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Walk With God Ministries

21 08月

十字架の向こう側    ボブ・ジョーンズ         2020年8月21日


十字架の向こう側

 

ボブ・ジョーンズ(Bob and Bonnie Ministry )

 

(これは1995年のボブ・ジョーンズのスピーチです。彼は2014年に天に召されました)

 

最後のバッター「恵み」

 

10年前(1985年)の5月21日、それは、ペンテコステの日でしたが、主が野球の試合のヴィジョンを与えてくださいました。

試合は、悪魔のチームと神のチームとの対戦でした。9回の裏で両チームともそれまで得点がなく、神のチームが9回の裏の攻撃を始める時でした。主が最初のバッターを送られました。その名は「愛」でした。サタンが投球し、「愛」がバットを振りました。愛は常に神を喜ばせ、決して失敗しないのです。(Love never

fails)それはヒットとなり、愛は一塁に走って行きました。主は次のバッターを送られました。それは愛と共に働く「信仰」でした。サタンが投球し信仰がバットを振り、ヒットとなりました。信仰は神を喜ばせ、愛と共に働くのです。信仰も決してしくじることはありません。主は次のバッターを送られました。それは「知恵」という名でした。サタンが投球しましたが、知恵はバットを振りませんでした。サタンは次つぎに球を投げましたが、知恵はよく球を見たのでフォアボールとなりました。神の知恵はサタンが投げる悪球に引っかからないのです。

 

神は今、このように愛、信仰、知恵を私たちの人生に働かせ、私たちを成長させようとしておられるのです。3塁に愛、2塁に信仰、1塁に知恵と、満塁になったとき、主は次のバッターを送られました。「わたしはいま最強のものを送る」と主は言われました。それは今まで見たことのないピンチヒッターで、その名は「恵みGrace」でした。サタンが投球し、恵みがバットを振りました。バットが折れるようなものすごいヒットとなりました。しかし「嘘つき」が外野にいてそれを阻止しようとしました。嘘つきのハエは空中にいるのです。教会の中でサタンは悪いうわさやゴシップをはびこらせ、神の栄光を隠していました。「嘘つき」は「まかしておけ!絶対取るぞ!」と叫びましたが、球は彼のグローブを通り抜け、ホームランになりました。4人の走者は全部ホームインして神のチームの勝利となりました。「4」は聖霊のナンバーです。聖霊の働きがこれから強くなるのです。

 

ゼカリヤ4:7「大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、『恵みあれ。これに恵みあれ。』と叫びながら、かしら石を運びだそう。」

 

「愛」「信仰」「知恵」は人間の働きです。それは私たちをあるところまでは導いてくれますが、ホームインさせるのは 神の「恵み」なのです。

 

ダビデの油そそぎ

 

詩編89:20「わたしは、わたしのしもべダビデを見いだし、わたしの聖なる油を彼にそそいだ。」

 

今主は、多くのダビデのような者を見いだして油を注ぎ、恵みを解き放ってくださいます。先ずすべての土台である「愛」が心から主を求める者たちに与えられていると信じます。そして「信仰」が強くされ、サタンに惑わされることのない「知恵」が与えられてきました。

 

教会は今まで「神と一緒に(with God)」ではなく「神のために(for

God)」一生懸命働いてきました。今こそ私たちが「神と一緒に」働く時です。モーセではありませんが「神が共に行かないならば私はどこにも行かない、何もしない」と決意する時です。今まで私たちは「神の手」を求めて「下さい、下さい、下さい!」と言ってきました。でも神は「そうではなくて、わたしの心を求めなさい」と言われるのです。ダビデは神の心を持っていましたね。「わたしの心を捜し求めなさい。わたしの心の内を捜し求めなさい。」と主は言われます。

 

神の心に何があるかご存知でしょうか?

