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Walk With God Ministries

11 05月

真の神の家族       デイビッド・デミアン   5月11日



真の神の家族が召しだされるとき

ディビッド・デミアンWatchmen For The Nations (カナダ)

2005年のクリスマスに、私と妻のルース、そして私たち7人の子供のうちの6人を連れて、人生最高のファミィー・バケーションになるはずの旅行に出かけました。祝福を受けて、ハワイ、オーストラリヤ、ニュージーランドへの5週間の旅行をすることができたのです。本当に私たちはわくわくしていました。2005年は私は多忙をきわめ、家族を家に残してひとりで旅行をすることも多かったのです。このバケーション中はもう仕事のことをすっかり忘れて、家族でゆっくりとリラックスして楽しめる、と期待しました。
ところが、次に起こったことは全く私たちが予期しなかったことでした。ハワイで滞在する家に到着してから48時間後に、その家に泥棒がはいったのです。全員のパスポート、飛行機の切符、現金、コンピューター、DVDプレイヤー等が盗まれてしまいました。まったく悪夢のようでした。
又、ハワイはアメリカ中でカナダの領事館がない唯一の州だとわかり、私たちはロス・アンジェルスの領事館にパスポートの再発行をしてもらう申請をしなければなりませんでしたが、ハワイからオーストラリヤに発つ日まで数日しかなく、本当にはらはらしました。私の人生の中でこれほどすべてが上手くいかなったことはありません。

パスポート用の写真をハワイで撮って申請書と一緒に送りましたが、サイズが間違っていました。それはアメリカのパスポート用のサイズで、カナダのサイズではなかったからなのです。次は、それには公証人の認証も必要なこともわかりました。ビーチで楽しく遊びまわる代わりに、私は6人のブーブー文句をいう子供たちを車にのせて、コスコにパスポート用の写真を撮りに2日間に3回も行かねばなりませでした。その他に私は領事館に行ったり、空港に行ってチケットを再発行してもらったり(何百ドルもかかりました)しなければなりませんでした。ローラーコースターのような期待と失望の3日間をすごし、やっと新しいパスポートを手に入れることができました。それは、シドニー行きの飛行機に乗らねばならないほんの数時間前だったのです。

でも問題はそれで終わりませんでした。ホノルル滞在の最後の夜、当時10ヶ月だったジョエルの身体の具合が非常に悪くなったのです。彼は嘔吐と下痢がひどく、私とルースは一時間に6回もオムツを替えねばならないほどでした。この症状は12時間のシドニーへの飛行中も、その後も数日間続きました。どうしても下痢を止めることができず、彼はぐったりと生気を失っていくので、とうとう救急病院に連れて行かねばなりませんでした。

私たちの夢のバケーションは悪夢に変わってしまいました!私たちを苦しめたのは周りの状況ばかりではありませんでした。泥棒に入られたとき、私はすぐに主を求めましたが、主が先ず言われた言葉は、「ディビッド、私が慈しみ深い神であることを疑ってはいけない。私の教会は今、新しい権威を持つ次の段階に入ろうとしている。あなたはこの困難を家族みんなでがんばりぬかねばならない。そうでないと、将来起こることを切り抜けてはいけないだろう。」でした。又、主はルースに、子供たちも一人ひとりが自分で親と共にヴィジョンを持つことを主は望まれていること、彼らはもう親の恵みに安直にぶら下がっていることはできない、とはっきりと告げられました。

主のみ言葉通り、それから私たち家族は、強烈に自分たちの心の奥をさらけ出し見せ合うことになったのです。お互いの関係、リレーションシップにおいて、今までは覆われていたもの、隠されていたものがすべてあらわにされました。子供たちは絶えず喧嘩をし、そこから逃げ出すことも不可能でした。なぜならば、私たちは一緒に車に乗り、一緒に飛行機に乗り、一緒にモテルの一室で泊まり、一緒に食事をし、一緒に遊んだからです。もう限界だ、もう無理だ、              と感じたときもありました。しかし、私たちが弱り果てた時にも、主は絶対に最後までやりとおされる決意だということが私には分かりました。
私たちが今から入ろうとしている新しいシーズンは、今まで経験しなかったような激しい戦いの試練のときであり、それに勝利するためには、家族としても新しい関係、リレーションシップを築いておかねばならないことを、主は私に示してくださっていると感じました。

