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Walk With God Ministries

18 11月

著書の紹介


新たに増版発売中
「主を見つめて待つ」 Contemplative prayer
         - 霊に目覚め・神の声を聞く方法 - 坂 達也 著

  2003年4月27日発行・2008年5月1日第二版発行
                   120ページ・定価 900円+税


推薦文 
   「クリスチャニテイーはリレーションシップである(P-106)と著者が定義しているごとく、「イエス様との個人的人間関係を深めたい」と願っている方々に、本書は大きな手がかりを与えてくれます。それはただの理論としてではなく、著者自身が主から受け取り、日々実践している主との深い交わりの秘訣を、御言葉の霊的理解と共に本書は鮮やかに解き明かしています。」 
                     新城教会 牧師 滝元 順

   「『主の御声を聞く』必要性を強調する本書には、終末迫る昨今の日本の教会に対する主からのメッセージが記されていると信じます。御言葉からだけでなく、著者の長年の実践から、非常に具体的な方法が記されており、霊性の訓練のための貴重な実用書でもあります。多くの方が読まれ、実践されることをお勧めします。」
                     蓬莱キリスト教会 牧師 佐藤経夫

  本書のご注文を希望される方はメールにてご一報ください。



新刊 「キリストの弟子」 
       - 教会の完成を目指して - 坂 達也 著
    
                     (A5版 約240ページ) 定価 1500円+税


2008年1月より日本全国のキリスト教関係書店にて発売開始されました。この本の購読にご興味のある方はご一報ください。



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18 11月

「罪を赦して歩く」


「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに悟らせるために。と言って、中風の人に、『あなたに命じる。起きなさい。寝床をたたんで、家にかえりなさい。』と言われた。すると彼は、たちどころに人々の前で立ち上がり、寝ていた床をたたんで、神をあがめながら自分の家に帰った。」
(ルカ5:24)


イエス様は地上で罪を赦す権威を持っておられました。それを弟子たちに悟らせるために、その権威を行使するデモンストレーションを、この時にして見せたのです。それは、弟子に同じことをさせるためでありました。私たちはイエス様を通して「神の子」となり、総ての父の財産を、イエス様と共に共有相続者として相続する約束をいただいております。ですから、「罪を赦す権威」は私たちのものであり、弟子として私たちがイエス様の指示に従って、地上でこの権威を行使する任務が与えられているのです。
 癒しの業を行なうことは「あなたの罪は赦された」と言うのと同じであると、ルカ5:2に書いてあります。イエス様がこの世に人間となって来られた最大の理由は、人間が犯した総ての罪を赦すためでありました。そのために十字架につかれました。そして、私たちにもそれと同じこと、即ち「罪を赦すこと」をしなさいと言われるのです。それは弟子の義務であると思います。
「イエスは、多くの人々を病気と苦しみと悪霊からいやし、又多くの盲人を見えるようにされた。」(ルカ7:21)とありますが、病気、苦しみ、悪霊のわざわい、生まれつきの欠陥の総ては、人類が犯した罪に起因しており、イエス様はそれを赦すことによって癒されました。
 罪とその「のろい」をこの世から無くすことが、神の王国の最終目標です。私たち弟子はイエス様からその特命を受けているのです。
 
 罪と悪霊の束縛から人々を開放するために、私たちがどうしてもしなければならない大事な仕事があります。それは今までに犯された罪ののろいをこの地上から一掃することです。
罪が犯されると、その罪ののろいが犯された現場の地に残ります。そのことに就いて、カインが弟のアベルを殺した時、主はこう言われました。

「そこで、仰せられた。『あなたは、いったいなんということをしたのか。聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる。今や、あなたはその土地にのろわれている。その土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた。それであなたがその土地を耕しても、土地はもはや、あなたのためにその力を生じない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となるのだ。」
(創世記4:10-12)


ヘンりー・グルーバー師は世界を歩く祈りの歩行者ですが、多くの場所で、過去に罪の無い人間が殺され、その血が流された土地で血が叫ぶのを聞いております。それが何百年前の出来事であっても、その場所に行ってその罪を赦さない限り、「のろいの叫び」は消えないと師は言われます。
そののろいが、カインの場合は、その土地を耕しても「力を生じない」不毛の地にしたと書かれておりますが、それと同じように、罪のない人の血が過去に流された場所では、そののろいとして、そこに住む人たちに色々な形で悪い影響を与え、「たたっている」例を日本でも多く見て参りました。

