々な状況をただ耐えるだけではなく、すべての状況を楽しむことを学ぶのです。わたしたちが発見の旅にあなたを就かせたからです。旅の途上、即ち、すべての状況、問題、人間関係の中に、あなたは贈り物を発見します。

天国はただ物をずっと貯蔵しておく倉庫ではないことを知ってください。天国の倉庫に貯えられたものは地上に下りて来なければなりません。
教会に「昇格」という贈り物が下りてくるならば、町の人々はみんな救われてきて、すべての人は神の厚意と祝福と豊かさを受けるようになるのです。天からの贈り物が、家族や地域社会に下りてくる必要があります。この地の人々が希望と期待を持つためには、
皆さんが祝福されていることを彼らが見る必要があるのです。

わたしたちはそのために働いているのです。どうかわたしたちのパートナーになってください。あなたは今までなかったほど力強くなります。あなたのために多くのことが用意されています。あなたが内なるキリストとの関係を強めるならば、最高の祝福が約束されているのです。あなたの用意が整ったならばいつでも始めましょう。わたしたちの用意は整っていますから。
(終り)


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30 09月

敵の真中で平安を保つ(その2) フランシス・フランジペイン(Ministries of Francis Frangipane)


敵の真中で平安を保つ(その2)


フランシス・フランジペイン(Ministries of Francis Frangipane)


平和をつくる者は神の子

平安は聖霊の力です。平安は聖霊の特性であり、平安のうちを歩むならば、あなたは力の中を歩んでいるのです。平和をつくる者とは、ただ戦争に反対する者のことではありません。その人の内なる霊と生き方がキリストに全く服従し、神の子と呼ばれるにふさわし者のことです。(マタイ5:9)その人が行く所には神も行かれ、神が行かれるところにはその人も行くのです。その人は恐れず、沈着で、大胆です。炎から光と熱が出るように、その人からは平安が周りに放たれ出ます。

人生の戦いの中で、あなたの平安は実際に武器となります。あなたの確信ある姿は「私はサタンの偽りに決して屈しない!」と宣言しているのです。敵に対して霊的権威を持つための第一歩は、どのような状況の中でも平安を持つことです。イエスがサタンに立ち向かった時、主は自分の感情や、恐れで立ち向ったのではありません。主はサタンが偽り者であることを知っておられたので、ただ神の声以外のものに影響を受けることを拒否されただけでした。主の平安はサタンを圧倒しました。そして主の権威は偽りを打ち砕き、悪霊は逃げ去ったのです。


支配する前に安息せよ

詩編23:4でダビデは「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私と共におられますから。」と宣言しています。神と共に歩くとき、「わざわいを全く恐れない」という境地になりえるのです。ダビデの生涯で多くの敵に直面しました。ライオン、熊、巨人、正気を無くした王、自分の息子などです。この詩編で彼は「死の陰」の中に立っていましたが、わざわいを恐れなかったのです。ダビデは主に信頼していました。「あなたが私とともにおられますから。」と言ったのです。


神がともにおられるのですから、私たちが神への信頼を保つかぎり直面するすべての敵に勝利することができるのです。ダビデは続けて5節で「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、」と言っています。神を信頼してください。あなたが今戦っている戦いは、もうすぐ荒野での食事になるのです。それは即ち、あなたを霊的に養い建て上げる経験となるのです。

戦いの時、あなたの肉の反応を鎮めることが出来るのは神の平安だけです。
「御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。」のです。(黙示録4:6)ガラスの海とは、さざ波もうねりもなく、神を悩ます何の不安もないことを象徴しています。主は決して心配せず、決して慌てません。主に解決できないことなど一つもないのです。主のまわりの海は、全く静かで、完全に穏やかです。私たちの勝利はすべてそこに主と共に座すところから流れ出てくるのです。