それは人々の魂です。神は人々の魂を求めておられるのです。イエスは私たちに救いを与えるためにこの世に来てくださいました。そして私たちの長兄として進んで十字架にかかってくださったのです。イエスのいけにえの代価で私たちは贖われたのです。

 

御父は今もこの世を愛するゆえに、今度は「あなた」をこの世に与えようとしておられます。私たちは皆、十字架の向こう側に行かねばならないのです。十字架のこちら側にいた時、あなたは手をのばして「主よ、下さい、下さい!

欲しいです!」と言いました。でも十字架のむこう側に行ったならば、聖なる御霊が復活の力をもってあなたの内に働き始めます。そしてあなたはキリストの性質を持つ、キリストに似た者となっていくのです。その時、十字架のもとに来る人たちに必要なものをあなたが与えることが出来るのです。その時、あなたは「受ける者」から「与える者」にかわることが出来るのです。

 

主はみなさんに「成長しなさい!大人になりなさい!」と言っておられます。私たちが愛、信仰、知恵を身につけるならば、神は恵みを注いでくださるのです。その時に決して試合に負けることはありません!

 

聖霊を招き入れる

 

聖霊はずっと教会の扉を叩いておられます。人々は「聖霊よ、あなたを尊ぶと言っているグループの中で、あなたが本当に働かれるのを見たならば、私たちの教会にあなたをお迎えしてもいいかもしれませんね。でもまずその人たちが変えられるのを見たいのですよ。」と言います。

私はそれが起ころうとしていると信じます。聖霊に満たされた人々の中で主にある真の愛の交わりが具現化されていくのです。そのようにペンテコステが又現われるとき、それを見た人々は聖霊に心を開くようになります。

 

聖霊があなたに語るのを聞いてください。そうすれば私たちが語るときに、神の言葉を語るようになるのです。

私たちの口から出る言葉も神の言葉と同じように、創造の力を持つようになります。詩編115:16には「天は、主の天である。しかし、地は、人の子らに与えられた。」と書かれています。そして今主は私たちが地を主にお返しするのを待っておられます。「わたしが再び地で働く許可を人々が与えるのをわたしは待っている」と主は言われます。(サタンは私たちの許可を必要としません。彼はどこにでも勝手に無断で入っていく盗人です。)すべてのとりなしの祈り、回心の祈りは、神の介入を許可し招き入れるものです。

 

聖霊は教会の扉を叩いて「入れてください。もし入れてくれれば、わたしはあなたの教会の主となります。そして一人の方、即ちイエス・キリストを顕します。」と言っておられるのです。イエスが教会に来られると、一人の方、即ち御父を顕されます。御父は70年前、非常に嘆かれました。それは進化論が人々に受け入れられ、「人類の父は猿だ」と人々が信じ始めた時でした。進化論が「あなたの父は猿だ」と言ったので多くのクリスチャンも混乱しました。御父はバビロン捕囚のときにされたように70年を区切られました。バビロンは「混乱」という意味ですね。御父は70年間、姿を現されませんでした。今、70年が経ち、御父は再び来てくださいます。私のお父さんは猿ではなく、全能なる神です!私は自分が誰かを知っていますし、御父が誰であるかも知っています。家族なのです。

ずっと前に私は神の御心の真ん中は家族であることを発見しました。御父は家族を大切にする方です。御父が来られるとき家族を大切にされます。ご自分の子供たちがお互いの悪口を言ったり、ゴシップをするのを非常に嫌われます。

 

火のバプテスマ

 

御父は新しい土台を造られます。聖なる霊は愛です。あなたが愛に成長するならば、あなたは聖さにも成長するのです。ローマ1:4に「聖い霊(spirit of

holiness)」とあります。私はどうすれば聖い霊が得られるかを主に訊ねましたが、それは聖霊のバプテスマを受けるのと同じでした。即ち、信仰によって受けるのであり、そしてそれは愛が私のうちで働くときに成長するのです。主は愛という土台を築かれておられ、それは決して壊されることはありません。

 

選ばれる者となる

 

