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Walk With God Ministries


26 09月

私を変えた3つの御ことば(その1) ジャック・ディア 2020年9月27日


私を変えた3つの御ことば(その1)

 

ジャック・ディア(Surprised by the Power of the Spirit 著者 Wellspring Church 牧師)

 

 (このメッセージは昨年4月に2回に分けてご紹介したジャック・デイア師のメッセージです。訳者注)

 

「というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。」 (ヨハネ1:17)

 

神は教会を恵みで救われましたが、それ以後ずっと教会は、律法によって自分のアイデンティティーを見出そうとしてきました。神は私たちが喜び楽しむように「ひとりのお方」を与えてくださっているにもかかわらず、私たちは「律法」を守る道を選びとっているのです。

人の心は、放っておけば律法に頼るようにセットされています。私たちは律法に自分の保身・保証を置いているのです。律法を守る道は筋道が決まっています。自分でコントロールがききます。しかし「そのお方」がされることは、予想がつかず、コントロールもできません。

私は17歳のときに恵みにより救われました。それは1965年12月18日のことでしたが、それ以後四半世紀もの間、私の信仰生活のフォーカスは、その完全なるお方にではなく、自分のパーフォーマンス(クリスチャンとしての良き業)に置かれていました。今朝、そのような私がどのように変えられたかをお話ししたいと思います。それは聖書に書かれているたった3つの簡単な祈りの話なのであり、それを皆様にお薦めしたいと思います。

 

神への情熱

 

皆さんは「神への情熱 Passion for God」という言葉を聞いたことがありますか?私は当時38歳で、教会の牧師として成功していました。又私は福音主義神学校の教授でもあり、ヘブル語とギリシャ語を教えていたのですが、この言葉は聞いたことがありませんでした。私が最初にそれを聞いたのは、カンサスシティーのマイク・ビクルという33歳の人からでした。彼はIHOP (International House of Prayer)と呼ばれるムーブメントのリーダーですが、彼ほど世界中の人々に「心をつくし、思いをつくし、力をつくして神を愛すこと」を示し教えた人を他に知りません。

私はカンサスシティーで彼に会ったのですが、彼が「神への情熱」という言葉を口にした時、私は「えっ、何のことですか?」と聞き返しました。彼は「『神への情熱』ですよ。知ってるでしょう?」と言うので、私は又「何ですか、それは?」と言いました。マイクは再度「神への情熱ですよ、知ってるでしょう?」と言いました。でも私は「何のことかさっぱりわかりません。」と言うしかありませんでした。

私は神学的な環境でずっと学んできたので、「情熱」はよいものではないと教えられてきました。神学校の2年目、ギリシャ語のクラスで、教授が「自由主義者たちは物事を感じる。でも我々は考えるのだ。」と言ったとき、クラス中が拍手喝采して、「そうだ、我々は頭がいいのだ。自由主義のようではない。彼らは皆感情に操られている。我々の敵だ。」と口々に言いました。

ですから、感情は良いものではなく、かえって排除すべきものだと教えられてきたのです。

しかしこの考え方の問題点は、知識、知能を発達させるために心を犠牲にしてしまうことです。マイクは続けました。「神への情熱ですよ。神は私たちが神に従うことよりも、もっと神を愛することを願っておられるのです。私は神を愛する方法を見出しました。」

何ということでしょう、私は四半世紀のあいだ、 感情をほとんど除外する訓練をしてきたのです!例えば「神を愛するとは神に従うことだ。」と私たちは言うのです。でも、愛していない人にでも従うことが出来ることは誰でも知っています。確かにもし私たちが神を愛しているならば、神に従うでしょう。しかし、「愛」とは「従うこと」をもっと越えたものではないでしょうか。

マイクは神への情熱について語り続け、「ああ、私はもっと神への情熱を持ちたい!」と言いました。私は心に中でこう思いました。「今までの人生ではずっと情熱を持たないようにしてきたのに、今突然に変へられるものだろうか。」と。私は非常に問題だらけの家庭に育ちました。ですから何も感じないほうが生きやすかったのです。

マイクは 「それはね、ただ『神への情熱を下さい』と祈ればいいんですよ。」と言いました。私は何かの感情をくださいと祈ることなど考えたこともありませんでした。感情といえば、それをどのようにして押さえるか、それだけが焦点でした。でもマイクは違いました。感情を与えてくださいと祈れと言うのです。

「どこにそんなことが書いてありますか?私は聖書をよく知っています。神学校では原語で聖書を教えていたんですよ。あなたがいうような事はどこに書いてありますか?」マイクはすぐに「ヨハネ17:26ですよ。イエスの大祭司の祈りの最後のところを見てください。」と答えました。

そこで私はその箇所を数えきれないほど読みました。でもわかりませんでした。イエスは「わたしは彼らにあなたの御名を知らせました。また、これからも知らせます。それは、あなたがわたしを愛してくださったその愛が彼らのなかにあり、またわたしが彼らの中にいるためです。」と言われています。

 

私は「主よ、どうしてあなたは御父がどのような方かを私たちに知らせたかったのですか?」と訊ねました。主は次にように答えてくださいました。「父がわたしに対して持っておられる愛を、人々も持つためです。彼らが父と同じようにわたしを愛するようになるためです。そしてわたしが彼らの中にいるためです。」イエス・キリストは御父の横に座って今日もあなたと私のためにそのように祈っていてくださるのです。

ヘブル7:25「....キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」

ローマ8:34「...死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。」そして御父が御子に持っておられる愛があなたや私の中にあり、主をそのように愛することができるようにと祈っていてくださるのです。クリスチャンの信仰生活のゴールは、ただ服従するだけではなく、それをはるかに越えたものであるのです。