数週間にわたって私は自分の本当の姿をさらけ出し、砕かれました。すると、ある朝突然主が「終わったよ。」と言われたのです。これは、自分が暴露されるシーズンの終了を告げるものではなく、この旅行時における苦難の期間がたまたま終わり、主の恵みによってテストに合格したことを主は言われたのです。 
その日、家族は心の底から話あうパワフルな時をもつことができました。子供たちもルースも私も心を開き、正直に自分の痛みやフラストレーションを話すことができたのです。幼い子どもたちさえ、自分の気持ちを隠さずに率直にはっきり話すので、私は驚嘆し、神が私の家族に何か素晴らしいことをしてくださっていることがわかりました。まずみんなが砕かれ、そこに癒しが起こりはじめ、これからは一緒に何でも話し合い、愛と尊敬をもって歩きはじめよう、という新たな家族のコミットメントが生まれました。

家族がカギ

カナダに戻ってすぐに、ハワイのある人からEメールが届き、私が盗まれたラップ・トップ・コンピューターとPDAを見つけたといってきました。「電子製品はすぐに質屋に持っていかれるので出てくることは先ずない。」とハワイの警察で言われたので、私はびっくりしました。彼はコンピューターに強い人で、ある男からラップトップのふたが開かないから助けてほしいといわれたそうです。彼が開けてみると、最初のデスクトップのページに出てきたのが去年のクリスマス・カードに使った家族の写真だったのです。彼の心の中で何かが「これは善良な男の善良な家族のものだ。これは持ち主に返さねばならない。」とささやきました。彼はコンピューターをしらべて、私のミニストリーであるWatchmen For the Nationsを見つけてメールをしてくれたのです。

これが起こったとき、主が「これはこれまで長い間わたしが教会に教えようとしていたことを象徴する預言的な絵である」と私に語られました。このハワイの人は家族の写真を見たときに心が変えられました。7月のOne Heart カンファレンス以来、私の心には主からの重荷が与えられていたのですが、この世がキリストを信じるため
04 05月

神とあなたの未来 個人預言について  デニス・クレーマー 5月4日


神とあなたの未来
           デニス・クレーマー

個人預言とは、個人に対する可能性、起こりそうなことーそれを私は御国のオプション(選択肢)と呼んでいますがーを語るものである、ということを聖書は明確に教えています。 それは必ずしも保証されたことや確実に起こること、又、必然的なことをあらわすものではありません。預言は、それが実際に成就するかどうかに関係なく、神の最良のもの、神の理想、神の究極の目的、神があなたに対してもっている完全な目標を表しています。別の言い方をすれば、個人預言は神の条件つきの御心を示しているもので、必ずしも神が今すぐに何かをされるという言葉ではないということです。

例えば、神はイスラエルの子たちに預言され、皆が約束の地を所有するといわれましたが、主はそのとき2百万の民の中でただ二人だけしか約束の地に入れないことをご存知でした。 それにもかかわらず、主は預言され、主の意向を表されました。又神は、サウロが王になると預言されましたが、彼の治世は恥辱のうちに本来の時を待たずに終わってしまうこともご存知でした。それにもかかわらず、主は預言され、主の意向を表されたのです。神はへゼキヤは死ぬと預言されましたが、彼が生き続けるということもご存知でした。それにもかかわらず主は初めの意向を示され、それからヘゼキヤに憐みをかけられ、15年の猶予をあたえられました。神はニネベを滅ぼすと預言されましたが、ご自分は滅ぼさないこともご存知でした。それにもかかわらず、神は語られ、神の最初の完全なる意向を預言されたのです。神は、祭司職はエリの家を離れないと預言されました。主は主の意向をあらわされたのです。しかし、神はエリの子孫が早くも次ぎの世代にこの約束を失ってしまうことをご存知でした。しかし神は語られ、主の完全な預言的意向を表明されたのです。

