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Walk With God Ministries

18 03月

「主と共に歩く」時がやって来た!(2)                  坂  達 也        2020年3月18日


「主と共に歩く」時がやって来た!(2)

 

                 坂  達 也

 

 

3月18日の掲題のメッセージに追伸として加えさせていただきます。

 

1)ボルツ師の預言に関しては、今のところの結論として、私はこのコロナウイルスの問題はあと1−二ヶ月で峠を越え引潮になると言う預言は正しいと信じます。リック・ジョイナー師もそのような感じで進行してゆくと見ています。但しすぐ終わる訳ではなく、流感と同じで夏は一時的に消えても翌年冬に再発することが予期され、しかしそれまでにはワクチンが出て来ることを期待したいと思います。

 特にワクチンの開発は目下アメリカでも2−3社が開発を終えて人体実験を始める段階に入ったと言い、世界中でどんどん開発が急がれていますから、暖かい季節を迎えることも考慮して次第に静まる方向に行きそうです。

 

2)アメリカ国内の情報は明日改めてご報告します。

 

3)私はこのWWGMのブログは、毎週一回を目標として来ましたが、現在は非常事態でもあり、必要に応じて毎日でもメッセージを書かせていただきます、従って少なくとも明日は別のレポートを出しますのでご高覧ください。

 

 以上です。


18 03月

「主と共に歩く」時がやって来た!                  坂  達 也     2020年3月18日


「主と共に歩く」時がやって来た!

 

                 坂  達 也

 

 

 今回のコロナ・ウイルス騒ぎは一体何を意味するのでしょうか。私はショーン・ボルツ師の預言をご紹介しましたが、今世界中が、世の終わりが来るかのような前代未聞の恐慌に襲われています。

 この新しい疫病によって、世界中の国で、既に多大な人の命が取られているだけでなく、それが止まるところが見えない状況にあります。それだけではありません。世界中の交通機関から教育制度に至るまで完全に麻痺状態にあり、加えて経済面でも、あらゆる地域、業種、階層において、未だかってなかった程の打撃を受け、それによる政治の困難と混迷は、遂に人々を混乱と恐怖のどん底にまで落とし込んでいると言って過言ではありません。

 

 それが何を意味するのでしょうか? 本当に「世の終わりの裁きの時」が間近であることを思もわせることが今起こっているーーそれは確かです。しかし、世の終わりが来る前に、主が一大リバイバルを起こされることも、それと同じ位確かなことであることは、クリスチャンであれば知らない人はいない筈です。なぜなら聖書にそれが、繰り返し、はっきりと書かれているからです。

 加えて、その一大アウエイクニングとリバイバルがいよいよ2020年から始まるーいや、既に始まっていると、多くの預言者が語っていることもご紹介しました。

 

 私は、そのリバイバルが始まるに当たっての「警鐘のラッパ」が今高らかに鳴らされているーーそれがコロナ・ウイルス騒ぎであると信じます。

 

 今の世界情勢は極端に言えば、人間はこれから一ヶ月後、或は1分後ですら何が突発的に起こるかも分かりません。しかし主はいつも何事もご存知です。そうであるなら、私たち、特にクリスチャンにとって 絶対安全で、ベストで、しかも確実な方法が一つだけあります。それは「主と共に歩く」ことです。

 

 私たちはいつも主に寄り添って全てにおいて何をしたら良いかを主に聞き、会話しながら歩く位、間違いのない生き方はありません。ーそれはちょうど、よちよち歩きの幼い子供に親が側に寄り添い、手を取って歩く姿と似ています。主もそれを何よりも望んでおられるのです。

 

 実は、それをモットーとし、また目標として掲げ、私たちのミニストリー名は Walk With God Ministries と名付けられましたが、今程それが必要である時代は過去にはありませんでした。どうぞすべてを主に聞いて聖霊の油注ぎの中ですべてを行おうではありませんか。

 

 また、その「主と共に歩む」ことをイエス・キリストご自身が、ヨハネ5:19、20で示してくれました。

 「子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行うのです。それは、父が子を愛して、ご自分のなさることをみな、子にお示しになるからです。・・・」