 

信仰生活は「正しいよい業」をはるかに越えたものです。もうお分かりになったと思いますが、私たちの業は十分ということは決してありません。ですから自分の業に希望を託すのは、最初から失敗するに決まっているのです。落ち込むための確実な方法です。しかし一人のお方を喜び楽しむのは、それとは全く違う話ですね。そのお方を喜び楽しむ方法の一つは、御父に「どうか神の御子イエスを、あなたと同じように愛せるようにしてください。」とお願いすることです。

 

マイクは「神を愛することが出来るのは神だけだ。」と言います。勿論そうです。でも私は38歳になるまで誰かがそう言うのを聞いたことがありませんでした。マイクは続けました。「だから『御父よ、どうか私に聖霊を注ぎ、あなたが神の子を愛するように私も愛することができるようにしてください。』と祈ればいいんですよ。」

この祈りを毎日して、自分では絶対に出来なかったことを神にしていただくのです。それは神の恵みと憐れみに他なりません。私たちが持つものは、すべて神の恵みと憐れみによるのです。神はいつも憐れみによって私たちを救い出してくださいます。そして神の憐れみを受ける方法の一つが祈りです。

 

素晴らしい娘や息子はその父親にとって大きな誇りですね。私も子どもの自慢話を始めたら止まりません。子どもたちは私のヒーローですが、御父の右座に座っている方も御父にとってヒーローなのです。ですから私が御父に「あなたのようにイエスを愛する者にしてください。あなたと同じ御子への愛をください。」と祈るならば、それは神の御子を私のヒーローにすることであり、私がいつも話し、いつも自慢し、いつも考えている方にすることです。

皆さんによいお知らせがあります。この祈りは本当に聞かれます。でも皆さんに悪い知らせもあります。それはその効果はとてもゆっくり現われることです。でも絶対にそれは聞かれ、正しい方向へと私たちを導いてくれます。

 

神の憐れみの訓戒

 

この祈りを4、5年続けた頃、私はテキサスから引っ越してカリフォルニア州のアナハイムにあるヴィンヤード・チャーチで働いていました。ある日私は教会に向って運転していたのですが、非常に幸せな気分になって歌を歌っていました。私は歌はうまくないので、車の中で一人の時にしか歌いません。私は自分自身にこう話しかけました。「ジャック、なんか幸せそうだね。どうしてそんなに楽しそうなんだい?」と。というのは私は普段は沈んだ気分のことが多いからです。

 

私はこのよい気持を持続させたいと思い、どうしてこんなに幸せな気分なのかを考えました。そして自分に語りかけました。「そういえば、今まですごく祈る方ではなかったけど、今までより沢山祈ってるよね。それから聖書もよく読んでいるね。それも説教の準備のためじゃなくて、読むのが楽しいから読んでるね。それに今まで大嫌いだった断食もしている。」

「そうか、だからお前はそんなに幸せな気分なんだ!お前は祈ってるし、聖書を読んでるし、断食までしてる。だから幸せなんだ!」と自分を誉めてやりたくなりました。「その調子、その調子!」という風に。

その時、私は声を聞きました。「あなたの『イエスへの献身』を喜んではなりません。イエスを喜びなさい。もし自分のイエスへの献身を喜ぶならば、必ずあなたは自己義認に陥ります。」

突然、私の人生のヴィジョンが目の前に映し出されたようでした。自分が山に登っていて、「わあ、すごいなあ、高くまで登ったものだ。すばらしい経験だ。」と言いながら、周りを見渡します。そして「随分高いところまで来たぞ。あそこの人たちより随分高い!」と言うのです。

次の瞬間、私は荒野に移されていました。神が「ジャック、又同じ間違いをしていますね。わたしはあなたに荒野に戻ってほしくないのです。あなたはわたしの息子を愛し始めました。そこに留まっていてほしいのです。」と語られました。

 

神がこのように「あなたの業ではなく、わたしのようにわたしの息子を愛することですよ。」と私に 思い起こさせてくださったのは、実に神の憐れみでした。

 

神は本当に驚くべき素晴らしい方です。神は私たちの心を懸命に守ってくださいます。神は私たちが神を喜び楽しむことを本当に願っておられるのです。神は私の心の中に芽生え成長し始めたばかりのその愛を守り、御手を私の心の上に置いて「もう同じ間違いをしてはなりません。」と言われたのです。(続く)

(尚、文中の下線は訳者によるものです。)


18 09月

「フランシスに会いたいと伝えてほしい。」  フランシス・フランジペン  2020年9月19日


「フランシスに会いたいと伝えてほしい。」

 

            フランシス フランジペン

 

 

 もしサタンが日常の世俗的なことであなたの気を散らすことができなければ、サタンはあなたを圧倒的肉的な気疲れの消耗で疲れ果てさせるでしょう。もし神に自分自身を(霊的に)充電することなくしては、たとえそれが行いとしてどんなに良いことであっても,生命とエネルギーを消耗させてしまうのです。ダニエルは、終末の時代が来ると、敵が「いと高き方の聖徒等を疲れ果てさせることによって滅ぼし尽くそうとする」と語っています。(ダニエル7:25)

 神は、私たち(クリスチャン)が「神の臨在なくして(自分の力で)神の御心を行う」ことを決して意図していませんでした。神の目的を成し遂げる力は、祈りとキリストとの親密な関係 intimacy から得られます。神と非常に近い霊的に親密な関係を保つことによってのみ、私たちは常に高い霊的な美徳を補充することができるのです。

 

よい行いをすることに疲れている

 

