<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>WWGM &#187; 未分類</title>
	<atom:link href="http://www.banministries.org/?cat=1&#038;feed=rss2" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://www.banministries.org</link>
	<description>Walk With God Ministries</description>
	<lastBuildDate>Tue, 25 Jan 2022 00:32:58 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.3.1</generator>
		<item>
		<title>２０２２年の世界情勢と日米の動向     　　　　　　　　　　　坂　　達　也</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3963</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3963#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 07 Jan 2022 21:55:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3963</guid>
		<description><![CDATA[２０２２年の世界情勢と日米の動向 &#160; 　　　　　　　　　　　　　　　　　　坂　　達　也 &#160; &#160; 　下記は本日の日本経済新聞の記事ですが、当を得ている記事であると思いますので先ずお読みください。（記事の中での下線は筆者のもの） 　2022年の世界で最重要の政治イベントが、11月8日の米中間選挙だ。就任1年を前に支持率の低迷に直面するバイデン大統領だが、挽回の材料が見当たらない。議会での与党·民主党の優位が崩れれば、米国内だけでなく国際情勢のパワーバランスも変化する。「停滞の米国」に我々も身構える必要がある。 　1年前の当欄で私は「警戒的な楽観主義」を指摘した。バイデン政権はトランプ前大統領の孤立主義を修正し、新型コロナウイルスの危機も最悪期は過ぎた。経済や雇用は復調し、むしろサプライチェーン（供給網）の圧迫でインフレ圧力が襲う。全体的には21年は回復の年だった。 &#160; 米国「政治の季節」に突入も &#160; 　22年はどうか。残念ながら世界情勢は一段と深い不確実性に包まれるのではないか。バイデン氏の滑り出しは良かった。新型コロナのワクチン接種拡大、現金給付策の迅速な決定などが支持を得た。「アメリカ·イズ·バック（米国は戻ってきた）」と欧州との同盟関係を修復し、温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」にも復帰した。 　だが21年夏から状況は暗転する。アフガニスタンからの米軍撤収はイスラム主義組織タリバンのアフガン制圧を許し、テロで米兵も死亡した。 　経済でも手を焼く。財政支出策を掲げたが、野党の共和党はおろか巨額支出を拒む一握りの民主党議員の反発で風前のともしびだ。さらにガソリン高などインフレ圧力が国民生活を襲う。トランプ時代を脱した米国民は「バイデン氏で本当に大丈夫なのか」と思い始めた。バイデン氏の支持率は発足当初の50%台後半から40%台前半に落ちた。 &#160; &#160; 　中間選挙は全下院議員と上院議員の約3分の1を改選する。民主党は下院で過半数を4議席（20年の選挙）上回り、上院は与野党同数（ハリス副大統領の決選票で過半数に）と僅差で優位を保つ。政権の不人気を映し、下院は民主党が過半数を割ると大半の専門家がみる。改選州での共和党勢の引退で民主党に有利だった上院も予断を許さず、両院を失う大敗も起こりうる。 　共和党は勢いづく。21年11月のバージニア州知事選で実業家出身のヤンキン候補が、教育という民主党のお株を奪うテーマで無党派層の支持を広げ、民主党の地盤を制した。20年の敗北をいまだ認めないトランプ氏も24年の大統領選挙への出馬を再三におわせ支持者を鼓舞している。 　22年は早々から米国が「政治の季節」に突入することを覚悟しなければならない。 　中間選挙でバイデン氏の民主党が優位を失えば、法律の制定はほとんど進まない。オバマ政権初期の苦境が重なるが、当時40歳代のオバマ元大統領と比べても79歳と高齢のバイデン氏は不利だ。24年の再選出馬に意欲を示すバイデン氏だが、ハリス副大統領や39歳のブティジェッジ運輸長官などの「世代交代」がささやかれる。 &#160; 隙を突く中ロ、日本にも重責 &#160; 　世界でも指導力の空白が気になる。トランプ時代に多国間主義を守ったドイツのメルケル首相は在任16年を終えて引退した。フランスのマクロン大統領は春の大統領選挙で再選に臨むが圧勝には遠そうだ。欧州中央銀行（ECB）総裁を務め、20カ国·地域首脳会議（G20サミット）で実務力の高さを示したイタリアのドラギ首相も大統領への「勇退」との見方が出ている。 　24年の米大統領選を前にバイデン氏の影響力が低下すれば、気候変動への取り組みや国際協調の路線がトランプ氏や「トランプ的」な共和党の有力者にまたひっくり返される胸騒ぎが現実味を増す。 &#160; 　空白の隙を突くのは長期統治の路線を確保した強権勢力だ。台湾への脅しを続ける中国の習近平（シー·ジンピン）国家主席は今秋の共産党大会で3選を決め、決然と強硬路線を進めるだろう。ロシアのプーチン大統領はウクライナ侵攻の構えをちらつかせる。自由主義陣営の苦境をあざ笑うかのようだ。 　中ロの双方と隣国関係にあり、しかも米国から最重要の同盟国とみなされる日本の岸田文雄首相は、微妙なバランスのなかで世界の空白を埋める役割を担う。 &#160; 　夏の参院選が控えてはいるが、日本の政権の安定度はほかの先進国に比べてずっと高い。 バイデン氏との協調を重視しつつ、岸田氏はショルツ独首相ら欧州のリーダー、オーストラリアやインドのインド太平洋諸国の首脳との協力を深化させる必要がある。「停滞の米国」に身構え、積極的に行動することが日本の存在感の高さを示す好機となる。（日経新聞の記事終わる） &#160; &#160; 当面の問題点 &#160; １　アメリカ国内の問題 &#160; 　一言で言えば、高齢で、ミス発言の重なるバイデン大統領その人が、息子のハンター·バイデンのウクライナと中国との金銭受取疑惑等もあって、ロシアと中国に完全にナメられていること、それを言えば、カマラ·ハリス副大統領の無能さも完全に曝け出されていることです。彼女は女性であることと共に、黒人と東洋人の血が混じっているという今時アメリカで理想的な「白人を嫌う風潮」の中での「申し分のない」バイデン氏の後継と見られていたのが、やらせてみたら実務的無能さが曝け出され、逆に「お荷物」になっている、その点、トランプ前大統領とは全く違うことです。 &#160; ２　北朝鮮からの脅威 &#160; 　　北朝鮮の大統領·金正恩（キム·ジョン·ウン）は健康上の理由で、目下後継者問題で種々の噂が立っていますが、彼は北朝鮮の強みを発揮すべく、核兵器を開発し、日本近海にしきりに発射実験をしていますが、彼はトランプ氏とは好関係にありました。 &#160; ３　台湾との関係 &#160; 　　ロシアがウクライナに進出しようとしている様に、中国は、既に香港から民主主義勢力を追い出し、次は今にも、台湾攻撃に踏み切ろうとしています。日本にとって、これも非常に深刻な脅威となっていないでしょうか。 &#160; ４　日本内部の情勢　 &#160; 　　　特に沖縄米軍基地·辺野古の問題は色々と物議があるようですが、上記に挙げた中国からの深刻な脅威は、日本にとって全く他人事ではない、その早急なる解決が絶対に必要です。今年こそは、国家的危機として、日米首脳間で早急に結論を出し、即行動に移すべきであると信じます。（以上です。）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="font-size: large;"><strong>２０２２年の世界情勢と日米の動向</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: large;"><strong>　　　　　　　　　　　　　　　　　　坂　　達　也</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　下記は本日の日本経済新聞の記事ですが、当を得ている記事であると思いますので先ずお読みください。（記事の中での下線は筆者のもの）</p>
<p><span style="font-size: small;">　2022年の世界で最重要の政治イベントが、11月8日の米中間選挙だ。就任1年を前に支持率の低迷に直面するバイデン大統領だが、挽回の材料が見当たらない。議会での与党·民主党の優位が崩れれば、米国内だけでなく国際情勢のパワーバランスも変化する。「停滞の米国」に我々も身構える必要がある。</span></p>
<p><span style="font-size: small;">　1年前の当欄で私は「警戒的な楽観主義」を指摘した。バイデン政権はトランプ前大統領の孤立主義を修正し、新型コロナウイルスの危機も最悪期は過ぎた。経済や雇用は復調し、むしろサプライチェーン（供給網）の圧迫でインフレ圧力が襲う。全体的には21年は回復の年だった。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: medium;"><strong>米国「政治の季節」に突入も</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　22年はどうか。残念ながら世界情勢は一段と深い不確実性に包まれるのではないか。バイデン氏の滑り出しは良かった。新型コロナのワクチン接種拡大、現金給付策の迅速な決定などが支持を得た。「アメリカ·イズ·バック（米国は戻ってきた）」と欧州との同盟関係を修復し、温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」にも復帰した。</p>
<p>　だが21年夏から状況は暗転する。アフガニスタンからの米軍撤収はイスラム主義組織タリバンのアフガン制圧を許し、テロで米兵も死亡した。</p>
<p>　経済でも手を焼く。財政支出策を掲げたが、野党の共和党はおろか巨額支出を拒む一握りの民主党議員の反発で風前のともしびだ。さらにガソリン高などインフレ圧力が国民生活を襲う。トランプ時代を脱した米国民は「バイデン氏で本当に大丈夫なのか」と思い始めた。バイデン氏の支持率は発足当初の50%台後半から40%台前半に落ちた。</p>
<p><img src="blob:http://www.banministries.org/5aaeb00a-f01f-46f5-8eb6-cfd947cc93f0" alt="pastedGraphic.png" /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　中間選挙は全下院議員と上院議員の約3分の1を改選する。民主党は下院で過半数を4議席（20年の選挙）上回り、上院は与野党同数（ハリス副大統領の決選票で過半数に）と僅差で優位を保つ。政権の不人気を映し、下院は民主党が過半数を割ると大半の専門家がみる。改選州での共和党勢の引退で民主党に有利だった上院も予断を許さず、両院を失う大敗も起こりうる。</p>
<p>　共和党は勢いづく。21年11月のバージニア州知事選で実業家出身のヤンキン候補が、教育という民主党のお株を奪うテーマで無党派層の支持を広げ、民主党の地盤を制した。20年の敗北をいまだ認めないトランプ氏も24年の大統領選挙への出馬を再三におわせ支持者を鼓舞している。</p>
<p>　22年は早々から米国が「政治の季節」に突入することを覚悟しなければならない。</p>
<p>　中間選挙でバイデン氏の民主党が優位を失えば、法律の制定はほとんど進まない。オバマ政権初期の苦境が重なるが、当時40歳代のオバマ元大統領と比べても79歳と高齢のバイデン氏は不利だ。24年の再選出馬に意欲を示すバイデン氏だが、ハリス副大統領や39歳のブティジェッジ運輸長官などの「世代交代」がささやかれる。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: medium;"><strong>隙を突く中ロ、日本にも重責</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　世界でも指導力の空白が気になる。トランプ時代に多国間主義を守ったドイツのメルケル首相は在任16年を終えて引退した。フランスのマクロン大統領は春の大統領選挙で再選に臨むが圧勝には遠そうだ。欧州中央銀行（ECB）総裁を務め、20カ国·地域首脳会議（G20サミット）で実務力の高さを示したイタリアのドラギ首相も大統領への「勇退」との見方が出ている。</p>
<p>　24年の米大統領選を前にバイデン氏の影響力が低下すれば、気候変動への取り組みや国際協調の路線がトランプ氏や「トランプ的」な共和党の有力者にまたひっくり返される胸騒ぎが現実味を増す。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　空白の隙を突くのは長期統治の路線を確保した強権勢力だ。台湾への脅しを続ける中国の習近平（シー·ジンピン）国家主席は今秋の共産党大会で3選を決め、決然と強硬路線を進めるだろう。ロシアのプーチン大統領はウクライナ侵攻の構えをちらつかせる。自由主義陣営の苦境をあざ笑うかのようだ。</p>
<p>　中ロの双方と隣国関係にあり、しかも米国から最重要の同盟国とみなされる日本の岸田文雄首相は、微妙なバランスのなかで世界の空白を埋める役割を担う。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　夏の参院選が控えてはいるが、日本の政権の安定度はほかの先進国に比べてずっと高い。</p>
<p>バイデン氏との協調を重視しつつ、岸田氏はショルツ独首相ら欧州のリーダー、オーストラリアやインドのインド太平洋諸国の首脳との協力を深化させる必要がある。「停滞の米国」に身構え、積極的に行動することが日本の存在感の高さを示す好機となる。（日経新聞の記事終わる）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong><span style="font-size: medium;">当面の問題点</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>１　アメリカ国内の問題</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　一言で言えば、高齢で、ミス発言の重なるバイデン大統領その人が、息子のハンター·バイデンのウクライナと中国との金銭受取疑惑等もあって、ロシアと中国に完全にナメられていること、それを言えば、カマラ·ハリス副大統領の無能さも完全に曝け出されていることです。彼女は女性であることと共に、黒人と東洋人の血が混じっているという今時アメリカで理想的な「白人を嫌う風潮」の中での「申し分のない」バイデン氏の後継と見られていたのが、やらせてみたら実務的無能さが曝け出され、逆に「お荷物」になっている、その点、トランプ前大統領とは全く違うことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>２　北朝鮮からの脅威</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　北朝鮮の大統領·金正恩（キム·ジョン·ウン）は健康上の理由で、目下後継者問題で種々の噂が立っていますが、彼は北朝鮮の強みを発揮すべく、核兵器を開発し、日本近海にしきりに発射実験をしていますが、彼はトランプ氏とは好関係にありました。</p>
<p>&nbsp;</p>

<p><strong>３　台湾との関係</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　ロシアがウクライナに進出しようとしている様に、中国は、既に香港から民主主義勢力を追い出し、次は今にも、台湾攻撃に踏み切ろうとしています。日本にとって、これも非常に深刻な脅威となっていないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>４　日本内部の情勢　</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　　　特に沖縄米軍基地·辺野古の問題は色々と物議があるようですが、上記に挙げた中国からの深刻な脅威は、日本にとって全く他人事ではない、その早急なる解決が絶対に必要です。今年こそは、国家的危機として、日米首脳間で早急に結論を出し、即行動に移すべきであると信じます。（以上です。）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3963</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>完全なる自己放棄（ abandonment )により 神とフェース・ツー・フェイスに出会う   　　　　　　　 坂　　達　也    　　　　　 2020年6月４日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3738</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3738#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 04 Jun 2020 05:55:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[坂達也からの今月のメッセージ]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3738</guid>
		<description><![CDATA[完全なる自己放棄（ abandonment )により 　　　　　神とフェース・ツー・フェイスに出会う                             　　             　　　　　　　　　　　　　　　　　　 坂　　達　也 &#160; &#160; &#160; 　日本人程「頑張ること」の好きな国民はいないと思います。少なくとも言葉の上では、挨拶代わりに「頑張って！」「頑張りましょう！」が合言葉です。つまり日本人程「自分で何事も努力することを奨励し、尊ぶ」国民はいないと思います。確かに創造主の神を知らない人にとっては、頼りにするのは自分しかいない訳ですから、人を励ます意味においてこの言葉は、決して悪い言葉ではないかも分かりません。 　しかし、クリスチャンとしての私は、この「頑張れ！」という言葉を聞くと、何か複雑な気持ちになります。なぜなら、何事も自分の努力ですることは、根本的に聖書の原理と相反するからです。 　何故なら、クリスチャンとは、主を常に見上げ、主の言われることを聞いて、それに従う以外の生き方はないからです。神は私たち人間が、自分の努力で事を為すこと、自分で努力して物事を達成することから「休みなさい」すなわち完全なる自己放棄（complete abandonment)を先ず要求しているからです。 &#160; 　もっとはっきり言えば、神は私たちに自分では何もしてはいけない、只々「主の御顔を見上げて待ちなさい」と言われるのです。そこに要求されるのは「忍耐」です。そうすれば、全て主が、私たちに必要な「心の思い」を私たちの心の中に入れて下さり、それに忠実に従えばそれができるようになるのです。 &#160; 　「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」（マタイ１１：２８−３０）と主は言われます。その根底には「愛」があり、愛がすべてです。 &#160; &#160; 　さて今日は、その「完全なる自己放棄（complete abandonment)」をすることについてビル・ジョンソン師の証しをお分ちしたいと思います。それは１９７１年に、当時ベテル教会の主任牧師であった彼の父親が取り次いだメッセージを聞いて彼が決意したことです。 　お父さん先生は、私たちが「神ご自身に対してミニストリーをする」ことと「人々に対してするミニストリー」とは全く違うと語りました。ビル師は、その前から自分を神に放棄する( surrender )コミットメントをしていました。しかし、そのメッセージを聞いて時、口に言い表せないような深い感銘を受け、更なる決意をしたのです。神はそれに素早く応じられ、それ以来聖霊の臨在と神の力を受け始めました。 　そして１９９５年に至って、彼は「私は、もっと主を求めます。それがいかなる代価であっても、私はその代価を払います。」と日夜泣き叫び始めました。それは８ヶ月続きましたが、１０月のある夜、遂に神がそれに答えて下さったのです。但し、それは私が予想していない方法ででした。」と言います。 &#160; 　ビル師は、突然死んだように寝た状態からはっきりと目覚めた状態へと一瞬にして変へられ、突如として全く説明のできない物凄い力が彼の身体の中を走り始めました。それはあたかも壁のソケットに自身を差し込むことによって１０００ボルトの電流が彼の身体に流れ始めたかのようで、その電流に打たれ、神の前で彼は何も身動きできない状態になったと言います。 　それは神の御声を聞くとか、ビジョンを見るとかというレベルを遥かに超えた、彼はそれまでの人生で経験したことのない「物凄い圧倒的な力」そのものであった、それは神ご自身としか言いようがないーーと言い、これが彼が８ヶ月祈って来たことへの神の応えであったのです。 &#160; 　このパワー（電力）サージのうねりはその夜を通して続いたそうです。そして朝方６：３８AMにやっと止まり、彼はベッドから完全にリフレッシュして飛び起きたと言います。 　彼は、後日、これが「神とフェース・ツー・フェイスに出会った」経験であったということを知ったそうです。（以上はビル・ジョンソン師の著書：Face to Face with [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><strong>完全なる自己放棄（</strong><strong> abandonment )</strong><strong>により</strong></p>
