WWGM

Walk With God Ministries


27 01月

私たち家族への主の導き                  坂  達 也          2020年1月28日


私たち家族への主の導き

 

                 坂  達 也

 

 柚実子が天に召されてから1週間が経ちました。1月22日(日本時間23日)行われたメモリアル・サービスは予想以上の出席者が参加され、何から何まで主ご自身が御支配された大変すばらしい祝福された集会となりました。会場は圧倒的な主のご臨在に満たされました。このサービスの録画は下記のサイトによりフエイス・ブック Face bookで見られますので、ぜひともご覧くだされば幸いです。

https://ballarddurand.com/obit/yumiko-ban/

 

 さて、柚実子亡き後しばらくは、後整理、あるいは住居移動の可能性もあり、毎週のブログ・メッセージを通常通り続けることが困難な場合もありますので、とりあえずの方法として、今までの10数年間に掲載されたメッセージの中から、今後に必要、かつタイムリーと思われるものを選んで再掲載させていただきますのでどうぞご了承くださるようお願い致します。

 

 

麦打ち場での親密な交わり( 2015年2月16日)

 

ボビー・コナー

 

 

 

 

昔の夢がよみがえる

 

最近私には、1990年代の半ばに私が見た鮮明な夢に深く関わる預言的な出来事が幾つかありました。その夢の中で啓示されていた幾つかの基礎的な真理(神が今まで私が発表すことを押さえておられた真理)を、神が今解き放ち回復させようとしておられることを私は感じ取っています。それらを明らかにする時がやってきたのです!

 

箴言25:2「事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王の誉れ。」

その夢は、私がボブ・ジョーンズ師と一緒にドイツのオートバーンを運転しているところから始まります。私たちは優秀なドイツ車に乗り、見事な高速道路をものすごいスピードで走っていました。ボブと私は、過去に起ったこととこれから神がされることを話していました。するとボブが「私がここだと言うところで、車を道路のわきに寄せて停めて欲しい。」と指示したので、私は承諾しました。

ほんのしばらくすると、ボブが「ここだと思う!車をわきに寄せて!」と叫びましたので、私はスピードを落とし道のわきに車を停めました。車から降りると、道路の横は急勾配の深い溝になっていて、その向こう側にはがっしりした鉄条網が張リ巡らされ、誰も入れないようになっていました。あたりを丹念に調べていたボブが興奮して言いました。「そう、ここだ!ここに違いない!」

彼は鉄条網に開いている小さな隙間を指差しました。鉄条網の向こう側は濃い茂みにおおわれていましたが、人にあまり踏まれていない小道がうっすら見えました。向こう側に入る入口を見つけたボブがそんなにも興奮してうれしそうなのを見て、私も非常に勇気づけられました。深い溝を下りてまた上るのは大変でしたが、私たちはどうにかやりとげました。そして注意深く鉄条網に開いていた小さな穴をくぐって向こう側に出ることができました。

私たちは濃い茂みをかき分けて丘を一歩ずつゆっくり登っていきました。一歩毎に道はだんだんと開けてゆき歩きやすくなりました。私は目的地がどこなのかを知りたくてたまらなくなりボブに訊ねましたが、「はっきりはわからない、着けばわかるだろう」という答えが返ってきました。

 

両開きのダブルドア

 

丘はしだいに急勾配になっていきました。山道を苦労して登りきると、非常に大きな古い納屋の前に出ました。納屋自体が芸術作品のようにすぐれた建造物でした。非常に古いのですが、壊れたところもなくすばらしい状態でした。納屋には非常に大きな両開きのダブルドアがあり、ステンレスの大きな鎖と錠で閉められていました。苦労して登ってきたのに納屋に入れないかと思い、私は非常にがっかりして悲しくなりました。

しかし、 ボブに鍵を開ける暗号を知っているかと私が訊ねると、彼は満面に笑みを浮かべたのです。彼は「訊くまでもないよ」と言うかのようにうなずき、錠のダイアルを注意深く回し始めました。私は興味津々で見つめていました。ボブは左に5回まわし3で止めました。次に右に3回まわして4で止めました。次に左に回して1で止まり、次に6と8、そして2のところに戻りました。

その時、錠がカチッと鳴り、開いたのです。私は「あなたが3−4−1を用いるだろうとは知っていましたが、6−8−2というのはわかりません!」と彼に言いました。ボブは確信をもって答えました。「今は2倍、ダブルの時なのです!

341を倍にしたら682でしょう。」そしてもう一度いいました。「今はダブルのシーズンです。恵み、恵みの時を信じて期待しなさい!」

大いに興奮し、わくわくと期待してボブと私は巨大な木の扉を開け放ちました!電灯は必要ではありませんでした。というのは大きな天窓があり、そこから日の光が納屋全体を満たしていたからです。

まず最初に私たちが目にしたのは、横向きに倒れた美しい手彫りの説教台でした。それは建物の入口をほとんど塞ぐかのように倒れていました。私たちの最初の作業はそれを起してもとの正しい場所にもどすことでした。

 

宝の家

 

私たちは何があるのかと期待しならが、建物の奥へと進んでいきました。そして今まで見た事もないような非常に美しい古い材木が天井まで一杯積まれているのを発見して心底から驚きました。材木は番号が付けられ分類されていて、見事に整然と積まれていました。その辺にあるただの材木ではありませんでした。それらの角材はとても大きく、その木目は言い表せないほどすばらしいものでした。どの角材もこの場所に置かれるのにふさわしいものでした。これらは教会を建て直すための材木だったのです!一つ一つが力強く、優秀で、美しいものでした。

納屋の中のものが、ほこりや蜘蛛の巣などは全くなく、完璧な状態であることに私は心から驚嘆しました。私たちが正真正銘の宝の家にいることが私にはわかりました。そして、失われていた神の宝を再び見出して用いるために、神が預言の賜物をパワフルに用いようとしておられることがわかったのです。

かなり以前に与えられたこの夢の中で、ボブは「今は教会の土台となる基本的な機能が回復される時です。」と言いました。

 

これは私たちにとって2015年のため、特にこれからの日々のために大変重要な夢であることを私は霊の深みで感じています。真の改革と根本的革命が教会に再び来ようとしているのです!