もし、個人預言が必然的に起きることだけを表しているとしたら、イスラエルの子たちはみな彼らの不信仰にもかかわらず約束の地を所有していたことでしょし、サウロ王は彼の不従順な行為にもかかわらず、王として君臨しつづけたでしょう。ヘゼキヤは死んでいたでしょうし、ニネベは即刻滅んでいたことでしょう。祭司職はエリの邪悪な家にいつまでもとどまったでしょう。 しかし、これらの預言はみな成就しなかったのです!なぜでしょうか。

神は完全な予知能力があるにもかかわらず、個人預言をその予知で制限されることはないのです!主は、結末は預言の通りにならなかったり、あるいは預言とは程遠かったりするのをご存知であるときでさえ、ご自分の計画と目標を預言をもって明らかに示されるのです。すべての個人預言は大きな条件つきであり、それが完全に成就されるためには、その預言の中心的人物たちと周りの状況が相伴ってうまく預言の成就に協力して働かなければなりません。


預言は制限つきの賜物であり、その適用にも制限があるとうのが本当のところです。神は預言者に語られるときはこれを知れ」ということだけを話されます。主は隠された預言の目的をいつも明らかにされるとは限りません。 聖書には、「事を隠すのは神の誉れ(箴言25:2)」とか、「隠されていることは、私たちの神、主のものである。(申命記29:29)」とありますし、エリシャは「主はそれを私に隠され、(II列王記4:27)」といい、パウロは「預言することも一部分だからです(Iコリント13:9)」といっています。 神は神の預言者たちから物事を秘密にされます。 預言者たちに表されない神の秘密があるのです。神は隠されます。神は預言者たちに「一部分」だけを見たり話したりすることを制限つきで許されます。 その意味で、預言というものはそれにかかわるすべてのものにとって、リスクを伴うものであるといえます。 預言を発信する神にとっても、又、神の代理人としてそれを語る預言者にとってもリスクがあるのです。

それでは、クリスチャンが受ける真実な預言のすべてが、この地上で完全に成就されるのを私たちが経験できることはあるのでしょうか。多分それはないでしょう。そうだからといってそれは誰かの責任でしょうか。誰かの落ち度でしょうか。必ずしもそうではありません。それは預言者の落ち度でもなく、神の落ち度でもありません。これは個人預言がもつ本質なのです。

神の言葉は言っています、「この人たちはすべて、その信仰のゆえに神に認められながらも、(彼らは信仰があり神に認められてもいたということに注意してください!)約束されたものを手にいれませんでした。(ヘブル11:39 新共同訳)」ですから皆さん、一日一日を信仰で生きましょう。そうすれば、神から受け入れられるのです。 アーメン!(終わり)



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02 05月

写真によるハワイ便り(2)






前に続いて写真を二枚お送りします。この海岸の写真はオアフ島のノースショアで撮ったものですが、ウィンドーサーフィン(?)をしている人たちが見えるでしょうか。それと虹の写真は私たちの家から南の方を見て撮ったものです。私たちの家はパールハーバーから南東に上った山沿いにあるものですからよく雨がぱらつき美しい虹がよく出ます。

