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12 3月

解放と福音   ケン・フィッシュ(Kingdom Fire Ministries)    2018年3月13日


解放と福音

 

ケン・フィッシュ(Kingdom Fire Ministries)  

 

以下は去る3月8日モーニングスター・ミニストリーにて行われた「預言的な見方 Prophetic Perspectives」という学びのプログラムのビデオから要約したメッセージです。

現代の教会では悪霊の追い出しということが、あまり行われていません。問題のある人をどこかに幽閉しておくというようなことも以前はありました。悪霊からの解放にオープンな教会であっても、実際にどうように対処すれはよいのかが分からないことが多いのです。追い出しに際しては、劇的な場面もあります。私は別に劇的なことを求めたことはありませんが、実際悪霊はいろいろな現れ方をし、憑かれた人はそれによって大声を出したり、あばれたりしますから、それを避けて上品に追い出しをすることはできない場合が多いのです。 私がこのようなミニストリーを始めたのは、新約聖書の中には癒しと共に多くの悪霊からの解放が書かれているのを発見したからです。私は2色のハイライターを用意して、すべての癒しと悪霊からの解放を色分けしました。それによってある箇所では両方が同時に起こっていることが分かりました。確かに悪霊の追い出しは特に新約聖書に多くありますが、旧約の中にもあります。従って旧約の時代には起こらなかったというのは間違った理解です。 この色分けの作業をした後、私は神に祈り始めました。「どうして現在の教会の中に癒し、解放があまり見られないのでしょうか?」 私はペンテコステ系の教会に通っていて、そこでは確かに聖霊の賜物の教義は教えていましたが、実際に劇的な癒しや解放は見たことがありませんでした。私にはそれが奇妙なことに思えました。 私は数ヶ月の間そのことを祈りました。するとある時、教会のある婦人が袋にはいった沢山のカセットテープを私に差し出し「ご興味があるかもしれないと思って持ってきました。」と言いました。それはジョン・ウインバー師のテープでしたが、それによって私は彼のミニストリーを知ることできたのです。その後私は11年ほど彼と一緒に働く機会が与えられ、自分でもそのようなミニストリーが出来るようになりました。ジョンから「悪霊追い出しのミニストリーをすると言うと、あまり教会から招かれませんよ。」と言われていたので、そのように宣伝したことはないのですが、いつの間にか多くの教会から解放のミニストリー をする要請を受けるようになり、何千という人のために解放の祈りをし、また教えをするようになりました。神はそのミニストリーに油を注いでくださり、今まで30年以上も続いています。

解放のミニストリーに対する私の考え方

悪霊は人々の中にいるべきではありません。クリスチャンの中にも、またノンクリスチャンの中にもいるべきではありません。ですからうむを云わせずに追い出さねばなりません。悪霊は反抗的であり、居座り、人々の生活に問題を起こします。しかし、イエスが来られたとき「天(神)の御国は近づいた。」と言われました。これが主の福音「よい知らせ」であることは皆さんよく知っておられますが、実は「福音・ゴスペル」という言葉はローマの軍隊用語であったのです。当時「福音の進軍」と云えば、新しい皇帝が反抗的な地域を服従させるために軍事行動をとることを意味しました。マルコ1:15でイエスは「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい。」と言われました。この言葉は当時の人には「わたしは王である。わたしは今からわたしの統治に服従しないものに対して戦いを挑み征服する。」と理解されたのです。従ってイエスが御国の福音のメッセージを伝えることは、悪霊の追い出しや心身の癒しが始まることを宣言されたことであったのです。それはとりも直さず神のサタンに対する「戦線布告」に他なりません。サタンは人間を堕落させるのに成功しましたが、今神が反撃を始められたーこれは戦いを意味しています。 人々は「イエスは柔和で優しい方、戦いなど好まれない」というように思い勝ちです。勿論私たちは人々に対しては優しく接しますが、悪霊に対してイエスは容赦せず「ここから出て行け!」と命令されました。悪霊どもは「まだ時ではありません!」と言って金切り声を上げました。それは彼らには「福音」の意味や神の権威がわかったからです。解放のミニストリーをしたいと思う人は、そのような戦闘的な激しさを持つことが必要です。そこにいるべきではないもの(悪霊)に対して退去するように命じ、妥協の余地は全くありません。神が指揮者であり、私たちは働き手です。私たちは御国を持ち運び、それに反抗する者をすべて立ち退かさねばならないのです。