 1970年代の初め、私のミニストリーを始めた頃、主は夜明けから正午までの時間を主に奉げるように私を召されました。私はこの時間を祈りと礼拝と御言葉の学びに費やしました。私はしばしば何時間も神を礼拝しながら、神の迸るような愛に満たされつつ神への歌を作曲しました。主の臨在は私の喜びであり,こうして過ごす主との時間は大変有意義であるばかりでなく,私たち二人の間柄に益々親密さを加える大変喜ばしいものとなりました。

 しかし、その主との交わりの結果が実を結ぶようになり、聖霊が私の教会に多くの人々を連れて来てくださいました。より多くの人々が来るようになると、私はそれまで捧げて来た献身の時間の終わりから45分を切り取っていることに気がつきました。時には、人々への働きが夜まで続くこともあり、以前のように早起きをしなくなりました。

 そして教会の成長の問題が、私に残された時間の質を蝕み始めました。教会員が増えるに従って教会業務の拡大、若いリーダーたちの育成、より多くのカウンセリングや伝道が、私に残された限られた時間に押し寄せてきました。もちろん,これらの変化は一夜にして起こったものではありませんでしたが「成功」が増していく数ヶ月と数年の間に,わたしの主への献身の時間は着実に蝕まれていきました。やがて私は自分のミニストリーが大きくなることに気づきましたが、それを維持するための油注ぎが縮小していることにも気付いたのです。

 

 ある日、私のために定期的に祈ってくれている執り成し者から電話がありました。彼は、主が夢の中で、私について語りかけてきたと言いました。私は、主が友人の夢の中に現れて、私のことを話されたことに大変興味をそそられのです。もしかしたら主が、私たちの伝道活動を増やしてくださるのかもしれない、あるいは必要な財政を供給してくださるのかもしれないと期待したのです。しかし、分かったことは、主は,私の教会業務のことには一切触れず、唯一言「フランシスに会いたいと伝えて欲しい 」との伝言であったのです。

 イエスと毎日過ごすという特権をないがしろにすると,わたしたちはどんな重荷を背負い,どんな倦怠感を蓄積していくことになるのでしょうか。わたしは主の前で悔い改めながら泣き、優先順位を再調整しました。もはや朝、主と過ごすと約束した時間に、人に助言をすることはありません。この時間を再び神と過ごすことにしたのです。

  そして、最近増え始めた教会の人数が減ることを覚悟しました。特に朝の時間には、個人的なミニストリーを受けるために来ていた人たちです。以前のように彼らのために同じ時間を過ごすことはできないだろうと思っていましたが、私は神のために決断しなければなりませんでした。

 次の日曜日の朝、私は、私の朝の時間は神に奉献されるはずの時間であったのが、色々な業務でそれが削られ制限されていたことを信徒に告白しました。「どうかお願いします。 」私は言いました。 「電話もカウンセリングもこれからはしません。私は主との時間をもっと過ごす必要があります。」 しかし、次に起こった事は、私に衝撃を与えました。 教会全体が立ち上がって拍手したのです!彼らはもっと神との時間を過ごす指導者を望んでいたのです!彼らは疲れた牧師に疲れていたのでした。

 これからの時代に入ると、私たちの主な活動はキリストに奉仕することになります。確かに、プレッシャーは大きくなるでしょう。また、大きな収穫と霊的活動の時もあるでしょう。どのような状況に置かれていても、私たちは主あっての自分自身を第一に考え、絶えず神の臨在の中にいなければなりません。イエス様との時間を逃すことは、神の臨在の日に神の栄光を逃すことになるからです。

祈り

父なる神様、あなたの足元にひざまずくことが唯一重要かつ必要であったのに、いろいろなことで不安になり、悩んでいたことをお赦しください。私は今、その一番良い部分を選び、あなたとの親密さによって、決して奪われることのないより良いものをすべて、あなたから、感謝して受け取ります。(終わり)


12 09月

ボブ・ジョーンズ師が生前、マイク・ビクル師に語った 「シャロンのバラ」の預言 の意味 坂 達也 2020年9月12日  也


ボブ・ジョーンズ師が生前、マイク・ビクル師に語った

「シャロンのバラ」の預言 の意味  

 

                  坂  達 也

 

 以下の文章は2014年4月11日にWWGMに載せたものです。マイクビクル師はこのように語り始めました。(以降はビクル師の話)

 

 私がボブ・ジョーンズ師とはじめて会ったのは1983年で、今から30年前のことですが、私がカンサス市でまだ若い牧師だった時でした。その時ボブが私にした預言や話してくれたことは、当時の私にとってあまりに突拍子もないようなことで、全く理解ができませんでした。ボブ師は自分の死を見、自分の墓石を実際に死ぬ30年も前に見たのです。(ジョーンズ師は2014年2月14日に亡くなりました。)

 皆さん、自分の墓石を見るとは、どんな人なのでしょうね。彼は続けて言います。「墓石には『ボブ・ジョーンズ』と書いてありました。すると墓の中から美しい花が一つ咲き出てきました。非常に香りのよい美しい 花でした。そして主が『あなたの人生から美しいシャロンのバラが咲く』と言われたのです。」

 これは1983年にボブが話してくれたことですが、私はどう考えればよいのか全くわかりませんでした。彼は 「私は自分の死を見ました。」と言いました。後になって彼の語ったことはすべて正確であり真理であったことがわかりました。

 

  皆さんは雅歌2:1にある「私はシャロンのバラ I am a rose of Sharon」という言葉をご存知だと思います。30年前私は雅歌についてあまり知識がありませんでしたが、そのことは知っていました。そこで私は「ボブ、シャロンのバラというのはイエスのことですよね。」と聞くと、彼は「違う。あなたは間違っている。有名な歌の中に『イエスはシャロンのバラ』という歌詞があるのは私も知っています。しかし、それは間違いです。シャロンのバラと言うのは,キリストのからだの中で、 神の麗しさの香りが「第一の戒め」を通して溢れている姿なのです。と答えました。