神は私たちの父です。天のエルサレムは私たちの母であり私たちの新しい性質が生まれたところです。(ガラテヤ4:26)そしてあなたは神に愛されている子供であり、御父の家に属し、神の家族の一員なのです。(エペソ2:19)あなたは天国に入るために努力しているのではなく、天国で霊的に生まれたものであることを啓示によって知らねばなりません。(ヨハネ3:1−8参照)あなたと万能の神との関係を正しく知り、確信をもってください。

天で新生した者たちに、御父は「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」と言われます。(詩編110:1)あなたが戦いに出かける前に、サタンが恐れているのはあなたではなく、あなたの中におられるキリストであることを知ってください!私たちはよみがえり、キリストと共に天の所に座っているのです。(エペソ2:6)

戦いの中で私たちが最初にするべきは「神を讃美することだ」と聖霊が語り続けている理由はここにあります。まず神の臨在の中にあなたの座を定めてください。
キリストがすでにあなたの敵をあなたの足の足台にしたことを知って安心して座してください。「主は、あなたの力強い杖をシオンから伸ばされる。『あなたの敵の真中で治めよ。』」(詩編110:2)

安息が統治の前にあります。平安が力の前にあります。神があなたを統治するのに服するまでは、敵を統治しようとしてはなりません。すべての勝利の焦点は、神を見つけ出すまで神を捜し、神を見つけたならば神の臨在があなたの霊を神の平安で満たすようにすることです。神の右の座で完全に保証され、神の勝利の中で安息するならば、あなたは敵の真中で治めるのです。
(終り)


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26 02月

2019年は過渡期の年    ショーン・ボルツ(Bolz Ministries)


 

2019年は過渡期の年 

 

ショーン・ボルツ(Bolz Ministries)

 

この預言は 個人に対するものではなく、非常に広い対象への言葉ですので、自分には当てはまらないと感じる方もあると思います。しかし神が私たちの霊の目を開いてくださるならば、今年神がしておられることを知り、あなたもそこに希望を見出すかもしれません。この預言をどうか心を開いて読んでください。そして神がこの預言を通してあなたに何を言われているのかを聞いてください。預言のことばは、人生を今までと違う角度で深く考える助けになります。もしあなたに新しい方向性が必要ならば、深く考える時間が必要です。人々から預言の言葉を聞き、イエスや人生について思索するならば、イエスをもっと深く知り、イエスがあなたと共に何をしておられるかを知ることができます。

 

エペソ1:17−18「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか...あなたがたが知ることができますように。」

 

移り変わりの時

 

「過渡期、転換期」という言葉は、人間にとってあまりうれしい響きをもっていませんが、今私たちがどのような「時」や「季節」にいるかを知るためにはよく理解する必要がある言葉です。2019年は、国家、ムーブメント、産業、各種グループ、そして個人的にも転換するための力が与えられる年です。この世のメディアは2019年を「近代史上、幾つかの重要な変革のための道備えをした年」と呼ぶようになると思います。

 

これから数年の間、 「変化と転換」が多くの国で新聞の見出しとなるでしょう。すなわち、リーダーが変わり、CEOが変わり、議長が変わり、主役の俳優が変わるというように多くの変化があります。またキリスト教界においても、世界中のムーブメントやミニストリー、又大きな教会等に新しいリーダーが立てられるでしょう。それは神の息子、娘たちが霊的成長を遂げ、今までのリーダー達が霊の父、霊の母の役目を果たすようになるからです。

今「パウロたち」が起こされています。又、「テモテたち」や「モルデカイたち」が「エステルたち」に力を与えています。バトンの受け渡しがはっきりと始まるでしょう。そして大きな教派や教会、ミニストリーが、主要な任務の大部分を手放し、パワフルな遺産を残すための戦略が立てられるでしょう。どうしてそれが2019年に起こるのでしょうか?