 

5775年:両開きのダブルドア、2倍の分け前

 

2015年になって私はこの夢を再び心に示されたのですが、この夢の中に示されているヘブル的な意味には興味を引かれます。ユダヤ暦では今年は2015年ではなく5775年であり、ユダヤ暦の新年ロシュ・ハシャナは2014年9月24日でした。

古代へブル語には数字がありませんでしたので、アルファベットを数字に用いていました。(古代ローマが用いたローマ数字のようなものです。)それによると5775という数字はTish’ehという実際の単語になり、それは留意する、注意する、注目する、凝視する、という意味です。また、Ha’tish’ehとも書く事ができ、それは「あなたは注目しますか?」という意味になります。今年、私たちは「あなたは注目しますか、しませんか?」と訊かれているのです。では何に注目するのでしょうか?

ヘブルの数字はアルファベットで表されますが、各アルファベットはそれぞれ一つの絵になっています。これは聖書を学んでいる人は皆知っていることです。5775という数字は非常に明確な絵となっています。そこには主が両開きのダブルドアから2倍の分け前と主のつるぎ(主の御ことば)を携えて入ってこられ、主の民のために戦い、彼らを養われるという姿が描き出されています。

「両側に開かれた扉と2倍の分け前」に対して私たちはどのように応答すればよいのでしょうか?

私たちは、教会の土台を築く基本的な機能を建て直し改革せよと語っておられる聖霊の言葉に注意を払い耳を傾けるのでしょうか?

 

現に、2014年にユダヤの過ぎ越しの祭りと仮庵の祭りに起った血の月blood moonsの現象が再び起ころうとしています。2015年にも、即ち3番目と4番目の血の月、過ぎ越しの祭り(4月4日)と仮庵の祭り(9月28日)に起ろうとしています。2倍の分け前である2つの血の月が2つの祭りの時に出るのです。2年続けて起る4つの血の月という天のしるしは、1942年、1948年、1967年に起りましたが、これらはすべて歴史的に見て非常に重要な年でした。今回はどのような重大事が起ろうとしているのでしょうか?

 

2倍の親密さ

 

「納屋 barn」というヘブル語の言葉は「打ち場」とも訳すことができます。打ち場こそが、これから始まる非常に重要なシーズンにあたり私たちのために開かれた場所です。打ち場は平で滑らかにされた場所です。麦が実と殻に分けられる場所であり、真の宝が見出されて貯蔵されるところです。打ち場はルツがボアズと逢ったところであり、即ちそれは教会が主と出会うところです。そこは非常に深い親密さの場所です。打ち場は愛する方が花嫁に「恵み、恵み!」と呼ばわる所です。

どのようにして私たちは親密な場所に入る鍵を開けることができるのでしょうか?暗号はなんでしたか? それは私たちが「隣人を愛すること」であり、又「恵み、恵み」と呼ばわってくださる方を愛することです。雅歌5:5にこう書かれています。

「私は起きて、私の愛する方のために戸をあけました。私の手から没薬が、私の指から没薬の液が、かんぬきの取っ手の上にしたたりました。」

愛する主との親密さの鍵を開ける341という暗号は、イスラエルに対する「シャマー」、即ち注意せよ、聞いて従えというイザヤ34:1の恵みを指しています。「国々よ。近づいて聞け。諸国の民よ。耳を傾けよ。地とそれに満ちるもの、世界とそこから生え出たすべてのものよ。聞け。」

 

2倍の祝福あなたが祝福となる

 

3—4—1という夢の中の納屋の鍵を開ける暗号の数字は、ボブにとって長年非常に意味深いものでした。それは1980年以来神からの特別のしるしとして彼に与えられたものであり、神が導かれる人生の中でずっと特別の意味を持っていたのです。

今私たちは打ち場に行き神に近づくようにと招かれています。そこで私たちの宝である主を見出し、人びとと一緒に主の教会として建て上げられるのです。この出会いの場所を開ける鍵は、主の恵みの招きに応答するときに見つけることができます。神の恵みは癒しと繁栄の賜物をもたらしますが、それと同時にすべてのクリスチャンが聖なる会合に連なり、この世から分たれ聖別されることが求められています。(参照:第二コリント7:1「愛する者たち。私たちはこのような約束を与えられているのですから、いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖きを全うしようではありませんか。」

 

私たちは「求め、捜し、戸を叩いて」主の御座から直接知恵と啓示を頂きたいと嘆願するように召されているのです。(ヤコブ1:5参照)主は花嫁と親しく語り、ご自分の愛と臨在を目に見える形で注ぎたいと熱望されています。それによって私たちがこれからの重要なシーズンへの備えができるようになるためです。(コナー師メッセージ終わり)

       ====================

 

 ここから坂 達也のメッセージを付記させていただきます。

私は柚実子のメモリアルサービスの後、遺体の火葬もすべて終わったその夜、ハワイから来ている娘夫婦と共に私たちのコンドに帰宅し三人でくつろいで話をしました。そして就寝の前に私は主の前にひざまづき、主を見つめて待つ祈りに入りました。そして、WWGMの運営も含め、一人となった私が今後どのようにすればよいか、主にお伺いし主のご指示を待ちました。

顕著な御臨在の中でほぼ1時間があっという間に経ったのですが、主からの具体的なみことばはありません。主は語られることも多くありますが、語られないことも多くあります。語られない時はそれ事態が意味を持ちます。

私たち家族は息子夫婦と孫がニューヨークに住み、娘夫婦はホノルルに住んでいて、子供はいない、幸いなことに皆クリスチャンです。独り身となった私はどちらにも住めますし、どちらも私が一緒に住むことを心から歓迎してくれていることがこの数日で私にはよく分かりました。すると暫くして主は、大人五人と小さな孫二人それぞれが、それぞれの立場と状況に立つ時に、主がそれぞれに主の知恵と啓示を与えるとおっしゃられていることにはっと気がついたのです。その時ヤコブ書1:5の聖句も思い浮かびました。

 

 実は、上記のボブ・ジョーンズ師の夢の話を私が今回選んだのは、上記のメッセージでボビー・コナー師が、私たちは「求め、捜し、戸を叩いて、主の御座から直接知恵と啓示を頂きたいと嘆願するように召されている」と言っていることに目が留まったからです。

それと共に、ジョーンズ師とコナー師の夢のお話は2015年の時点で書かれてはいますが、その5年後の今も含め、これからこそ、いよいよ霊的な主をお迎えして終末の真のキリストの教会を私たちが建て直されねばならないからです。そのために絶対に必要なメッセージではないでしょうか。なぜなら、今こそ、第二コリント7:1に書かれている「・・・いっさいの霊肉の汚れから自分をきよめ、神を恐れかしこんで聖くならねばならないこと」が絶対条件であるからです。(終わり)