<p><strong>　　　　　神とフェース・ツー・フェイスに出会う</strong><strong>                             </strong><strong>　　</strong><strong>            </strong></p>
<p><strong>　　　　　　　　　　　　　　　　　　</strong><strong> </strong><strong>坂　　達　也</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　日本人程「頑張ること」の好きな国民はいないと思います。少なくとも言葉の上では、挨拶代わりに「頑張って！」「頑張りましょう！」が合言葉です。つまり日本人程「自分で何事も努力することを奨励し、尊ぶ」国民はいないと思います。確かに創造主の神を知らない人にとっては、頼りにするのは自分しかいない訳ですから、人を励ます意味においてこの言葉は、決して悪い言葉ではないかも分かりません。</p>
<p>　しかし、クリスチャンとしての私は、この「頑張れ！」という言葉を聞くと、何か複雑な気持ちになります。なぜなら、何事も自分の努力ですることは、根本的に聖書の原理と相反するからです。</p>
<p>　何故なら、クリスチャンとは、主を常に見上げ、主の言われることを聞いて、それに従う以外の生き方はないからです。神は私たち人間が、自分の努力で事を為すこと、自分で努力して物事を達成することから「休みなさい」すなわち完全なる自己放棄（complete abandonment)を先ず要求しているからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　もっとはっきり言えば、神は私たちに自分では何もしてはいけない、只々「主の御顔を見上げて待ちなさい」と言われるのです。そこに要求されるのは「忍耐」です。そうすれば、全て主が、私たちに必要な「心の思い」を私たちの心の中に入れて下さり、それに忠実に従えばそれができるようになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　<strong>「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」</strong>（マタイ１１：２８−３０）と主は言われます。その根底には「愛」があり、愛がすべてです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>　</strong>さて今日は、その「完全なる自己放棄（complete abandonment)」をすることについてビル・ジョンソン師の証しをお分ちしたいと思います。それは１９７１年に、当時ベテル教会の主任牧師であった彼の父親が取り次いだメッセージを聞いて彼が決意したことです。</p>
<p>　お父さん先生は、私たちが「神ご自身に対してミニストリーをする」ことと「人々に対してするミニストリー」とは全く違うと語りました。ビル師は、その前から自分を神に放棄する( surrender )コミットメントをしていました。しかし、そのメッセージを聞いて時、口に言い表せないような深い感銘を受け、更なる決意をしたのです。神はそれに素早く応じられ、それ以来聖霊の臨在と神の力を受け始めました。</p>
<p>　そして１９９５年に至って、彼は「私は、もっと主を求めます。それがいかなる代価であっても、私はその代価を払います。」と日夜泣き叫び始めました。それは８ヶ月続きましたが、１０月のある夜、遂に神がそれに答えて下さったのです。但し、それは私が予想していない方法ででした。」と言います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ビル師は、突然死んだように寝た状態からはっきりと目覚めた状態へと一瞬にして変へられ、突如として全く説明のできない物凄い力が彼の身体の中を走り始めました。それはあたかも壁のソケットに自身を差し込むことによって１０００ボルトの電流が彼の身体に流れ始めたかのようで、その電流に打たれ、神の前で彼は何も身動きできない状態になったと言います。</p>
<p>　それは神の御声を聞くとか、ビジョンを見るとかというレベルを遥かに超えた、彼はそれまでの人生で経験したことのない「物凄い圧倒的な力」そのものであった、それは神ご自身としか言いようがないーーと言い、これが彼が８ヶ月祈って来たことへの神の応えであったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このパワー（電力）サージのうねりはその夜を通して続いたそうです。そして朝方６：３８AMにやっと止まり、彼はベッドから完全にリフレッシュして飛び起きたと言います。</p>
<p>　彼は、後日、これが「神とフェース・ツー・フェイスに出会った」経験であったということを知ったそうです。（以上はビル・ジョンソン師の著書：Face to Face with GOD からとったものです。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>モーセは神と口と口で語った</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　このビル・ジョンソン師のお話しから思い浮かぶのは、モーセが主の前に４０日４０夜、食べず、飲まずに主と共に過ごした経験です。それによって彼は神と「親しい友人」のように話し合う間柄になりました。そのモーセは荒野の旅に出ると、宿営の外に会見の天幕を張り、そこで彼は<strong>「神と口と口とで語り・・・</strong>（目の前に）<strong>主の姿を仰ぎ見ている」</strong>（民数記１２：８）と書かれていますから、私たちが真に決意して望めば、本当に「神とフェース・ツー・フェイスに出会える」のです。</p>
<p>　それには「神に出会えるなら、どんな代価でも払う」という決意と、時間を掛けてそれをまっとうする実行力、そして忍耐が必要です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　ヤコブの場合は、祝福を得るためにはどんな代価を払っても神にしがみ付いて離さず、神（天使）と格闘して遂に勝ちました。そして、生涯びっこを引いて歩くという代価を払いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　私たちクリスチャンは、神とお話しができると聞いて、それならやってみようとその訓練を始めますが、多くの人が簡単に諦めて、結局辞めてしまいます。</p>
<p>　「主と共に歩く」ことも同じです。主と共に歩くためには、先ず「完全に自己放棄（complete abandonment)」して、無心で主について行けば、主が必ず語ってくれ、それが聞こえるようになり、後はそれに従って行けば良いのです。まさに「<strong>わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」</strong>（終わり）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3738</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>神の娘たちの新しい出発  ラナ・ヴァウサー（Lana Vawser Ministries)２０１９年１０月２６日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3602</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3602#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Oct 2019 07:32:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3602</guid>
		<description><![CDATA[神の娘たちの新しい出発ラナ・ヴァウサー（Lana Vawser Ministries)解放と啓示最近私は、主が「神の娘たちよ、今はあなたの新しい出発の時です。」と言われるのを聞きました。これを聞いて私は、主が主の娘たち、即ち皆さん方を励ましておられるのを強く感じました。皆さんの上に新しい始まりを宣言する天からの声が、私を取り囲みました！シフトが起こることが宣言され、偉大なる解放と啓示が起こっています。今は神の娘たちの人生の新しいシーズンであり、「解放と啓示が急速に明確になっている」と主が言われました。あなたを縛っていた鎖を神は今解き放っているのです。神はあなたを閉鎖的にしていた考え方を取り去っています。神はあなたを窒息させていた抑圧を取り去っています。神はあなたを混乱に陥れていた絶望と落胆の旋風を取り去っています。主は今「新しい始まり」がどのようなものであるかを啓示されています。あなたは自分のアイデンティティーに関するフレッシュな啓示を受け取ります。あなたの召しがはっきりわかるようになってきます。神の御霊があなたの人生に、そしてあなたの人生を通して働いておられるのを、あなたはもっとはっきりと分かるようになってきます。あなたは神の御声を聞き、主の言われることを確信するシーズンに入っています。以前は敵が主の言葉を曲げて混乱させるので、あなたはふらふらとよろめいていました。しかし、今あなたははっきりと主の御声を聞き、確信と平安を持つようになりました。あなたは神の御声を聞ける確信が絶対必要です。なぜならば、それは主があなたを遣わそうとしている場所で必要だからです。あなたが新しく主から与えられる仕事、新しい扉、主と共にする冒険や事業のためにそれが必要なのです。あなたがただ主の声だけを土台とし、主の声によって強くされることを主ははっきり確認される必要があるのです。神の娘たちに対して非常に厳しいブートキャンプ（新兵訓練）とウエイトトレーニングが、様々な方法で行われています。主はそれによって神の娘たちの霊的信仰の筋肉を鍛え上げているのです。周りの困難な状況や敵からの攻撃の言葉を押しやり、神の御言葉だけに立つことが出来るように、主はあなたの信仰の筋肉を強化しているのです。主は娘たちが主の御声をはっきり聞き、それを確信できるように強化訓練されています。それは現代の「エステルたち」が腹の中に主の言葉の火を持って、都市や国に出て行き、そこの文化習慣に影響を与えて造り変え、神の御国を拡大するためです。新しいストーリーを書く私は主が言われるのを聞きました。「あなたは新しいストーリー、物語を書いているのです。」私たちの行く道が変っていきます。一つの物語が終り、次の物語が始まります。主はこの新しい時代にあなたのために非常に多くの神からのサプライズ（突然の贈り物）を用意されています。そのために備えるのは神の娘に与えられている責任です。今「主よ、私はどのように備えをすればいいのでしょうか？神よ、何が私にとって備えとなるのでしょうか？主よ、どうか私に備えをさせてください。」と祈り願うことが、今、緊急に必要です。神の娘たちのランプに十分な油があることがきわめて重要です。（マタイ２５：１−１３）栄光の王が来ようとしています。（詩編２４：７−９）神の重要なタイミングが今、娘たちに来ています。娘たちが自分のアイデンティティーを見出し、神から相続すべきものを知って受け取り、社会への影響力を増す時なのです。あなたのために備えられている新しいストーリーを恐れないでください。それは神があなたの人生に、そしてあなたの人生を通して作られる歴史を証人として見るストーリーであり、今までとは違うことが起りはじめるのです。今、多くの事がここにかかっています。主と共に秘密の部屋に入り、主を喜び、主を知り、主にだけあなたの愛を捧げ、主の導きに従うことが極めて重要です。配線しなおされ、求められる（Rewired and Required）私はイエスが主の娘たちの脳を直しているヴィジョンを見ました。主は最高の名外科医のように見えました。主は私を見上げて微笑み、「神が配線しなおす時がきました。」と言われました。すると直ぐに私は、 娘たちの人生の中にある「主の御言葉や主の思い（１コリント２：１６）とは一致しない思考パターン」と「思いの中にある敵の要塞」を主が表面に浮かび上がらせていると強く感じました。主はこれらの習性的思考パターンをいろいろな方法で表面に浮かび上がらせておられました。それは次から次へどんどん現われてきました。それがあなたに起こったとき、どうかパニックになったり落ち込んだりしないでください。主は、あなたが悪い思考パターンに同調していたことを悔い改め、それらとの契約を破棄し、聖霊に主の真理を訊ねるようにと浮かび上がらせておられるのです。このプロセスでは、大々的な配線のし直しが起こっています。それは癒し、解放、自由、昇格を生み出すための新しい配線です。次に主は「必要とされる 」という言葉を示されました。再びエステルのヴィジョンが目の前に現われ、主が「娘たちは必要とされます」と言うのが聞こえました。皆さんは主に召し出されるのです。この新しい時に、 神の御手で備えられた特別な場所で、あなたの口は神の知恵で満たされ、一人、或いは１００人とか何百人に向かって、神が遣わされるところならどこででも、あなたは用いられるようになります。今こそあなたが必要とされる所に行き、神が備えられたすべてに携わるときなのです。今がその時です。（エステル４：１４）あなたは心の奥底の戦いを経験し苦悩することもありました。しかし主はあなたの心を一新する深い訓練を通して、苦しみ、葛藤を打ち破っておられます。あなたは信仰によって生き、より高いレベルのリアリティーに生き、上に登っていくのです。神の知恵を願ってください。（ヤコブ１：５）そうすればあなたは知恵で満たされ、天からの知恵、見識、方向性と天の計画で溢れるようになります。シフトの時が来ました！あなたの新しい出発が始まりました！　解放と啓示が起こるのをよく見ていてください！（終り）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>神の娘たちの新しい出発<br /><br />ラナ・ヴァウサー（Lana Vawser Ministries)<br /><br />解放と啓示<br />最近私は、主が「神の娘たちよ、今はあなたの新しい出発の時です。」と言われるのを聞きました。これを聞いて私は、主が主の娘たち、即ち皆さん方を励ましておられるのを強く感じました。皆さんの上に新しい始まりを宣言する天からの声が、私を取り囲みました！シフトが起こることが宣言され、偉大なる解放と啓示が起こっています。<br /><br />今は神の娘たちの人生の新しいシーズンであり、「解放と啓示が急速に明確になっている」と主が言われました。<br />あなたを縛っていた鎖を神は今解き放っているのです。神はあなたを閉鎖的にしていた考え方を取り去っています。神はあなたを窒息させていた抑圧を取り去っています。神はあなたを混乱に陥れていた絶望と落胆の旋風を取り去っています。<br /><br />主は今「新しい始まり」がどのようなものであるかを啓示されています。あなたは自分のアイデンティティーに関するフレッシュな啓示を受け取ります。あなたの召しがはっきりわかるようになってきます。神の御霊があなたの人生に、そしてあなたの人生を通して働いておられるのを、あなたはもっとはっきりと分かるようになってきます。<br /><br />あなたは神の御声を聞き、主の言われることを確信するシーズンに入っています。<br />以前は敵が主の言葉を曲げて混乱させるので、あなたはふらふらとよろめいていました。しかし、今あなたははっきりと主の御声を聞き、<br />確信と平安を持つようになりました。あなたは神の御声を聞ける確信が絶対必要です。なぜならば、それは主があなたを遣わそうとしている場所で必要だからです。<br /><br />あなたが新しく主から与えられる仕事、新しい扉、主と共にする冒険や事業のためにそれが必要なのです。あなたがただ主の声だけを土台とし、主の声によって強くされることを主ははっきり確認される必要があるのです。神の娘たちに対して非常に厳しいブートキャンプ（新兵訓練）とウエイトトレーニングが、様々な方法で行われています。主はそれによって神の娘たちの霊的信仰の筋肉を鍛え上げているのです。周りの困難な状況や敵からの攻撃の言葉を押しやり、神の御言葉だけに立つことが出来るように、主はあなたの信仰の筋肉を強化しているのです。<br /><br />主は娘たちが主の御声をはっきり聞き、それを<br />確信できるように強化訓練されています。それは現代の「エステルたち」が腹の中に主の言葉の火を持って、都市や国に出て行き、そこの文化習慣に影響を与えて造り変え、神の御国を拡大するためです。<br /><br />新しいストーリーを書く<br /><br />私は主が言われるのを聞きました。「あなたは新しいストーリー、物語を書いているのです。」私たちの行く道が変っていきます。一つの物語が終り、次の物語が始まります。主はこの新しい時代にあなたのために非常に多くの神からのサプライズ（突然の贈り物）を用意されています。そのために備えるのは神の娘に与えられている責任です。今「主よ、私はどのように備えをすればいいのでしょうか？神よ、何が私にとって備えとなるのでしょうか？<br />主よ、どうか私に備えをさせてください。」と祈り願うことが、今、<br />緊急に必要です。神の娘たちのランプに十分な油があることがきわめて重要です。（マタイ２５：１−１３）<br /><br /><br />栄光の王が来ようとしています。（詩編２４：７−９）神の重要なタイミングが今、娘たちに来ています。娘たちが自分のアイデンティティーを見出し、神から相続すべきものを知って受け取り、社会への影響力を増す時なのです。<br /><br />あなたのために備えられている新しいストーリーを恐れないでください。それは神があなたの人生に、そしてあなたの人生を通して作られる歴史を証人として見るストーリーであり、今までとは違うことが起りはじめるのです。今、多くの事がここにかかっています。主と共に秘密の部屋に入り、主を喜び、主を知り、主にだけあなたの愛を捧げ、主の導きに従うことが極めて重要です。<br /><br /><br />配線しなおされ、求められる（Rewired and Required）<br />私はイエスが主の娘たちの脳を直しているヴィジョンを見ました。主は最高の名外科医のように見えました。主は私を見上げて微笑み、「神が配線しなおす時がきました。」と言われました。すると直ぐに私は<br />、 娘たちの人生の中にある「主の御言葉や主の思い（１コリント２：１６）とは一致しない思考パターン」と「思いの中にある敵の要塞」を主が表面に浮かび上がらせていると強く感じました。<br /><br /><br />主はこれらの習性的思考パターンをいろいろな方法で表面に浮かび上がらせておられました。それは次から次へどんどん現われてきました。それがあなたに起こったとき、どうかパニックになったり落ち込んだりしないでください。主は、あなたが悪い思考パターンに同調していたことを悔い改め、それらとの契約を破棄し、聖霊に主の真理を訊ねるようにと浮かび上がらせておられるのです。このプロセスでは、大々的な配線のし直しが起こっています。それは癒し、解放、自由、昇格を生み出すための新しい配線です。<br /><br />次に主は「必要とされる 」という言葉を示されました。再びエステルのヴィジョンが目の前に現われ、主が「娘たちは必要とされます」と言うのが聞こえました。皆さんは主に召し出されるのです。<br /><br />この新しい時に、 神の御手で備えられた特別な場所で、あなたの口は神の知恵で満たされ、一人、或いは１００人とか何百人に向かって、神が遣わされるところならどこででも、あなたは用いられるようになります。今こそあなたが必要とされる所に行き、神が備えられたすべてに携わるときなのです。今がその時です。（エステル４：１４）<br /><br />あなたは心の奥底の戦いを経験し苦悩することもありました。しかし主はあなたの心を一新する深い訓練を通して、苦しみ、葛藤を打ち破っておられます。あなたは信仰によって生き、より高いレベルのリアリティーに生き、上に登っていくのです。<br /><br />神の知恵を願ってください。（ヤコブ１：５）そうすればあなたは知恵で満たされ、天からの知恵、見識、方向性と天の計画で溢れるようになります。シフトの時が来ました！<br />あなたの新しい出発が始まりました！　解放と啓示が起こるのをよく見ていてください！<br />（終り）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3602</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>神との関係をレベルアップする（その２）  グラハム・クック 2019年１０月１４日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3599</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3599#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 14 Oct 2019 10:50:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3599</guid>