イザヤ48:10に「見よ。わたしはあなたを練ったが、銀の場合とは違う。わたしは悩みの炉であなたを試みた。」とあるように、主はこの10年間、私たちを試煉という熱い炉で練られました。

 

マタイ22:14に「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」 とあるように、すべてのクリスチャンは招待されて、熱い炉に入れられるのです。ある者たちは3週間で、「もう十分だ、ここから出よう。これは思っていたより熱いぞ。私の大事なもの、まだ手放したくないものがどんどん燃えてしまう!」と言って途中で炉から出てしまうのです。人は自分が捧げた分に応じて受けます。ダビデは10年間苦難の炉に中に入っていました。あなたが炉に留まり続けるときあなたは「選ばれる」のです。

 

今御父は、苦難の炉の中から多くの白い石を取り出しておられるのを私は見ます。主はこれらの白い石で土台を築かれます。それは祭司の土台であり、純粋な神の言葉、義と愛で築かれる土台です。

 

火のパプテスマとは聖さの霊であると主が言われました。聖さの霊があなたの生活の中で働き始めると、神の火があなたを燃やし尽くし始めます。私が罪を犯したとき、私は御父から逃げませんでした。かえって私は御父にむかって走っていったのです。そして主が言われることはすべて従いました。もしあなたの足が汚れたならば、天のお父さんのところに走って行き、主の足を掴んでください。神の火があなたの罪をも焼き尽くしてくれるでしょう。(終り)


14 08月

神の知恵がもたらす安らぎ ラナ・ヴァウサー 2020年8月14日


神の知恵がもたらす安らぎ

 

ラナ・ヴァウサー

 

今主は、疲れた者たちに知恵を与えておられます。

キリストのからだの 多くの者が、神の約束の明確な成就がないので非常に倦み疲れ落胆していることを、主が教えてくださいました。

 

思いがけない事が起り、約束が揺り動かされ危うくされて、多くの人が深い疲労感の中にいます。彼らは次つぎに困難が襲ってきたときも、頑張って希望を持ち、頑張って立ち上がり、頑張って信じ続けるために今まで戦ってきたのです。しかし今、多くの人が混乱し、頭がぐるぐる回り、疑いの思いが沸き起こっているのを主が見せてくださいました。

 

疲れた者のための知恵

 

このように疲れて混乱している人たちに対する主の御こころの思いを、私は非常に強く感じました。主が「疲れた者のために知恵が与えられる」とはっきり言われるのを私は聞きました。今人々が置かれている状況に必要な神の知恵、洞察、明瞭さ、識別、励ましを主は解き放たれています。

「主はどこに導かれるのか、何を言われているのか、行く手に何があるのか」という問いに関する更に深いレベルの啓示が与えられて、それが疲れた者たちの心を癒し、疲労を癒します。

 

主が言われました。

「このシーズン、疲れた者の多くは打たれ、傷つき、打ち叩かれたが、彼らは忠実であり続けました。彼らはわたしとの親密な関係を保ち、彼らの心は絶えずわたしに寄り添い、わたしにむかって開いていました。彼らは他のものに心を向けず、純粋にわたしを求めつづけ、わたしを礼拝し、わたしの前にひれ伏しました。彼らの心はわたしにむかってこう叫びました。

『主よ、私にはなぜこうなのかは理解できません。でもあなたを愛します!あなたの御こころがなりますように、御こころがなりますように、私のいのちはあなたのものです。』と。

わたしは彼らの叫びを聞きました、讃美のいけにえを聞きました。

疲れた者たちが落胆や激しい戦い、痛みの中にあってもわたしに従順であるのを見て、わたしの心は動かされました。わたしの麗しい者たちよ、わたしは今日あなたに言います、『重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

 