悪霊からの解放と癒しとの関係

この二つは繋がっていますが、同じものではありません。悪霊はそれ自身が意志を持っていて人の中に入り、取り憑いた人の身体をつかって自分の願望を満たそうとします。癒しは身体やこころの病んだところを正常にもどすことです。 マタイ17:18に「そして、イエスがその子をおしかりになると、悪霊は彼から出て行き、その子はその時から直った。」とあるように、まず悪霊から解放しないと癒しが起こらないこともあります。

一つの興味ある例をお話しします。 オーストラリアで3年ほど前に経験したことです。私は福音派的な教会でメッセージをしたのですが、集会が終りかけたとき、牧師が一人の女性を連れてきて、「どうか祈ってください。精神病を患っています。」と言いました。彼女は3回にわたって入院していたのですが、一回は10年も入っていたそうで、もう25年もショック療法を含めて様々な治療を受けて来たということでした。

私はイエスに「一体彼女に何が起こっているのでしょうか?」と訊ねました。すると主は「母親の中絶について彼女に訊きなさい。」と言われたので「それは変な質問です。そんなことを訊くことは失礼だと思います。」と私は主に答えました。しかし主は「わたしは『母親の中絶のことを訊きなさい』と言ったではありませんか。」と繰り返されました。「主よ、それは全くこの場所にはふさわしい質問ではありません。できません。」と私は答えました。三度目に主は強い口調で「母親の中絶のことを訊きなさい!」と命じられました。私はとうとう「主よ、分かりました。」と言って、女性に「すみません。こんなことを本当は訊きたくないのですが、でも訊かねばならないような気がするのです。もしかしてあなたのお母さんは中絶をしたことがありますか?」と言いました。 彼女は非常に怯えて驚いたように「どうして知っているのですか?!それは極秘のはずです。知っているのは母親と中絶された姉と、私と私の娘の4人だけです。そしてみんな頭がおかしいのです!」と言いました。 私は聖霊の力により「ああ、分かりました。それが理由ですね。中絶されたお姉さんの血が地の中から叫んでいるのに、皆さんはそれを覆い隠そうとしていたのです。」と言って、彼女の額の真ん中に指を2本当て「イエスの御名によってあなたと家族が殺人の罪を隠していたことを赦します。」と宣言しました。

すると彼女は激しく震え床にうずくまり、口から泡を吹き始めました。悪霊が彼女の口を通して金切り声を上げ始め、それは90秒も続いたのです。その声は上のほうに上っていき途絶えました。その女性は床に倒れていましたが、15分ほどすると立ち上がり、「いなくなったわ。私の頭にずっといたものがいなくなった!いなくなった!」と叫びました。 彼女は3人の精神科医にかかっていたのですが、3日後には3人共がもう治療の必要はないと判断しました。彼女の場合は悪霊からの解放が、そのまま癒しとなりました。このように劇的な解放を私は数えきれないくらい経験してきました。

最後に、解放と癒しのミニストリーをしたいと願う人にまず知っていただきたいことは、パウロが1コリント12章でいう九つの聖霊の(預言的)賜物がすべて必要であることです。私の場合は30年の経験からこのミニストリーのためのモデル的な手引書を作りました。それに沿ってミニストリーを行えば80%のケースで成功することができますが、しかし後の20%は、どうしてもその都度主に直接預言的啓示をいただく必要があります。従ってこのミニストリーには聖霊とパートナーとなって進めることが絶対に不可欠であることを強調します。

次に重要なことはどんな場合でも「イエスは必ず勝利する」という確信を持つことです。どのように大きく邪悪な霊であったとしても、イエスの御名に勝てるものはありません。それをあなたがしっかりと信じることなしに悪霊と対決するならば、悪霊はそれを見破り、そこにつけこんできます。そのような確信と権威を持つためには学びと訓練が必要です。解放のミニストリーにより、今まで希望がなかった人々に希望を与え、癒しを与えることができるのです。終末の教会の最も重要な役割は、私たち教会が悪魔と悪霊に打ち勝つことです。このミニストリーが回復されていくことを私は心から願っています。(終り)


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