		<description><![CDATA[神との関係をレベルアップする（その２）グラハム・クックもしあなたが御国の実力者になりたいならば、イエスがあなたにとってどれほどの方かという深みを知らねばなりません。神の愛を本当に理解する時、あなたは高みに上るのです。神は今、「キリストが私たちにとってどういうお方か」という私たちの土台を強固なものとし、イエスの中に私たちがさらに深く入るようにと招いておられるのだと私は思います。これからあなたのデボーションの時のために、あなたと神の関係のために預言をしたいと思います。どうかこれをいつも見て、どのように祈ればいいのかを学んでください。これをあなたの祈りのノートに書き留めて祈ってください。あなたのための神のことばわたしはあなたを永遠の愛で愛しました。そして慈しみと愛をもってあなたを私の臨在へと引き寄せました。わたしはあなたをわたしの息子イエスの中に入れ、わたしがイエスを扱うのと同じようにあなたを扱えるようにしました。イエスはわたしの愛する子であり、あなたも又彼の中にあって、神に愛されている者です。あなたのうちに信仰を生まれさせたのは、わたしの愛です。あなたが困難な状況の中で、恐れや不安を抱かずに立つことができるのは、わたしの喜びがあるからです。わたしの威厳ある力があなたを勝利させるのです。「わたしはある」というものがあなたに信仰を与え、情熱を与え、勝利させるのです。わたしの計画はあなたに王のような威厳のある心と思いを与えることです。わたしたちは（父、子、聖霊）、非常に強い期待をもってあなたを見守っています。わたしたちはあなたがキリストのうちにあって、キリストのようなることを学んでいることを大変喜んでいます。あなたがわたしたちのうちにあって今の新しいシーズンにどのような者になるかを、大きな期待をもって見守っています。わたしたちはあなたのキリストにある旅路に深く関与しています。ですから、あなたがわたしたちから最大の厚意（フェイバー）を受けて生き、あなたのために整えてある溢れるばかりの豊かさを享受し、主のうちに住む許可をわたしたちは与えます。あなたが成長していく姿にわたしたちが心を奪われているように、あなたも人生を１００％生きてください。わたしたちがあなたのためにしているすべての事にあなたが注意を払う許可を与えます。わたしたちがあなたのフォーカスであり、あなたの情熱であり、あなたの人脈です。あなたが今まで経験したことがないほど楽しみ、物事をよく見て、成長する許可を与えます。あなたはこの人生の中でわたしたちと同じようになるのです。あなたの「新しい人」には、この世でイエスが生きたように生きることを一番の目的とする許可が与えられています。あなたに与えたすべての約束は「しかり、アーメン」を携えています。あなたは２倍の祝福と厚意を神から受け、有利な立場に立っているのです。わたしたちはあなたが御国で何倍もの力を持つ人になって欲しいのです。ですから、わたしたちは言います。「わたしたちのところにきて、わたしたちと共にあなたの座に着きなさい。わたしたちがあなたのために整えたすべてのことにおいて、安息し、信頼し、感謝することを学びなさい。」わたしたちは忠実さを好みます。ですからあなたが何よりもわたしたちの言葉を信頼することを求めます。あなたが「それは必ず起こる」と期待して生きるように今訓練しています。わたしたちは、あなたの人生で起こるすべての状況、出来事を用いてあなたを訓練し、啓発し、昇格させ、昇進させて、あなたが今まで以上にキリストの内に、そして御国に来るようにします。そしてキリストにあって、最早この世に束縛されることなく、荘厳な御国へと解き放たれることを宣言します。わたしたちは、神の偉大さがあなたの新しい基準（普通のこと）になる許可を与えます。その代り、わたしたちは一つの事をあなたに求めます。あなたに対するわたしたちの忠実さを信頼し、どのような状況にあっても信仰を告白することです。なぜなら信仰の告白は、わたしたちと同じように見、考え、話すための力をあなたに与えるからです。それによってあなたが新しい人となり、わたしたちのようになるための力が与えられるからです。あなたは将来をつねに喜びをもって期待し待ち望みます。あなたはすべての状況は好転すると予期し、すべての状況をわたしたちの尊厳のある目を通して見ます。それによってあなたの心は新しくされ、すべての事を御国の中の出来事に一変させることができます。あなたは、御国の知恵と啓示の霊を与えられ、何ものにも阻まれない固い真理を掴むので、 イエスが真にあなたの道、あなたの真理、あなたの命となります。わたしたちの輝く愛からあなたを引き離す告発や辱めはありません。却って、わたしたちとの交わりが与える力を放つ確信に満ちた大胆さが、あなたがそれを最も必要とする時のために育まれています。あなたはわたしたちの中にいます。わたしたちは変ることがありません。わたしたちは永遠に真実であり、不変です。あなたがどれほど成功しても、又どれほど失敗しても、わたしたちは全く変ることはありません。ですから、あなたがどのような状況にあっても、わたしたちはあなたのそばにいてあなたを助けます。わたしたちはあなたに誠実であり、忠実であり続けます。ですからわたしたちに対してあなたも同じように誠実で忠実であるように、あなたが自分を訓練する番です。あなたはわたしたちの内にあり、わたしたちは常に喜んでいるのですから、あなたも心配したり、恐れたり、不安になったり、くじけたりしないように訓練するのです。わたしたちはいつもハッピーです。あなたに話す言葉はすべて、わたしたちの喜びがあなたのうちにあり、満ちあふれるためのものです。わたしたちは大胆です。わたしたちは絶対的に自信があり、喜ばしい確信をもって語ります。わたしたちは二心ではありません。キリストにあってすべては「しかり、アーメン」なのです。わたしたちが赤信号に変えるまでは、あなたの前の信号は青なのです。ですから「今はその時でしょうか？」と聞くべきではありません。わたしたちは勿論、「そうです、今はその時です。」と答えるでしょう。なぜならば、あなたが前進するべき時はすでに過ぎているからです。ですからあなたは今追いつかねばなりません。わたしたちは「あなたのタイミングは、今だ！」と言います。今日がそうです。今がその時であり、「しかり、アーメン」の時です。青信号ですから走ってください。あなたが直面するすべての場所に、わたしたちはあなたの先に行っています。わたしたちはそこにあるすべての問題を知っています。わたしたちはそこに必要なものを今置いていますから、あなたがその場所に着く時には、そこで必要なものをすぐ受けることができます。ですから、あなたが今の地点で 必要なものはすでにわたしたちによって調えられているのです。「それをあなたは見つけます。」と宣言します。あなたは「ここに何があるのですか？この事態のためにあなたはすでに何をしてくださったのですか？　ここにすでに備えられたものは何ですか？この問題を感謝します。ここにあなたが与えた可能性は何ですか？」とわたしたちに訊かねばなりません。すべての問題のすぐ横には必ず可能性がおかれていることをあなたに知ってほしいのです。あなたは解決が伴わない問題に出会うことは決してないのです。すべての問題は必ず解決が用意されていて、わたしたちはあなたがそれを見つけるように助けます。それを見つけて掴み、使って、解決するのです。あなたは御国の住人であり、それが御国のやり方だからです。「この世で霊的に生きる」というのは、この世に生きていても「この世の者」になってはいけないということです。あなたは御国の者になってください。もし、この世が野球をしているとするならば、御国ではもっと激しいアメリカン•フットボールをしています。誰かが怪我をします。けれどもイエスは地獄よりも頑丈です。あなたがイエスを信じ期待するならば、それはあなたの見方、考え方、話し方、行動、信じ方を強固なものにしていくのです。わたしたちの意図は、わたしたちとの交わりを通してあなたが強くなることです。わたしたちが許可していることとパワフルに出会ってほしいのです。あなたにすでに与えられているわたしたちとの人生を実践し喜ぶならば、あなたにはすべてが許可されているのです。あなたをわたしたちの姿にするために意図しているのは、あなたがわたしたちと同じようないのちを持つことです。ですから、愛する者よ、立ち上がり、固く立つようにとわたしたちはあなたを召します。過去は最早過ぎ去ったと宣言します。今は新しい日であり、新しい日にはすべてのものが新しくなるのです。あなたは、過去の失敗、間違い、誤解をもう捨て去ります。あなたがわたしたちのところに来なかったのは不信仰の故でしたが、もうそれを捨てなさい。あなたは様々な状況をただ耐えるだけではなく、すべての状況を楽しむことを学ぶのです。わたしたちが発見の旅にあなたを就かせたからです。旅の途上、即ち、すべての状況、問題、人間関係の中に、あなたは贈り物を発見します。天国はただ物をずっと貯蔵しておく倉庫ではないことを知ってください。天国の倉庫に貯えられたものは地上に下りて来なければなりません。教会に「昇格」という贈り物が下りてくるならば、町の人々はみんな救われてきて、すべての人は神の厚意と祝福と豊かさを受けるようになるのです。天からの贈り物が、家族や地域社会に下りてくる必要があります。この地の人々が希望と期待を持つためには、皆さんが祝福されていることを彼らが見る必要があるのです。わたしたちはそのために働いているのです。どうかわたしたちのパートナーになってください。あなたは今までなかったほど力強くなります。あなたのために多くのことが用意されています。あなたが内なるキリストとの関係を強めるならば、最高の祝福が約束されているのです。あなたの用意が整ったならばいつでも始めましょう。わたしたちの用意は整っていますから。（終り）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>神との関係をレベルアップする（その２）<br /><br />グラハム・クック<br /><br />もしあなたが御国の実力者になりたいならば、イエスがあなたにとってどれほどの方かという深みを知らねばなりません。神の愛を本当に理解する時、あなたは高みに上るのです。神は今、「キリストが私たちにとってどういうお方か」という私たちの土台を強固なものとし、イエスの中に私たちがさらに深く入るようにと招いておられるのだと私は思います。<br /><br /><br />これからあなたのデボーションの時のために、あなたと神の関係のために預言をしたいと思います。どうかこれをいつも見て、どのように祈ればいいのかを学んでください。これをあなたの祈りのノートに書き留めて祈ってください。<br /><br />あなたのための神のことば<br /><br />わたしはあなたを永遠の愛で愛しました。そして慈しみと愛をもってあなたを私の臨在へと引き寄せました。わたしはあなたをわたしの息子イエスの中に入れ、わたしがイエスを扱うのと同じようにあなたを扱えるようにしました。イエスはわたしの愛する子であり、あなたも又彼の中にあって、神に愛されている者です。<br />あなたのうちに信仰を生まれさせたのは、わたしの愛です。あなたが困難な状況の中で、恐れや不安を抱かずに立つことができるのは、わたしの喜びがあるからです。わたしの威厳ある力があなたを勝利させるのです。「わたしはある」というものがあなたに信仰を与え、情熱を与え、勝利させるのです。わたしの計画はあなたに王のような威厳のある心と思いを与えることです。<br /><br />わたしたちは（父、子、聖霊）、非常に強い期待をもってあなたを見守っています。わたしたちはあなたがキリストのうちにあって、キリストのようなることを学んでいることを大変喜んでいます。あなたがわたしたちのうちにあって今の新しいシーズンにどのような者になるかを、大きな期待をもって見守っています。<br /><br />わたしたちはあなたのキリストにある旅路に深く関与しています。ですから、あなたがわたしたちから最大の厚意（フェイバー）を受けて生き、あなたのために整えてある溢れるばかりの豊かさを享受し、主のうちに住む許可をわたしたちは与えます。あなたが成長していく姿にわたしたちが心を奪われているように、あなたも人生を１００％生きてください。わたしたちがあなたのためにしているすべての事にあなたが注意を払う許可を与えます。わたしたちがあなたのフォーカスであり、あなたの情熱であり、あなたの人脈です。あなたが今まで経験したことがないほど楽しみ、物事をよく見て、成長する許可を与えます。<br /><br />あなたはこの人生の中でわたしたちと同じようになるのです。あなたの「新しい人」には、この世でイエスが生きたように生きることを一番の目的とする許可が与えられています。<br /><br />あなたに与えたすべての約束は「しかり、アーメン」を携えています。あなたは２倍の祝福と厚意を神から受け、有利な立場に立っているのです。わたしたちはあなたが御国で何倍もの力を持つ人になって欲しいのです。ですから、わたしたちは言います。「わたしたちのところにきて、わたしたちと共にあなたの座に着きなさい。わたしたちがあなたのために整えたすべてのことにおいて、安息し、信頼し、感謝することを学びなさい。」<br /><br />わたしたちは忠実さを好みます。ですからあなたが何よりもわたしたちの言葉を信頼することを求めます。あなたが「それは必ず起こる」と期待して生きるように今訓練しています。わたしたちは、あなたの人生で起こるすべての状況、出来事を用いてあなたを訓練し、啓発し、昇格させ、昇進させて、あなたが今まで以上にキリストの内に、そして御国に来るようにします。そしてキリストにあって、最早この世に束縛されることなく、荘厳な御国へと解き放たれることを宣言します。<br /><br />わたしたちは、神の偉大さがあなたの新しい基準（普通のこと）になる許可を与えます。その代り、わたしたちは一つの事をあなたに求めます。あなたに対するわたしたちの忠実さを信頼し、どのような状況にあっても信仰を告白することです。なぜなら信仰の告白は、わたしたちと同じように見、考え、話すための力をあなたに与えるからです。それによってあなたが新しい人となり、わたしたちのようになるための力が与えられるからです。<br /><br />あなたは将来をつねに喜びをもって期待し待ち望みます。あなたはすべての状況は好転すると予期し、すべての状況をわたしたちの尊厳のある目を通して見ます。それによってあなたの心は新しくされ、すべての事を御国の中の出来事に一変させることができます。<br /><br />あなたは、御国の知恵と啓示の霊を与えられ、何ものにも阻まれない固い真理を掴むので、 イエスが真にあなたの道、あなたの真理、あなたの命となります。<br /><br />わたしたちの輝く愛からあなたを引き離す告発や辱めはありません。却って、わたしたちとの交わりが与える力を放つ確信に満ちた大胆さが、あなたがそれを最も必要とする時のために育まれています。<br /><br />あなたはわたしたちの中にいます。わたしたちは変ることがありません。わたしたちは永遠に真実であり、不変です。あなたがどれほど成功しても、又どれほど失敗しても、わたしたちは全く変ることはありません。ですから、あなたがどのような状況にあっても、わたしたちはあなたのそばにいてあなたを助けます。わたしたちはあなたに誠実であり、忠実であり続けます。<br /><br />ですからわたしたちに対してあなたも同じように誠実で忠実であるように、あなたが自分を訓練する番です。あなたはわたしたちの内にあり、わたしたちは常に喜んでいるのですから、あなたも心配したり、恐れたり、不安になったり、くじけたりしないように訓練するのです。<br />わたしたちはいつもハッピーです。あなたに話す言葉はすべて、わたしたちの喜びがあなたのうちにあり、満ちあふれるためのものです。<br /><br />わたしたちは大胆です。わたしたちは絶対的に自信があり、喜ばしい確信をもって語ります。わたしたちは二心ではありません。キリストにあってすべては「しかり、アーメン」なのです。わたしたちが赤信号に変えるまでは、あなたの前の信号は青なのです。ですから「今はその時でしょうか？」と聞くべきではありません。わたしたちは勿論、「そうです、今はその時です。」と答えるでしょう。なぜならば、あなたが前進するべき時はすでに過ぎているからです。<br /><br />ですからあなたは今追いつかねばなりません。わたしたちは「あなたのタイミングは、今だ！」と言います。今日がそうです。今がその時であり、「しかり、アーメン」の時です。青信号ですから走ってください。<br /><br />あなたが直面するすべての場所に、わたしたちはあなたの先に行っています。<br />わたしたちはそこにあるすべての問題を知っています。わたしたちはそこに必要なものを今置いていますから、あなたがその場所に着く時には、そこで必要なものをすぐ受けることができます。<br /><br />ですから、あなたが今の地点で 必要なものはすでにわたしたちによって調えられているのです。「それをあなたは見つけます。」と宣言します。あなたは「ここに何があるのですか？<br />この事態のためにあなたはすでに何をしてくださったのですか？　ここにすでに備えられたものは何ですか？<br />この問題を感謝します。ここにあなたが与えた可能性は何ですか？」とわたしたちに訊かねばなりません。すべての問題のすぐ横には必ず可能性がおかれていることをあなたに知ってほしいのです。<br /><br />あなたは解決が伴わない問題に出会うことは決してないのです。すべての問題は必ず解決が用意されていて、わたしたちはあなたがそれを見つけるように助けます。それを見つけて掴み、使って、解決するのです。あなたは御国の住人であり、それが御国のやり方だからです。<br /><br />「この世で霊的に生きる」というのは、この世に生きていても「この世の者」になってはいけないということです。