20 01月

WWGM 坂 柚実子 昇天のお知らせ              WWGM 役員 Aliko Ban 並びに 家族代表 Donjiro Ban 2020年1月21日


WWGM 坂 柚実子 昇天のお知らせ

 

             WWGM 役員 Aliko Ban 並びに

                家族代表 Donjiro Ban

 

 

 大変悲しいお知らせをさせていただきます。1月16日、木曜日の夕方、私たちが心から愛するYumiko Banが突然天に召されました。その時、夫であるTatsuyaと息子のDonjiroはすぐそばにいることができました。彼女は高血圧による心停止によって、苦しむことなく息を引き取りました。娘のAlikoも今、ニューヨークに駆けつけて家族と共にいます。

 昨年10月には結婚50周年、11月に感謝祭、12月には彼女の74歳の誕生日、そしてクリスマスを家族一緒に祝うことができました。振り返ってみると、昨年、彼女とこんなにも多くのお祝いをすることができたことは、私たち家族への神様の贈り物でした。

 心痛む悲しみの中ですが、母は今、天国で主なる神様と共に踊りながら歌っていることを私たちは知っています。ですから、心には平安と喜びさえあります。

 私たちは皆、彼女の明るく思いやりに満ちた心と、主なる神様と人々に仕える心によって、これまで大いに恵まれてきました。天に召される前日の水曜日には、彼女は2人の大切な孫、Milo (7歳)とNoah(4歳)と特別な時を過ごすことができました。

 就きましては、このWWGMの発足以来本日まで、16年に渡って多くの愛読者の皆様からの尊い祈りと献金のサポートによりミニストリーを続けさせていただいたことを坂 達也・柚実子の家族一同 心から厚く御礼申し上げます。

 

 そして、当ミニストリーの大黒柱の一人を失った今、残った坂 達也以下は、終末に向かうこれからこそ、主が起こされる大アウエイクニングとリバイバルに向けて、当ミニストリーの必要性とその責任を重く受け取っており、いっそうの発展を主に願っている次第です。ぜひとも皆様からの一層のご支援をお願い申し上げます。

 

 

メモリアル・サービスのお知らせ Yumiko’s Celebration of Life

 

日時: January 23, 2020(Wed. 日本時間では1月24日午後)

 

11:30amより Visitation(viewing) お棺に横たわる、天に召された故人を見て最後 の別れを告げる

12:00pm より Memorial Service, by Pastor Eiji Osato メモリアルサービス(司式:大里英二牧師)

 

場所: Location: Ballard Durand Funeral Service

           2 Maple Ave, White Plains, NY 10601 (914) 949-0566

 

1時頃より場所を移して、昼食と懇親会を Donjiro Ban 宅にてご用意をさせていただきますのでどなた様もぜひご参加ください。

 

最後に、

 

「坂 柚実子の昇天を記念する特別献金」のお願い

         

 

この献金は、今回の記念式典に関するこの記事を読まれた方々にお願いする「特別献金」ですので、読まれる時が遅くなっても結構です。宜しくお願いします。尚、この献金は全額の半分を先ず、今回の記念式典に要する直接費用に当てさせていただき、残りの半分は、今後のWWGM運営において、今まで坂柚実子の仕事の一部であった翻訳業務のために新しく生まれる費用への資金とさせていただくつもりです。どうぞよろしくお祈りいただき、ご協力下さいますようお願い申し上げます。

 尚この特別献金にご協力いただける方は、日本とアメリカでの振込先は下記の通りです。

 日本での振込先:ゆうちょ銀行 記号番号 12120−78497141

                      バンタツヤ

 アメリカでの振込先: Bank of Hawaii- account name WWGM:  Routing #121301028, account #0006 485901

 

又はチェックを下記にお送り下さい。 *Mailing address: WWGM  ℅ Aliko Ban 1009 Kapiolani Blvd #1111, Honolulu HI 96814 USA

 

 

Yumiko gave her life to the eternal ministry of the Lord, translating articles for Walk With God Ministries, and hosting countless Bible study and prayer meetings in Portland, Honolulu, New York, and throughout Japan. It would delight her heart, in lieu of flowers that fade away, if you would consider making a gift to Walk With God Ministries in memory of her. Thank you very much.

 

最後にお願いがあります。もし皆さんのお知り合いの人あるいは教会で、坂 達也と柚実子をよくご存知な方でも、多分WWGMのブログを読んでおられないと思われる方がおられましたら、恐れ入りますがその方々に坂柚実子の昇天をお伝え下されば幸いです。そして、できればWWGMのブログを読むようにお勧め下さい。以上宜しくお願いします。(終わり)


06 01月

2020年を迎えて                坂  達 也       2020年1月6日


2020年を迎えて

 

               坂  達 也 

 

 先ずは謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

 2020年は大変な年になりそうです。世界情勢は混迷の一途にあり、至る所で、ほとんどの人の予想を超えた緊急事態が毎日のように発生しています。

 

 その中にあって、私たちは夫婦は昨年末にお伝えしたフランジペン師の「ニネベの断食」のメッセージは、私たち自身に与えられものであること、加えて、しばらく断食をしていないことに心から「悔い改めの念」が起き、2020年を迎える今こそ断食祈祷が必要であることを深く認識しました。

 ついてはこの新年は何をさておいても、私たち自身の心を一新すべく「3日間の断食による祈り」をもって迎える決心をした次第です。

 その準備として、先ず最初の2日間を2食抜きの一食断食で心身共に整え、昨日の聖日から三日間断食に入りました。

 最初、この断食の祈りをできれば少なくとも1週間、願わくば3週間と思い立ったのですが、家内から高齢と多少の病持ちの私にはそれは絶対無理と言い渡され、やむなく水だけの3日断食祈祷ということになりました。(但し前後を入れれば7日です)

 

 申し上げるまでなく「断食を通しての祈り」をすることの重要性は、旧・新約聖書を通して多くの箇所で示されております。モーセは少なくとも二回、水も絶った完全なる40日断食をしたと言われています。主イエスご自身も「悪魔の試みをうけるため、御霊に導かれ荒野に導かれ・・・」(マタイ4:1−2)40日間の完全断食をされた後に空腹を覚えた時、試みる者・悪魔」が近づいて「あなたは神の子なら、この石がパンになるように命じなさい。」と誘惑しましたが、それに答えて主は「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口からでる一つ一つのことばによる。』と書いてある。」と言われました。それは申命記8:3他に書かれているマナを指していました。このマナは、神が荒野を旅行中のモーセが率いるイスラエルの民全員に毎朝(6日目は次の日の分を含め2倍)天から降らせて与えた民に必要な「肉の糧」であり、それは神からの栄光を示すものであると出エジプト記16:7、10に書かれて言います。

