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24 11月

ダン・ポッター師と超弦理論                  坂  達 也 2013年11月17日


ダン・ポッター師と超弦理論

 

                  坂  達 也

 

この二週間に渡って、私はDon Potter 師のメッセージをお伝えして来ました。ポッター師は、礼拝音楽の専門家として、主に音楽、特に音の振動数(周波数)とかチューニングについてお話しされましたが、常日頃主の御声を聞きたいと願っている私にとって一番心に響いた、と言うより気になったのは、彼が引用したロマ書10:17-18の御言葉でした。

彼が引用したのは英語の詳訳聖書 Amplified Bible でしたが、それによりますと(私の拙い日本語訳ですが)「17信仰は〔語られたことを〕聞くことから始まり、聞くことは〔救世主ご自身である〕キリストご自身の唇から発して語られた説教のメッセージを聞くことです。18でも、こう尋ねましょう。『はたして彼らは聞こえなかったのでしょうか。』確かに、聞こえたのです。〔聖書-詩篇19:4では〕『その声は〔自然物すべてのものが共鳴して聞ける神のメッセージとして〕地球の全地に響き渡り、世界の果てまで届いたのです。』」となっています。

 

私はこの英語のAmplified Bible(詳訳聖書)を読んで、その思い切って意訳している部分はすばらしいと思いました。しかし、一つ気が付いたことがあります。

それは18節ですが、Amplified Bibleでは「その声は〔 自然物すべてのものが共鳴して聞ける神のメッセージとして〕地球の全地に響き渡り、世界の果てまで届いたのです。」 と訳しています。この部分が詩篇19:4から引用されていることは、他の聖書もみな同じで定説になっていますから問題はないとして、私がオヤと思ったのは〔括弧〕の部分です。それには〔 自然物すべてのものが共鳴して聞ける神のメッセージ〕と書かれており、この解釈はどこから来たのかに私は疑問を持ったのです。そこで詩篇19:1-4を調べてみて分ったのですが、新改訳では、詩篇19:1-4は「1 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。2 昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。3 話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。4 しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。・・・」と訳されておりますが、ここでの3節「話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない」の意味が少々理解に苦しむような文章であることに気が付きました。特に「その声も聞かれない」とあることが奇異です。そこで英語の注釈書を色々調べてみた結果、私なりの結論としては、4節最初の「その呼び声」とは、創造者キリストが語られた声には違いないとしても、その「声」は人間の耳には聞こえない声であり、又人間の話す言語とか説教の話し言葉ではないとしか解釈出来ません。

そうであるとすれば、一体キリストは何を語られたのか―それはもしかして、宇宙全体のすべての被造物が理解出来る「声」すなわち、被造物が造られている物質を構成する最も小さくて、これ以上分割できない素粒子とか量子と呼ばれる素材のレベルで聞こえ、且つメッセージとして理解出来る「サウンド」-音の波、振動、音響-ではなかったかと言うことに気が付いたのです。

そして、キリストの御声のサウンドが語った内容は、創造者ご自身が、創造の主旨を被造物全部に説明されたのではないかと思うのです。その説明には当然ながら最初に造られた人間が、悪魔に唆されて罪を犯すこと、それによって全被造物が巻き添えになること(ロマ書8:20-22)、しかし創造主自らが人間として生まれ、十字架の死を通った後によみがえり、信仰を持つ人間を救うこと、そして全被造物もその救いに与ることを説明されたと思うのです。つまり創造者のキリストご自身が「キリストについて」の福音をすべての被造物に語られたと解釈出来ると思います。

さてそこで、これから私がなぜそのことに気が付いたかをご説明したいと思います。

 

すべての被造物は音として振動している

 

物理学では宇宙のすべての物質を構成するそれ以上分割出来ない最小の素材を「素粒子」とか「量子」と呼んでおります。その量子論の最先端を行く理論に「超弦理論」とか「超ひも理論」と言われるものがあることを皆さんも御存知かと思いますが、私は前から、分らないままにその理論に非常に興味を持っておりました。

この理論によれば、宇宙にあるすべての物質を構成する最小基本物質は、僅か10の-35乗メートル と言う小さな「振動しているエネルギーの糸(ひも、あるいは弦)」であると言うのです。それは輪になったループ状のものと開いた一本の短いひも状のものと二種類あり、この二種類のひもが振動して、ちょうどバイオリンの弦のように、振動数の異なるあらゆる波を出し、それが今まで固体物質と思われて来た素粒子の本質の一つであると言うのです。従って数百種類ある素粒子が一本の振動する「ひも」とか「弦」に例えて説明出来ると言う訳です。しかも超弦理論は、この宇宙は10次元世界まであると言い、「霊の領域」と言う高次元空間の存在を物理学的に示峻しています。