わたしの麗しい者たちよ、あなたの上に休息が来ます。それによってあなたは元気づき、リフレッシュされ、新たな喜び、期待、将来へのヴィジョンで満たされます。戦いの中で味わった失望、疲労、落胆はあなたから喜び、情熱、将来へのヴィジョンの多くを奪いました。多くの者は敵の攻撃の的となり、わたしが解き放っている約束と打ち破りの種を盗まれていたのに気づかずにいました。

 

あなたは疲れ果ててもう戦うことができないほど弱っていますが、今日、麗しい者よ、わたしはあなたの収穫の時が来ています、と宣言します。敵はあなたが収穫のシーズンに入る前にあなたを疲労困憊させようとしているのです。わたしは今日、あなたに言います。あなたは、約束の種、従順の種、讃美の種、宣言の種が、思ったより早く実を結ぶのを見るのです。』」

 

「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。自分を知恵ある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨を元気つける。」(箴言3:6−8)

疲れた者の多くが、 疲労や落胆、苦痛を通して主との親密さが増し加わり、主がそれを喜んでおられるという思いで私の心は一杯になりました。彼らは主のご計画の全貌を知ることは自分には出来ないことをますます認め、いのちを捧げ、暗闇の中でもただ主を畏敬と驚嘆の念を持って崇め、主の御声に従って誠実に歩き続けたのです。

 

癒しとリフレッシュが来ます!主が言われました。

「疲れ果てた場所に、今わたしのこころの更に大きな知恵をあなたは持ち運びます。」長い戦いの道のりの中で、 あなたは自分が理解できない場所にいる時さえ主の御こころを求め続け、主の知恵を叫び求めました。主はあなたの叫びを聞かれました。あなたは今、あなたの置かれた状況に対する主の御こころの更に大きな知恵と洞察を持つのです。火の中で、あなたは主の御こころを今まで以上に見出したのです。火の中であなたは主を全く新しく見出し、主はあなたの目と耳をもっと鋭くしました。それによって天の知恵があなたの人生にもたらされ、あなたは人々をも励まし助けることが出来るようになるのです。

 

「幸いなことよ。知恵を見いだす人、英知をいただく人は。その儲けは銀の儲けにまさり、その収穫は黄金にまさるからだ。知恵は真珠より尊く、あなたの望むどんなものも、これと比べられない。」 箴言3:13−15

 

天の口づけ

 

多くの疲れた者が、神経質になり、「次に何が起こるのだろうか、自分は正しい方向に進んでいるだろうか、自分が聞いたのは本当に神の声だったのか」と心配し恐れているのを私は見ました。それは戦いや思いがけない攻撃によって彼らが混乱しているからです。

主は、あなたの不安な気持、恐れ、緊張感、そしてあなたが「主よ、私はあなたの道を進みたいのです!」と叫んでいるのを知っておられます。

私は「天の口づけを受けなさい。」という言葉を聞き、主のフェイバーの封印が、「指針」と「あなたの心の願い」の上に降りてくるのを見ました。

 

あなたの行く手には天のフェイバーの接吻が来ようとしています!!あなたがまさに主の道を進んでおり、主の御心を聞き、正確に見たのだという確認を、神は非常に美しく深い方法で、大きなファイバーもってしてくださいます。そしてあなたへの約束の言葉が事をなし成就するのを主が見守ってくださっています!

 

麗しい 主イエスへの讃美と敬慕の深い思いがあなたの内からふつふつと涌き上がってきます。主は主の御こころと御ことばの啓示の深みへとあなたを連れていき、あなたは圧倒され、もはや疲れを忘れ去るでしょう。主の心からリフレッシュの泉がわき、あなたの心の疲れた部分を再び生き返らせるのを見るでしょう。

主がささやかれました。「疲れた者よ、あなたがわたしに忠実であったことへの報酬を、あなたの目で見る時が来ようとしています。」どうか、知恵のリフレッシュの川で主とダンスをする用意をしてください!!!!(終り)


08 08月

試練の時代に金を買う ダナ・キャンドラー       2020年8月8日


試練の時代に金を買う

 

ダナ・キャンドラー

 

 