 しかし人間は元々神に似せて造られ(創世記1:26)、最初の人間アダムは「その鼻にいのちの息を吹き込まれた。」(創世記2:7)以上、人間だけは、神と同じように本質的に「霊の命」(永遠の命)で生きています。従って、肉のマナと同時に霊のマナが絶対に必要であることが上記から明らかです。

 

 すなわち「神の口からでる一つ一つのことば」とは「霊的マナ」であり、それは私たち、特に聖霊をいただいているクリスチャンは今でも欠かさず、主ご自身の口から毎朝、終日このマナを頂かなければなりません。なぜなら、私たちは「主の御心」で常に毎日を生きねばならないからです。

 ここで、注意していただきたいことは、その「ことば」とは聖書を読んで、そこに書かれている文字を通して受けるだけではなく、今も天におられる主ご自身が語られる「預言的ことば」であることです。そうであればクリスチャンは主が語られる「ことば」を聞く霊的な耳を持つことーこれが「弟子訓練」で真っ先にマスターすべき必須訓練です。

 

 それに関してお伝えしたいのは2ペテロ3:6、7「当時の世界(ノアの)は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔なもの共の裁きと滅びの日まで、保たれているのです。」とヘブル書12:27、29「・・・決して揺り動かされることがないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。・・・私たちの神は、焼き尽くす火です。」しかしその前の25節で聖書は「語っておられる方を拒んだり、背を向けることのないように注意しなさい。・・・」と警告を発していることにご注意ください。

 

 従って私はこのことを今年の第一の目標とすることをWWGMをご愛読いただく皆様にお勧めします。すなわち、私たちが毎日行わねばならないことは、何事も自分の考えだけで行わず、先ず主に聞いて、その日その時の主からの「ことば=命令・御心」を聞いて、それに呼応して主に対し自分の気持ちをお答えし、その上で聖霊に助けられ行動を起こすことです。

 

2020年の世界情勢への指針

 

 世界は、上記のみことばの通り、あらゆる地域で揺すぶられ、揺り動かされております。いよいよ終わりの時代に突入していることは明白です。そこでアメリカを中心に世界で起こっていることについて、主がどうお考えになっておられるかを私たちの信頼する預言者の一人ランス・ウオルナウ師から伺いたいと思います。

 

ランスウオルナウ師の預言

 

「2020年はどうなるんですか?」とか、あるいは多くの場合「トランプ大統領は再選されると思いますか?」という質問を、私はよく受けます。しかしながら、2020年の大統領選挙に関して主に訊ねると、主はいつも話を変えてしまわれ、私の質問に答える代わりに、主は「ランス、クリスチャンの教会はわたしの側についているのか?」と訊ねられるのです。

 

ヨシュアが約束の地に入ったとき、彼の前方にひとりの天使が抜き身の剣をもって立っていました。ヨシュアはそれが戦士だ分かり「あなたは、私たちの味方か。それとも私たちの敵か。」と訊ねました。それに対して天使は、「いや、どちらでもない。わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」と答えました。

 

地上での善と悪の戦いに神が介入されるとき、神は敵とか味方としてではなく、その上に立つ最高司令官として来られます。そして私たちに「あなたは主イエス側についているのか、どうか」を訊かれるのです。

 

そこで、2020年に私たちがどちらの方向に進むのかを知りたければ、まず神が既に語られた預言の言葉に留意せねばなりません。それはアモス3:7に「まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。」とあるからです。そこで過去に主がトランプ大統領について語られた言葉をみてみましょう。

 

2014年2月:キム•クレメント師は、トランプ大統領の衝撃的勝利を預言しました。そして、それによって民主党と共和党はどちらも揺さぶられるだろうと宣告しました。その預言をしながらキムは「神よ、どうしてこのような事をされるのですか?」と叫びました。すると天からは「わたしはどちらの党から出てくるもの(党の人々の考えとか反響)にも不満足だからだ!」という返答でした。トランプ氏は民主党と共和党のどちらからも気に入られてはいなかったからです。するとキム師は知識の言葉を続け「人々は『弾劾せよ、弾劾せよ!(impeach!)』と叫ぶであろう。しかしそれは実現しない。」と言う言葉が彼の口から出てきたのです。それはまさに今起っていることです。

 

2015年9月:キムと私はニューヨークのトランプ・タワーでトランプ氏と会う予定でしたが、キムはその日に急に入院せねばならなくなりました。トランプ氏に関するキムの数々の預言は、主が次の人に渡そうとしておられるリレーのバトンのようでした。というのはその頃、預言的なものが私の骨の中で火のように熱く燃えるようになっていたのです。キムが病に倒れてから2週間が経つ頃には、私が預言をしていました。そして選挙が終わった時点で分かったことは、私たち二人の預言が選挙で4百万人もの人々に影響を与えていたことです。

 

私は次のような預言をしました。

ジョージア州でのトランプ集会において、「トランプ氏はポリティカル•コレクトネス(政治的適正)の霊を打ち砕く重い鉄の玉だ。」(2−3トンもあるビルデイングを破壊するために使う剛鉄球)と預言しました。するとタイム誌などがみな、トランプ氏と鉄の玉を表紙に載せました。私はまた「トランプ氏は一つの布告を出し、現代のクロス王と呼ばれるであろう。」と宣言すると、途端にメデイヤが一斉にその言葉を使い始めました。つぎに私は、メディアがトランプ大統領を病的なくらいしつこく攻撃する人であると予測して、それを「トランプ錯乱 Trump Derangement」と名付けると、すぐさま「トランプ錯乱」という言葉が流行し始めました。

2018年11月:中間選挙の時となり、「赤い(共和党を表す色)勝利の大波が起る」という預言が多くの者によって語られましたが、私はその一人ではありませんでした。私の預言は「トランプ大統領は、丁度リンカーン大統領のように『分裂した家』を治めるようになる。」というものでした。それは、その選挙によって上院は共和党が過半数をしめましたが、下院は民主党が過半数を取り、議会が分裂することを、奇しくも預言していたことになりました。

 

これから選挙までの11ヶ月の間、私は大胆に語っていくつもりです。今は新しい神の言葉が必要な時だからです。

 

2020年に何が起るか?

