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Walk With God Ministries

11 02月

イエスの受洗の図がコインに    2月11日


イエスの受洗の図がコインに

2月2日ヴァレッタ(ロイター発)  バプテスマのヨハネによって洗礼を受けるイエスの図がマルタのユーロ・コインに採用されることとなった。これは宗教に深い縁のある地中海マルタ島という文化的伝統を反映しているといえるだろう。

マルタは2004年にヨーロッパ連合(EU)に加入したが、2008年1月までには、単一の通貨にしたいと考えている。EUに加入している25ヶ国はそれぞれユーロ・コインの片面のデザインを独自のものにすることが許されている。
このイエス・キリストの受洗図はヴァレッタにある聖ヨハネ寺院の大理石の彫刻からとられている。コインのデザインにには受洗図と共にマルタの紋章とMnajdraの石器時代の神殿とが描かれている。

コインの図案は一般の投票で決められたのだが、一人の神父がEメールを人々に送り、イエスの洗礼図を推薦するようにというキャンペーンをしたのだった。
彼の名はブランドン・ガット神父といい、彼はEメールで、「このイエスの受洗図は美術的価値があると共に、キリスト教の伝統を忘れ去ろうとしているヨーロッパに、その伝統を思い起こさせるものとなるだろう。」と書いた。この言葉は、EUとしてヨーロッパが持つキリスト教の伝統についてEU憲法案の中では一切触れない決定をしたのに対して述べられたものである。(終わり)


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09 02月

2006年は植え、剪定し築き上げる年 ヘクタートレス 2月9日


2006年は植え、剪定し、築き上げる年

ヘクター・トレス

私は2006年のミニストリーの指針を主に尋ねました。2006年は物事が始まる年になると、主が言われていると私は信じます。2005年は主の御業の証、恵み、安息の時でしたが、それはすでに終わりを告げました。我々は今、新たな時に入ろうとしています。今まで敵は、教会が神の御国を完全に実現することを妨害しようとして、多くのものを教会から阻んできましたが、今は教会がそれらのものを敵から奪回するときです。

今まで教会は、自分たちが主の祝福をいただきたいと願って来ましたが、これからはもう一段成長して、教会が国家を祝福する器になるのです。教会が本来あるべき姿、即ち、回復と和解の務めをしていくものとして立ち上がります。地上に神の御国を築くために必要な多くの事がどんどんと起こってきます。それは家族や市町村、国家が変革されることであり、そのためには先ず教会自体が厳しい剪定を受けることによって始まります。

このような理由から、2006年は種まきと建て上げのために重要な鍵となる年となるでしょう。失われた魂を救い、サタンの業を破壊し、収穫が何倍にも増し加えられて、教会がこの世で主権を握るようになるという、主の大宣教命令をまさに実行していく年となるでしょう。

建て上げはどのように行われるか

使徒的預言的なものが正しく理解されて活性化されるでしょう。過去15-20年の間に啓示により明らかにされて来た神の教会に対する真の目的を理解する指導者たちが、今、神によって起こされています。これらの指導者たちは、神の権威と力の栄光ある顕れをもって、教会を活性化するでしょう。使徒的預言的教会が起こされ、そのリーダーの多くは神からの油注ぎを豊かに受けて、彼らの正しい生き方が周りの人に明らかになっていくでしょう。

町の合同の教会、国家の教会が建てられるようになるでしょう。それは、大教会(メガ・チャーチ)が自分の教会が大きくなるという目標を捨て、神の御国の拡大に力を入れるようになるからです。町や地域、国家のトランスフォーメーションへのヴィジョンが、今まで教会の力を奪って来た教派の壁を取り除き、そのような障害を乗り越えて行くでしょう。 これら多くの教会は、聖書に書かれているキリストの身体の真の一致という目標に向かって、今までにはなかった動きを始めるでしょう。