何故それが分かるかと言えば、そのような大きな罪が犯された場所は、多くの場合、結果的に悪霊の要塞となり、その地域に悪影響を及ぼしていることが明らかであるからです。
私たちの罪の上に悪魔はのさばります。元々罪の創始者である悪魔は、人間をそそのかして罪を犯させた結果、人間を支配するようになりました。土地の所有権に関しても同じことが言えます。元々この地球は、罪を犯す前のアダムに与えられた神様の神聖な土地でした。しかしアダムが罪を犯した結果、地球全体がのろわれました。そして悪魔は罪でのろわれた土地を、総て自分のものとしてその所有権を主張します。その上、人間がその地の上で大きな罪を犯せば犯すほど悪魔はその地を好み、そこを根拠にもっと大きな悪事を働こうとします。
悪魔がこの世を支配し、罪人と土地を呪縛出来るのは、全て人間が犯した罪の故です。過去に犯された全ての罪は、その罪の大小にかかわらず、必ずそののろいがその地に残り、そこに住む住民を苦しめます。下記の二つのみ言葉がそれを表していると思います。

 「地は嘆き悲しみ、衰える。世界はしおれ、衰える。天も地とともにしおれる。地はその住民によって汚された。彼らが律法を犯し、定めを変え、とこしえの契約を破ったからである。 それゆえ、のろいは地を食い尽くし、その地の住民は罪ある者とされる。それゆえ、地の住民は減り、わずかな者が残される。」
(イザヤ書24:4-6)

「あなたがたは、これらのどれによっても、身を汚してはならない。わたしがあなたがたの前から追い出そうとしている国々は、これらのすべてのことによって汚れており、このように、その地も汚れており、それゆえ、わたしはその地の咎を罰するので、その地は、住民を吐き出すことになるからである。」 
(レビ記18:24,25)


総ての土地ののろいは、イエス様の流された血潮によって既に赦されましたが、実際に誰かがその罪が犯された場所に行って、そこにイエス様の血潮を霊的に適用し、のろいの断ち切りを宣言しなければなりません。ある人たちは油を用意してそこにふりかけます。そのように、イエスの御名と流された血潮でそこで犯された一切の罪を赦し、洗い聖めなければ、のろいはそこにいつまでも残ります。そののろいがそこの住民を縛り、イエス様に対して盲目にし、福音を聞く耳をふさいでいるのです。

日本には、いくら宣教しても成果が上がらない不毛の地が至る所にあります。その大きな理由の一つは、その土地に強いのろいの影響が存在するからであると私は信じます。ですから、私たち弟子がその罪ののろいを断ち切って、過去の罪ののろいと言う呪縛から住民を開放する任務を持っているのです。

 イエス様は弟子を連れて町から町へと歩かれました。当時は車がないから歩くのは当たり前と言われるかもしれませんが、イエス様は、実は祈りの歩行をされたのであると私は思います。そして、イエス様が歩かれたところは聖められ、罪ののろいから開放されたと信じます。地域の祈りの歩行をぜひお勧め致します。(終わり)
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18 11月

Creative Truth  創造的真理


キム・クレメント

イエスの力が最も顕れたのはいつだったと思われますか? それは主がサタンに面した時だったのです!それと同じように、あなたが手強い敵や厄介な問題に遭遇しそれに打ち勝つ時に、最もあなたの力は発揮されるのです。ですから、敵や逆境が襲ってきたときには、今までとは違う角度でそれを見なければなりません。

エペソ3:20に「(主は)私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを超えて豊かに施すことが出来る方(である)」と書かれています。

墓の中の真理は胎の中の真理のような力はない

真理には二つのレベルがあります。すでに確立された真理とまだ確立されていない真理です。後者は、まだ成熟しきっていない、まだはっきり見えない、ぼんやりとその辺りに浮かんでいる感じのものです。私が「真理」というとき、それは真理の発見を意味しています。あなたの人生に何かが起ころうとしている、今まさに自分はそこに踏み込もうとしていることが分かっている、けれどもまだ生まれ出てはいないもの、その「新しい真理」をあなたがはっきりと見出していくとき、あなたの力は最も発揮されるのです。あなたの人生の中には「まだ分らないもの」があるべきなのです。次に何が起こるのかが分らないとき、人は非常にフラストレーションや怒りを覚えます。しかし、もし、あなたの人生で次に何が起こるのかみんな分かっていたら、退屈するのではないでしょうか。はじめから分かっていたら、あなたは邪魔なものは取り除くし、厄介なことからは身を避けることでしょう。ですから神様は少しだけは教えて下さいますが、あとは暗やみの中を手を取って導いてくださるのです。それは、あなたに将来起こることのすべてを知って欲しくないからです。暗やみの中にこそ宝が隠されているのです。奇妙に聞こえるかもしれませんが、あなたは暗やみの中にいるときに信仰の一番頂点にいるのです。