 

と言うことは、宇宙はこの弦のようなひもが振動して奏でる異なる波長で出来ている「音の一大シンフォニー」であるとして捉えられると言うのですから、これは聖書のコンセプトに非常に近いと言えないでしょうか。

すなわち、天とこの地上にあるあらゆる物質は、最初にイエス・キリストが創造されただけでなく、今もすべて振動して生きている、そしてそのエネルギーをイエス・キリストが永遠に補給しておられる、と考えられるのです。ですからすべての物は素粒子・量子レベルで意思を持ち、聖霊により神とのコミュニケーションを受けていると考えられるのです。

 

私はこれが「創造者の神がすべての被造物をどのようにして造られたのか」と言う創造の根本原理に触れていることに前から非常に興味を覚えて来ました。聖書は神イエス・キリストがすべてのものの創造者であることを多くの箇所で示していますが、特にキリストが具体的にすべての創造を「言葉で言い表す」ことによって造ったことは、上記のロマ書10:17,18以外にも下記の聖句に書かれています。

 

ヘブル 11:3 「信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉によって創造され、従って見えるものは、目に見えているものからできたのではないことが分かるのです。」【新共同訳】(ヨハネ1:1-4も御参照下さい。)

又、ヘブル書 1:3には、 御子(キリスト)は「その力あるみことばによって万物を保っておられます。・・・・」と書かれており、へブル 4:12では「神のことばは生きていて、力があり・・・」とも言われております。

そして「わたしたちは見えるもの(物質世界)ではなく、見えないもの(霊の世界)に目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」(二コリント 4:18新共同訳)と書かれていることにも大いに興味がそそられます。

 

これで分ることは、もし超弦理論が正しいとすれば、三次元の世界で「見えるもの」は、目に見える単なる物質・固体・粒子で出来ているのではなく、波の性質を合わせ持つ振動するひも状の振動物(それはほとんど見えない10-35乗メートルしかない)と言うのですからそれを「目に見えないものからできている」と言って正しいと思います。

 

参考までに私の調べたことを御報告しますと、量子論では、すべての素材が粒子であると同時に「振動する波」の性質を持つことが実験で分ったそうです。しかも代表的な素粒子である電子の場合、その電子を観測しようと実験すると、現われる電子の波は消えてしまうと言うのです。まるで電子には心があり、観測されていることが感知できるかのようです。電子は非常に奇妙な性質があり、究極的には「誰かが見ていない時にしか現れない電子の波は、私たちにとっては存在しないのと同じ」とさえ説明されております。その量子論の研究が進み、今まで「真空」と考えられていた空間が、実は完全に何もない真空ではなく、無数の粒子や反粒子が突然生まれたり、消えたりして「ゆらいでいる」あるいは、波として存在するが「粒子としては実質、見るまでは存在しない」と言う不確定な状態であることが判明したと言うのですから「この奇妙な性質」の発見こそ大変な物理学的成果であるのではないでしょうか。

 

以上をまとめてみますと、天とこの地上にあるあらゆる物質は、すべて振動していて生きている、そのエネルギーをイエス・キリストが永遠に補給しておられると考えられ、すべての物は意思を持ち、聖霊により神とのコミュニケーションを受けていると言えそうです。そのことが次の聖句からよく窺えると思います。

 

イザヤ 55:12 「まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。」

 

歴代上16:31-35「 天よ、喜び祝え、地よ、喜び躍れ。国々にふれて言え、主こそ王と。32 海とそこに満ちるものよ、とどろけ/野とそこにあるすべてのものよ、喜び勇め 33 森の木々よ、喜び歌え/主を迎えて。主は地を裁くために来られる。34 恵み深い主に感謝せよ/慈しみはとこしえに。35 祈って言え。わたしたちの救いの神よ、わたしたちを救い/諸国の中からわたしたちを集め/救い出してください。聖なる御名に感謝をささげ/あなたを賛美し、ほめたたえさせてください。36 イスラエルの神、主をたたえよ/世々とこしえに。民は皆、アーメンと答えよ。主を賛美せよ。」【新共同訳】

 