 

予測 その1:神の鉄玉が教会の中の「宗教の霊」を打ち砕くでしょう! 実際、2020年に入る前からそれは起り始めました。「クリスチャニティー•ツデー(キリスト教雑誌)」が「トランプ大統領は弾劾されるべきだ」という論説を発表したのです。それを機に左翼の政治家やメディアはこぞって「真のクリスチャンはどうあるべきか」という説教を、トランプ支持のクリスチャンに向かって始めたのです。これはまさに教会内の霊的問題に端を発した出来事でした。

 

左翼の政治家やメディアは、クリスチャニティー•ツデーのようなリベラルなクリスチャンを用いて、トランプ支持者が多い州のクリスチャンを分裂させようと躍起になっています。教会は一体どのような位置に立つのでしょうか? 主が私にずっと語られているのは、2020年の一番の争点は、トランプがどうこうではなく、私たち教会が神につくかどうかに掛かっているということです!

 

予測 その2:神は共和党と民主党のどちらにも満足しておられません。神にはご計画があり、一人の人を選ばれたのです。そして神が私たちクリスチャンに今訊いておられるのは「あなたはわたしの側についているのか?」という質問です。私は2016年の選挙の時、「トランプという鉄の大玉が立ち上がる」と、最初に明確に公に預言した者の一人でした。2020年に私は「主の側に立つ」と決意しました。そして可能な限り多くの人たちに「主の側に立つように」と熱心に勧めて行きます。

 

私はこれから大統領選挙までの40週間、テレビ番組を通して大胆に語っていくつもりです。そして勝敗の鍵となる幾つかの州に出向き、積極的にクリスチャンの集会を開く計画です。私はこのキャンペーンを「As One America(一つのアメリカとして)」と名付けました。

その私のヴィジョンとは、何としても教会を霊的に目覚めさせ「政治的争点は私たちの信仰に掛かっている」という現実をクリスチャンに啓蒙することにあります。今年の選挙が決めるのは、どちらのアメリカ、すなわち神側につくアメリカか、つかないアメリカかーどちらが優勢となって浮かび上がるかに掛かっているからです。ぜひお祈りのご支援にご参加ください。(師のメッセージ終わる)

 

 ここでもう一つリック・ジョイナー師の意見を付記します。この記事は昨年の彼の word of the week の中から選んでお伝えするものです。

 

第二のアメリカの独立・市民戦争が起こることはは避けられない

 

 多くの人はこの衝突は政治的な右と左の間で起こると言いますが、私の見た夢では必ずしもそうではなく、むしろ両者の極右と極左とそれに第三勢力が加わり、最終的にはその第三勢力が優勢を勝ち取るというものでした。その点は今でもはっきりしませんが、どうもそれはリバイバルとアウエイクニングから生まれるムーブメントではないかと信じます。

 

 それと実質的にアメリカで起こったと同じような争闘が、全ての国で起こり始めます。それは全ての人を一つのものに統一しようとすることには反対する勢力であって、むしろそれぞれの国の伝統、歴史、文化をそれぞれ尊重し保存しようとする大きな争闘に発展してゆきます。そこで考慮しなければならないことは、神の創造が驚くほど多様性があるように、神の統一とは「多様性の中での一致 unity of diversity」であることです。

 

 ジョージ・ワシントン大統領は、二党政治のシステムはうまくいかないと言っていましたが、それは正しかったのです。彼は政治には政党の必要性はない。なぜなら国民は皆アメリカ人であり、それぞれが意見を述べ合うことができて、それが尊重される限り問題はないからと説明したそうです。

 

 2014年に私は、主に次期大統領は誰かと尋ねたところ、主はすぐ「誰かという問いには答えないが、代わりに、アメリカが必要としている次のリーダーになる人は、単に愛国者 Patriots であるばかりではなく、一度に多くの方向から立ち向かってくる敵を相手にできる「裏通りでの喧嘩に強い男」である必要があると答えられました。それは、次期大統領は、いつも絶えず数多い相手と喧嘩することになるという意味です。

 その時はプロ・フットボールシーズンがシーズン入りしたばかりの頃でしたので、私はそれ以来 New England Patriots という名のチームがそのシーズンに優勝するかどうかを見張っていました。するとこのチームは、望みは無いと思われたシーズンの最後の試合の最後で奇跡的なプレーによって優勝しました。その勝ち方は、1776年のアメリカ北部13州が母国の英国と戦って勝った、最初の独立戦争と全く同じような勝ち方であったのです。(以上リック師)

 

 私は、ランス師とリック師が上記で言われていることは、これからいよいよ主がクリスチャンを用いて第三のウエークニングとリバイバルが始まることを示俊していると信じます。時は近づいています。皆様の中から主に選ばれたリーダーが出揃い、日本でも各地で大きなウエイクニングとリバイバルが起こることを期待し、お祈りしております。(終わり)


31 10月

2019年秋の日本旅行を終えて                  坂  達 也 2019年10月31日


2019年秋の日本旅行を終えて

 

                 坂  達 也

 

 

 

天に召されたヘンリー・グルーバー師

 

 私たちは、今回の日本旅行がヘンリー・グルーバー師を天に見送る最後の旅行となるかもしれないことを主から示され危惧しつつ祈っておりました。そして、私たちの旅行中10月10日に師の昇天がご家族により告示されたのですが、その悲しいニュースを図らずも師が格別に愛された日本の地で、日本の教会の皆様と共に祈りつつ迎えることができたことは主の格別のお計らいであったと主に心から感謝し、グルーバー夫妻(ジュデス夫人は昨年昇天されました。)という貴重な器を24年間、最も必要な日本のためにお遣わし下さったことに対し心から、主に栄光を捧げます。

 

 実は、師が9月20日にホノルルで、森 章先生の信徒の方お二人が結婚する司式を森先生と共にされるという予定を聞いて、その前日に私たちWWGMの年次総会(ヘンリー師は私たちのミニストリーの役員の一人)をホノルルで開き、その足で日本に参る予定でおりました。しかし残念なことにヘンリー師の体調が回復せずそれは実現しませんでした。それで私たち夫婦はホノルルに寄らずに直接ニューヨークから東京に向かい、19日に到着しました。そして沖縄に21日に行く予定でしたが、折からの台風17号に2日間足止めされ、23日に沖縄本島を訪れました。こうして5年ぶりに訪れた沖縄でしたが、そこで訪れた5つの教会は、すべてヘンリー師の祈りの歩行の実践と教えの恩恵を受けた教会でした。

 