大収穫のために必要な資金を生み出す種(シード・マネー)となるように、神はこれらの教会やリーダー、牧師に今までになかったような経済的祝福を与え始めるでしょう。ある者たちはミニストリーや他の人のヴィジョンに投資ができるように経済的に繁栄するでしょう。また、他の人たちは、キリストの身体が一致して神の御国を建て上げるために適した人材や、技術的資源を提供するための豊かな祝福を受けるでしょう。我々は御国のヴィジョンを持つ他の人たちのために、またその人たちと共に働くために、神が既に与えてくださっている様々な資源の器を用いる準備をしなければなりません。


 人々(教会・企業・団体等)の間で同盟や提携が結ばれ、それが大いに用いられるでしょう。霊的な提携が結ばれますが、それは自分のためとか肉的、自己中心的な動機からではなく、又、自分が祝福を受けたり、何か得をすることを求めるのでもなく、ただ町や国が祝福されることだけを求めるものです。そうすることが神の訪れを招き入れます。「神の定められたカイロスの時」が解き放たれるからです。それに加えて、これらの連携はお互いが責任を持ち合う信頼関係を生み、又一人ひとりの道徳感とか誠実さがあらわれ、それを見ている未信者にクリスチャンに対する信頼感を回復させます。

孤立や分派が明るみに出されます。聖書で教えているへりくだりの欠如やプライドが、ミニストリーのあらゆる面で顕わにされるからです。 他のクリスチャンと相互の関係を持たずに働こうとする者の多くは、しだいに恵みと油注ぎを失い、呪われたイチジクの木のように、実をならすことができなくなるでしょう。 このような剪定により多くの者が、お互いに責任を持ち合って生き、活動し、ミニストリーをしなければならないという理解を持つようになるでしょう。

教会はワーシップの祭壇を築き始める必要がある


 教会が貧しい者や不当な扱いを受けた者、囚人、未亡人、そして孤児等の必要を満たすことに焦点を当てるようになるので、魂の収穫のために社会福祉的な伝道活動の新たな広がりが起こってくるでしょう。

 預言者の働きにおいても剪定が始まるでしょう。神は預言者の世代をおこし、彼らを建て上げ、訓練し、備えをされます。彼らは教会を慰め、建て上げ、育てるために送りだされます。預言者たちはそれにふさわしい油注ぎを受け、今という時をわきまえ、主から召された者として教会の中で自分たちの正当な地位を見出すでしょう。聖書と一致しない預言をしたり、自分の思いで預言をする者たちは、矯正されるか、又は、預言者の仕事から除かれます。

教会はワーシップの祭壇を築き始める必要があります。これは新しい次元での預言的ワーシップや、霊的戦いのワーシップであり、聖霊によって導かれるものです。生ける神が臨在される至聖所にまで歌声と楽器の音が溶けて流れこんでいくようなワーシップです。
現在、楽器奏者と賛美者たちが神によって整えられていますが、その多くの者は全く予想もしなかったようなところから出現します。そして今までなかったような油注ぎを受け、シャカイナ(神の栄光)を地上にもたらし、天を開き、町や地方や国を今まで支配してきた地域の要塞を引き倒す霊的戦いの権威を解き放ちます。徹夜のワーシップやワーシップ礼拝、ワーシップ集会によって、預言者ダニエルのときのように、天の軍勢が解き放たれ、空中のこの世の力、権力と戦うのです。

政治と事業との提携がおこってくる

政治と事業の提携が起こってきます。新しい世代の政治家、事業家、技術専門家が結束し始め、戦略を練り、神の御国建設のために一緒に働くようになります。多くの教会は、町や地域、国の政治や経済によい影響を与えるためには、自分たちが(積極的に)そこにかかわっていく必要があることを理解するようになります。

社会で影響力を持ち、発言力をもつために、積極的にいろいろな分野にかかわり仕事をしていきたい、という願いが急増します。彼らはこの世的な成功を 追及する流れ(マモンやエジプトの霊)に入っていきますが、それによって毒されることはないように気をつける必要があります。神はこのような人たちの中から、ダニエルやヨセフ、ネヘミヤ、エステルのような人たち…即ち、忠実で謙虚、道徳的で誠実であると証明された人…を抜擢されます。