しかし残念なことに、この超絃理論は30年も前から提唱されて来ていますが、それを証明する実験的証拠を得る手段が今のところないので、あくまで仮説の域を出ていないようです。あまりにも微の微の世界であるからでしょうか。しかし私はダン・ポッター師の話を聞いて、「超弦理論」こそが神の創造の基本を解明する可能性を充分持つものであることに改めて眼が開かれました。従って、この理論が科学的に正しいと証明出来るように神が科学者を導かれることをこの際心から期待し、お祈りしたいのです。そして、その時が刻々と迫って来ていると信じます。

 

440と432のチューニングと超弦理論

 

正直なところ、私には音楽におけるチューニングが技術的にどう言うことなのかを本当には理解出来ておりません。しかし、交響楽団の演奏を聴きに行くと、演奏が始まる前に必ず全員がコンサートマスターの出す音に合わせて、それぞれの楽器をチューニングするのを見慣れていますから、交響曲の演奏等では特に楽器のチューニングすることがいかに大切であるかはよく分ります。

それで気がつくのは、もし量子のレベルですべての素粒子が超弦理論で言うように弦のようであると言うなら、創造者の神とは実に音楽を好む、美しい音を聞くことが大好きな方であると言うことです。特に私たち神を愛する者が、いつも心から神を感謝し声を上げて賛美するのを聴くことを、創造者は何よりも楽しみにしておられるのではないでしょうか。

本来、宇宙に存在する被造物全体が、人間を中心に心を一つにして美しい音色のすばらしい交響曲を奏でる目的のために造られたのではないかと言うことに、今回改めて気が付かされました。それは神学とか理屈ではありません。神が真に愛の創造者の神であり、被造物をこよなく愛して下さる、一方被造物もお互いに愛し合い、労わり合って、すべてに命を与えて下さる神を常に喜び感謝し、褒めたたえる、そしてそのすべてのものが一致して奏でるハーモニーこそが至高の永遠のいのちであると言う気がします。

 

賛美を何よりも好むダビデが心から次ぎのように歌っていることからも、そのことがよく分ります。

 詩篇 148

   1 ハレルヤ。天において主をほめたたえよ。いと高き所で主をほめたたえよ。

   2 主をほめたたえよ。すべての御使いよ。主をほめたたえよ。主の万軍よ。

   3 主をほめたたえよ。日よ。月よ。主をほめたたえよ。すべての輝く星よ。

   4 主をほめたたえよ。天の天よ。天の上にある水よ。

   5 彼らに主の名をほめたたえさせよ。主が命じて、彼らが造られた。

   6 主は彼らを、世々限りなく立てられた。主は過ぎ去ることのない定めを置かれた。

   7 地において主をほめたたえよ。海の巨獣よ。すべての淵よ。

   8 火よ。雹よ。雪よ。煙よ。みことばを行うあらしよ。

   9 山々よ。すべての丘よ。実のなる木よ。すべての杉よ。

   10 獣よ。すべての家畜よ。はうものよ。翼のある鳥よ。

   11 地の王たちよ。すべての国民よ。君主たちよ。地のすべてのさばきづかさよ。

   12 若い男よ。若い女よ。年老いた者と幼い者よ。

   13 彼らに主の名をほめたたえさせよ。主の御名だけがあがめられ、その威光は地と天の

   上にあるからだ。

   14 主は、その民の角を上げられた。主のすべての聖徒たち、主の近くにいる民、イスラ  

   エルの子らの賛美を。ハレルヤ。

 

もし創造者の神が音楽家であり、被造物が彼の造る音楽を演奏する楽器であり、同時に演奏者とか歌手であるとすれば、当然ながら楽器のチューニングとか音の調律が最も大事なことの一つであることは当たり前のことではないでしょうか。

神の創造したもの―太陽を含む大自然のすべての被造物の振動音の基調がA-432であるそうですが、そうであるとすれば、それを知っている悪魔は何としてでも人間の弾く音楽のチューニングを狂わそうと努力することは当然考えられます。432が神の音律で440が悪魔が考え出したものとすれば、その差は僅か8ヘルツですが、音調を壊すのはそれで充分のようです。それに気が付かないのは人間だけで、自然の被造物は水も含め皆432と440の差をよく知っていて嘆いているのかもしれません。

又、人間の耳には聞こえないにしても霊的には感じられる「霊の領域の振動数」が二万ヘルツ以上であるなら、その霊的振動を人間に聞かせないようにするのも悪魔の仕業であることはよく理解出来ます。

 

それでは最後に、ロマ書8章全体、特に19‐23節に書かれている「被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。・・・被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。・・・」と言うパウロの訴えが、今回特に私の心に響いて来ましたことをお伝えして、このメッセージを終わらせていただきます。(終り)


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