あなたは御国の者になってください。もし、この世が野球をしているとするならば、御国ではもっと激しいアメリカン•フットボールをしています。誰かが怪我をします。けれどもイエスは地獄よりも頑丈です。あなたがイエスを信じ期待するならば、それはあなたの見方、考え方、話し方、行動<br />、信じ方を強固なものにしていくのです。<br /><br />わたしたちの意図は、わたしたちとの交わりを通してあなたが強くなることです。わたしたちが許可していることとパワフルに出会ってほしいのです。あなたにすでに与えられているわたしたちとの人生を実践し喜ぶならば、あなたにはすべてが許可されているのです。<br /><br />あなたをわたしたちの姿にするために意図しているのは、あなたがわたしたちと同じようないのちを持つことです。ですから、愛する者よ、立ち上がり、固く立つようにとわたしたちはあなたを召します。<br />過去は最早過ぎ去ったと宣言します。今は新しい日であり、新しい日にはすべてのものが新しくなるのです。あなたは、過去の失敗、間違い、誤解をもう捨て去ります。<br /><br />あなたがわたしたちのところに来なかったのは不信仰の故でしたが、もうそれを捨てなさい。あなたは様々な状況をただ耐えるだけではなく、すべての状況を楽しむことを学ぶのです。わたしたちが発見の旅にあなたを就かせたからです。旅の途上、即ち、すべての状況、問題、人間関係の中に、あなたは贈り物を発見します。<br /><br />天国はただ物をずっと貯蔵しておく倉庫ではないことを知ってください。天国の倉庫に貯えられたものは地上に下りて来なければなりません。<br />教会に「昇格」という贈り物が下りてくるならば、町の人々はみんな救われてきて、すべての人は神の厚意と祝福と豊かさを受けるようになるのです。天からの贈り物が、家族や地域社会に下りてくる必要があります。この地の人々が希望と期待を持つためには、<br />皆さんが祝福されていることを彼らが見る必要があるのです。<br /><br />わたしたちはそのために働いているのです。どうかわたしたちのパートナーになってください。あなたは今までなかったほど力強くなります。あなたのために多くのことが用意されています。あなたが内なるキリストとの関係を強めるならば、最高の祝福が約束されているのです。あなたの用意が整ったならばいつでも始めましょう。わたしたちの用意は整っていますから。<br />（終り）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3599</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>敵の真中で平安を保つ（その２） フランシス・フランジペイン（Ministries of Francis Frangipane）</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3594</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3594#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 Oct 2019 05:06:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3594</guid>
		<description><![CDATA[敵の真中で平安を保つ（その２） フランシス・フランジペイン（Ministries of Francis Frangipane） 平和をつくる者は神の子平安は聖霊の力です。平安は聖霊の特性であり、平安のうちを歩むならば、あなたは力の中を歩んでいるのです。平和をつくる者とは、ただ戦争に反対する者のことではありません。その人の内なる霊と生き方がキリストに全く服従し、神の子と呼ばれるにふさわし者のことです。（マタイ５：９）その人が行く所には神も行かれ、神が行かれるところにはその人も行くのです。その人は恐れず、沈着で、大胆です。炎から光と熱が出るように、その人からは平安が周りに放たれ出ます。人生の戦いの中で、あなたの平安は実際に武器となります。あなたの確信ある姿は「私はサタンの偽りに決して屈しない！」と宣言しているのです。敵に対して霊的権威を持つための第一歩は、どのような状況の中でも平安を持つことです。イエスがサタンに立ち向かった時、主は自分の感情や、恐れで立ち向ったのではありません。主はサタンが偽り者であることを知っておられたので、ただ神の声以外のものに影響を受けることを拒否されただけでした。主の平安はサタンを圧倒しました。そして主の権威は偽りを打ち砕き、悪霊は逃げ去ったのです。支配する前に安息せよ詩編２３：４でダビデは「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私と共におられますから。」と宣言しています。神と共に歩くとき、「わざわいを全く恐れない」という境地になりえるのです。ダビデの生涯で多くの敵に直面しました。ライオン、熊、巨人、正気を無くした王、自分の息子などです。この詩編で彼は「死の陰」の中に立っていましたが、わざわいを恐れなかったのです。ダビデは主に信頼していました。「あなたが私とともにおられますから。」と言ったのです。神がともにおられるのですから、私たちが神への信頼を保つかぎり直面するすべての敵に勝利することができるのです。ダビデは続けて５節で「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、」と言っています。神を信頼してください。あなたが今戦っている戦いは、もうすぐ荒野での食事になるのです。それは即ち、あなたを霊的に養い建て上げる経験となるのです。戦いの時、あなたの肉の反応を鎮めることが出来るのは神の平安だけです。「御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。」のです。（黙示録４：６）ガラスの海とは、さざ波もうねりもなく、神を悩ます何の不安もないことを象徴しています。主は決して心配せず、決して慌てません。主に解決できないことなど一つもないのです。主のまわりの海は、全く静かで、完全に穏やかです。私たちの勝利はすべてそこに主と共に座すところから流れ出てくるのです。神は私たちの父です。天のエルサレムは私たちの母であり私たちの新しい性質が生まれたところです。（ガラテヤ４：２６）そしてあなたは神に愛されている子供であり、御父の家に属し、神の家族の一員なのです。（エペソ２：１９）あなたは天国に入るために努力しているのではなく、天国で霊的に生まれたものであることを啓示によって知らねばなりません。（ヨハネ３：１−８参照）あなたと万能の神との関係を正しく知り、確信をもってください。天で新生した者たちに、御父は「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」と言われます。（詩編１１０：１）あなたが戦いに出かける前に、サタンが恐れているのはあなたではなく、あなたの中におられるキリストであることを知ってください！私たちはよみがえり、キリストと共に天の所に座っているのです。（エペソ２：６）戦いの中で私たちが最初にするべきは「神を讃美することだ」と聖霊が語り続けている理由はここにあります。まず神の臨在の中にあなたの座を定めてください。キリストがすでにあなたの敵をあなたの足の足台にしたことを知って安心して座してください。「主は、あなたの力強い杖をシオンから伸ばされる。『あなたの敵の真中で治めよ。』」（詩編１１０：２）安息が統治の前にあります。平安が力の前にあります。神があなたを統治するのに服するまでは、敵を統治しようとしてはなりません。すべての勝利の焦点は、神を見つけ出すまで神を捜し、神を見つけたならば神の臨在があなたの霊を神の平安で満たすようにすることです。神の右の座で完全に保証され、神の勝利の中で安息するならば、あなたは敵の真中で治めるのです。（終り）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><strong><span style="font-size: large;">敵の真中で平安を保つ（その２）</span></strong></p>
<p><br /><strong><span style="font-size: large;">フランシス・フランジペイン</span></strong>（Ministries of Francis Frangipane）</p>
<p><br /><span style="font-size: medium;"><strong>平和をつくる者は神の子</strong></span><br /><br />平安は聖霊の力です。平安は聖霊の特性であり、平安のうちを歩むならば、あなたは力の中を歩んでいるのです。平和をつくる者とは、ただ戦争に反対する者のことではありません。その人の内なる霊と生き方がキリストに全く服従し、神の子と呼ばれるにふさわし者のことです。（マタイ５：９）その人が行く所には神も行かれ、神が行かれるところにはその人も行くのです。その人は恐れず、沈着で、大胆です。炎から光と熱が出るように、その人からは平安が周りに放たれ出ます。<br /><br />人生の戦いの中で、あなたの平安は実際に武器となります。あなたの確信ある姿は「私はサタンの偽りに決して屈しない！」と宣言しているのです。敵に対して霊的権威を持つための第一歩は、どのような状況の中でも平安を持つことです。イエスがサタンに立ち向かった時、主は自分の感情や、恐れで立ち向ったのではありません。主はサタンが偽り者であることを知っておられたので、ただ神の声以外のものに影響を受けることを拒否されただけでした。主の平安はサタンを圧倒しました。そして主の権威は偽りを打ち砕き、悪霊は逃げ去ったのです。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size: medium;">支配する前に安息せよ</span></strong><br /><br />詩編２３：４でダビデは<strong>「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私と共におられますから。」</strong>と宣言しています。神と共に歩くとき、「わざわいを全く恐れない」という境地になりえるのです。ダビデの生涯で多くの敵に直面しました。ライオン、熊、巨人、正気を無くした王、自分の息子などです。この詩編で彼は「死の陰」の中に立っていましたが、わざわいを恐れなかったのです。ダビデは主に信頼していました。「あなたが私とともにおられますから。」と言ったのです。<br /><br /><br />神がともにおられるのですから、私たちが神への信頼を保つかぎり直面するすべての敵に勝利することができるのです。ダビデは続けて５節で「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、」と言っています。神を信頼してください。あなたが今戦っている戦いは、もうすぐ荒野での食事になるのです。それは即ち、あなたを霊的に養い建て上げる経験となるのです。<br /><br />戦いの時、あなたの肉の反応を鎮めることが出来るのは神の平安だけです。<br />「御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。」のです。（黙示録４：６）ガラスの海とは、さざ波もうねりもなく、神を悩ます何の不安もないことを象徴しています。主は決して心配せず、決して慌てません。主に解決できないことなど一つもないのです。主のまわりの海は、全く静かで、完全に穏やかです。私たちの勝利はすべてそこに主と共に座すところから流れ出てくるのです。<br /><br />神は私たちの父です。天のエルサレムは私たちの母であり私たちの新しい性質が生まれたところです。（ガラテヤ４：２６）そしてあなたは神に愛されている子供であり、御父の家に属し、神の家族の一員なのです。（エペソ２：１９）あなたは天国に入るために努力しているのではなく、天国で霊的に生まれたものであることを啓示によって知らねばなりません。（ヨハネ３：１−８参照）あなたと万能の神との関係を正しく知り、確信をもってください。<br /><br />天で新生した者たちに、御父は<strong>「わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座に着いていよ。」</strong>と言われます。（詩編１１０：１）あなたが戦いに出かける前に、サタンが恐れているのはあなたではなく、あなたの中におられるキリストであることを知ってください！私たちはよみがえり、キリストと共に天の所に座っているのです。（エペソ２：６）<br /><br />戦いの中で私たちが最初にするべきは「神を讃美することだ」と聖霊が語り続けている理由はここにあります。まず神の臨在の中にあなたの座を定めてください。<br />キリストがすでにあなたの敵をあなたの足の足台にしたことを知って安心して座してください。<strong>「主は、あなたの力強い杖をシオンから伸ばされる。『あなたの敵の真中で治めよ。』」</strong>（詩編１１０：２）<br /><br />安息が統治の前にあります。平安が力の前にあります。神があなたを統治するのに服するまでは、敵を統治しようとしてはなりません。すべての勝利の焦点は、神を見つけ出すまで神を捜し、神を見つけたならば神の臨在があなたの霊を神の平安で満たすようにすることです。神の右の座で完全に保証され、神の勝利の中で安息するならば、あなたは敵の真中で治めるのです。<br />（終り）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3594</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>２０１９年は過渡期の年　  　  ショーン・ボルツ（Bolz Ministries)</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3451</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3451#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 26 Feb 2019 17:06:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3451</guid>
		<description><![CDATA[&#160; ２０１９年は過渡期の年　 &#160; ショーン・ボルツ（Bolz Ministries) &#160; この預言は 個人に対するものではなく、非常に広い対象への言葉ですので、自分には当てはまらないと感じる方もあると思います。しかし神が私たちの霊の目を開いてくださるならば、今年神がしておられることを知り、あなたもそこに希望を見出すかもしれません。この預言をどうか心を開いて読んでください。そして神がこの預言を通してあなたに何を言われているのかを聞いてください。預言のことばは、人生を今までと違う角度で深く考える助けになります。もしあなたに新しい方向性が必要ならば、深く考える時間が必要です。人々から預言の言葉を聞き、イエスや人生について思索するならば、イエスをもっと深く知り、イエスがあなたと共に何をしておられるかを知ることができます。 &#160; エペソ１：１７−１８「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか．．．あなたがたが知ることができますように。」 &#160; 移り変わりの時 &#160; 「過渡期、転換期」という言葉は、人間にとってあまりうれしい響きをもっていませんが、今私たちがどのような「時」や「季節」にいるかを知るためにはよく理解する必要がある言葉です。２０１９年は、国家、ムーブメント、産業、各種グループ、そして個人的にも転換するための力が与えられる年です。この世のメディアは２０１９年を「近代史上、幾つかの重要な変革のための道備えをした年」と呼ぶようになると思います。 &#160; これから数年の間、 「変化と転換」が多くの国で新聞の見出しとなるでしょう。すなわち、リーダーが変わり、CEOが変わり、議長が変わり、主役の俳優が変わるというように多くの変化があります。またキリスト教界においても、世界中のムーブメントやミニストリー、又大きな教会等に新しいリーダーが立てられるでしょう。それは神の息子、娘たちが霊的成長を遂げ、今までのリーダー達が霊の父、霊の母の役目を果たすようになるからです。 今「パウロたち」が起こされています。又、「テモテたち」や「モルデカイたち」が「エステルたち」に力を与えています。バトンの受け渡しがはっきりと始まるでしょう。そして大きな教派や教会、ミニストリーが、主要な任務の大部分を手放し、パワフルな遺産を残すための戦略が立てられるでしょう。どうしてそれが２０１９年に起こるのでしょうか？ それは、戦略的に神は２０２０年の為に道備えをしておられるからです。 この転換期に神はキリストのからだの内側に変革をもたらし、それによって外側に実がなるようにされているのです。ですから神が何かを変えようとされる時、私たちはそれを拒んではならないのです。 &#160; 変革を生み出す転換の時 &#160; 成長したクリスチャンの中に蒔かれた 「目的の種」が成熟しています。２０１９年は、堅く立ち、力を受け、配置につく時です。 &#160; 土台が出来たならば、建物がどれほど早く完成するかを考えてみてください。とても短く感じます。クリスチャンにとって２０１９年は教会のムーブメント、あるいは教派全体が変化し始める過渡期であり、その後の３年間でキリスト教の全容が大きく変わります。 これまで何十年もの間、神は多くの約束や預言をキリストのからだに与えてくださいました。今それらの約束の成就のために必要なすべてのものを満たすために、神は人々やムーブメントを調えておられます。それは私たちのための神の御計画が更に大きく進むためです。皆さんの中には仕事や職場を変ったり、引っ越しをしたり、交友関係が変わる人があるかもしれません。 &#160; また、 神があなたを創造された目的を１００％遂行できる場所にあなたを到達させるために、神はあなたの人生を転換させるかもしれません。私たちにとって、すべての変化は常に「ローマ人への手紙８：２８の約束」を伴ってやってきます。神は起こることをすべて、特に変化を、私たちと私たちの人生に対する神の意図の最高の筋書きへと導くために用いられるのです。 あなたが人生の新しいシーズンに移って行くとき、適合しない人々や環境は取り去られて行くことを心に留めておいてください。必要でないものが剪定されていくのを嫌ってはなりません。あなたが自分を導くのでもなく、自分で「この道がいい、この方法がいい」と選び取るのでもありません。神ご自身があなたと共にあなたの人生を造っておられるのです。 &#160; 神はストーリーが持つ力を映画やテレビに解き放たれる &#160; 去年１２月のある朝、私が目を覚ましたとき、「２０１９年には 映画やテレビのプロジェクトの才能を持つ者たちが台頭してくる。彼らのプロジェクトは神の創造の力を受けて生れ出るものである。」という強い啓示的認識を受け取りました。音楽界や映画界で、キリスト教のテレビ局や信仰のプロジェクトに革新的な道が新たに与えられます。 &#160; クリスチャンが「資金」と「創造力」を与えられてパワーを得ます。そして今まで世俗的なプロジェクトに関わっていた多くの者が、彼らの技術、手腕、能力を信仰のプロジェクトに用いるようにという神からの召命を感じるようになります。制作者、監督、音楽家等の有能な芸術家たちが、プロジェクトを神から直接与えられ、それを用いて「神の愛で作られる世界」を観客に示すようにとの召命を受け始めます。芸能界のクリスチャンが成熟し、キリスト教のエンタテイメントは彼らの能力を越えた超自然的な助けを受けて変革されていきます。そしてパワフルなプロジェクトによって信仰のエンタテイメントの認識が変えられていきます。 &#160; 戦いが終る &#160; 最後に、そして多分これが最もパワフルなことですが、多くの人々のために次の宣言がなされます。これまで人生で最大の戦いに直面してきた人たちや、健康、家族、経済、ミニストリー、仕事等で長い戦いがあった人たちは、２０１９年にその戦いを終え、神が約束されていたものへと任命されていきます。神がその戦いを勝ち取られ、クリスチャンに勝利をもたらされます。彼らはブレークスルーのために何百回も祈り、又 祈られてきた者たちです。彼らは２０１９年に解放を見始めます。 &#160; それはダニエル１０：１２で、天使が勝利と共に来て「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。私が来たのは、あなたのことばのためだ。」と言ったのと同じです。天で戦いがあり、天使がダニエルのところに来るのが遅れましたが、超自然的助けがやがて来ました。それと同じように、今私たちに助けが届くのです。長い戦いが終るのを多くの人が感じます。 私は「戦いが終ること」を書きたかったのですが、このような広範囲な預言を発表すべきかどうか迷いました。というのは、「これはクリスチャンのおみくじか運勢占いように取られるのではないか」と危惧したからです。しかし、この一週間、私が車に乗るたびにベテル教会のCDでジョシュ・ボールドウィンの「The War is Over　（戦いは終った）」という歌が流れてくるのです。そのようにセットしたわけでもなく、CDを購入してからまだ一度も聞いたことがなかったのにもかかわらず、その歌が流れるのです。その歌の中でジョシュは、「今は戦いの武器を置く時だ、イエスが私たちのために戦いを戦ってくださったから」と歌っていました！ 戦いが終り平和な時に入るとき、私たちは「真のアイデンティー、主の憐れみ、勝利」の中で新しいものを産み出す力が与えられるのです。私たちはイエスが与えてくださった光といのちの中を歩むのです。これが皆様への私の祈りです！（終り）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: large;"><strong>２０１９年は過渡期の年　</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>