私は「本当に? 確かですか?」と半信半疑で聞くと、彼は「そうですよ。私はイエスご自身から直接聞いたんですから。」と答えました。私は「そうですか、私はあまり雅歌を知らないんですよ。そうなんですか。まあ、そういうことにしておきましょう。」という感じで会話を終らせました。

 

「主が再び来られるときの世代は、第一の戒めを回復させ、世界中のキリストのからだの中でそれは第一のこととなる。主は第一の戒めを第一のものとして確立される。」ということを、主はボブを通してはっきりと語られたのです。しかし、私は自分が死ぬ前に自分の墓石を見たり、シャロンのバラがそこから咲いたりという話はあまりピンと来なかったので、そのことはあまりその後考えないままでおりました。

 

 それから5年後の1988年のある朝、私は教会のオフィスにおりました。そしてある方の結婚式のカードを読んでいたのですが、そこには雅歌8:6「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。その炎は、火の炎、すさまじい炎です。」が書かれていました。

 その時、非常に尋常でないことが起りました。雅歌は当時そんなになじみがなかったのですが、何故か私はその時、その言葉を心の中で霊に動かされて祈ったのです。雅歌は愛の歌で、結婚の麗しさを歌っていますが、ご存知のように、それと同時に霊的な歌で、花婿なるイエスと花嫁なるキリストのからだとの愛の関係を歌っています私が6節のことばを祈ったとき、神の御霊が非常に特別な形で私のうえに下り、私は泣き始めました。そんなことは私にはあまり起こらないことでした。 私は「イエス様、私の心の上の火の封印となってください。あなたを愛します.....」と言いながら泣いていました。2.3分経ちましたが、聖霊はまだ特別な形で私の上に下っていました。

 そこで私は内線電話で教会の受付に「非常に変ったことが私に起こったので、誰からの電話でもつながないで欲しい。邪魔が入らないようにお願いします。」と頼みました。そんな願いをしたのは今までの40年間でその時だけです。

  私は「イエス様、私の心をあなたの愛で封印してください...」と祈っていました。主への私の愛は、主から私へのギフトなのです。私たちが主を慕い求める願いは、主が私たちの心に入れくださったものなのです。すると電話が鳴ったのです! 「どんなことがあっても電話はつながないようにと言っておいたのに..」と思って、私の心は一瞬にして霊的な高みから肉的な思いになってしまいました。「信じられない! なんていうことだ!」という感じでした。霊と肉の間を 私たちは何と超スピードで移動することでしょう。私は電話を取って努めて優しく「なんですか?」というと、受付の人は「ボブ・ジョーンズ師からお電話なんですが・・・彼はあなたへの神からのことばを耳ではっきり聞いたと言っておられます。ですから、あなたは多分お聞きになりたいと思ったのです。」と言いました。私は「勿論、勿論。ボブが神のことばを聞いたという電話ならいつでもつないでください。」と答えました。

 

 私は床にひざまずいて雅歌8:6を見ながら泣いていたので、うまく声が出なかったのですが、「ハロー」と低い声で言いました。ボブは「たった今、神の声を耳ではっきり聞いた。主は雅歌8章6節を語ってくださった。」と言うのです! 私は本当に驚きました! ボブは続けて「今私は1分しか時間がないのだが、主が今すぐあなたに電話をして伝えるようにと言われました。主は神の恵みを解き放ち、主が再び来られる日まで、雅歌8:6の油注ぎを世界中に与えます。キリストのからだ全体が 『Yes!』というほどの世界的な油注ぎ、恵みです。」と言うのです。

 その時は本当に60秒の会話でした。私は電話を切ってからも泣き続け、「主よ、どうか私にもそのようにしてください。」と祈りました。

 それから2週間ほど経ってから、ボブと詳しく話すことができました。

彼は「この雅歌8:6こそが第一の戒めです。第一の戒めとは実際に毎日生きるための油注ぎです。聖霊は第一の戒めを第一に回復させ確立する油注ぎを、世界中のキリストのからだに与えるのです。地球上の何百万人の人たち、人間的には弱く傷ついた人たちがこの油注ぎを求めるならば、主はそれを与えると言われているのです。」と説明してくれました。

 私はこの真理を知って大変興奮しました。皆さんもそうだと思いますが、私も神を愛したいと願います。しかし、神を愛するには神の力が必要なのです。それは私にもあなたにも出来ないことであり、神を愛そうと決心することは必要ではありますが、いくら決心したからといって出来ることではないのです。

ボブはこう言いました。「雅歌8:6の愛の炎、即ち第一の戒めのための油注ぎこそが、私が5年前の1983年にあなたに話した『シャロンのバラ』なのです。私の人生はその花が咲くようにキリストのからだを成長させることですが、花が咲くのは私が死んでからだということを私は知っています。しかし、私のミニストリーはそれを助けることであることを知っています。」

 

 第一の戒めは、申命記6章にあるようにモーセが神から受けたもので「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」です。そしてマタイ22章でイエスは、神がモーセに言われたことを引用してそれに説明をつけ加えています。即ち「これがたいせつな第一の戒めです。This is the first and great commandment.です。主は「first 」と「great」という形容詞を付け加えられたのです。それが意味するところは、この戒めが神にとって一番のプライオリティーであるということです。

 

 人は私によく「神は今何をしておられ、何を言っておられますか?」と聞いてきます。それに対して私は「神はいろんなことをされていますが、主が一番に、また、最もしていることを私は知っています。神は人々が第一の戒めを第一とするように働いておられるのです。」と答えるのです。