    揺れ動く時は決して中立ではなく,常に聖なる招きに満ちています。その混乱の中で、主は私たちをシフトさせ、私たちの偽りの慰めを根絶させ、私たちの霊的な浅はかさを露呈させ、最終的には永遠の価値のある主の恵みの中で何かを得るために意図しておられるのです。ここ数日の世界的な混乱の中で、私はしばしば、主の民の心、つまり自分の心に対する主の嫉妬に震えている自分に気がつきました。主は本当にわたしたちの心,魂,心,力のすべてを望んでおられます。

「イエスは彼らに言われた。『心を尽くし思いを尽くして、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』とあります。」(マタイ22:37,ルカ10:27)。

 ヨハネの黙示録3章に記されている彼の言葉は,今の時代に冷静な関連性を持って響きます。主は懲らしめの愛をもってわたしたちのところに来られます。すなわち,わたしたちの信仰と愛を成熟させるためには,あらゆる手段を厭わない嫉妬深い愛です。主はドアをたたいて立ち、私たち一人一人に、試練の中にあっても主から金を買うように手招きしておられます。

 

「わたしは、あなたがたに、火で精錬された金をわたしから買い、豊かになるために、白い衣を買い、身に着けるように勧めます。. . . わたしは、愛する者を叱り、懲らしめる。だから、熱心になって悔い改めなさい。見よ、わたしは扉の前に立ってノックする。もしだれでもわたしの声を聞いて扉を開けるならば、わたしはその人のところに入ってきて、その人と一緒に食事をし、その人もわたしと一緒に食事をする。」(黙示録3:18-20)

 

 口先だけの奉仕や、私たちが話したり歌ったりする誠実な宣言ではなく、私たちの心の奥底にある最も深い秘密の愛情に至るまで、イエスだけが探し求め、知っておられる場所で、私たちが完全にイエスのものになることをイエスは嫉妬深く願っておられます。私たちが混乱している中で、主は招待状を持ってノックしておられます。主は私たちをご自身に近づけるために来られたのです。主は、この瞬間に私たちに与える助言の言葉を持っています。主に対する私たちの愛を誠実さから成熟へと移行させるために、主の嫉妬から生じる言葉です。買うべき金があり、耐えるべき懲らしめがあり、捧げるべき悔い改めがあり、最終的にはイエスとの交わりと友情の深まりを知ることができるのです。(終わり)


30 07月

「究極の戦い」          リック・ジョイナー師      2020年7月30日


 

「究極の戦い」 

                リック・ジョイナー師

 

 

     私たちの歴史のほとんどを通して、アメリカは地球上で最もポジティブで先見の明のある国と考えられていました。ところが、2019年に発表された調査では アメリカは地球上で最もネガティブな国であると宣言されたのです。 私たちに何が起こったのか?このシニシズム ( 懐疑的態度、冷笑的態度を持つ人) の疫病はどこから来て、これは私たちの未来にとって何を意味するのでしょうか?

     事実上、すべての心理学的研究によれば、最も創造的で生産的な人々とは、人生に対して前向きな見通しを持っている人々であると結論づけています。彼らはまた、最も幸福である傾向があり、一方「否定的な見通しを持つ人」は、「影響力が高く、創造的で、最も生産的な人々」の中にはほとんどいないのです。

     アメリカ人がこのようなネガティブでシニカルな人々になってしまったのは、心の問題です。イエスは、私たちの言葉は、私たちの心の中にあるものを明らかにすると言われました(マタイ12:34、ルカ6:45参照)。今日のアメリカの三大情報源であるメディア、教育、娯楽に目を向けると、アメリカについての圧倒的で極端な皮肉が表現されており、それに教化された新興世代がいます。(注:1)

 

     これはどのようにして起こったのでしょうか?それは、自由と民主的政府に対して、最も容赦のない敵の一つであるマルクス主義による忍耐強く容赦のない戦略から、意図的に達成されたのです。マルクス主義は、その設立当初から、その第一の目標はアメリカ共和国の破壊であり、アメリカが滅びれば、他のすべての民主的な政府もすぐにそれに追随すると宣言していました。