主はこういわれます。
「わたしはわたしの教会をしみもしわもないものとして整えている。わたしの裁きは教会の中からはじまる。その教会が完成したときに、わたしはそれを見て喜ぶであろう。わたしはわたしの教会を建てている。多くのものは一生懸命働いてはいるが、わたしの王国を建てるというのが彼らのヴィジョンやゴール、願いではないので、彼らの労力はすべて無駄になる。今は建て上げ、改善し、回復し、創立するときである。わたしの願いは、わたしの栄光がわたしの教会を通してこの世に現されるのを見ることだ。
産みの苦しみ、揺り動かし、内乱、戦争のうわさが現在ある。今年、多くの国で激しい暴動がおこる。それはわたしの御国が激しく攻められているからだ。ラテン・アメリカでは、わたしの収穫は大いなるものとなるが、敵の抵抗も激しいであろう。いくつかの国では、多くの血が流されるであろう。また他の国々では和解とシャローム(平和)が起こるであろう。」 (終わり)


(訳者注)ヘクター・トーレス師は、ピ-ター・ワグナー師の主催する   Apostolic Council of Prophetic Elders (ACPE)に選ばれている会員の一人で、今年も恒例の新年への預言を語り合う円会議に出席した預言者の一人です。


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08 02月

シュワちゃんのこと      坂 柚実子     2月8日


シュワちゃん

もと映画俳優で今はカリフォルニア州の知事であるアーノルド・シュワツネイガー氏のことを日本ではシュワちゃんというらしいですね。そのシュワちゃんに関する逸話をご紹介します。トランスフォーメーション・ハワイに携わっているモアナルア・ガーデンズ・ミッショナリー教会のコンチネン牧師が、先日のエド・シルボソ師の集会のときに話してくださったものです。

「最近、うちの教会のメンバーの娘がカリフォルニア州のサンディエゴで結婚することになりました。両親はハワイのトランスフォーメーションのビデオを沢山もってでかけました。

結婚式が終わってから、彼らは娘に、知事のいるサクラメントまでの飛行機代を出すから、知事にこのビデオを渡してきてほしいと告げました。娘は『とんでもない、シュワちゃんが私なんかに会ってくれるはずはないでしょ!』と答えました。するとお父さんが、『ハニー(愛する娘よ)、誰がこの結婚式代を払ったんだっけ?』というので、娘は『分かったわ、行ってくる。』と仕方なく引き受けました。

数日後、両親はハワイにもどっていましたが、娘さんから電話がありました。『今、知事のオフィスに来たんだけど、中に入れるかどうかもわからない。もう帰ろうと思うんだけど。』という娘に、母親は『とにかく中へ入りなさい。』と励ましました。

又、すぐに電話がありました。『アポイントメントは取れたけど、シュワちゃんの時間があくまで、待ってなくちゃいけないのよ。何時間後になるか分からないし、そのときに会ってくれるかどうかの保証もないの。やっぱりもう帰ろうと思う。』という娘に、母親は『ハニー、あなたの大学の費用は誰が出したか覚えてる?』といいました。娘は『分かったわ、待ってみるわ。』と承諾しました。

しばらくして、また、娘から電話がありました。『私、今、知事と一緒にいます。彼がビデオを今一緒に見てくれて、お母さんと話したいといっているの。電話、彼にかわるからね。』という娘の声に、お母さんは冗談かと思いましたが、電話の向こうに確かにシュワツネイガー氏がいたのです。『ハワイのトランスフォーメーションのビデオを見て、とても興味を持ちました。もっといろいろと知りたいと思うので教えてください。』と彼は言ったのです。なんと神様のされることはすばらしいのでしょう。」

ハワイのトランスフォーメーションは学校から始まっていて、その一つの表れはティーン・エイジャーの妊娠が減っていることだそうです。カリフォルニアでもハワイのトランスフォーメーションがモデルになることをハワイの人たちは祈っています。(終わり)


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04 02月

神の子孫   ボブ・ジョーンズ  2月4日


神の子孫(種)

  ボブ・ジョーンズ(代筆ポール・キース・デイビス)


