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Walk With God Ministries

28 3月

不安と恐れの根を取り去る      ビル・ヨント         2016年3月28日


不安と恐れの根を取り去る

 

ビル・ヨント

 

ピリピ1:28「かつ、何事についても、敵対する者どもにろうばいさせられないでいる様子を、聞かせてほしい。このことは、彼らには滅びのしるし、あなたがたには救いのしるしであって、それは神から来るのである。」(口語訳)

 

最近のことですが、私が話をするためにステージに上る直前、妻は私に恐れがあることを感じ取りました。そして私に身を寄せて「あなたの新しい名前は『自信』ですよ。」とささやきました。たちまち私の内で獅子が吼え、地獄に警報が鳴り響きました。私は立ち上がり、ユダの獅子がその集会を支配したのです。

 

私は我々信者の中に住んでいるユダの獅子の檻の戸を開ける鍵を見つけました。

「こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて(lay aside 横に置く)、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」(ヘブル12:1)

 

「捨ててlay aside (横に置いて)」というのは私たちの見方を変えるパワフルな命令です。何かを横に置く時、それはまだそこにあるのですが、あなたはそれに焦点を当てないのです。なぜならば次の節に「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」とあるからです。私が恐れ、ためらい、弱気に襲われたとき、それを横に置いて神が私を召してくださった業をすることを私は学びました。

サタンは主の業をする私たちの自信を盗むことにをやっきになっております。しかし私たちは一人ではありません。主は私たちの不安や恐れを露にして、その基の根を取り扱おうとしておられるのです。ですから恐れないで仕事を続けてください。不安や恐れを感じたときは、それを「横に置いて」立ち上がりユダの獅子が吼えるようにしてください。神は真実なお方です。

「あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。」(第一テサロニケ5:24)

 

私は最近ある親しい姉妹からメールをもらいました。彼女は礼拝のピアノを弾く方なのですが、ある特別な式のため完全に弾けるかどうという不安と戦っていました。主が私に「あなたの恐れを横に置きなさい。イエスがピアノを弾いてくださいます。」という彼女への言葉をくださったことを感じ、彼女にメールしました。何時間か経ってから次にようなメールを彼女から受け取りました。

 

「主を賛美します!練習をしたところですが、本当にイエス様がピアノを弾いてくださいました!主が弾いて下さっているのだから私が邪魔をしないように、と自分にずっと言い聞かせました。友人のラケルが『準備はできましたか?』と聞いたのですが、その時、私は『はい!』と答えました。それはいつもの私とは違っていました。ハレルヤ!」

 

恐れの根源

 

私たちの不安や恐れの殆どは、深い根が表面的に表れている症候です。主は私たちの弱さを取り扱って私たちを強くしてくださいます。私の人生はほとんど不安と恐れとの戦いでした。それは私が頭を非常に強く道路にぶつけて、私の額の骨が大きくなって突起してきた瞬間から始まりました。その自転車事故は私が5歳の時に起りました。それ以来私の少年時代は手術や通院で多くが時間が費やされ、そのトラウマによって巨大な恐れへの扉が開かれたのでした。その扉は最近になるまで閉じられることはありませんでした。

 

最近私はペンシルバニア州ゲティスバーグでのカンファレンスで話をしました。行く前にホテルの値段を調べるととても高く、私は心配で安眠できないでいました。私は手頃な値段のホテルを捜し続け、そして見つけました。それは古戦場の近くにある「セメタリー(墓地)・イン」でした。カンファレンスが終って帰宅すると、妻が「〜という人が随分前にあなたに売ってもいいと言った二つの墓地のことで話がしたいから電話して欲しいと言ってきた」と言うのです。私は考え込みました。

私が墓地という名のホテルから帰ってきたら、誰かが二つの墓地を半分の値段で売っても言いと言ってきたのです。半値だというのも私は気になりました。私は「主よ、このタイミングがどうも嫌です。あなたのために週末ずっとミニストリーをして帰ってきたところなのですが一体どういうことでしょうか?」と訊ねました。2日後、私は墓地で売買の契約書にサインをするために兄弟と会うことになっていました。そこに着いてからずっとオフィスで彼を待っているのに疲れたので、外に出ました。

外に出てみると見渡す限り墓標がありました。うす気味悪さに私は襲われましたが、その時、主が語られました。「息子よ、これがあなたが今までずっと持っていた恐れの根です。あなたが医者に行く度、そして検査の結果を聞く度に恐れがありました。あなたは死ぬのを恐れているのです。あなたは5歳の時道路に頭を打ち付けた瞬間からずっとその恐れ戦ってきました。あなたが7歳の時、脳腫瘍になり、あなたは再び死に悩まされました。そして14年前に心臓の動脈に凝血ができ生存率50%と言われたときに、その恐れはまたあなたを襲いました。3日後にカテーテルを入れた時にあなたの心臓は手術台の上で止まり、電気ショックでまた動き始めました。・・・これで、わたしがあなたを決して死なせなかったことがわかりましたか? 今も、地獄、死、墓の鍵を持っているのはわたしであることを。」

主は続けて言われました。「あなたは聖書に『肉体を離れるのは、わたしと共にいることである(第二コリント5:8参照)』と言っているのをどう思いますか?天国には痛みも医者もサタンもいないのです。わたしの言いようもない臨在の中に永遠にいつまでも生きるのですよ。あなたはこのことをどう思いますか?」

一瞬私は言葉を失いました。主の言われる通りでした。私はその時に、それ以降いろいろな恐れに私が支配されるようになった最悪の恐れに面とむかったのです。私はそれを永遠と較べることに失敗してきたのです。その日、私は墓地で平安を見出しました。私が墓標を離れるとき、主がまた語ってくださいました。「ところで、息子よ、イエスを墓からよみがえらせた力と同じ力があなたの中に生きているのです。さあ、生きなさい。生きなさい。生きることを恐れてはいけません。人生のすべての一時一時を十分に楽しみなさい。」

 

あなたが恐れていることは何ですか? 愛する者を失うことですか? 仕事や自分の評判を失うことですか?もしかしてあなたは死ぬことを、あるいは生きることを恐れているかもしれません。今日あなたの恐れをイエスのところに引きずって行ってください。主の平安につつまれ、主の全き愛ですべての恐れが締め出されるようにしてください。あなたは長い時間がかかっても何が何でもこの問題を解決したいのだと、主に話してください。

 

神は私にクレージー

 

最近私がワーシップをしている時、主がささやかれるのを聞きました。「ビル、わたしはあなたに夢中です。わたしは本当にあなたに夢中なのです。」私は「えっ?どうしてあなたが私に夢中なのですか?わたしはあなたの栄光からはほど遠い者です。」と答えました。主は「わかっている。でもあなたはわたしを信頼していますね。あなたが出来ないことをわたしがすると信頼していますね。それがわたしを喜ばせるのです。それでわたしはあなたに夢中なのです。」と言われました。

あなたはいかがですか? あなたは主を喜ばせることができると知っていますか? 今日、主を信頼すれば主のクレイジーなあなたへの愛とすべての考えにまさる神の平安をあなたは経験するでしょう。主は、私たちが主を理解しようとするよりも主を信頼した方が喜ばれるのです。(終り)


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