  ユダヤ人が何世紀にもわたる経験から学んだように、誰かが自分たちを破壊したいと言ってきたら、その人たちのことを真剣に受け止めなければならない。マルクス主義者は、アメリカを滅ぼすという目標を公然と掲げていますが、それはアメリカこそが、彼らの世界征服の主要な障害と考えているからです。これは次の二本柱の戦略ーー 1)継続的な戦争と「警察の行動」による外部からの絶え間ない圧力を掛ける、2)私たちを今まで支え、強くしてくれた「宗教的・道徳的な基盤」を内側から破壊すること、によってでした。

 

     マルクス主義者は、アメリカを乗っ取るためには露骨で恥も外聞も無い「45のゴール」を実行する戦略を取って来ました。これらは、メディア、公の教育、娯楽産業に潜入することによって達成されるとし、これらを通して、彼らは私たちの自由と道徳の柱を崩壊するまで侵食する、その後に、政府は簡単に自分たちの手に落ちると信じているのです。現在では、これら45の目標のうち44の目標が達成されたか、あるいは間も無く達成されると彼らは考えています。

     ソ連崩壊とともに、マルクス主義は死んだとほぼ全世界で信じられていて、そのため、その継続的な脅威に私たちは油断して来たのです。マルクス主義の首都はロシアから中国に移り、その戦略と戦術は、中国の伝統的な忍耐と古代の知恵を反映するように調整し、彼らは戦略をより長期的なものに調整したのです。すなわち、アメリカと直接対決する代わりに、中国はテロリストや不正国家のような代替品を使って、アメリカを終わりのない高額な戦争に引きずり込むと同時に、メディア、教育、娯楽を通じた彼らのプロパガンダは、私たちを内部崩壊させようとしているのです。

     マルクス主義者は、政府を転覆させる戦略には実に巧妙で、たとえその政府を運営することで恐ろしく無能であることが証明されているとしても、説得力があることが証明されて来ました。それは「見えない敵を倒すことはできない」という、基本的な軍事教義によってです。  ソ連崩壊後、アメリカの指導者たちがマルクス主義はもはや脅威ではないと思い込んだ後、マルクス主義者はさらに致命的な敵に成長したのです。

     この新戦略は、新世代のマルクス主義者の工作員の多くが、自分たちがマルクス主義者の真の目的に乗せられていることも知らずに、実際にはマルクス主義的なアジェンダを推進しているほど、巧妙で効果的なものとなっています。マルクス主義を知っていると称する人の多くが、その理解度が非常に浅く、ほとんどのマルクス主義者の工作員は、レーニンが “有用な(だが)まぬけ “と表現したように、真のマルクス主義者の指導者たちは、自分たちが何をしているのかを理解してもらいたいのではなく、ただ自分たちのやることに従ってさえくれれば良いと願っていると述べています。

 

     最近のアメリカでの政治情勢と、特に若い人たちの考えが、マルクス主義の真の恐ろしさを知らずに、彼らの対米戦略に乗せられていることを理解することが非常に重要になって来ていますから、ここで、マルクス主義の基本と、なぜマルクス主義がアメリカ共和国の基盤となる自由と対立するのかを検証していきます。

 

原則その1:アメリカ共和国は個人の自由の上に成り立っている。マルクス主義は全体主義的な統制の上に成り立っている。 

 

     アメリカ共和国は、ユダヤ教/キリスト教の考え方に基づいて設立されました。彼らはまた、真の宗教、真の道徳、真の誠実さは、押し付けられるものではなく、心から生まれるものでなければならないと信じていました。罪を犯さないように人々を刑務所に入れることはできても、罪は心の中に残っています。

 

 