 これは私たちが通常、神の示されることを夢とか幻で見て預言的に受け取り、それに従って「預言に忠実に生きなければならない」ことを示していないでしょうか。正確な預言を個人的にも毎日受け取らねばなりません。同時にまた、間違いのない預言者からの預言も常に吟味して求め、受け取って生きなければならないことを意味しています。自分の思い、希望、考えだけで生きてはいけないのです。

 その主の言われることに忠実に従いながら行動することの重要性と方法を使徒のペテロから学ぶことができます。

 

 

ペテロのやり方で物事を進めよう

 

 弟子たちがイエスが水の上を歩いているのを見て、ペテロが「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになって下さい。」とお願いし、イエスが「来なさい。」と言われたので、ペテロは水の上を歩いてイエスの方に行ったのです。(マタイ14章)

 

 ところがです。風が吹いて来て怖くなったので、彼は沈みかけました。そこでペテロは「主よ。助けて下さい。」と叫び、イエスは、すぐに手を伸ばして彼をつかんで「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」とペテロを諫めましたね。

 

 この話でご注目いただきたいことは、ペテロは自分の考えで水の上を歩いたのではないことです。私たちクリスチャンは、自分の考えで行動することは絶対に禁物であるのです。(ほとんどの人は自分が生きています。そのようなクリスチャンを別名、宗教的クリスチャンと言う事はご存知ですね。)であれば、たとえ自分でも水の上を歩きたいと思っても、「先ず主に聞いて、主の命令に従う形でしか、ことを起こさない」ーこれがクリスチャンの鉄則であることです。その理由は、 私たちは主と共に死んで主と共によみがえった人間であるからです。あるいは「イエスにおいて」しか生きない人間であるからです。

 

 このお話は今起こっているコロナ・ウイルスに少しでも恐れを持つ者(私も含め)に当てはめられます。神がこのウイルス旋風を世界に与えた理由と目的がここにあると私は思います。

 これは、人間なら誰でも真に神に頼る信仰を持たない者は生き残れないことを世に示しておられるーすなわち、これから主が起こされる大アウエイクニングには、真の信仰を持つていない単なる「宗教的なクリスチャン」も霊的喚起が絶対に必要であるということであり、そのようなアウエイクニングされたクリスチャンこそが、これから起こる最後の大リバイバルを主にあって起こし、ボブ・ジョーンズ師の言われる10億の未信者を導くために絶対に必要であることを、主は示しておられると信じます。

 古い言い方で恐縮ですが、言ってみれば、大リバイバルの宣戦布告に際しての戦う勇士への「赤紙召集」であると私は考えます。

 最後に神は、ご存知のように、私たちクリスチャンの信仰がいかに重要であるかを、詩篇91で教え、強調しておられることにご注目下さい。

 詩篇91:1−11「いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の影に宿る。

  私は主に申し上げよう。「わが避け所、わがとりで、私の信頼するわが神」

  と。

  主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからであ

  る。

  主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。

  あなたは、その翼の下に身を避ける。

  主の真実は、大楯であり、とりでである。

  あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。

  また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びおも。

  千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、

  それはあなたには、近づかない。あなたはただ、それを目にし、

  悪者への報いを見るだけである。

  それはあなたが私の避け所である主を、

  いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。

  わざわいは、あなたにふりかからずえやみも、あなたの天幕に近づかない

  まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、

  あなたを守るようにされる(終わり)


10 03月

キリストに似る者となる     フランシス・フランジペン           2020年3月10日 


キリストに似る者となる

 

フランシス・フランジペンIn Christ’s Image より)

 

 

 本日は、私たちの教会の最も中心的なビジョンを話します。それは「キリストに似る者となる」ことです。私たちがキリストに似る者とならないならば、教会の目的はなくなります。神は私たちの古い性質を抑制する「宗教」を与えてくださったのではなく、私たちに新しい性質をくださいました。新しい命、即ちキリストの命そのものをくださったのです。パウロはガラテヤ2:20で「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」と言っています。

 

 イエス・キリストがあなたのうちに生きておられるかどうか、吟味してみてください。教会におけるすべての訓練(活動、ビジョン、適応、学びなど)の目的は、キリストを私たちのうちに解き放つことにより、キリストが私たちを通して生きることにあるのです。私たちがどれ程キリストの霊をこの世に解き放つか、そのために、自分の動機、自分の思い、自分の信仰をどれ程キリストに明け渡すか、それが教会の成功度のバロメーターであって、人数ではありません。何人がキリストに似る者となるかが、教会の成功を測るポイントです。それによってあなたがリバイブされたかどうかがわかります。リバイブ(生き返る)するのは、あなたの中のキリストの命だからこそです。