 また、主はこの戒めは偉大であると言われました。私のところに若い人たちが来て、「私の召しを神様から受けたい!」というのです。私は「あなたの偉大な召しを知っていますよ。」というと、彼らは期待しながら「何ですか?」と聞きます。 「それは第一の戒めを守ることであり、それを生きるための油注ぎを受けることです。」と私は答えるのです。

  ですから、私は神の恵みによりこの油注ぎが必ずくることを知っています。しかし今、ボブ・ジョーンズ師の死によって示されることがあるのです。彼はシャロンのバラが彼の死のあとに咲くのを見たのです。彼は、自分が40年間預言のミニストリーを通してしてきたことは、キリストのからだが神のこの召しに正しく応答するように私たちを強め養い育てることであったことを理解していました。

  この油注ぎこそ、私が一番求めるものです。そして聖霊も人々にそのように召しておられると思います。もう一度言いますが、神を愛するためには 神の力が必要なのです。神からの力が私たちのうちで働くときに、私たちは神を愛することができるのです。

 今60秒間、心を主に開いてみましょう。これは一回すれば主から油を注がれるというものではなく、少しずつ養っていくものであるのです。

                    (以上でビクル師の話終わり)

 

 

 さて最後に私(坂)は、皆さまに申し上げ、強調させていただきたいことがあります。それは今、世界は、未だかって無かった程のパンデミックで混迷の最中にありますが、私はそれをもたらせた「コロナ・ウイルス19」とは王冠がついていることに注目します。すなわち、王である主が悪魔にそうさせることを敢えて許されたのです。その目的は、クリスチャンの「教会」がいよいよ「霊的な目を覚ます」ための目覚まし時計という警鐘が高らかに鳴り響いたのです。そして19が20を迎えました。

 「2020は、主が再び来られる直前の世代(終末の時代)にいよいよ突入したことを意味します。その目的は、主がいよいよ「第一の戒めを第一のものとして確立される。」という大命令であることです。しかもそれは警鐘だけで終わらない。20年は教会が「これから主が来られるまで「その神を真のアガペの愛で愛する」ための聖霊の「油注ぎ」を毎日受けて、その油注ぎの中で過ごす」ことにあります。これこそが最も重要であるばかりでなく、これこそが「弟子訓練」であり、これこそが、すなわち大宣教命令」であることを認識しなければならないのです。ハレルヤ!

祈り

 聖霊よ、来てください。あなたは私たちの心を火で封印してくださると言われました。御父よ、お願いいたします。人々のいのちの中にどんどんと燃える火をください。今、火で心に触れてください。夢や幻、御ことばの啓示で、第一の戒めを人々の心の中に強めてください。ミュージシャン、使徒、預言者、伝道者、牧師、教師、すべての人がこの第一の戒めを守る油注ぎを毎日受けることができますように。(終り)


04 09月

戦争年代記(クロニクル)ー「新しい希望」        リック・ジョイナー 2020年9月4日


戦争年代記(クロニクル)ー「新しい希望」

 

           リック・ジョイナー      202065

 

 今始まろうとしているこの時代を、後日の人たちは何と形容するでしょうか。 ー 「最高の時代であった。」とか「 勇気の方が恐怖より優り、 暴動は正義に取って代わった。」とか「主がなさっている偉大なことへの畏敬と驚きが絶えなかった。」あるいは「主の平安と喜びがこの地を覆った。」と言うようなことばで語られるのではないかと思います。

 多くの人にとっては、上記とは逆のように見えるかもしれません。しかし、それはどこから見ているかによります。天国で主と共に座っている人たちは「待望の大覚醒が始まっているのを今見ています。アメリカでの信仰のリバイバルはすでに始まっています。」と言われるでしょう。

 と言っても、まだまだこれから多くの嵐を乗り越えなければならないし,国のためにいくつかの大きな変革がなされなければなりません。しかし、我々はアメリカ共和国の終わりを目撃しているのではなく、むしろ新しい始まりの誕生の痛みを目撃しているのです。

 すべての出産は、血まみれで、厄介で、多くの痛みを伴い、それは簡単にはいきません。しかし、それだけの価値がある事は母親が一番よく知っています。新しい生命を出産することは、最大の挑戦であると同時に、それは我々が今まで知ることができる最大の喜びのいくつかにつながります。これらの時代に生きている人にとって、それは私たちの人生の中で最大の時間の一つであり、私たちがここにいたと言うことは最大の名誉の一つになるに違いありません。

 

 それが最終的にそうなるように、新しい誕生の喜びにたどり着くことは、私たちの国が経験してきた中で最も困難な時代の一つになるでしょう。聖書では嵐による船の遭難がよく書かれているように,誰もが「もうだめだ」と思った時が何回もありました。私たちの国家の船は,定められた航路から大きく外れてしまいましたが,それを取り戻すことは,私たちの歴史の中で最大の挑戦となるでしょう。多くの戦いと嵐が待ち受けていますが、私たちはこれを乗り越えることができるでしょう。

 私たちの手には負えなくとも、神にはすべてのことが可能です。神は主の軍勢の船長であり、私たちの船の船長でもあるのです。私たちがこれを乗り越えた時、私たちはそれが神がされたことであり、私たち自身の知恵や強さではなかったことを知ることになります。それが終わった時、私たちはソロモンの歌に出てくるシュラムの乙女のようになる。「最愛の人にもたれかかって」荒野から出てくるのです。

 