アメリカ共和国は、「政府は国民のために存在し、その逆ではないという信念」に基づいて建てられた、歴史上初めての国家でありました。したがって、政府の職に着く人の第一の忠誠心は、人民の意志を実行することであり、その逆ではなく、人民に支配されることでありました。そのため、政府のあらゆる役職に着く人は、国民のこの自由を守るために制定された憲法を忠実に守ることで、国民のこの自由を守ることを誓う必要がありました。

 

     このため、アメリカでは、個人の創造性とその表現することに、前例のない多様性と創造性に火をつけ、尊敬されていました。これは、知識のほぼすべての分野だけでなく、生活や文化のほぼすべての面で大きな進歩をもたらしたのです。

     これとは対照的に、マルクスをはじめとするマルクス主義を形成する指導者たちは、神への信仰を国家への信仰と依存に置き換えることを提唱した無神論者であったのです。したがってマルクス主義の基本的信条は、人民は国家のために存在しており、国家への完全かつ揺るぎない服従だけが求められているということであるのです。

 

     したがって個人主義的な表現のいかなる形態も、マルクス主義者にとっては、すべての行動と思想を究極的かつ完全に制御する必要性に対する脅威とみなされたのです。これが、マルクス主義者の政府が、個人的な表現や創造性のいかなる形態も、「西洋の腐敗」の証拠として非難する理由であり、この理由から、マルクス主義政府の内部プロパガンダの主な目的は、個人主義的な思考のいかなる形態に対しても、嫌悪感や恐怖心を抱かせることでした。

 

     「・・・主の御霊があるところには、自由がある」(Ⅱコリント3:17)

 

     「キリストは、自由を得させるために、私たちを開放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」

                                 ガラテヤ5:1

 

     専制主義や無政府状態の極端な状態を避けるための…希望の唯一の拠り所は、人々の道徳の上になければならず…宗教は道徳の唯一の堅固な基盤であり、道徳は自由な政府を支える唯一の可能性を持っている。 ー アメリカ建国に寄与した当時のモーリス知事の言葉

 

     アメリカは健康な体のようなもので、その抵抗力は三重になっている。その愛国心、道徳心、霊的信仰心です。もし私たちがこの3つの領域を弱体化させることができれば、アメリカは内側から崩壊してしまうでしょう。(ジョセフ・スターリンに寄与する考えかた)

 

 

 訳者からのノート 

                       坂  達 也

 

注1)昨日のリック・ジョイナー師のブログ( Rant )を見て大変驚きました。なぜならコロナウイルスの特効薬と言われる40年前にマラリヤ用に開発され特許も切れた薬がコロナウイルスに効くと言うので、トランプ大統領が発表したところ、途端に、その薬は効かない、あるいはもっとテストせねばならないと、デモクラットから民主党、メデイヤが猛然と反対し始め、それに加わったのが前オバマ大統領とタイアップして大儲けしたアメリカのビッグ・ファーマと言われる大手薬剤会社群です。確かにこの薬が本当に効くことが分かれば、大統領選挙はトランプ氏に有利になるし、今回コロナのために開発中のいくつかの特効薬とワクチンで大きく儲ける企みがなくなることからデモクラットとそれに結託するメデイヤと製薬業界が、よってたかって猛反対し始めたのです。ナイジェリアから来たホワイト・コート(医師)の一群がそのマラリヤの薬がコロナウイルスにどれ程効くかをアメリカに来て発表したものですから今本当に喧々轟々です。(続く)


17 07月

「終末の時」とは誰も未だ経験していない      坂  達 也       2020年7月16日


終末の時」とは誰も未だ経験していない

 

                   坂  達 也

 

 

 (前回のメッセージに続く)最後に申し上げたいことがあります。

 旧約・新約聖書を通して「終末の預言」は非常に多くされています。しかし、人間の

歴史上、その終わりの時にどんなことが起こるかは、誰も経験していないことに、私た

ちは気がつく必要があることです。それは前に引用しましたが、主が植えた本物の良い麦と、悪魔が植えた毒麦のどちらも完全に熟すとどうなるのかの問題です。

 