<p><span style="font-size: large;"><strong>ショーン・ボルツ（Bolz Ministries)</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この預言は 個人に対するものではなく、非常に広い対象への言葉ですので、自分には当てはまらないと感じる方もあると思います。しかし神が私たちの霊の目を開いてくださるならば、今年神がしておられることを知り、あなたもそこに希望を見出すかもしれません。この預言をどうか心を開いて読んでください。そして神がこの預言を通してあなたに何を言われているのかを聞いてください。預言のことばは、人生を今までと違う角度で深く考える助けになります。もしあなたに新しい方向性が必要ならば、深く考える時間が必要です。人々から預言の言葉を聞き、イエスや人生について思索するならば、イエスをもっと深く知り、イエスがあなたと共に何をしておられるかを知ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>エペソ１：１７−１８<strong>「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか．．．あなたがたが知ることができますように。」</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>移り変わりの時</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「過渡期、転換期」という言葉は、人間にとってあまりうれしい響きをもっていませんが、今私たちがどのような「時」や「季節」にいるかを知るためにはよく理解する必要がある言葉です。２０１９年は、国家、ムーブメント、産業、各種グループ、そして個人的にも転換するための力が与えられる年です。この世のメディアは２０１９年を「近代史上、幾つかの重要な変革のための道備えをした年」と呼ぶようになると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これから数年の間、 「変化と転換」が多くの国で新聞の見出しとなるでしょう。すなわち、リーダーが変わり、CEOが変わり、議長が変わり、主役の俳優が変わるというように多くの変化があります。またキリスト教界においても、世界中のムーブメントやミニストリー、又大きな教会等に新しいリーダーが立てられるでしょう。それは神の息子、娘たちが霊的成長を遂げ、今までのリーダー達が霊の父、霊の母の役目を果たすようになるからです。</p>
<p>今「パウロたち」が起こされています。又、「テモテたち」や「モルデカイたち」が「エステルたち」に力を与えています。バトンの受け渡しがはっきりと始まるでしょう。そして大きな教派や教会、ミニストリーが、主要な任務の大部分を手放し、パワフルな遺産を残すための戦略が立てられるでしょう。どうしてそれが２０１９年に起こるのでしょうか？</p>
<p>それは、戦略的に神は２０２０年の為に道備えをしておられるからです。 この転換期に神はキリストのからだの内側に変革をもたらし、それによって外側に実がなるようにされているのです。ですから神が何かを変えようとされる時、私たちはそれを拒んではならないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>変革を生み出す転換の時</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>成長したクリスチャンの中に蒔かれた 「目的の種」が成熟しています。２０１９年は、堅く立ち、力を受け、配置につく時です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>土台が出来たならば、建物がどれほど早く完成するかを考えてみてください。とても短く感じます。クリスチャンにとって２０１９年は教会のムーブメント、あるいは教派全体が変化し始める過渡期であり、その後の３年間でキリスト教の全容が大きく変わります。</p>
<p>これまで何十年もの間、神は多くの約束や預言をキリストのからだに与えてくださいました。今それらの約束の成就のために必要なすべてのものを満たすために、神は人々やムーブメントを調えておられます。それは私たちのための神の御計画が更に大きく進むためです。皆さんの中には仕事や職場を変ったり、引っ越しをしたり、交友関係が変わる人があるかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、 神があなたを創造された目的を１００％遂行できる場所にあなたを到達させるために、神はあなたの人生を転換させるかもしれません。私たちにとって、すべての変化は常に「ローマ人への手紙８：２８の約束」を伴ってやってきます。神は起こることをすべて、特に変化を、私たちと私たちの人生に対する神の意図の最高の筋書きへと導くために用いられるのです。</p>
<p>あなたが人生の新しいシーズンに移って行くとき、適合しない人々や環境は取り去られて行くことを心に留めておいてください。必要でないものが剪定されていくのを嫌ってはなりません。あなたが自分を導くのでもなく、自分で「この道がいい、この方法がいい」と選び取るのでもありません。神ご自身があなたと共にあなたの人生を造っておられるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>神はストーリーが持つ力を映画やテレビに解き放たれる</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>去年１２月のある朝、私が目を覚ましたとき、「２０１９年には</p>
<p>映画やテレビのプロジェクトの才能を持つ者たちが台頭してくる。彼らのプロジェクトは神の創造の力を受けて生れ出るものである。」という強い啓示的認識を受け取りました。音楽界や映画界で、キリスト教のテレビ局や信仰のプロジェクトに革新的な道が新たに与えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>クリスチャンが「資金」と「創造力」を与えられてパワーを得ます。そして今まで世俗的なプロジェクトに関わっていた多くの者が、彼らの技術、手腕、能力を信仰のプロジェクトに用いるようにという神からの召命を感じるようになります。制作者、監督、音楽家等の有能な芸術家たちが、プロジェクトを神から直接与えられ、それを用いて「神の愛で作られる世界」を観客に示すようにとの召命を受け始めます。芸能界のクリスチャンが成熟し、キリスト教のエンタテイメントは彼らの能力を越えた超自然的な助けを受けて変革されていきます。そしてパワフルなプロジェクトによって信仰のエンタテイメントの認識が変えられていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>戦いが終る</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>最後に、そして多分これが最もパワフルなことですが、多くの人々のために次の宣言がなされます。これまで人生で最大の戦いに直面してきた人たちや、健康、家族、経済、ミニストリー、仕事等で長い戦いがあった人たちは、２０１９年にその戦いを終え、神が約束されていたものへと任命されていきます。神がその戦いを勝ち取られ、クリスチャンに勝利をもたらされます。彼らはブレークスルーのために何百回も祈り、又 祈られてきた者たちです。彼らは２０１９年に解放を見始めます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それはダニエル１０：１２で、天使が勝利と共に来て「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。私が来たのは、あなたのことばのためだ。」と言ったのと同じです。天で戦いがあり、天使がダニエルのところに来るのが遅れましたが、超自然的助けがやがて来ました。それと同じように、今私たちに助けが届くのです。長い戦いが終るのを多くの人が感じます。</p>
<p>私は「戦いが終ること」を書きたかったのですが、このような広範囲な預言を発表すべきかどうか迷いました。というのは、「これはクリスチャンのおみくじか運勢占いように取られるのではないか」と危惧したからです。しかし、この一週間、私が車に乗るたびにベテル教会のCDでジョシュ・ボールドウィンの「The</p>
<p>War is Over　（戦いは終った）」という歌が流れてくるのです。そのようにセットしたわけでもなく、CDを購入してからまだ一度も聞いたことがなかったのにもかかわらず、その歌が流れるのです。その歌の中でジョシュは、「今は戦いの武器を置く時だ、イエスが私たちのために戦いを戦ってくださったから」と歌っていました！</p>
<p>戦いが終り平和な時に入るとき、私たちは「真のアイデンティー、主の憐れみ、勝利」の中で新しいものを産み出す力が与えられるのです。私たちはイエスが与えてくださった光といのちの中を歩むのです。これが皆様への私の祈りです！（終り）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3451</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告     　　　　　　　　　　　坂　　達　也　　2019年2月4日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=3438</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=3438#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 04 Feb 2019 17:18:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[坂達也からの今月のメッセージ]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=3438</guid>
		<description><![CDATA[最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告 &#160; 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　坂　　達　也 &#160; &#160; 　ヘンリー師は、10日ほど前の、１月２３日にサンフランシスコから韓国に向かって飛び立たちました。今頃は韓国から沖縄に向かい、沖縄でミニストリーをされているかと思います。韓国に真っ先に行かれたのは、昨年に続き医師（団）によるその後の状態の診察を受けるのが主目的ということでした。 &#160; 　私が最後に師とお話ししたのは、出発の数日前の1月1８日頃でしたが、その前に話した時（多分昨年の年末ごろでした）とはうって変わって、師は喜びに満ちた溌剌とした声で、再びアジア各地にミニストリーに出ることを大変喜んでおられました。昨年韓国で手術を強く勧められたのを断り、今は日本のキノコの粉末とエキスを飲んでいて、値段は非常に高いが効果はあると言っておられ、私が驚いたのは、痛みが全くないことでした。ハレルヤ！通常であれば周りに転移状態の末期ガンは背骨等を冒し、かなりの痛みがあるはずと聞いていたからです。今回は沖縄の後、台湾に行き、確かその後に日本本土に戻ってくるとのことでした。ぜひお祈りください。 尚、昨年私たちが来日時に師への献金をお預かりして帰国しましたが、その分は師に郵送させていただきました。もしヘンリー師に献金をご希望される方は、ぜひ私たちのWWGMの方へその旨を書かれて御送金ください。それをまとめて、私たちの方から師にお送りさせていただきます。それではよろしくお願いします。 &#160; 　以下は英文の手紙で、ヘンリー師の家族が出したお礼を込めたニュースレターを訳したものですが、少々遅れて私たちのところにも送られて来たものです。どうぞご覧ください。あるいは既に森先生等から聞かれた方もおられるかと思います。 &#160; &#160; 感謝のことば　　　　　　　　　ヘンリー・グルーバー &#160; 　主に愛されている皆様に、麗しく尊い主イエス・キリストの御名によってご挨拶申し上げます。 &#160; 私と妻、そして家族にとって去年は非常に厳しい時でしたが、皆様が共に堅く立ち共に戦ってくださったことをまず心から感謝いたします。私の愛する妻が生死の戦いをしているときに、私自身も同じ戦いをすることになるとは思ってもいませんでした。私も妻もその戦いは非常に烈しいものでした。そして私の愛する妻ジュディスは、８月に天の家に召されて行きました。私の嘆願を主は受け入れてくださり、私はその時妻の傍らにいることができました。妻は私の腕の中で、２０１８年８月１４日午前１２時１０分に、本当にやすらかに天に召されました。 &#160; 皆様のお祈りととりなしは、私たちを高く引き揚げ、まるで天の翼に乗っているかのようであり、私たちはこよない平安と安らぎと愛で満たされましたことをお伝えいたします。その喜びと感謝は愛する者を失った痛みを凌駕し、毎日を勝利で進んで行く力を与えてくれています。皆様お一人お一人に心から感謝を申し上げます。 &#160; 私たちの経済的必要にも豊かに答えてくださったことも感謝いたします。ジュディスの医療費、ホスピス代、葬儀のための費用と共に、私の医療費も多くかかりました。 病気のために私は４月から１２月まで集会は２回しか持つことができなかったのですが、すべての必要は十二分に満たされました。皆様が喜んで愛をもって尊い献金や励ましの言葉を送ってくださり、私たちの心は感謝で一杯です。皆様に祝福がありますように！ &#160; ２０１９年について主が私に語ってくださっていることを少しお分ちさせてください。私の家族がいろいろな困難に直面したように、皆様の多くもいろいろな試煉にあわれたことを私は知っております。 &#160; 第一ペテロ５：９b−１１「ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人人は同じ苦しみを通って来たのです。あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその栄光の中に招き入れてくださる神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。」 &#160; 今年も又、 予断を許さない混沌とした世界状勢に私たちは面しています。キリストのからだの中では、繁栄の預言や 地上で神の力ある御業が解き放たれるという多くの預言が 語られています。（そして私もまたそれを叫び求めていることを主はご存知です！）しかしながら、私はこのところ神の御ことば、特にエペソ人への手紙で使徒パウロが繰り返し言っている言葉を黙想するときに感動させられています。 &#160; エペソ１：５−６、８−９ 「神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。．．．神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって．．．」 &#160; ここに「ただみこころのままに according to His good pleasure （ 主のよき喜びに従って）」とあります。 どうかこの言葉に目を留めてください。今年はこの言葉を毎日黙想し、私たちの心と魂が再びはっきりとこの真理を理解するようにと祈ります。 &#160; 今私たちはあまりにもメディアによって「自分に心地よいこと」を求めるようにと洗脳されてしまっています。 私たちは「自分が喜び楽しむために何を一番求めているだろうか？　私は日常生活や思いの中の何から喜びを得ているだろうか？何が私の気持を満足させるだろうか？」と自分に問うてみる必要があるのではないでしょうか。私たちはこのようなことから魂の糧と平安を得て、自分の価値を見出だすからです。 &#160; そして、私たちは今一度、父なる神のこころから流れる親しい交わりについて考えてみようではありませんか。御父の御こころが望まれ喜ばれることは何でしょうか。 次の箇所にそれが書かれていると思います。 &#160; 第一ヨハネ４：１６「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。」 &#160; 雅歌８：６「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強いからです。」 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="font-size: large;"><strong>最近のヘンリーグルーバー師についてのご報告</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: large;"><strong>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　坂　　達　也</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>　</strong>ヘンリー師は、10日ほど前の、１月２３日にサンフランシスコから韓国に向かって飛び立たちました。今頃は韓国から沖縄に向かい、沖縄でミニストリーをされているかと思います。韓国に真っ先に行かれたのは、昨年に続き医師（団）によるその後の状態の診察を受けるのが主目的ということでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　私が最後に師とお話ししたのは、出発の数日前の1月1８日頃でしたが、その前に話した時（多分昨年の年末ごろでした）とはうって変わって、師は喜びに満ちた溌剌とした声で、再びアジア各地にミニストリーに出ることを大変喜んでおられました。昨年韓国で手術を強く勧められたのを断り、今は日本のキノコの粉末とエキスを飲んでいて、値段は非常に高いが効果はあると言っておられ、私が驚いたのは、痛みが全くないことでした。ハレルヤ！通常であれば周りに転移状態の末期ガンは背骨等を冒し、かなりの痛みがあるはずと聞いていたからです。今回は沖縄の後、台湾に行き、確かその後に日本本土に戻ってくるとのことでした。ぜひお祈りください。</p>