 

 パウロがピリピ3章に書いていますが、彼は信仰生活を始めたとき、多くの教会を設立しようと計画した訳ではありません。新約聖書の三分のニを書くつもりも、使徒になる計画もありませんでした。彼の唯一つのパッションは「イエスを知ること」でした。彼はピリピ3:2で犬に気をつけるように警告しています。悪い働き人、肉体だけの割礼の者に気をつけるように言っています。

 一世紀の犬は今のように可愛いペットではなく、ゴミ捨て場をうろつく動物でした。エルサレムの12の門の一つはゴミの門で、その門の外はゲヘナと呼ばれゴミが燃やされていました。犬はそのゴミをあさって生きていたのです。教会にもゴミばかりあさっているクリスチャンがいます。何か悪いことがないかといつも鼻をぴくぴくさせているのです。腐敗したことはないか、不完全なものはないか、何か失敗した者はいないかといつも嗅ぎまわり、それを食べて生きているのです。どうかそのようなクリスチャンにはならないでください。神はあなたのためにもっと良いものを備えていてくださいます。

 ここでパウロは「宗教」ではなく、キリストとの真の関係について話しています。彼は自分の経歴を述べ始めます。「自分はパリサイ人の中のパリサイ人、ベンジャミン族の出、律法に熱心で非難されるところはなかった...」と自分の血筋の良さを書き並べたあと、「キリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。」と言い、この「イエスを知りたい!」というパウロの情熱こそが、彼が「神からの約束」を得る推進力となったのです。もしあなたがイエスを知る情熱をもたず、キリストに似た者になることもせず、神からの約束の成就だけを願うならば、それはなかなか成就しません。キリストに似た者になることを人生の最大の目的とすることが必要であるのです。

 この教会はただ「人々」を求めているのではなく「弟子」を求めているのです。

「弟子は師以上には出られません。しかし、十分訓練を受けた者はみな、自分の師ぐらいにはなるのです。」(ルカ6:40)」とイエスは言われました。私たち弟子は、師であるイエス・キリストのようになれるのであって、それが私たち教会のゴールです。イエスを知ること、イエスのようになること、そのための情熱を持つこと、それが今日の話のテーマです。

 それはあなたが生きているこの世界でキリストのようになることであって、次の世においてではありません。次の世ではすべての人が完全にされますから、それは難しくありません。でも神は今ここで私たちがキリストに似る者となることを意図されているのです。

 即ち、あなたの仕事場でキリストのようなること、あなたが住んでいる町でキリストのようになることです。もし私たちがそれを目指して進むならば、神の約束がそれに添えて成就されるのを私たちは見るのです。

 

 私たちは神の約束を得ようと進んでいても、なかなかそこに到達出来ないと感じます。それは私たちが「神の約束は他のことと関係なく独立して存在し、成就するものだ」と勘違いしているからです。そうではなく、神の約束は、私たちがイエスとの縦の関係を確立するとき、私たちの心がキリストを知ることを愛しキリスに似る者となりたいと情熱を持って進むときに、その「結果」として、神の選ばれた時に成就されるものです。

 

 世界の国々のことを考えてみましょう。彼らが救われることを私たちは願います。すべてのものは膝をかがめ、すべての口が「イエスは主である」と告白して神を誉め称える時が必ず来ます。イスラム教国であっても、共産国であっても、ヒンズー教国であっても、ある時にすべての人が「イエスは主である」と告白し、それが真理であり、リアリティーなのです。現在と、それが成就するまでの間の期間に、教会はどんどんと今までになかった程キリストに似る者となるのです。この約束が成就されるために、私たちはキリストに似る者にならねばなりません。