 今年は、私たちが主の休息に入り始める年であることを覚えておいて下さい。私たちの安息は主への信頼から来ています。主にとって不可能なことは何もありません。主が解決できない問題も、倒せない敵もありません。私たちはいくつかの最大の苦難の中に入っていますが、それは私たちが最大の勝利にたどり着くためのものです。

 誰かや何かに平安を奪われてはなりません。この中での私たちの主な仕事は信頼することであることを忘れないでください。私たちはすべてのものを使って、主への信頼を成長させなければなりません。この戦いでの私たちの命令は、主に従い、主が私たちに言うことすべてに従うことです。

  感謝は信仰の言葉であり、私たちの最も強力な武器の一つです。わたしたちは,すべてのことにおいて主に感謝するように言われています。これは、私たちがすべてのことにおいて主を信頼していることを意味します。

 

 この世のすべての問題は、私たちの最初の両親が園で主を信頼しなかったことから始まりました。彼らは、主が自分たちの最善の利益を考えておらず、自分たちから何かを隠しているのではないかという非難に心を開いたのです。堕落からのすべての損害を修復し始める答えは,同じ誘惑に直面している人たち,そしてわたしたちは皆そうですが,主に背くのではなく,主を信頼することを選ぶことです。

 

私たちは戦争をしている

 

 2018年12月、私は “第二次アメリカ革命・市民戦争は必然であり、それが起こるのは正しく、また成功する “という夢を見ました。その夢を見るまで私は、方向性を変えなければ、このような事態に向かっていることを知っていましたが、それでも方向性を変えて回避できると確信していました。その夢の後、私は別のことを知っていたし、ほぼすぐにイベントはそれが来ていたことを証明しました。それでも、私はまだそれが可能性が高い数十年先だと思っていました。その後、それは私が考えていたよりもはるかに速く来ていたことが明らかになり始めました。私は初めて、それが今、ここにあると言います。私たちは今、第二次アメリカ革命・南北戦争の最中です。第一段階ではありますが、私たちはその中にいます。

 暴動が起きたからそう言っているのではありません。私は1960年代に育ちましたが、その頃は今よりもずっとひどい状況でした。私たちはそこから脱出し、より良く、より強く、国としてこれまで以上に団結しましたが、そこに到達するまでに数十年かかりました。しかし、今回の分裂はより深くなっています。闇はより深く、より多くの方向から来ています。今や憎しみと不寛容はより深くなっています。

 マルクス主義や急進的なイスラム教ほど、アメリカ共和国の核心的な性質と目的に反するイデオロギーはありません。これらのイデオロギーはいずれも、私たちの国の構造に深く浸透しています。現在、私たちの敵は外国と国内の両方にあり、両方とも以前に直面したことのないほど強力です。国内では、州、都市、地域社会、そして多くの家族が引き裂かれ、破壊されることが予想されます。

 

 2014年に預言された 「愛国心が勝つ」ー 私はそれを疑いません。 私たちは今まで以上に偉大で統一された国家として浮上するでしょう。 私はこれを見る機会を与えられました。他の多くの国のためにも見せてもらいました。それでも、私たちが存在するすべてのもの、そして私たちが召されているすべてのものの敵は、私たちの国の権力と影響力の中心に深く浸透しています。彼らを簡単に根絶することはできません。同時に、外にいる敵もまた、私たちがこれまでに直面したことのある敵よりも強力であり、私たちは同時に両方と戦っています。

 

 今、私たちは、私たちの国の存続のために、これまでで最大の戦いをしていますが、実際に起こっていることは、私たちの国よりも、あるいはどのような単一の国よりも大きいのです。私たちは、イザヤ書60:1-2で預言された時代にいます。

「あなたがたの光が来て、主の栄光があなたがたの上に現れたからです。見よ、暗闇が地を覆い、民は深い闇に覆われるが、主はあなたがたの上に現れ、その栄光はあなたがたの上に現れる。」

 私たちは今、これまでにない神の最大の動きと、これまでにない最大の暗闇の時を迎えようとしています。光と闇の究極の戦いが始まったのです。しかし、イザヤ書のこのテキストの次の三節は、その確実な結論を物語っています。

「諸国はあなたの光のもとに来て、王たちはあなたの立ち上がりの輝きのもとに来る。彼らは皆、あなたのもとに集まり、あなたのもとに来る。あなたの息子たちは遠くから来て、あなたの娘たちは腕に抱かれる。そうすれば、あなたがたは見て輝き、あなたがたの心はわくわくして喜び、海の豊かさはあなたがたに向けられ、国々の富はあなたがたのところに来るからである。」(イザヤ60:3-5)

 光が勝つのです。そのことを決して忘れないで下さい。時期によってはそのように見えないこともあるでしょうが、最終的な勝利については疑いの余地はないのです。

 

私たちの態度・振舞いを変える

 

 私はベトナム戦争中に海軍にいました。私の期間のほとんどは、アメリカとキューバのグアンタナモ湾での学校と陸上での任務に費やされました。その後、私は最新の空母であるジョン・F・ケネディに乗艦していた中隊に配属されました。当時、この艦は戦地への配備準備をしていました。最初はのんびりしていましたが、配備が近づくにつれ、何もかもが深刻になっていきました。

  ベトナムに向かう前の最後の訓練航海の真っ最中に、ヨルダン危機のために中東に迂回したのです。この危機は、ベトナムの戦場にいた時よりもさらに深刻なものでした。ほぼ30日間、ソ連海軍との対立が続き、毎日のように戦争に火がつくかと思われた。皆の態度は緊張感を反映していましたが、同時に驚くほどの集中力を持っていました。これから教会の態度にもこのような変化が現れてくるでしょう。

