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Walk With God Ministries

27 12月

備えなさい!  リック・ジョイナー   2007年12月27日


備えなさい!

リック・ジョイナー

Y2K(2000年問題)を覚えておられますか? ほとんどの人は忘れてしまいたいと思っているでしょうし、それも無理からぬことです。多くのクリスチャンや預言者の友人たちは、世界の終わりかと思われるような事態が発生すると予測しましたが、実際は何事も起こりませんでした。他の人たちが予測したような災難は起こらないと言っていたのは、しばらくの間は私だけでした。

非常に興味のあることには、私が何か間違ったことをしたときよりもY2Kに関して正しかったときのほうが、私に対する批判は激しかったのです。私がその時に他のことも言ったのですが、そのことに関しても私は正しかったのです。それは、Y2Kのための備えはY2Kのためには必要ではないけれども、これからやってくる災難のためにそれらの物資を蓄えて置きなさい、と私が言ったことです。

鳥インフルエンザのことを覚えていますか? 多くの人はそれはもう去ってしまったことだと思っています。しかし、実はその反対なのです。予測されたとおりに、鳥インフルエンザは世界的疫病として今も容赦なく進行しています。各国の政府は、あまり早く警告を発しないようにと慎重な態度をとっています。というのは、何かに対する警告を出してもそれがすぐには起こらないと、人々はだれてしまうのです。ですから政府は警告を発するタイミングを見計らっているのであり、それは確かに正しい判断です。しかしながら、警告が発せられるときには、すべてのことを準備をするには遅すぎるかも知れません。

霊的権威を勝ち取ったすべての場所でこの疫病を止める霊的権威をクリスチャンが持っているのは確かに本当です。しかしながら、私たちがどれだけ王なる主に服従し、主につながっているかという度合いによって、私たちの真の霊的権威は決まります。そしてその点において十分だというクリスチャンはあまりいません。世界の科学者たちは、今度の鳥インフルエンザは黙示録に書かれている人類の三分の一がそれによって滅びる疫病のようであると言っています。もしこの疫病が聖書に書かれているものならば、私たちがそれを止めることは不可能ですが、自分や自分の子供たちをその死から守ることはできます。もし神の民が曲がったことを捨て主に立ち返るならば、この疫病が自分たちの家の近くに来るのを阻止することができますし、神を信じない近所の人たちをも多分守ることができるかもしれません。それによって彼らは死から救われるとともに、魂の救いも得ることになるでしょう。

急げ、そして待て!

事に備えての実際的な準備がありますが、まず最初にどうしてこんなにも一見矛盾したことが多く起こっているのかを考えて見たいと思います。
ブートキャンプや歩兵訓練の中で、ある命令を受けたあとすぐにそれとは正反対の矛盾する命令を出されるということがよくあります。それは命令を受けたときは何も質問をしないで言われたとおりに従うことを、私たちが学ぶためです。というのは、自分の命だけでなく同じ隊にいる人々の命は、自分が命令に瞬時に従うかどうかに左右されることが往々にしてあるからです。状況が危機的であればあるほど、リーダーがその命令の説明をする時間はほとんどありません。私
たちはこれと同じ訓練を受けているのであって、それはいのちを救うためなのです。

アメリカ南部が巨大な嵐によって叩きのめされたあと、私たちは次の嵐のための備えをしました。すると旱魃がきました。嵐のために準備したもので旱魃のために使えるものは多くはありませんでしたが、いくらかは役に立ちました。ですから、ハリケーンや旱魃の救援の時に私たちが学んだことを無視するのは間違いでしょう。

同じように、西海岸の山火事や土砂崩れから私たちが学べることは、すべて学ばねばなりません。土砂崩れは山火事とは反対の問題のように見えますが、実はそれは山火事の結果なのです。木は地面に根をはって、雨が降っても地面が崩れないようにしているのですが、山火事によってその木が燃やされてしまい、土砂崩れの恐れがでてきます。ですから、この二つの災害は関係があるのです。

最大の収穫?

これからの最大の宣教活動の一つは、災害救助でしょう。ハリケーン・カテリーナの大災害が起こったときの教会の援助態勢はすばらしいものでした。政府や報道機関はすべて、このときの教会の対応や援助が非常に円滑に行われたことを報道しました。私たちは政府よりうまくやれるのです。私たちは暗闇の中の光となるためにこの地上にいるのです。神を愛することが第一ですが、その次には隣人を愛することがクリスチャンの主な仕事内容なのです。災害にあって苦しんでいる隣人を助けることは、その愛を示すべき機会の最たるものです。

私たちは聖霊に満たされていると言いますが、その聖霊は助け主です。助け手としての仕事は、教会の芝生を刈ったり食事会のあとでお皿を洗ったりするだけではなく、溺れている人が「助けて!」と叫んでいるときに駆けつけるということです。このミニストリーは基本的なものであり、すべてのクリスチャンが召されているミニストリーです。私たちの内に聖霊という助け主をいただいている理由の一つはそれなのです。

最近私たちは災害に対処するための訓練のクラスを開きました。訓練の一つは、災害が起こったときに、どのように避難所を設置するかというもので、必需品(食料、医薬品、排泄物の処理施設、ベッド)をどのように調達するかという学びも組み込まれていました。学びのあと、クラスの人たちはいくつかのチームに分けられ、それぞれが避難所を計画、設置しました。これはチームの団結に役立ち、とても楽しい作業でした。次にいろいろな特殊な状況が設定され、それぞれのチームに課題として与えられました。チームはそれにどのように対応するかを決定せねばなりませんでしたが、それは大変難しいことでした。

課題を与えられたら、すばやく対処の方法を考え出さねばならないのです。例えば、長い刃物を持った男が入ってきた、麻薬を売りに来た者がいる、性的犯罪者が入ってきた、停電になった、トイレがあふれた、英語の分からない家族が来た、盲導犬を亡くした盲人が来た、耳の不自由な人が来た、というような課題でした。そして最後にもっと大変な課題が与えられました!それは、鳥インフルエンザが避難所の中で発生したらどうするか、というものでした!

大切なことは、すべての人が頭を使い、すばやく応答し、良いアイディアを考え、いろいろな問題に面し

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