 第二コリント1:20でパウロは「神の約束はことごとく、この方において『しかり。』となりました。それで私たちは、この方によって、『アーメン。』と言い、神に栄光を帰すのです。」と言っています。「ことごとく」とは、神がイスラエルにした約束、異邦人にした約束、イエスによってもたらされた約束、神があなたにされたすべての約束、これらすべての約束のことです。健全な結婚、子供たちの救い、繁栄、健康など、すべてあなたが神からの約束と信じるものは、「この方において『しかり。』となったのです。もしあなたが約束の成就に到達したいと願うならば、まずイエスにある成就に到達せねばなりません。イエスにあって成就すること、即ち私たちを通してイエスが顕されることが、二番目の祝福の扉、即ち神の約束の成就の扉を開けることになるからです。

 

 人々はあまりにも多くの場合、焦点の合わせ方を間違えます。例えば、「繁栄」ということに焦点を当てます。「神は私を繁栄させてくださる。私が蒔けばそれは何倍にもなって返ってくる、と聖書は約束している。」と言います。でもその人はやがて破産してしまいます。どうしてでしょうか。その人は「信仰」をもって行ったのではないのですか? 聖書の法則に従って行動したのではないのですか? 違います。そのような約束はそれが独立して成就するのではなく、イエスにおいて成就するのです。私たちの人生の中心にイエスがおられるならば、主は光と力を与え、すべてのものをあるべき姿にしてくださり、二義的な約束をも成就してくださいます。「イエスにおいて」「神の約束はことごとく」「しかり」なのです。これは、すごいことではないでしょうか。

 

 あなたはあなたの結婚が、仕事が、家族の救いが、その他すべてのことが巧くいくことを願っています。神はそのすべてをイエスにおいて「Yes!」だと言われるのです。喜びの叫びをあげようではありませんか! 御父は御子をそれほど愛されているのです。イエスはそれほど私たちのために代価を払われたのです。天の銀行にある約束を引き出すためには、私たちは「イエスにおいて」生きねばなりません。イエスの御ことば、命があなたの命となって、神があなたの内側を変えてくださることによって、栄光から栄光へとあなたを内から外へと変革してくださいます。イエスに焦点を当ててください。

 これを真剣に願う人がいますか? 「主よ、私はそれを求めます。」と言いますか? そのような人にはある事が起ります。主はあなたを「イエスのようでなければならない状況」に導かれます。

 前もって警告しておきますよ。何かが起り始めます。戦いが始るのです。確かに「私はイエスのようになりたいと言いました。でも教会という安全な場所でね。でも教会を出た途端、ひどいことが沢山起こりました。」とあなたは言うかもしれません。でもひどいことが起るのはすばらしい事であるのです。それはあなたが前進している証拠です。あなたは「私はそんな風に前進などしたくありません。私は安らかにまどろんでいたいんです。」と言われますか?

 もしあなたが真剣ならば、主はあなたが立ち上がってキリストに似る者になるのを阻止しようとするものとの戦いに勝利できるように油注いでくださいます。この戦いは神の御こころによって戦略的であり、計画、計算されていて、教会という安全な場所で先ず調えられたあなたが、厳しい外の世界に出て行って勝利するように神が備えてくださったものなのです。そこで私たちはイエスのようになるプロセスを拡張していくことができるのです。教会の建物を出てからが実際の生活の場におけるリアルな訓練です。

 

 あなたは将来の伴侶を求めているかもしれません。それは誰だか教えましょう。それはイエスです。「そういうことではなく、本当の誰かを望んでいるのですが….」と言われるかもしれませんね。でも、まずイエスと親しい関係になることがよい伴侶を見つける道です。幸せな結婚がしたい、よい家庭を作りたい、というあなたの願いは、まずイエスとよい関係を結ぶことから始ります。それによって主はあなたに最良の結婚を与えてくださいます。あなたがまわりのものに目を奪われることなく、まずイエスを目指して進むからです。

 

 私たちには少しばかりの苦難、少しばかりの戦いが必要です。小説でも「葛藤がない話は退屈」でしょう? 私たちの中には「退屈な筋書き」の人生を送っている者があるのではないでしょうか。でも大丈夫です。あなたがキリストに似る者になりたいと真剣になったときには、主は必ず葛藤、戦いを送ってくださり、あなたがキリストのようにならねばならない状況の中に置いてくださいます。キリストに似る者になればなるほど、神の約束はあなたの傍に引寄せられてきます。神はあなたの心の願いを与えてくださるようになります。戦いの中にあってもあなたが主を喜ぶとき、あなたが聖なる手をあげて祈るとき、神に愛を捧げるとき、生け贄を喜んで捧げるとき、神は祝福を与えてくださるのです。神の力があなた近づいてきます。あなたがキリストに近づくからです。私たちの教会のDNAは、イエスに従う者です。イエスのように変えられる者です。今日、私たちは神からイエスのようになるチャンスと力を頂いているのです。特権です。