 なかでも、金武バプテスト教会の、今では天に召された横田盛永先生は、私たち夫婦がグルーバー夫妻を伴って最初に訪ねた愛知県豊田市にある安田由久師ご夫妻の「泉の森祈祷院」の開所式に際しての日本最初の集会に、北は北海道から南は沖縄まで全国から主が集められた40名程の一人でした。泉の森祈祷院の開所式は、師が昇天された日からちょうど24年前の1995年10月10日でした。そして、その翌年東京の集会に来られたサレム宮里教会の島袋英子先生のお招きによりグルーバー師夫妻は1997年に初めて沖縄に来られて以来、今年の2月まで毎年のように沖縄を訪問されるようになりました。

 今回、訪れた金武バプテスト教会(横田聖子牧師)はグルーバー師の指導による「地の呪い」を取り去る長年の「祈りの歩行」の成果が見事に実った地区の一つです。

 最初に訪ねた頃の金武の町は、駐留米軍基地の真ん前にあり、バーやキャフェが立ち並ぶ歓楽街で不祥事が多発していました。その歓楽街が、まるで奇跡を見るように消えて無くなり、今では子供が安心して遊べる美しい緑地公園へと変えられたのです。そして、今回訪ねて再び驚いたことに、この地区の環境整備は益々行き届き、その中にあって、この金武バプテスト教会も地区に必要な真新しい立派な保育園の建設を終え、今や100名以上の子供達が楽しく集っている姿を見ることができました。

 

 その他今回私たちは、益々霊的に発展充実されているセンター世の光教会(原田満珠美牧師)、ヘブンズ・チャーチ(松田愛枝牧師)、サレム宮里教会(伊覇房子牧師)等を訪問しました。

 それに、ジョイ・チャペル(大城節子牧師)では、50台の駐車場付きで100余名を収容できるノアの方舟を彷彿とさせる斬新なデザインの美しい教会堂を建て、既に聖日礼拝者が100名に倍増しているというお話でした。

 

 沖縄は古くからユタ等の多くの霊媒師(シャーマン)の活動が盛んです。皆様ご存知の通りヘンリー師は世界中の悪霊に呪われた土地とか、特に無実の血が流された土地を聖めて開放する仕事をされて来られましたので、特に沖縄では、上記の地区とか教会だけでなく、ほぼ沖縄全域を恐らく40以上の教会を通して祈りの歩行をされて来られたと思います。

 

 師の日本での働きは沖縄だけではありません。北海道を含む本土全域と小さな島々をも訪ねておられ、私たちは最初の約十年間の通訳を担当して悠に100以上の教会を回っていますから(複数回は数えず)、私たちの後を受け継いでいただいた森 章先生が後の14年間に、ヘンリー師と共に全国各地を廻られた新たな教会数は恐らく100以上(多くの教会は複数回廻られた)でしょうから、併せて200以上の教会とその地域を廻られたことになります。

 それに加え、ジュデス夫人のオートハープによるミニストリーに私の家内の柚実子が同伴し、特に中部地方を中心に10教会程回っていることも付記させていただきます。

 又、グルーバー師夫妻は祈りの歩行だけでなく、各地の教会での福音のメッセージと共に、特にヘンリー師は「個人預言と祈り」を必ずと言ってよい程各教会でされましたので、その恩恵を受けられた方も多いと思います。

 

 そして、私たちの旅行の後半になって、ヘンリー師の容態が悪化した様子を逐次報告を受け、多くの人々は「もう一度だけでも日本に」と熱い祈りを捧げました。しかし、師は地上での任務を完了され、13人のお子さんたちと多くの孫、曾孫に囲まれて天への帰路に着かれました。

 

 

私たちの見た日本

 

 今回私たちが訪れた地区は、本土では、西は奈良県から東北は青森県までですが、折から三度の台風と大雨による甚大な被害の報道を連日目の当たりに見て過ごしました。これは昨年襲った関西、九州地区への大きな水害と相まって、日本列島は今だかって経験したことがなかった河川決壊・土砂崩れ等による水害を見たのですが、今の日本の状態を一言でいえば、人間の知恵だけでは何事もうまく行かないと言うことではないでしょうか。

 日本の政治を見ればそれは一目瞭然です。国内だけでなく、隣国との関係も今までにない深刻な亀裂状態から抜け出せず、今ほど神の知恵と力が必要な時はないことを改めて深く考えさせられました。

 と言うより、そう見せているのは神ご自身のご計画であることに気が付きました。なぜなら、神はクリスチャンである私たちにこそ、そのことに目覚めて欲しいからです。

 

 

そこで詩篇119を見て見たいと思います。

 

125−126節「私はあなたのしもべです。私に悟りを授けてください。そうすれば私は、あなたのさとしを知るでしょう。今こそ主がことをなさる時です。」

 

130節「みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。」=これは創世記のはじめに出てくる「光」を指してはいないでしょうか?

 

131ー136節「私は口を大きくあけて、あえぎました。あなたの仰せを愛したからです。御名を愛する者たちのためにあなたが決めておられるように、私に御顔を向け、私をあわれんでください。あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし、どんな罪にも私を支配させないでください。私を人のしいたげから贖い出し、私があなたの戒めを守れるようにしてください。御顔をあなたのしもべの上に照り輝かし、あなたのおきてを教えてください。私の目から涙が川のように流れます。・・・

 

143節「苦難と窮乏とが私に襲いかかっています。しかしあなたの仰せは、私の喜びです。あなたのさとしは、とこしえに義です。」

 

14915152節「あなたの恵みによって私の声を聞いてください。主よ。あなたの決めておられるように、私を生かしてください。・・・主よ。あなたは私に近くおられます。あなたの仰せはことごとくまことです。私は昔から、あなたのあかしで知っています。あなたはとこしえからこれを定めておられることを。

 

171ー176節「私のくちびるに讃美がわきあふれるようにしてください。・・・私はあなたの救いを慕っています。主よ。あなたのみおしえは私の喜びです。・・・私は、滅びる羊のように、迷い出ました。どうかあなたのしもべを捜し求めてください。私はあなたの仰せを忘れません。」

 

ホセア書10:12

「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れよ。あなたがたは耕地を開拓せよ。(いばらの中に種を撒くな。良い地に蒔け。=マタイ13:22、23)

今が、主を求める時だ。ついに主は来て、正義をあなたがたに注がれる。」

 