 ところで、今ウエブサイトに写真を載せる練習をしている最中なものですから何度も写真を掲載してごめんなさい。ご感想をお聞かせください。坂 達也

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02 05月

神様による出会い         坂 柚実子    5月2日


神様による出会い 

先週の水曜日に私が祈祷会から帰ってくると、主人が「素晴らしいことが起こったよ!」と輝くような笑顔で言うのです。私も「何がおこったの?!」と期待をふくらましました。何が起こったのかは下のオダ牧師夫人のキャロラインのEメールを読んでください。オダ牧師夫妻はエド・シルボソ師のトランスフォーメーション・カンファレンスにスピーカーの一人として参加するために、先週の月曜日まで一週間ニューヨークに行っていました。ハワイに帰るとすぐに私たちに知らせてくださったのです。

「親愛なる達也さん、柚実子さん

主はなんと素晴らしい方でしょうか! 私たちはブルックリンのホテルに火曜日に到着し、気持ちのよい春の午後、ホテルの近くのモンターギュ通りを散歩していました。手づくりのベゴ屋さんを見つけたので、次の日の朝食はそこに来ようと二人で話しました。
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水曜日の朝、そのベゴ屋に行き、外のテーブルに座っていますと、一人の若者が近づいてきて、「ハワイからいらっしゃいましたか?」と聞くのです。何か私たちの物腰とか着ているものでわかったのかしらと、私たちはびっくりしました。すると彼はあなた方の息子であると自己紹介してくれたのです。(訳者注:息子は去年のクリスマス休暇にハワイに来たので、教会でオダ牧師夫妻を見ていました。)彼もベゴの朝食をしにきたのです。私たちは少しお話をし、訪ねたいと思っていたブルックリン・タバナクル教会のことを彼にたずねました。彼は次の日曜日に一緒に連れて行ってくれると約束してくれました。(訳者注:息子はそこに数回行ったことがあったのです。)

日曜日の朝、彼はホテルに迎えにきてくれて、教会まで案内してくれました。素晴らしい礼拝でした!それから彼が近くの小さなポーランド人のレストランに連れて行ってくれて、一緒に食事をしました。私たちはシルボソ師のカンファレンスで多くの恵みを受けたあとでもあり、また、ブルックリン・タバナクル教会の礼拝で心が満たされていたので、興奮していて沢山のことを彼にお話しました。マーケットプレイス・ミニスター(自分が働いている場で人々に神様の愛をもって仕えていく人)の役割についても話しました。彼も自分の生活や仕事、そしてもうじきニューヨークのダウンタウンに引っ越す計画があることなどを話してくれました。

彼は素晴らしい若者ですね。きっと誇りに思っておられることでしょう。
私はいまだに神様が計画された一分たりともたがわない奇しき出会いに驚嘆しています。
愛もって キャロライン」


この出会いは、本当に神様からのプレゼントでした。 親としてこんなに嬉しいことはありません。神様が息子のことを愛し、見守っていてくださることの証です。子供のためには毎日夫婦で祈っていますが、この出会いはその祈りの答えの一つと信じます。

息子といえば、先日今回の日本旅行で使うためのレール・パスを買いに、ある旅行社に主人と出かけました。 私たちの係りの女性とは主人はすでに電話で話してあったのですが、主人いわく「すごく優しい人なんだよ。」ということでした。実際会ってみると、とても細やかで親切でした。最後には「どうぞ、よいご旅行をなさってください。」と言ってくれました。 主人と私は「息子の嫁にしたいような人だねぇ。」と笑いながら話をしました。何か映画の中で聞いたことがあるようなセリフですよね。

確かに親として「息子の嫁」の一番の条件は、何をさておき「優しい人」と考える人が多いのではないでしょうか。私は天のお父様が一人息子のイエス様の嫁になるはずの私たち教会のことを、そんな風に思っているかな、と考え、もっと私も優しくならなければ、と思ったことでした。(終わり)


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30 04月

写真でハワイ便りをお送りします




 上記4枚の写真のうち3枚目の夕日は私たちの住む丘の上の家から撮ったもの、又、私たちの写真は少し古いですが、昨年末にワイキキのレストランの前で娘が撮ったものです。少し風があり涼しかったのでセーターを着ていますが、これがここでは一番寒い時ぐらいの写真です。
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