「見るところによってではなく信仰によって歩く。」(IIコリント5:7)

この暗やみというのは、罪の暗やみではありません。次に何が起こるのか全く分からない場所、という意味です。暗やみの中でつまづく時、私たちは一番大きな力が発揮できるのです。(勿論、その経験は決して喜ばしくは感じられませんが)暗やみの中にいる時ほど私たちが強くされる、そして勿論フラストレーションのある、時はありません。将来のことはチラッとは見えるかもしれませんが、詳しくは全く分りません。神様は詳細は語られないからです。というのは、もし詳細が分ったら私たちに信仰は必要ではなくなりますし、「信仰がなくては神を喜ばせることは出来ない(ヘブル11:6)」のです。

もし、あなたの人生に何が起こるのか、はじめから全部分かっていたならば、あなたは神を喜ばせる信仰を持つことができないのです。

集会で人々に預言をし始めるとき、私は彼らについて何の知識もありません。それは私にとって最も危うい場所なのですが、それと同時に最もすばらしい、力のある場所でもあるのです。なぜならば、そのとき私の信仰は頂点に達するからです。私の信仰は当惑させられ、激しく揺り動かされます。主が私を激しく揺さぶり、私の中のまだ生まれていない「信仰」が突然胎動を始めるのを私は感じるのです。

あなたの中にまだ生まれていない信仰が宿っているのをご存知でしょうか。神様があなたを窮地に追いやり、信仰という泉から水を飲むしかあなたには方法がなくなるとき、あなたの中の信仰は胎動を始めるのです。「分からない」というのはあなたにとってよいことなのです。多くの人が私に電話をかけてきて、神様が自分の将来に何を計画しておられるのかを教えてくれ、と聞くのですが、私はほとんどの場合、「私にも分かりません。神様は私に何も語られていませんよ。あなたがまだわからないようにと主は望んでおられるのです。」とお答えします。主があなたのために次に計画されていることは、必ず、あなたが十分に対処できることです。それにあなたが出会う時、あなたの信仰が始動し、神はあなたを新しい境地へと進ませてくださるのです。

神様がアブラハムに語りかけたときは、彼の国、父の家から出て行くようにと言われました。アブラハムは神に従い、言われたところへと出かけて行きました。それによって彼は「信仰の父」と呼ばれ賞賛されました。
アブラハムは自分の行き先を知りませんでしたが、何か偉大なことが起ころうとしていることは分かっていました。行いのない信仰は死んでいます。

「墓の真理」では役にたちません。それはいつも葬られては復活させられるものです。ある時代に一つの真理が確立されると、しばらくは生きていますが、その後、教義や信条によって葬られてしまいます。教会は真理の周りに垣をめぐらします。すると次の世代の者がそれを見出し、また命を与え、前の世代の二倍の価値をその真理に与えます。

しかし、どの世代にも預言的な人たちがいます。彼らはパンだけを食べて生きていくことに満足しないのです。すでに作られたパンを食べるだけでは満足せず、彼らは神様の口から出るパンを求めるのです。人々は使い古された真理に飽き飽きしています。多くの説教者たちは、そのような古い真理に「自分の考え」や「自分の確信」をどんどん付け加えて完璧にしていきます。ですから、それを聞く者には自分の信仰を働かせる余地が全く与えられないのです。確かに確立された信仰、真理は大切です。しかし、創造的な新しい真理こそが、あなたの信仰を生まれださせるのです。

預言、このフラストレーションを引き起こすもの

この預言というフラストレーションを引き起こすものは、どのように捉えたらいいのでしょうか。聖書にはすべての人が預言をすると書かれています。

「しかし、もしみなが預言をするなら、信者でない者や初心の者が入って来たとき、その人はみなの者によって罪を示されます。みなによってさばかれ(ます。)」(Iコリント14:24)

「あなたがたは、みながかわるがわる預言できるのであって、すべての人が学ぶことができ、すべての人が勧めを受けることができるのです。」(Iコリント14:31)

神があなたに語られるのは、まだ起こっていないことに対する信仰(預言的信仰)をあなたに与えたいと思われるからなのです。まだ起こっていないにもかかわらず、その事に対する信仰をあなたは得るのです。神からの言葉を受け取るとき、それが実際に起こる前に「それは必ず起こる」という信仰を神はあなたに与えてくだ
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