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16 11月

現代のシメオン—レオナルド・レイヴェンヒル          リック・ジョイナー  2015年11月16日


現代のシメオン—レオナルド・レイヴェンヒル

            (偉大なクリスチャンのシリーズより)

 

リック・ジョイナー

 

レオナルド・レイヴェンヒルは英国ヨークシャーのリードという町で1907年6月18日に生まれました。彼は第二次世界大戦中に力強い伝道者として現れました。当時世界は深い闇に覆われていましたが、 彼の集会には大勢が集り多くの者がキリストに導かれたのでした。

レイヴェンヒルの集会で回心した者たちの多くに共通している最も顕著で、そして恐らく一番重要な特徴は、多くの者がその後教会のミニストリーやミッションの働きに就いたことでした。このすばらしい特徴をレイヴェンヒルのミニストリーは最後まで持ち続けました。大勢の人が集まる集会でも、また小さな祈祷会でも、彼の説教を聞いた者たちは、ただキリストを信じるだけではなく、キリストに仕えるようにと強く迫られたのです。

レイヴェンヒルの著書はまたたく間に高い評価を受け、彼はその時代の力ある預言的な声の一つとなりました。 一番のベストセラーである「Why Revival Tarries(リバイバルが遅れる理由)」は、真摯なクリスチャンにとっての必読書となり、今でもなお20世紀で最も影響力のある本の一つに数えられています。

レイヴェンヒルは19 50年にアメリカに移り、60年代までずっとアメリカを巡って天幕伝道を行ないました。彼の妥協のない十字架のメッセージと聖さのうちに歩む情熱は、それ以後起ってきた多くのムーブメントの強固な土台となりました。彼が与えた影響は非常に大きかったのです。彼と彼のよい友人であるA.W.トーザーが互いに影響を与え合ったことは明白であり、二人は共に彼らや私たちの時代に対する重要なメッセ—ジを運ぶ器となったのです。

レイヴェンヒルは1980年代にテキサスのリンデイルに移りました。彼の大きな影響力はそこでも衰えず、多くのクリスチャン・リーダーたちを指導しました。その中にはキース•グリーン、ラビ・ザカリアス、スティーブ・ヒル、マイケル・プラウン、チャールス•スタンレイ、ビル・ゴットハード、デイビッド・ウィルカーソン等がいました。

 

私はレオナルド・レイヴェンヒルに1987年の末に会いました。私がテキサスのパレスタインでのカンファレンスで話している最中に、彼が数人の人と一緒に会場に入ってきたのです。その時の会衆の反応から彼が重要人物であることが分かりましたが、それよりも私が彼に注目した理由は、主の声が、今入ってきたのはどのような人であるか、を私に告げられたからです。主は「彼は現代のシメオンです。彼は今の時代に神の慰めが与えられるのを長い間待ち望み祈ってきました。そして彼は終末のミニストリーの揺籃期を見、預言をするという栄誉を与えられました。」と言われたのです。

私は集会を終えて彼のそばに行きました。まだ彼の名前も知りませんでしたが、彼が入ってきた時に主が告げられたことを話しました。私たちは友達になり、その後彼からもらった沢山の手紙は私の宝物となりました。彼の家にはいつも彼の知恵を聞くために名のあるクリスチャンたちが集まっていましたが、私も彼のそばに座って話を聞くのが大変楽しみであり、喜びでした。

 

私はレイヴェンヒルをマイク・ビクルとボブ・ジョ—ンズに紹介しました。すると彼らはすぐにレイヴェンヒルをカンサスシティーにスピーカーとして招きました。彼が大勢の会衆の前で話すのを聞くのは私にとってその時が初めてだったのですが、非常に多くの人が椅子に座っていることができず、床の上で顔を伏せて悔い改めたのには驚きました。彼はそこにいたすべての者からすぐに霊的父親として受け入れられました。

 

マイク・ビクルがレオナルド・レイヴェンヒルをジョン・ウィンバーに紹介したいと言ったとき、私はそれが良い事がどうか疑問に思いました。といのは、この二人は非常に異なっていたからです。ところが二人は最初の出会いから急速に強い絆で結ばれ、それには私も驚かされたのでした。ジョンがレオナルドにアナハイムのヴィンヤード教会に来て話してくれと頼んだ時には、もっと驚きました。次にジョンは、レオナルドを「聖さのカンファレンス」という特別集会のスピーカーとして招くことに決めました。私はそのカンファレンスで何か起るのかをこの目で絶対見なければならないと思いました。

その集会でレオナルドが話すか話さないうちに、またもや人々が床にすべり落ちて顔を伏せ主を拝し始めました。すぐに椅子に座っている人よりも床に伏せている人の方が多くなり、悔い改めのうめき声がレオナルドのか細い声をかき消すほどになりました。彼はすばらしい説教者ですが、このような反応を人々に起こさせたのは彼の言葉ではなく、聖霊が人々に罪を示されたからでした。人々は古いくびきから解放され、主への愛と情熱、そして主の十字架が彼らを訪れたのです。

 私はその時、「恵み」(ヴィンヤード・ムーブメント)と「まこと」(聖さのムーブメント)が完全に一つになるのを見ているように感じました。この二つはお互いを本当に必要としていたのです。そして二つは出会い、接吻をしたのです。それは終末のミニストリーがどのようなものになるのかを示す重要なしるしでした。

 

レオナルド・レイヴェンヒルは1994年11月7日に亡くなりました。私は死ぬまで主に仕えた多くの人々に出会うことができましたが、その中でもまず最初に頭に浮かぶのが彼のことです。彼が著書の中やメッセージの中で語った幾つかの言葉をここに挙げてみたいと思います。

 

レオナルド・レイヴェンヒルの知恵の言葉

 

私たちにリバイバルが訪れない唯一の理由は、私たちがリバイバルなしでもかまわないと思っているからです!

今の教会は、責任をのがれて携挙されることを望んでいます。

もし祈りが弱ければ、私たちはすべてにおいて弱いのです。

人はアドバイスを与えるが、神は導きを与える。

 

あなたが生きる目的にしているものは、キリストが死ぬに値するものですか?

罪を犯している人は祈るのをやめる。祈る人は罪を犯すのをやめる。

私たちは何年もかかって山のように膨大な紙と川のように大量のインクを使って、歴史上の大きなリバイバルに関する証しをでかでかと書きまくったにもかかわらず、いまだに世界中の国でひどい腐敗があり、教会ではペンテコステ以来最も祈りが少なくなっている現実に対して、どうか神が私たちを憐れんでくださいますように。

かつて教会は滅び行く人々を助ける救助艇であったが、今は有望な人たちを招き入れる遊覧船である。

願望は、悪魔の「手配中極悪人リスト」にのることである。

今の牧師たちがしているメッセージと同じメッセージをイエスが語ったならば、イエスは決して十字架にはかけられなかったであろう。

人生最大のチャンスはチャンスがあるうちに捕まえなければならない。

私の人生の主たる娯楽はサタンが提供する喜びの代用品である。

(終り)


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