 先ず、神が植えた「良い麦」が完熟すると、その実は「愛、喜び、平安、寛容(忍耐)、親切、善意、誠実(信仰の満ちた faithfulness ), 柔和、自制」が満ち溢れれます。(ガラテヤ5:22)そして、最高の霊的覚醒と、未曾有の大リバイバルが起こり、地上における霊的弟子訓練が完了します。

 

 一方悪魔が植えた毒麦が完熟すると、世の中はかって見たことが無いほど悪くなる。

それは「不品行、汚れ、好色(姦淫、わいせつ)偶像礼拝、魔術、敵意(憎しみ)

い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興」等であるとガラテヤ書

5:20に書いてある通りです。

 特に明らかな現象は、神と悪魔は全く相容れないのですから、あらゆることにおいて

「分裂・分派」が起きるのは当然です。現在のアメリカは、まさに政治からメデイヤ、

民衆も完全に二つに割れています。そして世界は、二つの陣営、アメリカを中心とする

親米国・親イスラエルに敵対する中国、ロシヤ、イラン等の共産・社会主義の過激派の国々が、最後にアメリカとイスラエルに攻め込む計画を着々と計画しています。そして前述のごとく、その兆候は今既に歴然として目に見えています。

 

 次に、神は「愛」と言われますが、本当にそうであることが明らかになります。聖書

には「あなたの敵を愛しなさい」と書かれていますが、私たちは本当に敵を愛している

でしょうか?それがどういうことか理解しているでしょうか?

 神は、現在のイラン・アラブ諸国の祖先であるイシュマエルに対しても、父であるアブラハムに、イシュマエルを祝福し、大いなる国民にすることを約束しました。真に愛の神は、イシュマエルの末裔が、後にご自分の国、最愛のイスラエルと敵対する宿敵になることが分かっていてもそうしたのです。

 

 それを言えば、神は、元々自分の子にするために造った人間を、生まれる前から全員

、罪人になるのを覚悟し、全ての人間が罪人となるのを許しました。全知全能の創造主の神がどうして敢えてそうしたのでしょうか?

 その理由はロマ書11章に書かれています。特に32節で「神は、すべての人をあわ

れもうとして、すべての人を不従順(罪)のうちに閉じ込められたからです。」と書か

れています。つまり神は最初からこの世を一旦悪魔に手渡したのです。ですからパウロ

は、ロマ書12:2で「だからこの世と調子を合わせてはいけない」と教えます。つい

ては、ロマ書12章を、霊の訓練を受けて完熟した人間の姿であることにご留意してじ

っくりお読みいただきたいと思います。

 

 ロマ書12:3−21「・・・だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量に応じて、慎み深い考え方をしなさい。一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大勢いる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。私たちは、与えられた恵に従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまず分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい。あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、帰って身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

 愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それはこう書いてあるからです。『復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。』もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」

 

 私はパウロの上記の言葉をタイプしながら、こんなに貴重なことばはないと感激しました。これを表にして壁に貼って毎日眺めて暮らしたいと思いました。

 そしてパウロは、ロマ書の11:36、37で「神の知恵と知識との富は、何と底知れず深く、そのさばきは、何と知り尽くしがたく・・だれが主のみこころを知ったのですか。誰が主のご計画にあずかったのですか。・・」と言い、次節で「すべてのことが、神から発し、神によってなり、神に至るからです。どうかこの神に、栄光がとこしえにありますように。」と書いています。ハレルヤ!

 そのことが、また、ガラテヤ書2:20で次のように説明されています。「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや、私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」

 

 イエスキリストだけが唯一の完全に完成された人間です。そのイエスを信じてイエスに自分の人生を生きてもらう人間だけが「永遠の命」でキリストとともに永遠に生きるのですから、神の愛と福音は何とすばらしい「知らせ」ではありませんか。(終わり)


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