 神の民は残りの者という子孫(種)です。今主は神の民の残りの者を再び蒔く準備をしておられます。多くのクリスチャンは今まさに自分に死ぬ時を迎えています。神の種は産みの苦しみや涙と共に蒔かれるのです。時が遅れている主な理由は、主のタイミングを待っているということです。神はご自分の計画を遂行するために、すべての物事が起こる時間を合わせているのです。

今まで何年もの間、主は、この時のために多くの人を調え、彼らに力を与えて準備をされてきました。我々は今神のご計画の青写真の中に描かれた岐路に立っていて、偉大な変化が水平線上に現れようとするのを見ているのです。

これまでの過程は長く厳しいものでしたが、神は困難なときには我々に新しい命を与えてくださり、主を求め続けるようにと励ましてくださいました。主の民に喜びをもたらすためにトロント・ブレッシングを与えてくださいました。悔い改めを強調し教えるためにブラウンズビルを与えてくださいました。 他にもいくつかのことを用いて主の恵みを教会に示し、我々をここまで導き助けてくださいました。
今、収穫の主が立ち上がられました。大収穫に参加するようにすべての人が召されています。魂と主の約束の収穫は祈りによって始められます。ヨブ記22:30にあるように、あなたのとりなしによって罪ある者さえも主は救ってくださるのです。とりなしと我々の手のきよいことによって、罪ある者も救われるのです。

我々は祈るとき、先ず自分の家族のための祈りからはじめるべきです。 自分の家族や、教会という家族の中で和解する機会への扉を我々は与えられているのです。分裂や不調和を取り除く恵みが与えられています。この恵みの実は、キリストの身体「教会」のなかですでに顕著になってきています。
罪ある人のために、きよい手を持たない人のために、主の救いをまだ受け取っていない人のために、又、あなたに最悪な助言をした人のために祈りなさい。 ヨブがしたのは、まさにそのことでした。

ヨブ記42:7-8、10 42:7 「さて、主がこれらのことばをヨブに語られて後、主はテマン人エリファズに仰せられた。「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。それは、あなたがたがわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ。 今、あなたがたは雄牛七頭、雄羊七頭を取って、わたしのしもべヨブのところに行き、あなたがたのために全焼のいけにえをささげよ。わたしのしもべヨブはあなたがたのために祈ろう。わたしは彼を受け入れるので、わたしはあなたがたの恥辱となることはしない。あなたがたはわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったが。」…… ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元どおりにし、さらに主はヨブの所有物をすべて二倍に増された。」

友人たちの愚かさにもかかわらず、ヨブの義なる祈りは、彼らをとりなし、助けたのです。今は又、神の民の繁栄も回復されるときです。ヨブが友人のためにとりなしたとき、神はヨブを救い、彼の財産を2倍にして回復しました。我々は今、2倍のものを受けるとき(シーズン)に入ろうとしています。

主の目はいま地上を見渡して、破れ口に立つべき義しい者を探しておられます。主は問われます。「わたしが来たとき誰もいないのか? わたしが呼んだとき誰も答えるものはいないのか? 誰かわたしの声を聞くものはいないのか? わたしの手が短くて贖うことができないのか? わたしには救い出す力がないのだろうか? わたしが誰なのかおまえたちは知らないのか?」 主のこの呼びかけを聞いて応答する者が「残りのもの」として地上にいることでしょう。イザヤ50:2で主はこのように問われています。

イザヤ50:2 「 なぜ、わたしが来たとき、だれもおらず、わたしが呼んだのに、だれも答えなかったのか。わたしの手が短くて贖うことができないのか。わたしには救い出す力がないと言うのか。見よ。わたしは、しかって海を干上がらせ、多くの川を荒野とする。その魚は水がなくて臭くなり、渇きのために死に絶える。」