<p>尚、昨年私たちが来日時に師への献金をお預かりして帰国しましたが、その分は師に郵送させていただきました。もしヘンリー師に献金をご希望される方は、ぜひ私たちのWWGMの方へその旨を書かれて御送金ください。それをまとめて、私たちの方から師にお送りさせていただきます。それではよろしくお願いします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　以下は英文の手紙で、ヘンリー師の家族が出したお礼を込めたニュースレターを訳したものですが、少々遅れて私たちのところにも送られて来たものです。どうぞご覧ください。あるいは既に森先生等から聞かれた方もおられるかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: medium;"><strong>感謝のことば　　　　　　　　　ヘンリー・グルーバー</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　主に愛されている皆様に、麗しく尊い主イエス・キリストの御名によってご挨拶申し上げます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私と妻、そして家族にとって去年は非常に厳しい時でしたが、皆様が共に堅く立ち共に戦ってくださったことをまず心から感謝いたします。私の愛する妻が生死の戦いをしているときに、私自身も同じ戦いをすることになるとは思ってもいませんでした。私も妻もその戦いは非常に烈しいものでした。そして私の愛する妻ジュディスは、８月に天の家に召されて行きました。私の嘆願を主は受け入れてくださり、私はその時妻の傍らにいることができました。妻は私の腕の中で、２０１８年８月１４日午前１２時１０分に、本当にやすらかに天に召されました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>皆様のお祈りととりなしは、私たちを高く引き揚げ、まるで天の翼に乗っているかのようであり、私たちはこよない平安と安らぎと愛で満たされましたことをお伝えいたします。その喜びと感謝は愛する者を失った痛みを凌駕し、毎日を勝利で進んで行く力を与えてくれています。皆様お一人お一人に心から感謝を申し上げます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちの経済的必要にも豊かに答えてくださったことも感謝いたします。ジュディスの医療費、ホスピス代、葬儀のための費用と共に、私の医療費も多くかかりました。</p>
<p>病気のために私は４月から１２月まで集会は２回しか持つことができなかったのですが、すべての必要は十二分に満たされました。皆様が喜んで愛をもって尊い献金や励ましの言葉を送ってくださり、私たちの心は感謝で一杯です。皆様に祝福がありますように！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２０１９年について主が私に語ってくださっていることを少しお分ちさせてください。私の家族がいろいろな困難に直面したように、皆様の多くもいろいろな試煉にあわれたことを私は知っております。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>第一ペテロ５：９b−１１<strong>「ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人人は同じ苦しみを通って来たのです。あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその栄光の中に招き入れてくださる神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。」</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今年も又、 予断を許さない混沌とした世界状勢に私たちは面しています。キリストのからだの中では、繁栄の預言や</p>
<p>地上で神の力ある御業が解き放たれるという多くの預言が</p>
<p>語られています。（そして私もまたそれを叫び求めていることを主はご存知です！）しかしながら、私はこのところ神の御ことば、特にエペソ人への手紙で使徒パウロが繰り返し言っている言葉を黙想するときに感動させられています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>エペソ１：５−６、８−９</p>
<p><strong>「神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。．．．神はこの恵みを私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、神が御子においてあらかじめお立てになったご計画によることであって．．．」</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここに「ただみこころのままに according to His good pleasure （ 主のよき喜びに従って）」とあります。</p>
<p>どうかこの言葉に目を留めてください。今年はこの言葉を毎日黙想し、私たちの心と魂が再びはっきりとこの真理を理解するようにと祈ります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今私たちはあまりにもメディアによって「自分に心地よいこと」を求めるようにと洗脳されてしまっています。</p>
<p>私たちは「自分が喜び楽しむために何を一番求めているだろうか？　私は日常生活や思いの中の何から喜びを得ているだろうか？何が私の気持を満足させるだろうか？」と自分に問うてみる必要があるのではないでしょうか。私たちはこのようなことから魂の糧と平安を得て、自分の価値を見出だすからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして、私たちは今一度、父なる神のこころから流れる親しい交わりについて考えてみようではありませんか。御父の御こころが望まれ喜ばれることは何でしょうか。</p>
<p>次の箇所にそれが書かれていると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>第一ヨハネ４：１６<strong>「私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。」</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>雅歌８：６<strong>「私を封印のようにあなたの心臓の上に、封印のようにあなたの腕につけてください。愛は死のように強いからです。」</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私の「天国の六時間」というあかしの中で、天国がどのようなところかを表した言葉を覚えておられるでしょうか。それは「天国では、すべてのものは仕えることを愛し、愛する故に仕えている。」です。神が最も喜ばれることは何でしょうか。それは「御こころが天で行われるように、地でも行われますように」です！</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>すべての国のクリスチャンはこの祈りを祈っています！</p>
<p>今年はこのことをしっかりと捉えましょう。それによって、神の御国が到来し、御心が天で行われるように地でも行われるようになるのです。</p>
<p>愛はすべてを覆うのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２０１９年が、 尊い救い主と天の御父に最大の喜びをもたらすことができますようにと祈ります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>イエスの御名において　　ヘンリー・グルーバー</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=3438</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>コイノニアの推進  　　　　　リック・ジョイナー　　　　　　２０１４年５月１日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=2327</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=2327#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 30 Apr 2014 23:07:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=2327</guid>
		<description><![CDATA[コイノニアの推進 リック・ジョイナー     イエスの大宣教命令について語る時、コイノニア（主にある交わり）が非常に重要である理由は何でしょうか？　私たちが大宣教命令をうまく遂行できていない理由の一つは、私たちが弟子を作らずに回心者だけを作るという傾向にあったからです。大宣教命令は弟子を作ることです。もし弟子が作られなければ、私たちはこの任務を果たせていないことになります。  　「弟子とは何であるか」については、主がはっきりと定義しています。真の弟子は、今日のクリスチャンの中にはほとんど見つけることができません。その理由の一つは、真の弟子作りはコイノニアなしには不可能だからです。１ヨハネ1：７に「もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わり（fellowship, koinonia）を保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」とあります。      この箇所からはっきりわかるように、コイノニアなしには私たちは絶対に光の中に留まることはできないのです。それは私たちがきよめられるためにも不可欠です。私はよく冗談のように言うのですが（しかしそれは真実なのですが）、教会生活上のフラストレーションや不愉快さ抜きで、私たちが召されているキリストにある成熟度に達することは絶対にできません。フラストレーション、不愉快さ、傷つくこと、失望は、コイノニアの小さな部分にすぎませんが、私たちの成長のためには不可欠です。コイノニアの経験は勿論ネガティブなことよりもずっとポジティブなことの方が多いのですが、様々な問題は私たちの成熟に役立ちます。   　教会生活を理想化したり教会を否定したりすることは、私たちをいのちの道から遠ざけます。真の教会生活、コイノニア、は私たちが経験する最もすばらしいことの一つになる可能性があると同時に、もっとも困難なことにもなり得ます。それはすべての人間関係、たとえば結婚とか、においても同じです。主が種まきの喩えで教えられたように、試練のテストが来たときに多くのものは離れて行きます。多くの者が教会を離れて行きます。現代においては多くの者がテストがきたとき結婚生活からも離れて行きます。テストが来たときに止めてしまうのでは、決してテストに合格することはできません。     結婚の破綻は教会生活の破綻と関係していますし、その反対も言えます。一方を癒すものは他方をも同じように癒すのです。十字架の縦の棒は私たちと神との関係を示し、横の棒はお互い同士の関係を示しています。自分の十字架を負うということは、私たちの人生には両方が必要ということです。勿論神との関係は、人間同士の関係よりずっと重要であり、常にそれを第一とせねばなりません。しかし、それを守って第一としているならば、もう一方も持つことができるのです。ヨハネが書いています。「もし目に見える兄弟を愛していない者は目に見えない神を愛することは出来ません。（１ヨハネ4：２０）」 それでは、教会生活の中でコイノニアを推進するために何ができるでしょうか？　第一に、私たちは何よりもまず主の臨在を追い求めねばなりません。すばらしい神殿でも、もしその中に神がおられなかったら何にもなりません。次に私たちは人間関係において、ただ追い求められるのを待っているのではなく、自分から追い求めねばなりません。バルナバはパウロを連れに自分から出かけて行きました。そして彼ら自身の究極的な召しへと解き放たれる前に、二人が 正しい関係に入る必要がありました。 当時これは非常な努力を必要としました。バルナバがタルソまで旅をし、またアンテオケまで戻るには数ヶ月かかったに違いありません。今は教会まで３０分運転するのを厭わない人はなかなかいません。何かが「宝」になる要素は、それが非常に希有であるか、もしくは入手するのが非常に困難であるということです。コイノニアとは人生で手に入れることのできる最も偉大な宝の一つです。それは安価でもなく見つけるのも容易ではありませんが、あきらめないで探し続けるだけの価値をそれに認める人によってのみ見つけられるのです。神が建てられている町、すなわち、アブラハムを初めすべての真の信仰の旅人が探していた町は、イエスを土台としたコイノニアで建てられるのです。 　主の臨在を求めるということは、主の祝福を求めること（現在の教会はこれを強調することが多いですが）よりずっと深いことです。 主は、ご自身が臨在されないときにも多くのことを祝福されます。主は「二人でも三人でもわたしの名において集まる所には、わたしもその中にいる」（マタイ18：２０）」と言われました。この「集まる　gather」ということばは、単に同じ部屋にいるという意味ではありません。それは一つの自転車の部品が組み合わされているようにぴったりと組み立てられているという意味です。これが私たちが「いっしょに集まることをやめたりしないで（ヘブル10：２５）」と言われている理由です。これは単に集会を休まないようにというのではなく、「しっかりと組み合わされなさい」という召しをおろそかにしないようにという勧告です。  　実際に、教会のいのち（コイノニア）がある教会を建て上げるためには、会員同士の交わりを意図的に推進していかねばなりません。それにはスモール・グループ、食事会、ミッション・トリップのほか各種の活動が含まれます。しかしながら、本当にコイノニアとなるための集りは、常に主の臨在を中心とせねばなりません。 すべてのことはこの目的のための助けにはなりますが、活動のためにただ集まるだけでは、コイノニアにはなりません。  　すべての霊的追求においては次の原則を忘れてはなりません。即ち、「神から約束を受けた場所と約束の地（約束の成就）との間には、必ずと言っていいほど荒野があり、それは約束されたものとは正反対のものである。」という原則です。この荒野は、私たちが約束の地に入る備えができるように意図されているのです。コイノニアを追い求め始めたとき、人間関係の問題があちこちで起り、コイノニアとは正反対のように思えても、動じないで下さい。それはあなたが確実に正しい道を歩いているというしるしなのですから。（終）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="font-size: medium;"><strong>コイノニアの推進</strong></span></p>
<p><span style="font-size: medium;"><strong>リック・ジョイナー</strong></span></p>
<p>    イエスの大宣教命令について語る時、コイノニア（主にある交わり）が非常に重要である理由は何でしょうか？　私たちが大宣教命令をうまく遂行できていない理由の一つは、私たちが弟子を作らずに回心者だけを作るという傾向にあったからです。大宣教命令は弟子を作ることです。もし弟子が作られなければ、私たちはこの任務を果たせていないことになります。</p>
<p> 　「弟子とは何であるか」については、主がはっきりと定義しています。真の弟子は、今日のクリスチャンの中にはほとんど見つけることができません。その理由の一つは、真の弟子作りはコイノニアなしには不可能だからです。１ヨハネ1：７に「もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わり（fellowship, koinonia）を保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。」とあります。</p>
<p>     この箇所からはっきりわかるように、コイノニアなしには私たちは絶対に光の中に留まることはできないのです。それは私たちがきよめられるためにも不可欠です。私はよく冗談のように言うのですが（しかしそれは真実なのですが）、教会生活上のフラストレーションや不愉快さ抜きで、私たちが召されているキリストにある成熟度に達することは絶対にできません。フラストレーション、不愉快さ、傷つくこと、失望は、コイノニアの小さな部分にすぎませんが、私たちの成長のためには不可欠です。コイノニアの経験は勿論ネガティブなことよりもずっとポジティブなことの方が多いのですが、様々な問題は私たちの成熟に役立ちます。</p>
<p>  　教会生活を理想化したり教会を否定したりすることは、私たちをいのちの道から遠ざけます。真の教会生活、コイノニア、は私たちが経験する最もすばらしいことの一つになる可能性があると同時に、もっとも困難なことにもなり得ます。それはすべての人間関係、たとえば結婚とか、においても同じです。主が種まきの喩えで教えられたように、試練のテストが来たときに多くのものは離れて行きます。多くの者が教会を離れて行きます。現代においては多くの者がテストがきたとき結婚生活からも離れて行きます。テストが来たときに止めてしまうのでは、決してテストに合格することはできません。</p>
<p>    結婚の破綻は教会生活の破綻と関係していますし、その反対も言えます。一方を癒すものは他方をも同じように癒すのです。十字架の縦の棒は私たちと神との関係を示し、横の棒はお互い同士の関係を示しています。自分の十字架を負うということは、私たちの人生には両方が必要ということです。勿論神との関係は、人間同士の関係よりずっと重要であり、常にそれを第一とせねばなりません。しかし、それを守って第一としているならば、もう一方も持つことができるのです。ヨハネが書いています。「もし目に見える兄弟を愛していない者は目に見えない神を愛することは出来ません。（１ヨハネ4：２０）」</p>
<p>それでは、教会生活の中でコイノニアを推進するために何ができるでしょうか？　第一に、私たちは何よりもまず主の臨在を追い求めねばなりません。すばらしい神殿でも、もしその中に神がおられなかったら何にもなりません。次に私たちは人間関係において、ただ追い求められるのを待っているのではなく、自分から追い求めねばなりません。バルナバはパウロを連れに自分から出かけて行きました。そして彼ら自身の究極的な召しへと解き放たれる前に、二人が 正しい関係に入る必要がありました。</p>
<p>当時これは非常な努力を必要としました。バルナバがタルソまで旅をし、またアンテオケまで戻るには数ヶ月かかったに違いありません。今は教会まで３０分運転するのを厭わない人はなかなかいません。何かが「宝」になる要素は、それが非常に希有であるか、もしくは入手するのが非常に困難であるということです。コイノニアとは人生で手に入れることのできる最も偉大な宝の一つです。それは安価でもなく見つけるのも容易ではありませんが、あきらめないで探し続けるだけの価値をそれに認める人によってのみ見つけられるのです。神が建てられている町、すなわち、アブラハムを初めすべての真の信仰の旅人が探していた町は、イエスを土台としたコイノニアで建てられるのです。</p>
<p>　主の臨在を求めるということは、主の祝福を求めること（現在の教会はこれを強調することが多いですが）よりずっと深いことです。 主は、ご自身が臨在されないときにも多くのことを祝福されます。主は「二人でも三人でもわたしの名において集まる所には、わたしもその中にいる」（マタイ18：２０）」と言われました。この「集まる　gather」ということばは、単に同じ部屋にいるという意味ではありません。それは一つの自転車の部品が組み合わされているようにぴったりと組み立てられているという意味です。これが私たちが「いっしょに集まることをやめたりしないで（ヘブル10：２５）」と言われている理由です。これは単に集会を休まないようにというのではなく、「しっかりと組み合わされなさい」という召しをおろそかにしないようにという勧告です。</p>
<p> 　実際に、教会のいのち（コイノニア）がある教会を建て上げるためには、会員同士の交わりを意図的に推進していかねばなりません。それにはスモール・グループ、食事会、ミッション・トリップのほか各種の活動が含まれます。しかしながら、本当にコイノニアとなるための集りは、常に主の臨在を中心とせねばなりません。 すべてのことはこの目的のための助けにはなりますが、活動のためにただ集まるだけでは、コイノニアにはなりません。</p>
