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Walk With God Ministries

14 3月

シンシア先生のハワイ訪問   坂 柚実子  3月14日


シンシア先生のハワイ訪問

シンシア・ケニヨン先生は、オレゴンの教会の日本人女性のための英会話教室で、もう10年間も教えていてくださっている先生ですが、今回ハワイに遊びにこられました。まず、オアフ島の横にあるモロカイ島で一週間のシニア・シチズンのための教育プログラムに参加されたあと、我が家に3泊してくださいました。彼女は私より一つ若いだけですが、エネルギー一杯で、主人と私は、今風にいえば「元気を貰った」というのでしょうか、大変楽しい時間をすごすことができました。



シンシア先生は、4年前にご主人様を亡くされましたが、その悲しみからやっと立ち直られた様子でした。モロカイ島では、毎日エクスパートからハワイの文化について講義を受けた由で、すでに2年半ここに住んでいる私たちよりずっとハワイについて博識でした。これは50歳以上の人が参加できるもので、いろいろなプログラムがアメリカ中にあるようです。ただの遊びではなく教育的なものなので、美術館の館長や教師をしているような人とかの参加が多いそうです。楽しそうですね。

さて、オアフ島での私たちとの3日間は、まずノース・ショアまでドライブして、サーフィンやカイト・サーフィンを見物し、夕食は
カフクのガーリック・シュリンプの一皿。次の日は日曜日だったので、一緒に教会へ。ランチは日本語教会のみんなとヤムチャ、そのあとワイキキ・ビーチへ。ワイキキで一番古いピンク色のロイヤル・ハワイアンの海に面したバーでハワイアンとフラダンスを見物。夕食はマリオットホテルの屋上でこれもハワイアンを聞きながら。月曜は真珠湾のアリゾナ・メモリアルとハナウマ・ベイでスノーケリング。

という具合に目一杯一緒にオアフ島を楽しむことができました。彼女はどこへ行っても、何をするにしても興味津々で、私たちだけならば、しないことをどんどんと実行されるので、彼女の人生はアドベンチャーが一杯です。

ロイアル・ハワイアンに行ったときのことですが、空いているテーブルがなかったので、主人と私はあきらめて出口に向かっていたのですが、彼女は老夫婦が座っているテーブルに行って、「一緒に座ってもいいでしょうか?」と聞いたのです。アメリカでもそんなことは普通しないので、老夫婦も一瞬、ぎょっとした様子だったそうですが、「勿論、どうぞ。」とか言ってくれたらしいです。彼女はそこで私たちを手ぶりで呼んでみんなで彼らと一緒に座ったのです。

シンシア先生はとにかく明るく、誰とでもすぐ友達になります。その老夫婦はカナダからハワイに2週間遊びに来た人で、笑いながら「この旅行はスキーの一環です。」というのです。スキーとは「SKI、Spending Kid’s Inheritance子供への遺産を使い果たす」ということだそうで、私たちには耳新しい言葉でした。アメリカ版、いやカナダ版「子孫に美田を残さず」というところでしょうか。しばらくの歓談のあと、老夫婦は丁寧に挨拶をして去っていかれました。そこはハワイアンの歌と踊りを見物する特等席でもあったので心ゆくまで楽しむことができました。

するとシンシア先生が「あのフラダンスをしている女性は78歳に見えるか?」と聞くのです。とても美人の女性で、せいぜい私には50歳くらいにしか見えません。先生がそう聞いたわけというのは、彼女がモロカイ島で出会ったある男の人が、自分の母親は78歳だけれど、今もワイキキのホテルで歌ったり踊ったりしている、と言っていたから、この女性がそうかもしれない、聞いてみる、というのです。彼女は本当に歌の合間を見てフラダンサーに近づき、「Do you have a son in Molokai? モロカイ島に息子さんがおられますか?」と聞きました。横で歌を歌っていた男性がそれを聞いて笑いながら、「彼女はモロカイ島に息子がいるかって!」と大騒ぎをしはじめました。その女性も笑いながら、もう一人の歌い手を指して「私の息子はこの子だけです。夫が知っているのはね。」などと冗談を言うのでみんなも大笑いになりました。それは夫婦と息子の三人のチームだったのです。夫婦喧嘩にならなくてよかった、、、、。 そのあとの歌は勿論モロカイ島の歌でしたよ。

シンシア先生は「ゆみこと一緒に礼拝できて嬉しかった。もしまた結婚したらハネムーンにくるからね。」と言ってオレゴンへと帰って行かれました。(終わり)


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