 最後に申し上げます。今回各地を回り、そこには多くの希望を持って耐え抜いておられる人を見ました。日本は確かに今、イザヤ書60:2に書かれている「見よ。闇が地をおおい 暗闇が諸国の民をおおっている。」状態にあります。「しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光が現れる。」その主が間もなくやって来る気配を感じました。(終わり)


06 05月

世界はいよいよ終末の最終段階に入った ー     今一大アウエイクニングが世界に広がりつつある(その三)                坂  達 也


世界はいよいよ終末の最終段階に入った ー

    今一大アウエイクニングが世界に広がりつつある(その三)

 

                    坂  達 也

 

 今回、私は別の記事を書き始めていたのですが、カリスマ誌の5月号を見て、世界は益々アウエイクニングの火が広がりつつあることを知り、急遽先月に引き続く記事とさせていただくことにしました。

 

ヨーロッパにも広がる聖霊の火

 

 最近のヨーロッパは、ご存知の通り、移民・難民問題、特に大量の回教徒の流入とか、政治的・経済的混乱と低迷による大量の失業者が出て、特に南ヨーロッパにおける伝統的キリスト教教派は事実上死んだも同然の暗黒時代を通って来ました。そして今では世界で最も宣教活動の難しい地域となっています。

 その暗黒時代の最中に、心ある人たちは断食祈祷をしながらもがき苦しみました。しかし数年前から何かがシフトし、聖霊の風が吹き始めた結果、ようやく人々が飢え渇き、神を熱心に求め始めたのです。これは明らかに神のなせる御業です。2014年になって、神は元ベテル教会の牧師だったベン・フィジェラルド師とトッド・ホワイト師をドイツのニュレンベルグに送り、ベン師に預言的ビジョンを与えました。その結果、彼はヨーロッパが神から与えられた自分のデスティニーであると確信するに到り、ドイツに渡りました。そして「アウェイクニング・ヨーロッパ」という宣教活動を開始しました。それに同調するかのようにヨーロッパ各地のリーダー達が立ち上がりました。その主な人たちとは、国際ヒーリング・ルーム協会のJean-Luc Trachsel 師とか、ノルウェーのジーザス・レボルーションのステファン・クリスチャンセン師、Gospel Forum’s のピーターとマーカス ウエンツ Wenz 師たちで、彼らにより大きな救いの御業の成果が見られ始めました。

 

 そして2016年には、強力な聖霊によるリーダーシップ養成のための弟子訓練が開始され、また、世界中からハイディ・ベーカー師、ダニエル・コランダ師を含む多くのリバイバリストがベン師に加わり、スイスに集まって祈った結果、ヨーロッパ宣教の戦術が案出されました。今ではヨーロッパ各地で多くの訓練を受けた若い宣教師たちが育っております。そのリーダーたちの活動によって、特にヨーロッパの若者達がアウェイクニングされ、いよいよリバイバルが起こる気配が濃厚となって来ていると言われます。その他に注目すべき動きは、アメリカの24/7祈祷のIHOPのミニストリーとか、それと同趣旨の祈りのムーブメントがウイーン、ベルリン、ミュンヘン、ブリュッセル、グラスゴー、スコットランド等の都市を始め、ヨーロッパ各地に大きく広がりつつあることも報道されています。

 以上の報告は5月号のカリスマに掲載されていたものからですが、加えて下記の記事にもご注目ください。

 

世界一多忙なサムエル・ロドリゲス師

 

 ロドリゲス師は、カリフォルニア州サクラメントにある「ニューシーズン・クリスチャン・ワーシップ・センター」を含む五つの教会の主任牧師ですが、加えて「ナショナル・ヒスパニック・クリスチャン・リーダーシップ・カンファレンス」という世界最大のラテン系福音伝道団体(メンバー45万教会、1億のラテン系人会員を持つ)の会長職を勤めています。彼はブッシュ、オバマ、トランプという三代の大統領の「福音伝道のためのアドバイザー役」を務め、過去にタイム誌による世界で最も影響力を持つ100人の一人に選ばれています。その他映画を製作したり本を著したりと、恐らく世界一多忙な牧師であるとカリスマ誌は形容します。

 それでは何故彼が続けて三代のアメリカの大統領のアドバイザー役になるという信任を得ているのでしょうか。それは第一に彼がラテン系アメリカ人であり、その彼が世界一大きなラテン系クリスチャン団体の頭であるからです。ロドリゲス師は「今世界でリバイバルの火が付くと言えば、必ずそこにラテン系(スペイン系)クリスチャンがいるはずだ。」とまで自信を持って言い切ります。これは私自身の考えですが、神がそのような思いをこの人に信仰として与えた上で、彼を立てて用いておられるからだと思います。

 今世界中で難民移民問題が爆発的に起こっています。アメリカは根っから移民の国ですが、最初はヨーロッパから、そして後でアフリカの黒人がどっと入って来て、その後に世界中からの移民が集結してできた国です。それが今は、黒人の代わりにラテン系中南米人が国境を超えてなだれ込んで大問題となっています。しかしこれも神のご計画と信じます。ちなみにロドリゲス師の五つの教会の人種構成は、白人と黒人が40%ずつ、残りの20%がラテン系と東洋人などであり、彼はこれはまるで天国のようだと言います。そんな彼はクリスチャンとして人種差別問題への解決にいろいろな面で関与しています。

 私が特にこの人個人に興味を持った理由は、彼の多忙な生活を処するモットーが、「自分中心」を「キリスト中心」に置き換え、全てにおいて神の御心を行うべく「聖霊と共に歩く」ことを最大の目標として実践に務めている人であることです。それは彼が若い頃、神から「あなたを、わたしの栄光を顕わすための導管の役目を担う一人として、福音を語り世界を変える者に任命(デスティニー)する」と言われたことを信じたからです。

 彼がミニストリーを始めた最初の頃、神は彼に Hという頭文字が付く七つの形容詞ーHoly, Healed, Healthy, Happy, Humble, Hungry, Honoring (life)で生きるようにと指示されました。すなわち、Holy:全てにおいて非難されるところがないように生きる。 Healed & heathy:身体、魂と霊が常に癒されていて、健康であるように、Happy:わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるように、Humble:すべてがキリスト、神の恵みによって今の私があるとわきまえる。Hungry : 義に飢え渇く。Honoring: 父母だけでなく神があなたの前に置くすべての見知らぬ人をも尊んで迎える。ーー