  ここ数年、私の教え、説教、執筆のほとんどは、来るべき戦いに備える方法に焦点を当ててきました。私の本 Final Quest は何百万部もの売り上げを記録しましたが、今、私は再び多くの人から再読しているという話を聞いています。当時よりも今日の方が時宜を得ているようです。

 今、私たちは終末の戦いに突入しているので、私のメッセージのトーンと態度が変って、これからの記述は「戦争年代記」のようなものになるでしょう。どのように準備するか、どこに動員するか、などについての話はまだありますが、私たちは皆、この「激しさ」が活力を与え、人生の中で最高で最も実り多い時期であることに皆さんも気付かれると思います。

 

コロナウイルスの危機

 

 コロナウイルスの危機は、私たちの国、そして事実上他のすべての国に大きな損害を与えましたが、キリストの体に大きな助けとなりました。しかし、ボブ・ジョーンズ師が2020年には「神の休息」に入り始めると預言していたように、自宅待機命令は、私たちに切実に必要とされていた数週間の休息を与えてくれました。それ以来、私が話をしたほとんどすべてのクリスチャンは、再び生まれ変わっています。焦点が戻り、優先順位が整い、私たちはすでに偉大なリバイバルに入っていますが、それはまだ始まったばかりです。

 一方、今回起こったパンデミックとの戦いの中では、逃げ場があるところはほとんどなく、私たちは皆、最前線に立つことになりますが、そこから離れたいと思ってはならないのです。私たちは主のご計画によって「このような時だからこそ今その中にいる」のですから、今こそ逃げるのではなく、戦いに身を投じる時であるのです。神の休息とはそのために用意され、全てにおいて、完全に主に安息し委ねることを学ぶことによって、敵との戦いに勝利できるのです。

 なぜなら、クリスチャンとして私たちは、最初からⅠヨハネ5:19に「私たちは神からの者であり、全世界は悪しき者の支配下にある・・・」と書かれている通り、悪き者の支配に対しては常に戦争をして来たと言って当然であるのです。

 ですから特に最後の時であるこれからは、私たちはもっと真剣に、常に最前線に出ている覚悟が絶対に必要です。そのような覚悟と訓練がキリストの体の大きな利益と進歩につながるのです。 (終わり)


21 08月

十字架の向こう側    ボブ・ジョーンズ         2020年8月21日


十字架の向こう側

 

ボブ・ジョーンズ(Bob and Bonnie Ministry )

 

(これは1995年のボブ・ジョーンズのスピーチです。彼は2014年に天に召されました)

 

最後のバッター「恵み」

 

10年前(1985年)の5月21日、それは、ペンテコステの日でしたが、主が野球の試合のヴィジョンを与えてくださいました。

試合は、悪魔のチームと神のチームとの対戦でした。9回の裏で両チームともそれまで得点がなく、神のチームが9回の裏の攻撃を始める時でした。主が最初のバッターを送られました。その名は「愛」でした。サタンが投球し、「愛」がバットを振りました。愛は常に神を喜ばせ、決して失敗しないのです。(Love never

fails)それはヒットとなり、愛は一塁に走って行きました。主は次のバッターを送られました。それは愛と共に働く「信仰」でした。サタンが投球し信仰がバットを振り、ヒットとなりました。信仰は神を喜ばせ、愛と共に働くのです。信仰も決してしくじることはありません。主は次のバッターを送られました。それは「知恵」という名でした。サタンが投球しましたが、知恵はバットを振りませんでした。サタンは次つぎに球を投げましたが、知恵はよく球を見たのでフォアボールとなりました。神の知恵はサタンが投げる悪球に引っかからないのです。

 

神は今、このように愛、信仰、知恵を私たちの人生に働かせ、私たちを成長させようとしておられるのです。3塁に愛、2塁に信仰、1塁に知恵と、満塁になったとき、主は次のバッターを送られました。「わたしはいま最強のものを送る」と主は言われました。それは今まで見たことのないピンチヒッターで、その名は「恵みGrace」でした。サタンが投球し、恵みがバットを振りました。バットが折れるようなものすごいヒットとなりました。しかし「嘘つき」が外野にいてそれを阻止しようとしました。嘘つきのハエは空中にいるのです。教会の中でサタンは悪いうわさやゴシップをはびこらせ、神の栄光を隠していました。「嘘つき」は「まかしておけ!絶対取るぞ!」と叫びましたが、球は彼のグローブを通り抜け、ホームランになりました。4人の走者は全部ホームインして神のチームの勝利となりました。「4」は聖霊のナンバーです。聖霊の働きがこれから強くなるのです。

 

ゼカリヤ4:7「大いなる山よ。おまえは何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、『恵みあれ。これに恵みあれ。』と叫びながら、かしら石を運びだそう。」

 

「愛」「信仰」「知恵」は人間の働きです。それは私たちをあるところまでは導いてくれますが、ホームインさせるのは 神の「恵み」なのです。

 

ダビデの油そそぎ

 

詩編89:20「わたしは、わたしのしもべダビデを見いだし、わたしの聖なる油を彼にそそいだ。」

 

今主は、多くのダビデのような者を見いだして油を注ぎ、恵みを解き放ってくださいます。先ずすべての土台である「愛」が心から主を求める者たちに与えられていると信じます。そして「信仰」が強くされ、サタンに惑わされることのない「知恵」が与えられてきました。

 

教会は今まで「神と一緒に(with God)」ではなく「神のために(for

God)」一生懸命働いてきました。今こそ私たちが「神と一緒に」働く時です。モーセではありませんが「神が共に行かないならば私はどこにも行かない、何もしない」と決意する時です。今まで私たちは「神の手」を求めて「下さい、下さい、下さい!」と言ってきました。でも神は「そうではなくて、わたしの心を求めなさい」と言われるのです。ダビデは神の心を持っていましたね。「わたしの心を捜し求めなさい。わたしの心の内を捜し求めなさい。」と主は言われます。

 

神の心に何があるかご存知でしょうか?