<p> 　すべての霊的追求においては次の原則を忘れてはなりません。即ち、「神から約束を受けた場所と約束の地（約束の成就）との間には、必ずと言っていいほど荒野があり、それは約束されたものとは正反対のものである。」という原則です。この荒野は、私たちが約束の地に入る備えができるように意図されているのです。コイノニアを追い求め始めたとき、人間関係の問題があちこちで起り、コイノニアとは正反対のように思えても、動じないで下さい。それはあなたが確実に正しい道を歩いているというしるしなのですから。（終）</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=2327</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>鳩のような聖霊ーその２−    ビル・ジョンソン　　　　２０１４年４月２３日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=2324</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=2324#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Apr 2014 06:37:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=2324</guid>
		<description><![CDATA[鳩のような聖霊ーその２− &#160; ビル・ジョンソン &#160;  福音のミニストリーとは、単に言葉だけでするものではなく、地上に主の臨在を解き放つことなのです。ある時イエスが道を歩いておられたとき、イエスのされた奇跡を見て興奮した群衆が回りに押し寄せてきました。するとイエスは立ち止まり「わたしにふれたのは誰か」と聞かれました。そして振り返って長血の女を見られました。病気を直すためにすべての財産を失った女でした。彼女はただイエスの衣のすそに触れただけでした。 聖霊の臨在は単なる論理とか教義ではなく、神というお方の実体なのです。聖霊はイエスの上にとどまっておられたので、女が衣のすそに触れたときに、イエスがもっておられた聖霊の実体が流れてきて彼女はそれを受けることが出来たのです。このように聖霊の臨在が自分の上にあることをはっきり自覚し、誰かがそれを求めた時にそれが流れていくことがわかるという敏感さをもって生きるとは、どのようなことでしょうか。神は御霊をイエスの上に無限に与えられていました。ですから誰かが持っていったのでイエスの上の聖霊の臨在がもうなくなった、ということではありません。イエスは常にご自分の上にある聖霊の臨在をはっきりと意識しておられました。イエスと御父との交わりを司るのが聖霊の役目だったからです。イエスは父のすることだけをし、話されることだけを話したのですから、聖霊につねに頼っておられたのです。 &#160; &#160; ペテロとヨハネは神殿に行くときに、生まれつき足のきかない男を見ました。ペテロは「私は金銀はないが、私にあるものをあげよう。」と言いました。これは非常に意味深い言葉です。ペテロは「あなたのために祈りましょう。」と言ったのではありません。「私はあなたに私が所有しているものをあげよう。」と言ったのです。私たちが、もし自分が所有しているものを自覚せずに生きるならば、神が下さっている銀行口座に見合った小切手を切ることはできません。わずかな金額の小切手というミニストリーをしてしまうのです。お金をことではありません。私たちは自分がどれほど大きなものを持っているかを自覚しないので、ミニストリーにおいて小さなリスクしかとれないのです。神の啓示が皆さんの上に注がれて、神が私たちにどれほど大きなものをすでに下さっているか、分与していてくださっているかを、もっと認識されることを願います。それによってすでに持っているものではなく、私たちにないもの、足らないものを祈り求めることができるようになります。 &#160; ペテロは「ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って彼の右手を取って立たせました。何が起こったのでしょうか。イエスは神の御国はあなたがたのただ中にあると言われました。イエスは「わたしが話したことばは、霊であり、またいのちです。」と言われました。イエスは父の言われることだけを話されました。ですからイエスに端を発することばではないのです。ここで思い出していただきたいのですが、イエスはご自分を無にされたので、ご自分では何もできず、すべてを父から受けとらねばなりませんでした。人間イエスとしては何も与える力はなかったのです。主は私たちのためのモデルとなってくださったのです。 &#160; イエスは神のことばが肉体となった方であり、イエスが話されるときにはすべてのことばは霊となりました。ロマ書でパウロは、「神の国は飲み食いのことではなく、聖霊にある義と平和と喜び（righteousness , peace and joy in the Holy Spirit）である」と言っています。神の国は聖霊のうちにあるのです。ことばが霊になるとき、神の統治、支配の領域が人間の上に解き放たれるのです。父の言われていることを私たちが言う時に、私たちは神の臨在をこの世に解き放ち流しているのです。声が大きいとか内容がいいとかとは関係ありません。そのことばの源が鍵なのです。父の御心からのことばを私たちが話すときに、聖霊というお方が解き放たれます。聖霊の臨在の中には御国の統治、支配が含有されているのです。ですから「悔い改めなさい。神の御国が近づいた。」と主が言われるとき、主は「わたしが話すとき、そのことばが持つ実体があなたの上に解き放たれて、あなたの回りの環境が変えられ、あなたの祈りの答えは近づいた(at hand)」と言っておられるのです。 &#160; イエスに長血の女が触れたとき、力が主から出て女の身体を変えたのです。ペテロは自分の持っているものを知っていたので「私が持っているものを主イエスの名によってあなたにあげよう」と言ったのです。これは初代教会において非常に顕著なことであったので、民衆は弟子たちがどこに行くのかをいつも知ろうとしました。 ペテロが祈りに行く時に通る道に病人を連れてきて、ペテロの影がかかるようにしました。影そのものはなんの実体もないものです。影が癒したのではなく、影がかかるくらいにペテロのそばに近寄ることによって癒されたのです。民衆は教義を教えられなくても、神の人が歩くときには回りの環境、状況、空気が変るということを観察して知ったのです。 &#160; 陰鬱なクリスチャンが部屋に入ってきても、その影で人が癒されることがないのを私たちは経験で知っています。それは落ち込んでいる人は自分の内側に向いているからです。内側を向いている人は死海になってしまうのです。水は死海に入ってきますが、死海から出て行くものは何もありません。そこにあるすべてのものは死んでしまいます。同じことが私たちにも起こるのです。自分の心配、失望、落胆等にずっと捕われ続け、聖書の真理や解決法を自分の人生に適用しないならば、自分のことだけしか考えない自己中心に陥るのです。あなたは自分を駄目な人間だと遜っているつもりかもしれませんが、自分のことだけを考えているという点で自己中心に変わりないのです。私は何時間も何時間も祈っていたことがありましたが、それはみんな自分のことを祈っていたのです。私は「神よ、私はなんと情けない人間なのでしょうか．．．」といつも告白していました。私は自分が～でない、ということに心を捕われていて、神がどういうお方であるかに心を向けていなかったのです。そのように自分に捕われていることは、自分がこの世で一番偉いのだと威張って歩く自己中心と実は同じなのです。一方の自己中心はすぐに目につきますが、もう一方は教会の中に知らないうちに毎日忍び込んでいるのです。偽りの遜りは決してあなたを目的地に導きはしません。私が恐れや心配とかで自分のことにだけ捕われている時、私は内に向かっていて、自分から放つべき聖霊の流れを止めているのです。聖霊の流れは愛によって流れ出るからです。 &#160; 例えば、私が集会である人に預言のミニストリーするとします。私はその人に惹き付けられるような感覚を感じ始めます。それは神から出た愛情です。人間的なものではありません。もしその時私が自分の恐れや心配に心を捕われているとしたらどうでしょうか。私の中から神の臨在が流れ出して回りの環境を変えて行くべきであるのに、それはただ内側で自分を慰めるためにだけ使われてしまうのです。私は死海になってしまうのです。 &#160; イエスは３年半の間におびただしい数の人々を癒し解放されたので世界もそれを書かれた書物を入れることができないというのは、私たちには途方もないことのように思えます。イエスのインパクトはそれほどおびただしく、全部を詳細に記録することはできなかったのです。それは一人の人の中で３年半の間、聖霊が消されることがなかった結果なのです。神の臨在が一人の人の上に３年半とどまった結果なのです。 &#160; その事実の大切さをペテロはイエスから学び、彼も鳩のような聖霊を歓迎し自分の上にとどまっていただくようになったのです。クリスチャンの内には聖霊がいて下さり、決して離れないと約束してくださっています。しかしそれとは別に私たちの上にとどまる聖霊の臨在というものがあるのです。それは私たちがどれほど主と時間を過ごしているか、どれほど自分を召しのために明け渡しているかということによって決まるのです。ペテロやパウロがそのよい例です。 &#160; 私は彼らに嫉妬をおぼえます。あなたはいかがでしょうか。このようなことが私にも可能であると知るとき、私の心はうめくのです。イエスは「わたしを信じる者は、わたしのわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。」と言われました。それを聞いてあなたは「そんなことはあり得ない」と無視するか、それとも狂ったようにそれを求めるかのどちらかです。私は神に「どうかそのようにあなたの臨在を放ち流していく者にしてください」と気違いのように求めたいのです。（終） &#160; &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><strong>鳩のような聖霊ーその２−</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>ビル・ジョンソン</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p> 福音のミニストリーとは、単に言葉だけでするものではなく、地上に主の臨在を解き放つことなのです。ある時イエスが道を歩いておられたとき、イエスのされた奇跡を見て興奮した群衆が回りに押し寄せてきました。するとイエスは立ち止まり「わたしにふれたのは誰か」と聞かれました。そして振り返って長血の女を見られました。病気を直すためにすべての財産を失った女でした。彼女はただイエスの衣のすそに触れただけでした。 聖霊の臨在は単なる論理とか教義ではなく、神というお方の実体なのです。聖霊はイエスの上にとどまっておられたので、女が衣のすそに触れたときに、イエスがもっておられた聖霊の実体が流れてきて彼女はそれを受けることが出来たのです。このように聖霊の臨在が自分の上にあることをはっきり自覚し、誰かがそれを求めた時にそれが流れていくことがわかるという敏感さをもって生きるとは、どのようなことでしょうか。神は御霊をイエスの上に無限に与えられていました。ですから誰かが持っていったのでイエスの上の聖霊の臨在がもうなくなった、ということではありません。イエスは常にご自分の上にある聖霊の臨在をはっきりと意識しておられました。イエスと御父との交わりを司るのが聖霊の役目だったからです。イエスは父のすることだけをし、話されることだけを話したのですから、聖霊につねに頼っておられたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ペテロとヨハネは神殿に行くときに、生まれつき足のきかない男を見ました。ペテロは「私は金銀はないが、私にあるものをあげよう。」と言いました。これは非常に意味深い言葉です。ペテロは「あなたのために祈りましょう。」と言ったのではありません。「私はあなたに私が所有しているものをあげよう。」と言ったのです。私たちが、もし自分が所有しているものを自覚せずに生きるならば、神が下さっている銀行口座に見合った小切手を切ることはできません。わずかな金額の小切手というミニストリーをしてしまうのです。お金をことではありません。私たちは自分がどれほど大きなものを持っているかを自覚しないので、ミニストリーにおいて小さなリスクしかとれないのです。神の啓示が皆さんの上に注がれて、神が私たちにどれほど大きなものをすでに下さっているか、分与していてくださっているかを、もっと認識されることを願います。それによってすでに持っているものではなく、私たちにないもの、足らないものを祈り求めることができるようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ペテロは「ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って彼の右手を取って立たせました。何が起こったのでしょうか。イエスは神の御国はあなたがたのただ中にあると言われました。イエスは「わたしが話したことばは、霊であり、またいのちです。」と言われました。イエスは父の言われることだけを話されました。ですからイエスに端を発することばではないのです。ここで思い出していただきたいのですが、イエスはご自分を無にされたので、ご自分では何もできず、すべてを父から受けとらねばなりませんでした。人間イエスとしては何も与える力はなかったのです。主は私たちのためのモデルとなってくださったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>イエスは神のことばが肉体となった方であり、イエスが話されるときにはすべてのことばは霊となりました。ロマ書でパウロは、「神の国は飲み食いのことではなく、聖霊にある義と平和と喜び（righteousness , peace and joy in the Holy Spirit）である」と言っています。神の国は聖霊のうちにあるのです。ことばが霊になるとき、神の統治、支配の領域が人間の上に解き放たれるのです。父の言われていることを私たちが言う時に、私たちは神の臨在をこの世に解き放ち流しているのです。声が大きいとか内容がいいとかとは関係ありません。そのことばの源が鍵なのです。父の御心からのことばを私たちが話すときに、聖霊というお方が解き放たれます。聖霊の臨在の中には御国の統治、支配が含有されているのです。ですから「悔い改めなさい。神の御国が近づいた。」と主が言われるとき、主は「わたしが話すとき、そのことばが持つ実体があなたの上に解き放たれて、あなたの回りの環境が変えられ、あなたの祈りの答えは近づいた(at hand)」と言っておられるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>イエスに長血の女が触れたとき、力が主から出て女の身体を変えたのです。ペテロは自分の持っているものを知っていたので「私が持っているものを主イエスの名によってあなたにあげよう」と言ったのです。これは初代教会において非常に顕著なことであったので、民衆は弟子たちがどこに行くのかをいつも知ろうとしました。 ペテロが祈りに行く時に通る道に病人を連れてきて、ペテロの影がかかるようにしました。影そのものはなんの実体もないものです。影が癒したのではなく、影がかかるくらいにペテロのそばに近寄ることによって癒されたのです。民衆は教義を教えられなくても、神の人が歩くときには回りの環境、状況、空気が変るということを観察して知ったのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>陰鬱なクリスチャンが部屋に入ってきても、その影で人が癒されることがないのを私たちは経験で知っています。それは落ち込んでいる人は自分の内側に向いているからです。内側を向いている人は死海になってしまうのです。水は死海に入ってきますが、死海から出て行くものは何もありません。そこにあるすべてのものは死んでしまいます。同じことが私たちにも起こるのです。自分の心配、失望、落胆等にずっと捕われ続け、聖書の真理や解決法を自分の人生に適用しないならば、自分のことだけしか考えない自己中心に陥るのです。あなたは自分を駄目な人間だと遜っているつもりかもしれませんが、自分のことだけを考えているという点で自己中心に変わりないのです。私は何時間も何時間も祈っていたことがありましたが、それはみんな自分のことを祈っていたのです。私は「神よ、私はなんと情けない人間なのでしょうか．．．」といつも告白していました。私は自分が～でない、ということに心を捕われていて、神がどういうお方であるかに心を向けていなかったのです。そのように自分に捕われていることは、自分がこの世で一番偉いのだと威張って歩く自己中心と実は同じなのです。一方の自己中心はすぐに目につきますが、もう一方は教会の中に知らないうちに毎日忍び込んでいるのです。偽りの遜りは決してあなたを目的地に導きはしません。私が恐れや心配とかで自分のことにだけ捕われている時、私は内に向かっていて、自分から放つべき聖霊の流れを止めているのです。聖霊の流れは愛によって流れ出るからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、私が集会である人に預言のミニストリーするとします。私はその人に惹き付けられるような感覚を感じ始めます。それは神から出た愛情です。人間的なものではありません。もしその時私が自分の恐れや心配に心を捕われているとしたらどうでしょうか。私の中から神の臨在が流れ出して回りの環境を変えて行くべきであるのに、それはただ内側で自分を慰めるためにだけ使われてしまうのです。私は死海になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>イエスは３年半の間におびただしい数の人々を癒し解放されたので世界もそれを書かれた書物を入れることができないというのは、私たちには途方もないことのように思えます。イエスのインパクトはそれほどおびただしく、全部を詳細に記録することはできなかったのです。それは一人の人の中で３年半の間、聖霊が消されることがなかった結果なのです。神の臨在が一人の人の上に３年半とどまった結果なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その事実の大切さをペテロはイエスから学び、彼も鳩のような聖霊を歓迎し自分の上にとどまっていただくようになったのです。クリスチャンの内には聖霊がいて下さり、決して離れないと約束してくださっています。しかしそれとは別に私たちの上にとどまる聖霊の臨在というものがあるのです。それは私たちがどれほど主と時間を過ごしているか、どれほど自分を召しのために明け渡しているかということによって決まるのです。ペテロやパウロがそのよい例です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は彼らに嫉妬をおぼえます。あなたはいかがでしょうか。このようなことが私にも可能であると知るとき、私の心はうめくのです。イエスは「わたしを信じる者は、わたしのわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。わたしが父のもとに行くからです。」と言われました。それを聞いてあなたは「そんなことはあり得ない」と無視するか、それとも狂ったようにそれを求めるかのどちらかです。私は神に「どうかそのようにあなたの臨在を放ち流していく者にしてください」と気違いのように求めたいのです。（終）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=2324</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ボブ・ジョーンズ師の「シャロンのバラ」の預言 　　マイク・ビクル　　　　　　　　　　　　　　　　２０１４年４月１１日</title>
		<link>http://www.banministries.org/?p=2313</link>