 

 質問します。あなたは他の誰かでその人のようになりたいと思う人がありますか? 考えてみてください。政治家ですか? 映画俳優ですか? 私はイエスのようになりたいです。あなたもそう思われるならば、あなたはその決心をせねばなりません。「主よ、これが私の生き方です、私はこのために生まれました。」と決意してください。イエスのようになること以外は、すべて死の世界なのです。私たちの魂のすべてがイエスにむかって「Yes!」というならば、キリストの御性質が増え広がって行きます。すべての人がこの決断をすることが、私の願いです。「私は真にイエスに倣う者になりたいです。今までは、それ以下のことを神としていたことを心から悔い改めます。」と告白してください。

 

 イエスを離れて私たちは何もできないのです。徳を高めることも、力を得ることも、神の約束を手に入れることもできません。ある人は他の人がしていることを真似てそれらを得ようとします。しかしイエスを内に持たないではそれは不可能です。朝イエスと共に目をさまし、夜イエスと共に床につく、私の潜在意識までもがイエスの思いで一杯になるように、私の目が健全でからだ全体が少しも暗いところがなく明るいようにと願います。

 

 祈りましょう。「父よ、私たち一人ひとりが、イエスのようになることに熱心になりますように。私たちの人生のすべての面をあなたが取り仕切ってくださいますように。父よ、私たちがイエスに似る者となることをお願いいたします。キリストのような心の態度で回りにいるすべての人に接することができますように。自分はいつもそうではないことを告白いたします。あなたや私の心を満足させるような態度ではないことを告白いたします。キリストのような心をすべての面において与えてください。父よ、私たちがイエスを顕す者となれますように。アーメン 」(終り)


03 03月

「コロナ・ウイルスの終焉が近づいていると、主は言われる。」とショーン・ボルツ師は預言する                   坂  達 也


コロナ・ウイルスの終焉が近づいていると、

   主は言われる。」とショーン・ボルツ師は預言する

 

                  坂  達 也

 

 在ロスアンゼルスの預言者ショーン・ボルツ師が、世界中で今猛威を奮い、広大の一途にあると思われている真っ只中で、突然「主が、コロナ・ウイルスの終焉が近づいていることをはっきりと語って下さった。」と発表しました。これは驚くべき、全く信じられないような朗報です。

 

 すなわち、ピークは未だ全く見えない、増大一方の潮の流れが「間もなく峠を過ぎて、引き潮になると思います。」とボルツ師は言われるのです。

 これはたまたま、私が遅い昼食を食べながら FOX NEWS を見ている時に入って来たニュースでした。

 

 今世界中で91,000人がこの病気に罹り、既に3,000人以上の死者が出ております。しかも、この話を私が聞いている最中に、私(坂)の家族(息子の嫁)から電話があり、私たちの住むニューヨーク郊外のハーツデール市に隣接した直ぐ隣町のスカーツデール市に住むユダヤ人の弁護士(50歳の男性)が通常のインフルエンザ症状からコロナウイルス陽性反応が出て収容された、それで、その人の働いていた、かなり大きな事務所ビルデイング全体が、目下大規模な消毒作業中との情報が(同じビルで働いている嫁の友人から)入ったのですから私は、いよいよ来たかと覚悟しました。

 

 ボルツ師の話を続けます。「私はカトリックを含む全てのクリスチャンの祈りに神が応えて下さったことを信じます。神はプランをお持ちです。多くの神の声が聞こえるクリスチャンの中には、ペンス副大統領、元知事であったマイク・ハカビー、それにジャスチン・バイバー、クリス・プラット、デンゼル・ワシントン、オプラ・ウィンフリーさんたちがいることを紹介し、そして先週金曜日には、南アフリカで行われたExpression 58 の創始者牧師が、ベテル教会のビル・ジョンソン師とベテル教会のワーシップリーダーの一人 Sean Feucht (今回の選挙でカリフォルニア州の第三地区から国会議員に立候補する)さんと並んで舞台に立ってメッセージをしたことを分かち合いました。彼らはベテルでの新しい歌「God of revival 」を歌っている最中に、私(ボルツ師)は神からコロナウイルスの台頭が終わることを明確に聞いた。」と言います。