それは、戦略的に神は2020年の為に道備えをしておられるからです。 この転換期に神はキリストのからだの内側に変革をもたらし、それによって外側に実がなるようにされているのです。ですから神が何かを変えようとされる時、私たちはそれを拒んではならないのです。

 

変革を生み出す転換の時

 

成長したクリスチャンの中に蒔かれた 「目的の種」が成熟しています。2019年は、堅く立ち、力を受け、配置につく時です。

 

土台が出来たならば、建物がどれほど早く完成するかを考えてみてください。とても短く感じます。クリスチャンにとって2019年は教会のムーブメント、あるいは教派全体が変化し始める過渡期であり、その後の3年間でキリスト教の全容が大きく変わります。

これまで何十年もの間、神は多くの約束や預言をキリストのからだに与えてくださいました。今それらの約束の成就のために必要なすべてのものを満たすために、神は人々やムーブメントを調えておられます。それは私たちのための神の御計画が更に大きく進むためです。皆さんの中には仕事や職場を変ったり、引っ越しをしたり、交友関係が変わる人があるかもしれません。

 

また、 神があなたを創造された目的を100%遂行できる場所にあなたを到達させるために、神はあなたの人生を転換させるかもしれません。私たちにとって、すべての変化は常に「ローマ人への手紙8:28の約束」を伴ってやってきます。神は起こることをすべて、特に変化を、私たちと私たちの人生に対する神の意図の最高の筋書きへと導くために用いられるのです。

あなたが人生の新しいシーズンに移って行くとき、適合しない人々や環境は取り去られて行くことを心に留めておいてください。必要でないものが剪定されていくのを嫌ってはなりません。あなたが自分を導くのでもなく、自分で「この道がいい、この方法がいい」と選び取るのでもありません。神ご自身があなたと共にあなたの人生を造っておられるのです。

 

神はストーリーが持つ力を映画やテレビに解き放たれる

 

去年12月のある朝、私が目を覚ましたとき、「2019年には

映画やテレビのプロジェクトの才能を持つ者たちが台頭してくる。彼らのプロジェクトは神の創造の力を受けて生れ出るものである。」という強い啓示的認識を受け取りました。音楽界や映画界で、キリスト教のテレビ局や信仰のプロジェクトに革新的な道が新たに与えられます。

 

クリスチャンが「資金」と「創造力」を与えられてパワーを得ます。そして今まで世俗的なプロジェクトに関わっていた多くの者が、彼らの技術、手腕、能力を信仰のプロジェクトに用いるようにという神からの召命を感じるようになります。制作者、監督、音楽家等の有能な芸術家たちが、プロジェクトを神から直接与えられ、それを用いて「神の愛で作られる世界」を観客に示すようにとの召命を受け始めます。芸能界のクリスチャンが成熟し、キリスト教のエンタテイメントは彼らの能力を越えた超自然的な助けを受けて変革されていきます。そしてパワフルなプロジェクトによって信仰のエンタテイメントの認識が変えられていきます。

 

戦いが終る

 

最後に、そして多分これが最もパワフルなことですが、多くの人々のために次の宣言がなされます。これまで人生で最大の戦いに直面してきた人たちや、健康、家族、経済、ミニストリー、仕事等で長い戦いがあった人たちは、2019年にその戦いを終え、神が約束されていたものへと任命されていきます。神がその戦いを勝ち取られ、クリスチャンに勝利をもたらされます。彼らはブレークスルーのために何百回も祈り、又 祈られてきた者たちです。彼らは2019年に解放を見始めます。

 

それはダニエル10:12で、天使が勝利と共に来て「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。私が来たのは、あなたのことばのためだ。」と言ったのと同じです。天で戦いがあり、天使がダニエルのところに来るのが遅れましたが、超自然的助けがやがて来ました。それと同じように、今私たちに助けが届くのです。長い戦いが終るのを多くの人が感じます。

私は「戦いが終ること」を書きたかったのですが、このような広範囲な預言を発表すべきかどうか迷いました。というのは、「これはクリスチャンのおみくじか運勢占いように取られるのではないか」と危惧したからです。しかし、この一週間、私が車に乗るたびにベテル教会のCDでジョシュ・ボールドウィンの「The

War is Over (戦いは終った)」という歌が流れてくるのです。そのようにセットしたわけでもなく、CDを購入してからまだ一度も聞いたことがなかったのにもかかわらず、その歌が流れるのです。その歌の中でジョシュは、「今は戦いの武器を置く時だ、イエスが私たちのために戦いを戦ってくださったから」と歌っていました!