主は物事をすばやく変えることが出来ます。主はご自分の民に言葉を与えられ、疲れ果てた者を支えるようにされます。主は今、聖徒たちを朝毎に起こされ、ちょうど12弟子にされたように、霊の目を開いて見えるようにし、霊の耳を開いて主からの指令が聞こえるようにされているのです。
教会の中の多くのものにとって、剪定とさばきのシーズンは終わろうとしています。そして剪定とさばきのシーズンがこの世で始まろうとしています。主の願いは我々の光が明るく輝くことです。というのは、大いなる暗闇が人々を覆うとき、多くの者が私たちの光に向かってやってくるようになるからです。今こそ勝利を得る者たちが大いなる主の栄光を身にまとって立ち上がるときなのです。

これはまさしくダニエルが書き記した預言が成就するシーズンなのです。
ダニエル12:3 「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。」

今こそ神のご計画が成就するときであり、大収穫のときです。主は、現代の若者も、又、老成した者も、ご自分のものであると言われます。ヨシュアとカレブのように。傷ついた者や迫害された者が「三日目」に収穫されるときに、主はご自分でつくられた裂け目を癒されます。主の御心は力強くなし遂げられ、大収穫が起こります。

ホセア6:1-3 「「さあ、主に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせる。私たちは、御前に生きるのだ。 私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現われ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」
イザヤ30:26 「主がその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日に、月の光は日の光のようになり、日の光は七倍になって、七つの日の光のようになる。」

地上での艱難は甚だしく増大するでしょう。そのとき、黙示録に記されている真理がますます明瞭になってきます。これらの奥義に関する偉大な理解力が教会に与えられます。
黙示録は主の花 嫁に宛てられたラブ・レターで、花嫁が主と結ばれるために調えられるようにと書かれたものです。主が今のシーズンに関して語られていることを、耳のあるものは聞くようにと、主は呼びかけておられます。今は何事も憶測でするときでありません。聖霊によって導かれる者は主の守りと恵みのうちに安息することができます。

主はすでに敵に勝利され、敵を公衆の面前でさらしものにしました。我々はその事実をもっと完全に理解して、私たち自身がそれをあてはめ現実のものとすることが大切です。我々が主と結ばれるとき、主は主の勝利を現実にあらわすことを我々に委ねられるのです。

今の最大の召しの一つは、我々が主のしもべではなく、主の友と呼ばれることです。我々は勝利と権威の王座に永遠に座しておられる方を友として持っているのですから、我々の信仰を完全に働かすためには、この事実をしっかり把握せねばなりません。王座のある部屋から指令を出すことは、神の御言葉の中で約束されているのですから、本当に現実となりえるのです。主は「ここに上れ。」と言っておられるのですから。

主は教会に対して、今の時がどのような時であるかを認識しなさい、と呼びかけておられます。今というシーズンを知り、このシーズンのキリストの思いを知りなさいと言っておられます。それを我々から隠すことは主の願いではありません。救われていない人たちのうえに神が祝福と知恵を注いでおられることを彼らが見ることができるように、我々が主のみ思いをはっきり理解するようにと願っておられます。過去10年間の訓練はこのことのためでした。我々の過去の苦しみは将来のための準備だったのです。

理由が分からないままで砕かれることは、絶望へと人を追いやりますが、砕かれる理由を理解するならば、それは我々に望みをもたらします。主の霊は我々を砕き、罪の性質や肉的な計画を根絶し、主の御性質と主の戦略を注ぎこんで下さっています。主の最終目標は、父なる神の御性質を我々に表し、我々を神の成熟した息子、娘にすることです。

我々は今まで沢山の失敗を重ねてきただけのように見えますが、実際には、それらの年月は我々の内にへりくだりを養って来たのです。 終末にあたって我々に要求されている仕事(命令)は、肉的な働きや我々の力では達成不可能なのです。それは人の力や工夫によってなされるのではなく、主の霊によってのみ達成されるのです。我々がなすべきことは、主の霊にすべてを明け渡して、主に協力する方法を学ぶことです。

主がヤコブにされたと同じように、我々は自分の力に頼る傲慢を砕かれ、性質が変えられたのです。このように勝利したものには、黙示録2:17にあるように新しい名前があたえられます。

すべての雷や稲妻、地震、火山の噴火、ハリケーンの中で、主は主導権をとられます。これらは、今我々が生きている時代を照らしだす道標であり、今が予断を許さない重大なときであり、我々がいかに主イエスを必要としているかを知らせるものなのです。 (終わり)