 

 ボルツ師は続いて、「その潮は間もなく、二週間か、あるいは2ヶ月かは分からないにせよ、峠を迎え、やがて引き潮に変わる。」と言い、しかも詩篇56:9を引用したのです。

 「それで私(ダビデ王)が呼ばわる日に、私の敵は退きます。神が私の味方であることを私は知っています。」

 しかし筆者の坂は、これに10節と11節を加えて読むと一層良く分かると思い、これを加えて下記に引用してみます。

 「恐れのある日に、私は、あなたに信頼します。神にあって私はみことばを、ほめたたえます。私は神に信頼し、何も恐れません。・・・」

 このダビデ王のことばこそ、世界中で恐れられているコロナ・ウイルスに対する「クリスチャンが取るべき信仰の態度」ではないでしょうか。

 

 ボルツ師は続けます。「二つのワクチンが出て来るのを、私はビジョンで見ました。一つはイスラエルから、もう一つはアジアの国の一つからでした。しかもこれらのワクチンは素早く現れるでしょう。」

 そして「次の火曜日にはシンデイー・ジェイコブ師がリードする世界の祈りの日として祈祷会が行われ、その日の昼食時にトランプ大統領の個人的牧師であるポーラ・ホワイトーケイン師が加わって祈る」ことを紹介しました。

 

 最後にボルツ師は言います。「中国でのコロナウイルス発生の地、武漢市から来た牧師の一人から、武漢市とは、そこに多くのミッショナリーが集まって、リバイバルが起こることを、この100年の間、熱心に祈って来た土地であることを聞いた」ことを紹介するとともに、最近のW.H.O.の報告によれば、世界中でコロナウイルスが広がる中で、この武漢市地区では逆に、最近ウイルスの発生が減少していると言われていることを報告しています。

 これは、本当にそのミッショナリーの人たちの長い間の祈りが聞かれている証拠ではないでしょうか。

 

 以上ですが、私(坂)としては、先週までにご紹介して来たボブ・ジョーンズ師とか、リック・ジョイナー師だけではなく、他の多くの預言者の皆さんが一様に預言されて来た「最後のアウェクニングとリバイバルが、今年2020年から始まる」ということばが、いよいよ現実となりつつあることをひしひしと実感している次第です。

 日本にもそのアウエークニングが間もなく起こり始めることを期待し、心からお祈りさせていただきます。(終わり)

 


25 02月

私たちは「愛することを学ぶ         ためにこの世に送られた」                  坂  達 也


私たちは「愛することを学ぶ

        ためにこの世に送られた」

 

                 坂  達 也

 

 

 先週ご紹介したボブ・ジョーンズという人は大変ユニークな預言者でした。一度悪魔に殺されて天国の入り口まで行き、そこでイエス・キリストに会って、他の死んだ人と同じように「この世であなたは愛することを学びましたか。」聞かれました。彼は一応「Yes」と答えましたが、その後で主から「あなたは地上に帰りなさい。地上に帰って、わたしの(身体である教会の)リーダーたちに影響を与え、10億のたましいを救う準備をしなさい。」= それは「わたしが聖書で与えると約束したすべての賜物を多くの人に数倍増して与えるために。」と言われたのです。

 

 ここで二つのことが分かります。一つは、ボブは「地上で愛することを学んだか」と聞かれて一応「学んだ」と答えましたが、それから地上に帰された後に「再婚した奥さんボニーさんから真の愛を学んだ」と答えていますから、真の愛を学ばせる為にもう一度この世に帰されたことになります。

 ボニーさんという奥様は、預言者の妻にふさわしい預言の賜物と、その上、聖書に詳しいという、夫のボブが認めるように「理想的な秘書役」を務めました。そして身体に多くの痛みを抱える夫を最後まで献身的に仕え、支えた「看護婦」でもありました。加えて、それ以上に私たちがあるべき姿ー花婿イエスの花嫁としての「従順」をもって、愛と喜びに満ちて、夫に仕え尽くした「妻」であったことをボブ師は認めたのです。この仲むずまじい夫婦のやりとりの一端は、ユーチューブ「Bob Jones 2012 Shepherd’s Rod」でご覧になれます。

