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Walk With God Ministries


12 02月

自分のはかりごとをとりこにする フランシス・フランジペイン     2019年2月12日


自分のはかりごとをとりこにする

 

フランシス・フランジペイン

 

 

 クリスチャンであることで私たちは安心していますが、だからといって私たちが完全な者になったわけではありません。私たちのうちにはまだ多くの霊的要塞があるのです。

それらはどのような要塞であるのかを調べてみましょう。

要塞を一つも持たないクリスチャンはまれです。多くのクリスチャンは、次のような霊的要塞を持っています。ー 不信仰、冷めた愛、恐れ、プライド、不寛容、情欲、欲望等々です。

私たちは自分に対しては非常に寛容で、人生を圧迫している自分の中の要塞をはっきり見極め認めるのが非常に難しいのです。つまるところ、これらの要塞とは、かたくなな自分の思い、考え、態度、物の見方であり、私たちは自分を正当化し自己防衛するのと同じ烈しさで、この要塞を正当化し防衛しようとします。

 

箴言23:7を意訳すれば「人がその心で思うことこそ、その人の本質である。」という意味です。つまり、私たちがどのような人間であるかという本質は、私たちの思考の中にあるのです。

ですからどのような要塞であれ、真にそこから解放されるためには、まず正直に「自分は解放される必要がある」ことを認め、それを告白せねばなりません。「万事巧くいっています、大丈夫です」というふりはやめねばなりません。

へりくだって助けを求めてください。実際のところ、神があなたからまず取り除かねばならないのは「プライド」という要塞です。自分はデリバランス(解放)が必要であることをすすんで認めるまでは、あなたが解放されることは決してありません。

 

私たちのどこが悪いのかをはっきり認識するためには、まず「神が意図された人間のあるべき姿」を知る必要があります。ダビデが有頂天の高みから、或いはヨブが苦しみのどん底から、そして私たちがこの二人の間のあらゆる地点で発した問いは「人とは一体何者か?」という昔から言い古された質問でした。ヘブル書の著者も同じ問いをしましたが、御霊の助けにより次のように答えています。

ーーイエス・キリストこそ、 新しく造られた人間に対して神が望まれる姿のモデルです。イエスは単に私たちの救い主であるばかりか、私たちのうちに住まわれて、私たち、栄光ある多くの子たちを長子であるご自分と同じ姿に形造ってくださるのです。

「神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者イエスキリストを、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。」(ヘブル2:10)

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。なぜなら、神はあらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。」(ローマ8:28−29)

「またあなたがたが心の霊において新しくされ、真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造りだされた、新しい人を身に着るべきことでした。」(エペソ4:23)

 

しかしそれと同時に、「イエスのようになれるのは、イエスだけである」ことを私たちはしっかり認識する必要があります。そうなるためには、私たちがますます主に服従し、主の内に住まい、主のことばが私たちの内に住まうならば、主は私たちのうちに単に「主のいのちに似たいのち」を現してくださるのではなく、「主のいのちそのもの」を現してくださるのです!

 

キリストご自身が私たちの内に住まわれるということこそ神の永遠の目的の成就であり、それは即ち、「人をキリストの姿に創造する」ということです。この「主イエスの臨在が私たちの内に現われ出る」ことが、要塞を打ち砕く私たちの宣言に権威を与え、戦いを力強いものとするのです。

 

ですから、あなたの内に「イエスの姿に見習わず、イエスの教えに従わない考え、思い、態度」があるならば、それらを客観的に考察することを学ばねばなりません。あなたはそのような思考をとりこにし、間違った態度を十字架につけねばなりません。

 

私たちは、自分の内に主の来られる道を備えねばなりません。 あなたはただ「主を信じる believe in Him」だけではなく、「主が信じるように信じる believe like Him」まで主の御霊の中に入り一つにならねばなりません。そのためにあなたの上に主の統治、主の主権が増し加わることを願ってください。拒んではなりません。 その時、主の愛、思い、考え、願いがあなたの内から流れ出るようになるのです。

 

あなたがサタンの要塞を明確に見分けてそれを打ち砕こうとするときに、まず壊滅すべき二つ目の要塞 は「不信仰」 です。

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「キリストと同じ姿になるなんて、私には絶対不可能だ」という偽りの思いを吹き込むのが敵の策略であり、それによってあなたのすべての霊的成長がとりこにされてしまいます。サタンの嘘や心を縛り付ける鎖を、私たちは自分の人生から除き去らねばなりません。

 

ですから、今この時にあなたの霊のうちに祈り始めてください。 あなたの心に聖霊を立ち上がらせあふれさせてください。もしあなたが「おまえは絶対にキリストのようにはなれない」と告げる要塞に苦しめられているならば、今それは打ち壊され始めます。

 

祈りましょう。

主イエスよ、あなたに服従いたします。「私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力あるものです。」(第2コリント10:3−4)

 

「私はイエスのようには絶対なれない」という偽りを、自分の罪の言い訳にし、又、自分の信念を妥協させるために用いたことを悔い改めます。

私は自分の弱く罪深い古い性質を、イエスの御名によって断ち切ります。そして神の恵みと御霊の力により、私の思いの中に存在している不信仰の要塞を打ち砕きます。

イエス・キリストの完全な生け贄の故に、私は新しく創造された者です。そして私は栄光から栄光へと進むことを信じます。神と共に歩くとき、私はキリストの姿へとますます変えられていきます。(終り)


04 02月

最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告            坂  達 也  2019年2月4日


最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告

 

                   坂  達 也

 

 

 ヘンリー師は、10日ほど前の、1月23日にサンフランシスコから韓国に向かって飛び立たちました。今頃は韓国から沖縄に向かい、沖縄でミニストリーをされているかと思います。韓国に真っ先に行かれたのは、昨年に続き医師(団)によるその後の状態の診察を受けるのが主目的ということでした。