それは人々の魂です。神は人々の魂を求めておられるのです。イエスは私たちに救いを与えるためにこの世に来てくださいました。そして私たちの長兄として進んで十字架にかかってくださったのです。イエスのいけにえの代価で私たちは贖われたのです。

 

御父は今もこの世を愛するゆえに、今度は「あなた」をこの世に与えようとしておられます。私たちは皆、十字架の向こう側に行かねばならないのです。十字架のこちら側にいた時、あなたは手をのばして「主よ、下さい、下さい!

欲しいです!」と言いました。でも十字架のむこう側に行ったならば、聖なる御霊が復活の力をもってあなたの内に働き始めます。そしてあなたはキリストの性質を持つ、キリストに似た者となっていくのです。その時、十字架のもとに来る人たちに必要なものをあなたが与えることが出来るのです。その時、あなたは「受ける者」から「与える者」にかわることが出来るのです。

 

主はみなさんに「成長しなさい!大人になりなさい!」と言っておられます。私たちが愛、信仰、知恵を身につけるならば、神は恵みを注いでくださるのです。その時に決して試合に負けることはありません!

 

聖霊を招き入れる

 

聖霊はずっと教会の扉を叩いておられます。人々は「聖霊よ、あなたを尊ぶと言っているグループの中で、あなたが本当に働かれるのを見たならば、私たちの教会にあなたをお迎えしてもいいかもしれませんね。でもまずその人たちが変えられるのを見たいのですよ。」と言います。

私はそれが起ころうとしていると信じます。聖霊に満たされた人々の中で主にある真の愛の交わりが具現化されていくのです。そのようにペンテコステが又現われるとき、それを見た人々は聖霊に心を開くようになります。

 

聖霊があなたに語るのを聞いてください。そうすれば私たちが語るときに、神の言葉を語るようになるのです。

私たちの口から出る言葉も神の言葉と同じように、創造の力を持つようになります。詩編115:16には「天は、主の天である。しかし、地は、人の子らに与えられた。」と書かれています。そして今主は私たちが地を主にお返しするのを待っておられます。「わたしが再び地で働く許可を人々が与えるのをわたしは待っている」と主は言われます。(サタンは私たちの許可を必要としません。彼はどこにでも勝手に無断で入っていく盗人です。)すべてのとりなしの祈り、回心の祈りは、神の介入を許可し招き入れるものです。

 

聖霊は教会の扉を叩いて「入れてください。もし入れてくれれば、わたしはあなたの教会の主となります。そして一人の方、即ちイエス・キリストを顕します。」と言っておられるのです。イエスが教会に来られると、一人の方、即ち御父を顕されます。御父は70年前、非常に嘆かれました。それは進化論が人々に受け入れられ、「人類の父は猿だ」と人々が信じ始めた時でした。進化論が「あなたの父は猿だ」と言ったので多くのクリスチャンも混乱しました。御父はバビロン捕囚のときにされたように70年を区切られました。バビロンは「混乱」という意味ですね。御父は70年間、姿を現されませんでした。今、70年が経ち、御父は再び来てくださいます。私のお父さんは猿ではなく、全能なる神です!私は自分が誰かを知っていますし、御父が誰であるかも知っています。家族なのです。

ずっと前に私は神の御心の真ん中は家族であることを発見しました。御父は家族を大切にする方です。御父が来られるとき家族を大切にされます。ご自分の子供たちがお互いの悪口を言ったり、ゴシップをするのを非常に嫌われます。

 

火のバプテスマ

 

御父は新しい土台を造られます。聖なる霊は愛です。あなたが愛に成長するならば、あなたは聖さにも成長するのです。ローマ1:4に「聖い霊(spirit of

holiness)」とあります。私はどうすれば聖い霊が得られるかを主に訊ねましたが、それは聖霊のバプテスマを受けるのと同じでした。即ち、信仰によって受けるのであり、そしてそれは愛が私のうちで働くときに成長するのです。主は愛という土台を築かれておられ、それは決して壊されることはありません。

 

選ばれる者となる

 

イザヤ48:10に「見よ。わたしはあなたを練ったが、銀の場合とは違う。わたしは悩みの炉であなたを試みた。」とあるように、主はこの10年間、私たちを試煉という熱い炉で練られました。

 

マタイ22:14に「招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。」 とあるように、すべてのクリスチャンは招待されて、熱い炉に入れられるのです。ある者たちは3週間で、「もう十分だ、ここから出よう。これは思っていたより熱いぞ。私の大事なもの、まだ手放したくないものがどんどん燃えてしまう!」と言って途中で炉から出てしまうのです。人は自分が捧げた分に応じて受けます。ダビデは10年間苦難の炉に中に入っていました。あなたが炉に留まり続けるときあなたは「選ばれる」のです。

 

今御父は、苦難の炉の中から多くの白い石を取り出しておられるのを私は見ます。主はこれらの白い石で土台を築かれます。それは祭司の土台であり、純粋な神の言葉、義と愛で築かれる土台です。

 

火のパプテスマとは聖さの霊であると主が言われました。聖さの霊があなたの生活の中で働き始めると、神の火があなたを燃やし尽くし始めます。私が罪を犯したとき、私は御父から逃げませんでした。かえって私は御父にむかって走っていったのです。そして主が言われることはすべて従いました。もしあなたの足が汚れたならば、天のお父さんのところに走って行き、主の足を掴んでください。神の火があなたの罪をも焼き尽くしてくれるでしょう。(終り)


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