戦いが終り平和な時に入るとき、私たちは「真のアイデンティー、主の憐れみ、勝利」の中で新しいものを産み出す力が与えられるのです。私たちはイエスが与えてくださった光といのちの中を歩むのです。これが皆様への私の祈りです!(終り)


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04 02月

最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告            坂  達 也  2019年2月4日


最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告

 

                   坂  達 也

 

 

 ヘンリー師は、10日ほど前の、1月23日にサンフランシスコから韓国に向かって飛び立たちました。今頃は韓国から沖縄に向かい、沖縄でミニストリーをされているかと思います。韓国に真っ先に行かれたのは、昨年に続き医師(団)によるその後の状態の診察を受けるのが主目的ということでした。

 

 私が最後に師とお話ししたのは、出発の数日前の1月18日頃でしたが、その前に話した時(多分昨年の年末ごろでした)とはうって変わって、師は喜びに満ちた溌剌とした声で、再びアジア各地にミニストリーに出ることを大変喜んでおられました。昨年韓国で手術を強く勧められたのを断り、今は日本のキノコの粉末とエキスを飲んでいて、値段は非常に高いが効果はあると言っておられ、私が驚いたのは、痛みが全くないことでした。ハレルヤ!通常であれば周りに転移状態の末期ガンは背骨等を冒し、かなりの痛みがあるはずと聞いていたからです。今回は沖縄の後、台湾に行き、確かその後に日本本土に戻ってくるとのことでした。ぜひお祈りください。

尚、昨年私たちが来日時に師への献金をお預かりして帰国しましたが、その分は師に郵送させていただきました。もしヘンリー師に献金をご希望される方は、ぜひ私たちのWWGMの方へその旨を書かれて御送金ください。それをまとめて、私たちの方から師にお送りさせていただきます。それではよろしくお願いします。

 

 以下は英文の手紙で、ヘンリー師の家族が出したお礼を込めたニュースレターを訳したものですが、少々遅れて私たちのところにも送られて来たものです。どうぞご覧ください。あるいは既に森先生等から聞かれた方もおられるかと思います。

 

 

感謝のことば         ヘンリー・グルーバー

 

 主に愛されている皆様に、麗しく尊い主イエス・キリストの御名によってご挨拶申し上げます。

 

私と妻、そして家族にとって去年は非常に厳しい時でしたが、皆様が共に堅く立ち共に戦ってくださったことをまず心から感謝いたします。私の愛する妻が生死の戦いをしているときに、私自身も同じ戦いをすることになるとは思ってもいませんでした。私も妻もその戦いは非常に烈しいものでした。そして私の愛する妻ジュディスは、8月に天の家に召されて行きました。私の嘆願を主は受け入れてくださり、私はその時妻の傍らにいることができました。妻は私の腕の中で、2018年8月14日午前12時10分に、本当にやすらかに天に召されました。

 

皆様のお祈りととりなしは、私たちを高く引き揚げ、まるで天の翼に乗っているかのようであり、私たちはこよない平安と安らぎと愛で満たされましたことをお伝えいたします。その喜びと感謝は愛する者を失った痛みを凌駕し、毎日を勝利で進んで行く力を与えてくれています。皆様お一人お一人に心から感謝を申し上げます。

 

私たちの経済的必要にも豊かに答えてくださったことも感謝いたします。ジュディスの医療費、ホスピス代、葬儀のための費用と共に、私の医療費も多くかかりました。

病気のために私は4月から12月まで集会は2回しか持つことができなかったのですが、すべての必要は十二分に満たされました。皆様が喜んで愛をもって尊い献金や励ましの言葉を送ってくださり、私たちの心は感謝で一杯です。皆様に祝福がありますように!