		<comments>http://www.banministries.org/?p=2313#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 11 Apr 2014 07:01:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>walkwithgod</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.banministries.org/?p=2313</guid>
		<description><![CDATA[ボブ・ジョーンズ師の「シャロンのバラ」の預言 マイク・ビクル（２０１４年２月２３日） &#160; 私がボブ・ジョーンズ師とはじめて会ったのは１９８３年で、今から３０年前のことですが、私がカンサス市でまだ若い牧師だった時でした。その時ボブが私にした預言や話してくれたことは、当時の私にとってあまりに突拍子もないようなことで、全く理解ができませんでした。勿論、後になって彼の語ったことはすべて正確であり真理であったことがわかりました。 &#160; これは１９８３年にボブが話してくれたことですが、私はどう考えればよいのか全くわかりませんでした。彼は 「私は自分の死を見ました。自分の墓石を見ました。」と言いました。皆さん、自分の墓石を見るとは、どんな人なのでしょうね。（ジョーンズ師は2014年２月１４日に亡くなりましたから）実際に死ぬ３０年も前にそれを見たのです。 彼は続けて話しました。「墓石には『ボブ・ジョーンズ』と書いてありました。すると墓の中から美しい花が一つ咲き出てきました。非常に香りのよい美しい 花でした。そして主が『あなたの人生から美しいシャロンのバラが咲く』と言われたのです。」 皆さんは雅歌2：１にある「私はシャロンのバラ　I am a rose of Sharon」という言葉をご存知だと思います。30年前私は雅歌についてあまり知識がありませんでしたが、このことは知っていました。そこで私は「ボブ、シャロンのバラというのはイエスのことですよね。」と言いますと、彼は「違います。あなたは間違っています。有名な歌の中に『イエスはシャロンのバラ』という歌詞があるのは私も知っていますが、それは間違いです。シャロンのバラと言うのは，キリストのからだの中で、 神の麗しさの香りが第一の戒めを通して溢れている姿なのです。」と答えました。 私は「本当に？　確かですか？」と半信半疑で聞くと、彼は「そうですよ。私はイエスご自身から直接聞いたんですから。」と答えました。私は「そうですか、私はあまり雅歌を知らないんですよ。そうなんですか。まあ、そういうことにしておきましょう。」という感じで会話を終らせました。 &#160; 「主が再び来られるときの世代は、第一の戒めを回復させ、世界中のキリストのからだの中でそれは第一のこととなる。主は第一の戒めを第一のものとして確立される。」ということを、主はボブを通してはっきりと語られたのです。しかし、私は自分が死ぬ前に自分の墓石を見たり、シャロンのバラがそこから咲いたりという話はあまりピンと来なかったので、そのことはあまりその後考えないままでおりました。 &#160; それから５年後の１９８８年のある朝、私は教会のオフィスにおりました。そしてある結婚式のカードを読んでいたのですが、そこには雅歌8：６が書かれていました。カードには「私を封印のようにあなたの心臓の上につけてください。　set me as a seal upon your heart」とありました。その時、非常に尋常でないことが起りました。雅歌は当時そんなになじみがなかったのですが、何故か私はその時、その言葉を心の中で霊に動かされて祈ったのです。雅歌は愛の歌で、結婚の麗しさを歌っていますが、ご存知のように、それと同時に霊的な歌で、花婿なるイエスと花嫁なるキリストのからだとの愛の関係を歌っています。私が６節のことばを祈ったとき、神の御霊が非常に特別な形で私のうえに下り、私は泣き始めました。そんなことは私にはあまり起こらないことでした。　私は「イエス様、私の心の上の火の封印となってください。あなたを愛します．．．．．」と言いながら泣いていました。２．３分経ちましたが、聖霊はまだ特別な形で私の上に下っていました。そこで私は内線電話で教会の受付に「非常に変ったことが私に起こったので、誰からの電話でもつながないでください。邪魔が入らないようにお願いします。」と頼みました。そんな願いをしたのは今までの４０年間でその時だけです。 &#160; 私は「イエス様、私の心をあなたの愛で封印してください．．．」と祈っていました。主への私の愛は、主から私へのギフトなのです。私たちが主を慕い求める願いは、主が私たちの心に入れくださったものなのです。すると電話が鳴ったのです！　「どんなことがあっても電話はつながないようにと言っておいたのに．．」と思って、私の心は一瞬にして霊的な高みから肉的な思いになってしまいました。「信じられない！　なんていうことだ！」という感じでした。霊と肉の間を 私たちは何と超スピードで移動することでしょう。私は電話を取って努めて優しく「なんですか？」というと、受付の人は「ボブ・ジョーンズ師からお電話なんですが、、彼はあなたへの神からのことばを耳ではっきり聞いたと言っておられます。ですから、あなたは多分お聞きになりたいと思ったのです。」と言いました。私は「勿論、勿論。ボブが神のことばを聞いたという電話ならいつでもつないでください。」と答えました。 &#160; 私は床にひざまずいて雅歌8：６を見ながら泣いていたので、うまく声が出なかったのですが、「ハロー」と低い声で言いました。ボブは「たった今、神の声を耳ではっきり聞きました。主は雅歌８章６節を語ってくださいました。」と言うのです！　私は本当に驚きました！　ボブは続けて「今私は１分しか時間がないのですが、主が今すぐあなたに電話をして伝えるようにと言われました。主は神の恵みを解き放ち、主が再び来られる日まで、雅歌8：６の油注ぎを世界中に与えます。キリストのからだ全体が 『Yes!』というほどの世界的な油注ぎ、恵みです。」と言うのです。 その時は60秒の会話でした。私は電話を切ってからも泣き続け、「主よ、どうか私にもそのようにしてください。」と祈りました。 &#160; ２週間ほど経ってから、ボブと詳しく話すことができました。 彼は「この雅歌8：６こそが第一の戒めなのです。第一の戒めを実際に毎日生きるための油注ぎです。聖霊は第一の戒めを第一に回復させ確立する油注ぎを、世界中のキリストのからだに与えるのです。地球上の何百万人の人たち、人間的には弱く傷ついた人たちがこの油注ぎを求めるならば、主はそれを与えると言われているのです。」と説明してくれました。私はこの真理を知って大変興奮しました。皆さんもそうだと思いますが、私も神を愛したいと願います。しかし、神を愛するには神の力が必要なのです。それは私にもあなたにも出来ないことであり、神を愛そうと決心することは必要ではありますが、いくら決心したからといって出来ることではないのです。 &#160; ボブはこう言いました。「雅歌8：６の愛の炎、即ち第一の戒めのための油注ぎこそが、私が５年前の１９８３年にあなたに話した『シャロンのバラ』なのです。私の人生はその花が咲くようにキリストのからだを成長させることですが、花が咲くのは私が死んでからだということを私は知っています。しかし、私のミニストリーはそれを助けることであることを知っています。」 &#160; 第一の戒めは、申命記６章にあるようにモーセが神から受けたもので、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」です。そしてマタイ２２章でイエスは神がモーセに言われたことを引用していますが、主はそれに説明をつけ加えています。即ち「これがたいせつな第一の戒めです。This is the first and great commandment.」です。主は「first 」と「great」という形容詞を付け加えられたのです。それが意味するのは、この戒めが神にとって一番のプライオリティーであるということです。 &#160; 人は私に「神は今何をしておられますか？　何を言っておられますか？」とよく聞いてきます。私は「神はいろんなことをされていますが、主が一番にしていることと最もしていることを私は知っていますよ。神は人々が第一の戒めを第一とするように働いておられるのです。」と答えるのです。 また、主はこの戒めは偉大であると言われました。私のところに若い人たちが来て、「私の召しを神様から受けたい！」というのです。私は「あなたの偉大な召しを知っていますよ。」というと、彼らは期待しながら「何ですか？」と聞きます。 「それは第一の戒めを守ることであり、それを生きるための油注ぎを受けることです。」と私は答えるのです。 &#160; ですから、私は神の恵みによりこの油注ぎが必ずくることを知っています。しかし今、ボブ・ジョーンズ師の死によって示されることがあるのです。彼はシャロンのバラが彼の死のあとに咲くのを見たのです。彼は、自分が４０年間預言のミニストリーを通してしてきたことは、キリストのからだが神のこの召しに正しく応答するように私たちを強め養い育てることであったことを理解していました。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><span style="font-size: medium;"><strong>ボブ・ジョーンズ師の「シャロンのバラ」の預言</strong></span></p>
<p><span style="font-size: medium;"><strong>マイク・ビクル（２０１４年２月２３日）</strong></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私がボブ・ジョーンズ師とはじめて会ったのは１９８３年で、今から３０年前のことですが、私がカンサス市でまだ若い牧師だった時でした。その時ボブが私にした預言や話してくれたことは、当時の私にとってあまりに突拍子もないようなことで、全く理解ができませんでした。勿論、後になって彼の語ったことはすべて正確であり真理であったことがわかりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>これは１９８３年にボブが話してくれたことですが、私はどう考えればよいのか全くわかりませんでした。彼は 「私は自分の死を見ました。自分の墓石を見ました。」と言いました。皆さん、自分の墓石を見るとは、どんな人なのでしょうね。（ジョーンズ師は2014年２月１４日に亡くなりましたから）実際に死ぬ３０年も前にそれを見たのです。</p>
<p>彼は続けて話しました。「墓石には『ボブ・ジョーンズ』と書いてありました。すると墓の中から美しい花が一つ咲き出てきました。非常に香りのよい美しい 花でした。そして主が『あなたの人生から美しいシャロンのバラが咲く』と言われたのです。」</p>
<p>皆さんは雅歌2：１にある「私はシャロンのバラ　I am a rose of Sharon」という言葉をご存知だと思います。30年前私は雅歌についてあまり知識がありませんでしたが、このことは知っていました。そこで私は「ボブ、シャロンのバラというのはイエスのことですよね。」と言いますと、彼は「違います。あなたは間違っています。有名な歌の中に『イエスはシャロンのバラ』という歌詞があるのは私も知っていますが、それは間違いです。シャロンのバラと言うのは，キリストのからだの中で、 神の麗しさの香りが第一の戒めを通して溢れている姿なのです。」と答えました。</p>
<p>私は「本当に？　確かですか？」と半信半疑で聞くと、彼は「そうですよ。私はイエスご自身から直接聞いたんですから。」と答えました。私は「そうですか、私はあまり雅歌を知らないんですよ。そうなんですか。まあ、そういうことにしておきましょう。」という感じで会話を終らせました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「主が再び来られるときの世代は、第一の戒めを回復させ、世界中のキリストのからだの中でそれは第一のこととなる。主は第一の戒めを第一のものとして確立される。」ということを、主はボブを通してはっきりと語られたのです。しかし、私は自分が死ぬ前に自分の墓石を見たり、シャロンのバラがそこから咲いたりという話はあまりピンと来なかったので、そのことはあまりその後考えないままでおりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>それから５年後の１９８８年のある朝、私は教会のオフィスにおりました。そしてある結婚式のカードを読んでいたのですが、そこには雅歌8：６が書かれていました。カードには「私を封印のようにあなたの心臓の上につけてください。　set me as a seal upon your heart」とありました。その時、非常に尋常でないことが起りました。雅歌は当時そんなになじみがなかったのですが、何故か私はその時、その言葉を心の中で霊に動かされて祈ったのです。雅歌は愛の歌で、結婚の麗しさを歌っていますが、ご存知のように、それと同時に霊的な歌で、花婿なるイエスと花嫁なるキリストのからだとの愛の関係を歌っています。私が６節のことばを祈ったとき、神の御霊が非常に特別な形で私のうえに下り、私は泣き始めました。そんなことは私にはあまり起こらないことでした。　私は「イエス様、私の心の上の火の封印となってください。あなたを愛します．．．．．」と言いながら泣いていました。２．３分経ちましたが、聖霊はまだ特別な形で私の上に下っていました。そこで私は内線電話で教会の受付に「非常に変ったことが私に起こったので、誰からの電話でもつながないでください。邪魔が入らないようにお願いします。」と頼みました。そんな願いをしたのは今までの４０年間でその時だけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は「イエス様、私の心をあなたの愛で封印してください．．．」と祈っていました。主への私の愛は、主から私へのギフトなのです。私たちが主を慕い求める願いは、主が私たちの心に入れくださったものなのです。すると電話が鳴ったのです！　「どんなことがあっても電話はつながないようにと言っておいたのに．．」と思って、私の心は一瞬にして霊的な高みから肉的な思いになってしまいました。「信じられない！　なんていうことだ！」という感じでした。霊と肉の間を 私たちは何と超スピードで移動することでしょう。私は電話を取って努めて優しく「なんですか？」というと、受付の人は「ボブ・ジョーンズ師からお電話なんですが、、彼はあなたへの神からのことばを耳ではっきり聞いたと言っておられます。ですから、あなたは多分お聞きになりたいと思ったのです。」と言いました。私は「勿論、勿論。ボブが神のことばを聞いたという電話ならいつでもつないでください。」と答えました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私は床にひざまずいて雅歌8：６を見ながら泣いていたので、うまく声が出なかったのですが、「ハロー」と低い声で言いました。ボブは「たった今、神の声を耳ではっきり聞きました。主は雅歌８章６節を語ってくださいました。」と言うのです！　私は本当に驚きました！　ボブは続けて「今私は１分しか時間がないのですが、主が今すぐあなたに電話をして伝えるようにと言われました。主は神の恵みを解き放ち、主が再び来られる日まで、雅歌8：６の油注ぎを世界中に与えます。キリストのからだ全体が 『Yes!』というほどの世界的な油注ぎ、恵みです。」と言うのです。</p>
<p>その時は60秒の会話でした。私は電話を切ってからも泣き続け、「主よ、どうか私にもそのようにしてください。」と祈りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２週間ほど経ってから、ボブと詳しく話すことができました。</p>
<p>彼は「この雅歌8：６こそが第一の戒めなのです。第一の戒めを実際に毎日生きるための油注ぎです。聖霊は第一の戒めを第一に回復させ確立する油注ぎを、世界中のキリストのからだに与えるのです。地球上の何百万人の人たち、人間的には弱く傷ついた人たちがこの油注ぎを求めるならば、主はそれを与えると言われているのです。」と説明してくれました。私はこの真理を知って大変興奮しました。皆さんもそうだと思いますが、私も神を愛したいと願います。しかし、神を愛するには神の力が必要なのです。それは私にもあなたにも出来ないことであり、神を愛そうと決心することは必要ではありますが、いくら決心したからといって出来ることではないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ボブはこう言いました。「雅歌8：６の愛の炎、即ち第一の戒めのための油注ぎこそが、私が５年前の１９８３年にあなたに話した『シャロンのバラ』なのです。私の人生はその花が咲くようにキリストのからだを成長させることですが、花が咲くのは私が死んでからだということを私は知っています。しかし、私のミニストリーはそれを助けることであることを知っています。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>第一の戒めは、申命記６章にあるようにモーセが神から受けたもので、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、<strong>主</strong>を愛しなさい。」です。そしてマタイ２２章でイエスは神がモーセに言われたことを引用していますが、主はそれに説明をつけ加えています。即ち「これがたいせつな第一の戒めです。This is the first and great commandment.」です。主は「first 」と「great」という形容詞を付け加えられたのです。それが意味するのは、この戒めが神にとって一番のプライオリティーであるということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>人は私に「神は今何をしておられますか？　何を言っておられますか？」とよく聞いてきます。私は「神はいろんなことをされていますが、主が一番にしていることと最もしていることを私は知っていますよ。神は人々が第一の戒めを第一とするように働いておられるのです。」と答えるのです。</p>
<p>また、主はこの戒めは偉大であると言われました。私のところに若い人たちが来て、「私の召しを神様から受けたい！」というのです。私は「あなたの偉大な召しを知っていますよ。」というと、彼らは期待しながら「何ですか？」と聞きます。 「それは第一の戒めを守ることであり、それを生きるための油注ぎを受けることです。」と私は答えるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ですから、私は神の恵みによりこの油注ぎが必ずくることを知っています。しかし今、ボブ・ジョーンズ師の死によって示されることがあるのです。彼はシャロンのバラが彼の死のあとに咲くのを見たのです。彼は、自分が４０年間預言のミニストリーを通してしてきたことは、キリストのからだが神のこの召しに正しく応答するように私たちを強め養い育てることであったことを理解していました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この油注ぎこそ、私が一番求めるものです。そして聖霊も人々にそのように召しておられると思います。もう一度言いますが、神を愛するためには 神の力が必要なのです。神からの力が私たちのうちで働くときに、私たちは神を愛することができるのです。</p>
<p>今６０秒間、心を主に開いてみましょう。これは一回すれば主から油を注がれるというものではなく、少しずつ養っていくものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>祈り</p>
<p>聖霊よ、来てください。あなたは私たちの心を火で封印してくださると言われました。御父よ、お願いいたします。人々のいのちの中にどんどんと燃える火をください。今、火で心に触れてください。夢や幻、御ことばの啓示で、第一の戒めを人々の心の中に強めてください。ミュージシャン、使徒、預言者、伝道者、牧師、教師、すべての人がこの第一の戒めを守る油注ぎを受けることができますように。（終）</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://www.banministries.org/?feed=rss2&#038;p=2313</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