 

 私が最後に師とお話ししたのは、出発の数日前の1月18日頃でしたが、その前に話した時(多分昨年の年末ごろでした)とはうって変わって、師は喜びに満ちた溌剌とした声で、再びアジア各地にミニストリーに出ることを大変喜んでおられました。昨年韓国で手術を強く勧められたのを断り、今は日本のキノコの粉末とエキスを飲んでいて、値段は非常に高いが効果はあると言っておられ、私が驚いたのは、痛みが全くないことでした。ハレルヤ!通常であれば周りに転移状態の末期ガンは背骨等を冒し、かなりの痛みがあるはずと聞いていたからです。今回は沖縄の後、台湾に行き、確かその後に日本本土に戻ってくるとのことでした。ぜひお祈りください。

尚、昨年私たちが来日時に師への献金をお預かりして帰国しましたが、その分は師に郵送させていただきました。もしヘンリー師に献金をご希望される方は、ぜひ私たちのWWGMの方へその旨を書かれて御送金ください。それをまとめて、私たちの方から師にお送りさせていただきます。それではよろしくお願いします。

 

 以下は英文の手紙で、ヘンリー師の家族が出したお礼を込めたニュースレターを訳したものですが、少々遅れて私たちのところにも送られて来たものです。どうぞご覧ください。あるいは既に森先生等から聞かれた方もおられるかと思います。

 

 

感謝のことば         ヘンリー・グルーバー

 

 主に愛されている皆様に、麗しく尊い主イエス・キリストの御名によってご挨拶申し上げます。

 

私と妻、そして家族にとって去年は非常に厳しい時でしたが、皆様が共に堅く立ち共に戦ってくださったことをまず心から感謝いたします。私の愛する妻が生死の戦いをしているときに、私自身も同じ戦いをすることになるとは思ってもいませんでした。私も妻もその戦いは非常に烈しいものでした。そして私の愛する妻ジュディスは、8月に天の家に召されて行きました。私の嘆願を主は受け入れてくださり、私はその時妻の傍らにいることができました。妻は私の腕の中で、2018年8月14日午前12時10分に、本当にやすらかに天に召されました。

 

皆様のお祈りととりなしは、私たちを高く引き揚げ、まるで天の翼に乗っているかのようであり、私たちはこよない平安と安らぎと愛で満たされましたことをお伝えいたします。その喜びと感謝は愛する者を失った痛みを凌駕し、毎日を勝利で進んで行く力を与えてくれています。皆様お一人お一人に心から感謝を申し上げます。

 

私たちの経済的必要にも豊かに答えてくださったことも感謝いたします。ジュディスの医療費、ホスピス代、葬儀のための費用と共に、私の医療費も多くかかりました。

病気のために私は4月から12月まで集会は2回しか持つことができなかったのですが、すべての必要は十二分に満たされました。皆様が喜んで愛をもって尊い献金や励ましの言葉を送ってくださり、私たちの心は感謝で一杯です。皆様に祝福がありますように!

 

2019年について主が私に語ってくださっていることを少しお分ちさせてください。私の家族がいろいろな困難に直面したように、皆様の多くもいろいろな試煉にあわれたことを私は知っております。

 

第一ペテロ5:9b−11「ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人人は同じ苦しみを通って来たのです。あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその栄光の中に招き入れてくださる神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。」

 

今年も又、 予断を許さない混沌とした世界状勢に私たちは面しています。キリストのからだの中では、繁栄の預言や

地上で神の力ある御業が解き放たれるという多くの預言が

語られています。(そして私もまたそれを叫び求めていることを主はご存知です!)しかしながら、私はこのところ神の御ことば、特にエペソ人への手紙で使徒パウロが繰り返し言っている言葉を黙想するときに感動させられています。

 

エペソ1:5−6、8−9

「神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。...神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって...」

 

ここに「ただみこころのままに according to His good pleasure ( 主のよき喜びに従って)」とあります。

どうかこの言葉に目を留めてください。今年はこの言葉を毎日黙想し、私たちの心と魂が再びはっきりとこの真理を理解するようにと祈ります。

 

今私たちはあまりにもメディアによって「自分に心地よいこと」を求めるようにと洗脳されてしまっています。

私たちは「自分が喜び楽しむために何を一番求めているだろうか? 私は日常生活や思いの中の何から喜びを得ているだろうか?何が私の気持を満足させるだろうか?」と自分に問うてみる必要があるのではないでしょうか。私たちはこのようなことから魂の糧と平安を得て、自分の価値を見出だすからです。

 

そして、私たちは今一度、父なる神のこころから流れる親しい交わりについて考えてみようではありませんか。御父の御こころが望まれ喜ばれることは何でしょうか。

次の箇所にそれが書かれていると思います。

 

第一ヨハネ4:16「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。」

 

雅歌8:6「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強いからです。」

 

私の「天国の六時間」というあかしの中で、天国がどのようなところかを表した言葉を覚えておられるでしょうか。それは「天国では、すべてのものは仕えることを愛し、愛する故に仕えている。」です。神が最も喜ばれることは何でしょうか。それは「御こころが天で行われるように、地でも行われますように」です!

 

すべての国のクリスチャンはこの祈りを祈っています!

今年はこのことをしっかりと捉えましょう。それによって、神の御国が到来し、御心が天で行われるように地でも行われるようになるのです。

愛はすべてを覆うのです。

 

2019年が、 尊い救い主と天の御父に最大の喜びをもたらすことができますようにと祈ります。

 

イエスの御名において  ヘンリー・グルーバー