 

2019年について主が私に語ってくださっていることを少しお分ちさせてください。私の家族がいろいろな困難に直面したように、皆様の多くもいろいろな試煉にあわれたことを私は知っております。

 

第一ペテロ5:9b−11「ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人人は同じ苦しみを通って来たのです。あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその栄光の中に招き入れてくださる神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。」

 

今年も又、 予断を許さない混沌とした世界状勢に私たちは面しています。キリストのからだの中では、繁栄の預言や

地上で神の力ある御業が解き放たれるという多くの預言が

語られています。(そして私もまたそれを叫び求めていることを主はご存知です!)しかしながら、私はこのところ神の御ことば、特にエペソ人への手紙で使徒パウロが繰り返し言っている言葉を黙想するときに感動させられています。

 

エペソ1:5−6、8−9

「神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。...神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって...」

 

ここに「ただみこころのままに according to His good pleasure ( 主のよき喜びに従って)」とあります。

どうかこの言葉に目を留めてください。今年はこの言葉を毎日黙想し、私たちの心と魂が再びはっきりとこの真理を理解するようにと祈ります。

 

今私たちはあまりにもメディアによって「自分に心地よいこと」を求めるようにと洗脳されてしまっています。

私たちは「自分が喜び楽しむために何を一番求めているだろうか? 私は日常生活や思いの中の何から喜びを得ているだろうか?何が私の気持を満足させるだろうか?」と自分に問うてみる必要があるのではないでしょうか。私たちはこのようなことから魂の糧と平安を得て、自分の価値を見出だすからです。

 

そして、私たちは今一度、父なる神のこころから流れる親しい交わりについて考えてみようではありませんか。御父の御こころが望まれ喜ばれることは何でしょうか。

次の箇所にそれが書かれていると思います。

 

第一ヨハネ4:16「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。」

 

雅歌8:6「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強いからです。」

 

私の「天国の六時間」というあかしの中で、天国がどのようなところかを表した言葉を覚えておられるでしょうか。それは「天国では、すべてのものは仕えることを愛し、愛する故に仕えている。」です。神が最も喜ばれることは何でしょうか。それは「御こころが天で行われるように、地でも行われますように」です!

 

すべての国のクリスチャンはこの祈りを祈っています!

今年はこのことをしっかりと捉えましょう。それによって、神の御国が到来し、御心が天で行われるように地でも行われるようになるのです。

愛はすべてを覆うのです。

 

2019年が、 尊い救い主と天の御父に最大の喜びをもたらすことができますようにと祈ります。

 

イエスの御名において  ヘンリー・グルーバー


30 04月

コイノニアの推進      リック・ジョイナー      2014年5月1日


コイノニアの推進

リック・ジョイナー

    イエスの大宣教命令について語る時、コイノニア(主にある交わり)が非常に重要である理由は何でしょうか? 私たちが大宣教命令をうまく遂行できていない理由の一つは、私たちが弟子を作らずに回心者だけを作るという傾向にあったからです。大宣教命令は弟子を作ることです。もし弟子が作られなければ、私たちはこの任務を果たせていないことになります。

  「弟子とは何であるか」については、主がはっきりと定義しています。真の弟子は、今日のクリスチャンの中にはほとんど見つけることができません。その理由の一つは、真の弟子作りはコイノニアなしには不可能だからです。1ヨハネ1:7に「もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わり(fellowship, koinonia)を保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」とあります。

     この箇所からはっきりわかるように、コイノニアなしには私たちは絶対に光の中に留まることはできないのです。それは私たちがきよめられるためにも不可欠です。私はよく冗談のように言うのですが(しかしそれは真実なのですが)、教会生活上のフラストレーションや不愉快さ抜きで、私たちが召されているキリストにある成熟度に達することは絶対にできません。フラストレーション、不愉快さ、傷つくこと、失望は、コイノニアの小さな部分にすぎませんが、私たちの成長のためには不可欠です。コイノニアの経験は勿論ネガティブなことよりもずっとポジティブなことの方が多いのですが、様々な問題は私たちの成熟に役立ちます。