 以上ですが、ロドリゲス師は「現在自分の真の情熱は『聖くなること』です。」と言い「神は主の教会が聖くなること、一つとなり、光となることを願っておられる」ことを強調します。また、多忙の毎日を自分の最上の状態で神に仕えるために一番必要なことは、主にあって「安息日の休息」を忠実に取ることであることも強調して止みません。そして彼はどんなに忙しくても必ず時間をとって最愛の奥さんと二人で散歩したり、リラックスした静かな時を過ごすと言います。

 

 私は先回を含めて、今世界で神がなさっておられる3つのリバイバル・アウェイクニングの「現れ」を紹介して来ました。それで気が付くことは、神は、一つの世界的なミニストリー(ヒルソング)と一つの教会(ベテル教会)そして今回、一人の牧師(ロドリゲス師)を取り上げられたことです。それは何を意味しているのでしょうか。ーこの3つの例に共通していることは、神はこの三例に対して特別の祝福を与えていることを人々に見せることによって、少なくとも次の三点を私たちに示しておられるように思います。

 一つは、多くのミニストリーの中から、よりもよってヒルソングを選んだ理由は、これからの真のワーシップは「主イエス個人」を賛美礼拝することが中心であり、同時にイエスが直接語った「教え」とその深い真理を宣教し、私たちがイエスと個人的に深い愛の交わりの関係に入ることが、これから地上に主ご自身の御国を立てるための最大の焦点でなければならないからであると思います。

 二つ目は、カリフォルニア州レディングにあるベテル教会が世界で最も偉大な教会であるからと言うより、ベテルという名のヘブル語の意味が「神の家」であり、ヤコブが夢で示された神の約束(創世記28:12−17)を主が忘れていないことを最後の時代の教会を代表してベテル教会に告げる目的で祝福されたように私は思います。ベテル教会は、預言的に天の門となる教会の一つとして、主の約束を誠実に果たして来た教会であることは疑う余地はありません。

 三つ目のロドリゲス師は、私個人、今まで全く聞いたこともない人でした。しかしこの人こそ、教会やミニストリーの大きさに関係なく、一人のキリストの花嫁として、深く主を愛し、主に忠実に仕えたいと願う、最後の時に働いてもらうクリスチャンのモデルとして立てられた方であると私は信じます。私にはこのロドリゲス師の生き方が大変参考になりました。

 さて最後に日本の皆さんに質問をさせていただきます。それは日本の現状ではアウェイクニングがどのように起こっているかを私は知りたいのです。

 

日本では今、何が起こっているのか

 

 それは国として「羊の国になるか、山羊の国になるのか」という問題だけでなく、日本の各地、特に皆さんの住まわれるそれぞれの地域、町、そしてそれぞれの教会ではアウェイクニングが既に始まっているのか。未だ何も起きてないとすれば、どうすれば起きるのか。

 就いては何度も申し上げますが、今は終末の時代、いよいよ最後の大リバイバルが近づいて来ました。リバイバルとはよい言葉です。それは未信者を信者にすると共に、というよりその前に、クリスチャンを先ずリバイブする=文字通り「復活させる、生き返らす」ことであると私は理解するからです。

 

「復活させる、生き返らす」とはどういうことか

 

 今年の復活祭は去る4月21日(日)でしたが、私たち夫婦は先ず4月19日金曜日夜に、近くのアメリカ人の教会で聖金曜日 (Good Friday)の式典に参列しました。クリスチャンは、その日をイエス・キリストが私たち人間の罪のために十字架につかれて死んでくださった日として記念する厳粛な式典です。そして日曜日は近くの日本人教会の集会に参加し、キリストがよみがえられた復活の日としてお祝いの祝典に参加しました。この間、日本の教会でもそうでしょうが、こちらでも多くの人が洗礼を受けました。

 

 ところで、キリストが死んでよみがえられたことを信じるだけで、私たちの罪が赦されて天国に行けるのなら、こんな幸いなことはありません。しかし「キリストが私たちに代わって死んでくださったのだから、私たちは無罪放免でこのままピンピン生きていてよい」ということではでは決してないのです。

 ロマ6:4−8でパウロが言います。「それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのでありませんか。私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によってよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。もし私たちが、キリストにつぎあわされて、キリストと同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。・・・死んでしまった者は、罪から解放されているのです。もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。」

 最近はこの聖書箇所を引用する人は少なくなったように思います。多くの人はイエスが私たちに「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。」(ルカ9:23、23)と言われ、また、ルカ14:27で「自分の十字架を追ってわたしについて来ない者は、私の弟子になることはできません。」とも言っておられることを忘れているように思います。

 また、主が最後に弟子に言い遺したのは「大宣教命令」(マタイ28:18−20他)でした。そこには「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け・・・」と書かれています。そうであれば、キリストに召されて働く人は「少なくとも自分に死んで主とともによみがえり、全てを主に委ね、主の命令を聴きながら主のために働く」ことが、最も重要な資格であると信じます。皆さんの中でその聖霊の招きに応じたいと感じる方はどうぞ立ち上がってください。

 その真の働き人になるための資格はもう一つあります。それは、「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」(ヘブル11:6)と書かれている通り、神が喜ばれる「信仰」で毎日を生きる堅い決意を持つ人であることです。

 

信仰とは何か

 

 その定義はヘブル11:1に書かれています。「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」

 確かに原文ではこの通りに書かれていて和訳が間違っているのではありません。しかし正直なところ、私はこの聖句を読む度にこれでは真に信仰の何たるかを、心にグサッと来るような説明にはなっていないと思うのです。

 ところが主イエスの説明はどうでしょうか。「まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ。』と言って、心の中で疑わず、だだ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。」(マルコ11:23)

 さすがに信仰の創始者であり、完成者であるイエス・キリストの言われることには権威があり曖昧さは全くありません。そこで私が同じ聖句を意訳すれば、こうなります。

 「何の疑いもなく信仰を持って生きることによって、自分の望んでいることが『現実のものとなる』のであり、それを神が保証される。そして信仰こそが、望んだ時には目に見えなかったものを、現実に見えるものと変えるのである。」

 いや、皆さんもぜひ信仰の定義を考えて見てください。何れにせよ、そこまで主イエスが保証されているのです。そうであれば、私たちは信仰を持って生きない方がおかしいーということになりませんか。しかしそれには前に申し上げた条件を満たさねばなりません。それは私たちが信仰で本当に自分に死に、イエスに生きてもらうーすなわちイエスがなさってくださるから、間違いなく実現するということです。皆さん、ぜひ立ち上がって御国の戦士となり、郷土をリバイブしてください。(終わり)


 Page 6 of 38  « First  ... « 4  5  6  7  8 » ...  Last »