 

  2つ目に、ボブはその愛を基に「10億の人の救い」(世の終わりのリバイバル)起こすためのリーダーを養育するという任務を与えられた」と私は解釈します。こんな人は滅多にいません。

 

 そこで彼は、誰に会っても「主から直接何か預言の言葉を聞いたか」と常に聞き、アメリカの既存の教会の指導者たちだけでなく、世界から集まって来る人、特にこれから活躍が期待される若い人たちに向かっての主からの預言を、死ぬ直前まで、忠実に伝えたのです。

 

 その「10億の人の救い」 という世の終わりのリバイバルが、正に2020年の今年から始まろうとしています。というのはボブの預言の一つに「アメリカン・フットボールのカンサスシチー・チーフがスーパー・ボールに勝ったら、それからリバイバルが始まる。」というのがあり、それが今年つい最近になって実現したからです。このことを預言者ショーン・ボルツ師が「ボブ・ジョーンズ師は、私に少なくとも10回は、神からの預言でそれが起こる、そして、それが起こったら、その年位から、神は、神の 「Apostolic Chiefs 使徒のチーフになる人たち」を起こし始めると語った」と言います。

 

 2014年のバランタインデー2月14日に天に召されたボブ・ジョーンズ師は、真に私たち「主の教会」への「愛の使者」でありました。その愛とは selfless AGAPE の愛です。それはロマ書13:10に「愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、、愛は律法を全うします。」また、1テモテ1:5に「この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰とから出て来る愛を目標としています。」と書かれている通りです。

 私たちクリスチャンは、その神のアガペの愛を何としても学びとらねばなりません。その為には、アガペの愛そのものであるイエス・キリストに常に個人的に接し、イエスご自身から直接学び取るだけでなく、それを現実にこの世で実行しなければならないことは明白です。

 

 リック・ジョイナー師は「そのような真の愛を知って、実行している人には人が集まる」と言います。それが「コイノニアの愛」であり、そのような愛の実行者が二人、三人(スモールグループ、多くて十二人)が集まるところに、人が集まる、そのことがイザヤ書60に書かれています。

 「暗やみが諸国の民をおおっている。(現在は、まさにその時代になりました)しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる。・・・目をあげて、あたりを見よ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。(イザヤ60:2−4)

 

 あなたが輝き、地の塩となっているところにはもっと多くの人が集まるのです。そのようなリバイバルが起きると、大きな「既存の教会」にも人は集まりますが、それよりはるかに大きな割合で、コイノニアの小さなグループにこそ、より多くの人が集まる、するとそのグループが直ぐ大きくなり過ぎますから、そこから別のスモールグループが生み出されどんどん分身して行く。それが進めば、大きな既存教会の成長よりも、より早く、より大きく成長して行くーー実は、そのようなビジョンを見たとジョイナー師は言われます。

 

 コイノニアの愛のグループでは、先ず一人一人が直接主からのことばを聞く「霊の耳」を持つ訓練をします。それによって毎日それぞれが個人的に主に直接聞いて、その時に必要な「主の御心」をそれぞれが受け取り、「頭だけのクリスチャン」にありがちな「人間的な思いとか考えの一切をとりこにしてキリストに服従させ、私たちの行動を全て聖霊に委ねる(2コリント10:5)という生き方をし始めると、人がどんどん集まる。その結果が、世界で10億の人が救われるだけでなく、霊的弟子訓練もできて行くのです。

 

 その為に最も必要なものは「主からの知恵」です。例えばリバイバルによって癒しが起こり始めても、その癒しが一時的なもので終わるのではなく、持続させる「知恵」を主からいただくことが究極的な健康保持につながります。あらゆる事態において私たちに最も必要なものは「識別の力」と神の「知恵」であり、その元はすべて「神の愛」から出ていると言われるのです。

 

 従って、私たちがこの世を去る時に、天の門の入り口で「この世であなたは愛することを学びましたか」と主イエス・キリストに聞かれることは、そう言う意味であるとボブ・ジョーンズ師もジョイナー師も言われます。(終わり)


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