   教会生活を理想化したり教会を否定したりすることは、私たちをいのちの道から遠ざけます。真の教会生活、コイノニア、は私たちが経験する最もすばらしいことの一つになる可能性があると同時に、もっとも困難なことにもなり得ます。それはすべての人間関係、たとえば結婚とか、においても同じです。主が種まきの喩えで教えられたように、試練のテストが来たときに多くのものは離れて行きます。多くの者が教会を離れて行きます。現代においては多くの者がテストがきたとき結婚生活からも離れて行きます。テストが来たときに止めてしまうのでは、決してテストに合格することはできません。

    結婚の破綻は教会生活の破綻と関係していますし、その反対も言えます。一方を癒すものは他方をも同じように癒すのです。十字架の縦の棒は私たちと神との関係を示し、横の棒はお互い同士の関係を示しています。自分の十字架を負うということは、私たちの人生には両方が必要ということです。勿論神との関係は、人間同士の関係よりずっと重要であり、常にそれを第一とせねばなりません。しかし、それを守って第一としているならば、もう一方も持つことができるのです。ヨハネが書いています。「もし目に見える兄弟を愛していない者は目に見えない神を愛することは出来ません。(1ヨハネ4:20)」

それでは、教会生活の中でコイノニアを推進するために何ができるでしょうか? 第一に、私たちは何よりもまず主の臨在を追い求めねばなりません。すばらしい神殿でも、もしその中に神がおられなかったら何にもなりません。次に私たちは人間関係において、ただ追い求められるのを待っているのではなく、自分から追い求めねばなりません。バルナバはパウロを連れに自分から出かけて行きました。そして彼ら自身の究極的な召しへと解き放たれる前に、二人が 正しい関係に入る必要がありました。

当時これは非常な努力を必要としました。バルナバがタルソまで旅をし、またアンテオケまで戻るには数ヶ月かかったに違いありません。今は教会まで30分運転するのを厭わない人はなかなかいません。何かが「宝」になる要素は、それが非常に希有であるか、もしくは入手するのが非常に困難であるということです。コイノニアとは人生で手に入れることのできる最も偉大な宝の一つです。それは安価でもなく見つけるのも容易ではありませんが、あきらめないで探し続けるだけの価値をそれに認める人によってのみ見つけられるのです。神が建てられている町、すなわち、アブラハムを初めすべての真の信仰の旅人が探していた町は、イエスを土台としたコイノニアで建てられるのです。

 主の臨在を求めるということは、主の祝福を求めること(現在の教会はこれを強調することが多いですが)よりずっと深いことです。 主は、ご自身が臨在されないときにも多くのことを祝福されます。主は「二人でも三人でもわたしの名において集まる所には、わたしもその中にいる」(マタイ18:20)」と言われました。この「集まる gather」ということばは、単に同じ部屋にいるという意味ではありません。それは一つの自転車の部品が組み合わされているようにぴったりと組み立てられているという意味です。これが私たちが「いっしょに集まることをやめたりしないで(ヘブル10:25)」と言われている理由です。これは単に集会を休まないようにというのではなく、「しっかりと組み合わされなさい」という召しをおろそかにしないようにという勧告です。

  実際に、教会のいのち(コイノニア)がある教会を建て上げるためには、会員同士の交わりを意図的に推進していかねばなりません。それにはスモール・グループ、食事会、ミッション・トリップのほか各種の活動が含まれます。しかしながら、本当にコイノニアとなるための集りは、常に主の臨在を中心とせねばなりません。 すべてのことはこの目的のための助けにはなりますが、活動のためにただ集まるだけでは、コイノニアにはなりません。

  すべての霊的追求においては次の原則を忘れてはなりません。即ち、「神から約束を受けた場所と約束の地(約束の成就)との間には、必ずと言っていいほど荒野があり、それは約束されたものとは正反対のものである。」という原則です。この荒野は、私たちが約束の地に入る備えができるように意図されているのです。コイノニアを追い求め始めたとき、人間関係の問題があちこちで起り、コイノニアとは正反対のように思えても、動じないで下さい。それはあなたが確実に正しい道を歩いているというしるしなのですから。(終)


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