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31 01月

色々ある        坂 柚実子     1月31日


色々ある

ハワイに住むようになって、毎朝のようにパパイヤを食べています。オレゴンから遊びに来た人と一緒にスーパーに買い物に行きましたが、食料はほとんど全部といっていいほど、オレゴンよりハワイのほうが高いです。ハワイのほうが安いものは、というとパパイヤとマンゴ、パイナップルくらいのものでした。
安いパパイヤですが、朝食に食べていると、やっぱりリッチな気分です。半分に切って中の黒い種を出すのですが、私は内心いつもその種の多さに驚嘆するのです。マンゴの種は大きいのが一つだけなのに、パパイヤの種はなんでこんなに沢山に神様はしたんだろう、と思うのです。マンゴとパパイヤの木は生育形態が全く違いますから、きっとパパイヤは沢山種を作っておかなければならない理由があるのだと思います。ちなみにパイナップルはどうやって育てるかご存知でしょうか。パイナップルの実の上の葉の部分を土に植えると新しいパイナップルの苗になるのですよ。

うちの庭には、ピンクの花のジンジャーが植わっています。その花が終わりかけると花の中から新しい葉っぱが出てきて、それが新しい苗になります。私はそうやって殖やすのが楽しくて、今は庭に沢山ジンジャーの子供たちが育っています。同じジンジャーでもホワイト・ジンジャーは全く花の形も違い、匂いも違います。私の亡くなった母は台湾で子供時代をすごしたからでしょうか、家の庭にレーシ(苦瓜)やホワイト・ジンジャーを植えていましたので、私にとっては懐かしい花です。甘い清らかな匂いがします。黄色のジンジャーも又、花の形も匂いも違います。

私は何が言いたいか、というと、なんでも色々あるんだな、ということなのです。神様の創造はなんと多種、多様、多彩であることでしょう。それと反対に、人間が作るものはどうしても画一的になってしまいます。教会のことを考えるとき、神様はいろいろあっていいんだよ、と言っておられると思うのです。

グラハム・クック師がかかわっていたイギリスの一つの教会は、建物の中では集会をしない教会だそうです。それは大道芸人が集まった教会で、彼らは都会や田舎に出かけていって、集まった人に大道芸を見せながら、福音を語るのです。観衆に自分を縛りあげてもらって、縄から抜け出しながら自分が罪に縛られていたときにイエスによって救われた証を笑わせながらしていく、というようなことをするそうです。彼らは共に集まり、賛美し、御言葉を学び、祈りあい支えあっているから教会なのです。

これはちょっと突飛な例だとは思いますが、教えられる事があるではありませんか。人間的な考えではなく、神様から示されたように教会を建て上げていくとき、きっと一つ一つ、雪の結晶のようにユニークで美しい教会ができるのではないでしょうか。他と比べることもなく、競争する必要もない、それぞれはキリストの身体の一部として大切な働きをしていくように作られるのです。

私たちはハワイに来て初めの一年間はハワイで一番大きな(1万2千人)ニュー・ホープという教会に通っていました。主任牧師のコーディロ師は日本でも良く知られた方で、それはすばらしい説教者です。私たちはそこで大変恵まれましたが、私たちが遣わされるところではないことがわかりました。そして導かれてニュー・ライフ・チャーチのメンバーになったのですが、そこは120人の教会です。この大小2つの教会はそれぞれに神さまからの特別な使命をいただいており、活き活きと活動しています。又、ニュー・ライフで今まで賛美リーダーをしていた人が、今回「家の教会」を始めるということで、みんなから祝福されて教会を出て行くことになりました。オダ牧師が心から「家の教会」のコンセプトに賛成しておられ、彼の新しい出発を喜んでいるのが彼の言葉からよく分かりました。(そして神様は新しい賛美リーダーも備えてくださいました。)

メガ・チャーチも小さな教会も、又、家の教会も神様は祝福されます。大切なことは、それが主の教会であって、主の導きを求め、主に従っていくということではないでしょうか。(終わり)



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